第34話「蓋が消えた」
進化の翌朝。
まずやりたいことがある。
擬態だ。
蓋裏に〝蓋の非表示が可能に〟って書いてあった。あの呪いみたいな蓋が、ようやく消せるようになったらしい。
試してみよう。
人間の姿をイメージする。カイルの姿。
体が変わり始める——前と同じだ。箱が伸びて、肌色に変わって、指が生えて、足が生えて。
でも今回は——
背中に手を回す。
…………ない。
蓋がない。
背中がつるっとしてる。普通の人間の背中だ。
パカパカしたい衝動が来る——来ない。
蓋がないから、衝動もない。
……ちょっと、寂しいな。
でも、これで完璧だ。
蓋つきの石。蓋つきの人間。あの恥ずかしい日々は終わった。
革鎧で隠す必要もない。
「おお……」
ガルドが見てる。
「完全に人間だな。前はなんか背中が不自然だったけど、今は全然わかんない」
「だろ?」
なんて、人の声も出せるもんね。
「ああ、完璧だ」
自分の声だ。カイルの声。
チョンが駆け寄ってきた。
「タカラ? タカラなの? すげー、全然わかんない!」
「ああ、俺だよ」
「うわ、ほんとうに人間だー! ……でも、宝箱のほうがかわいかったなぁ」
おまえにとって俺は〝かわいい〟枠なのか?
ガウルが鼻をひくひくさせた。
「ガウ。見た目は人間だけど、匂いはタカラだ。ミミックの匂い。人間の鼻じゃわからないだろうけど」
犬の鼻には誤魔化せないか。まあ、人間相手なら十分だ。
擬態を解除した。ぐにゃりと戻る。琥珀色の宝箱に。
パカッ。
……ああ、やっぱりパカパカは落ち着く。
人間の姿は便利だけど、パカパカできないのがつらい。
普段は宝箱でいよう。人間に化けるのは外に出るときだけだ。
パカッ。
◇
そこにガウルが走ってきた。
「ガウ。南から人間が来る。一人……レイスの匂いだ。走ってる、急いでる匂いだ」
レイス? 今日は通勤の日じゃないのに。しかも走ってるのか。
五分もしないうちに、レイスが丘を駆け上がってきた。
息が切れてる。Aランクの騎士が息切れするくらい全力で走ってきたのか。
「タカラ……! 見つけた……!」
何を?
「大賢者の……手記の奥に……隠し文書が……あった……!」
レイスが革鞄から羊皮紙の束を取り出した。手が震えてる。
「リーリアが見つけたんだ。サガと三人で解読してたとき、手記の裏表紙に魔力で隠された文字があることにリーリアが気づいた。巫女の魔力でしか読めない隠し文書だ」
巫女の魔力でしか読めない——大賢者がわざと隠してたのか。
「中身を読んだ。タカラ、すぐに来てくれ。全員で聞いたほうがいい」
◇
村の広場に主要メンバーが集まった。
ガルド、ガウル、レグナ、サガ、リーリア、レイス、俺。
グラドルは丘の横から見下ろしてる。
レイスが羊皮紙を広げた。
「読み上げる。大賢者の隠し文書——原文のまま」
全員が静かになると、レイスが読み始めた。
「『これを読む者へ。おそらくあなたは、封印を解こうとしている。あるいは、すでに解き始めている』」
……当たってるな。
「『私が封印を施したのは、やむを得ぬ事情があった。魔王は暴走し、大陸が焼けた。止める方法が、他になかった』」
レグナの蒼い炎が揺れた。
「『だが、封印は永遠の解決ではない。いつか綻び、いつか崩れる。その日が来たとき、正しい方法で封印を解く者が必要だ』」
正しい方法。
「『封印の鍵は、塔から生まれた存在に宿した。ミミックと呼ばれる魔物——塔の礎の魔導鉱石から生じた種族の中に、封印と呼応する個体がいずれ現れる。その個体が〝解封〟の力を持つ』」
俺のことだ。
「『しかし封印を解くだけでは足りない。魔王の魂が塔に封じられている。封印を解けば、魂も解放される。暴走した魂を、そのまま解き放てば——同じ悲劇が繰り返される』」
レグナが拳を握った。
「『魂を浄化する方法は、一つだけある』」
全員が息を呑んだ。
「『ミミックの〝収納〟に、魂を取り込め。収納の中で、魂は劣化しない。だが——同時に、暴走もしない。収納空間は封印とは違う。閉じ込めるのではなく、包み込むのだ』」
包み込む。
「『収納の中で、魂に触れろ。対話しろ。怒りの理由を聞け。悲しみの理由を聞け。魔王もまた、一人の存在だ。何百年も一人で封じられた者の声を、聞いてやれ』」
…………。
「『そして——許せ。許して、送り出せ。それが浄化だ。魂を壊すのではない。魂を解放するのだ。怒りから、悲しみから、孤独から。それができるのは——中に入れて、蓋を開けられる者だけだ』」
レイスの声が震えてた。読み上げてる本人が震えてる。
「『これが、私が残す鍵だ。いつか来る〝蓋を開ける者〟のために。どうか——正しく使ってほしい。大賢者 より』」
◇
長い沈黙だった。
リーリアが泣いてた。
サガは目を閉じてる。
レグナの蒼い炎は、いつもより明るく燃えてた。
ガルドが最初に口を開いた。
「……つまり。タカラが魔王の魂を収納して、中で話して、許して、送り出す。それで浄化できるってことか」
パカッ(そういうことだ)。
「できるのか?」
〝やったことないからわからない〟
「……だよな」
レグナが立ち上がった。
「タカラ。一つ聞いていいか」
パカッ(なんだ)。
「おまえの中に、今、我が王の残響がいるのだろう」
いる。残響の核……大戦で飲み込んだやつだ。
「あれは王の怒りの欠片だ。本体ではない。だが——王の一部であることに変わりはない」
パカッ(ああ)。
「あの残響に……試せるのではないか。本体に挑む前に、まず欠片で練習する」
……なるほど。
残響の核は、魔王の魂の〝欠片〟だ。怒りの感情が形になったもの。
本体に挑む前に、まず欠片で〝浄化〟を試す。
大賢者の言葉通りなら——収納の中で残響に触れて、対話して、怒りの理由を聞いて、許して、送り出す。
できるか?
わからない。
でも——やるしかない。
残響の核が暴れ出す前に。
半年の期限が来る前に。
〝やってみる〟
ガルドが聞いた。
「いつだ」
〝今日 この場で〟
全員が目を丸くした。
「今日!? 準備は!?」
〝準備なんてない 収納の中に入って、話すだけだ〟
〝みんなはここにいてくれ 何かあったら——〟
何かあったら、何だ。
収納の中で起きることに、外から手は出せない。
俺一人でやるしかない。
…………いや。
一人じゃない。
リーリアが前に出てきた。
「私も中に入る」
え。
「大賢者が言ってたでしょ。〝中に入れて、蓋を開けられる者〟って。私は中に入れる。入ったほうがいい。私の魔力がタカラの収納と同調するなら——対話の補助ができるかもしれない」
……確かに。リーリアの親和性はずっと「極めて高い」って出てた。
「それに——私も聞きたいの。魔王の声を。塔の中で十年間聞こえてた声の、本当の意味を」
リーリアの目がまっすぐだ。
「一人で行かないで。一緒に行く」
…………。
パカッ。
〝わかった 一緒に行こう〟
蓋を大きく開けた。
リーリアが中に入る。すぽん。
アイもぷるん。
パタン。
蓋を閉じた。
外からガルドの声が聞こえる。
「タカラ。帰ってこいよ」
帰ってくるよ。
蓋裏を見た。
残響の核が——俺の収納の奥で、赤黒く脈打ってる。
ずっとおとなしくしてたけど——こっちから行くぞ。
意識を——核に向ける。
収納の奥へ。
深く。
もっと深く——
◇
【次回】収納の中で、魔王の怒りと対面する。




