第28話「宝箱は、噛みつく」
レグナが村に来て三日。
レグナはすっかり村に馴染んでいた——とは言えないけど、少なくともチョンには馴染まれてた。
チョンがレグナの骨の指にぶら下がって遊んでる。
「レグナ! ぶらさがり、楽しい!」
「……これは訓練ではないぞ」
なんだかんだ付き合ってあげてるあたり、この骸骨も甘い。
平和だ。
——と、思ってたんだけど。
◇
その日の夕方。
ガウルが走ってきた。全速力で。尻尾がまっすぐ伸びてる。
「ガウ……! やばい。北の森から来る。大量……魔物だ!」
魔物?
「でかいのが混じってる。木の匂い……いや、木そのものの匂いだ。それと、植物系の小型が三十以上。速い。こっちに向かってる」
木の魔物……植物系、三十以上。
こっちに向かってる——攻めてくるのか?
〝どれくらいで来る?〟
「五分くらい」
五分。
ガルドが飛んできた。
「聞こえた。迎撃だな」
パカッ(ああ)。
「全員、戦闘態勢!」
ガルドが叫んだ。村中が動き出す。
ホブゴブリンたちが武器を掴んで村の北側に集まる。ウォーウルフが散開して森の際に展開する。鏡鱗竜が見張り台から飛び降りて、木の上に散った。
レグナが——チョンの手からすっと離れて、立ち上がった。
蒼い炎がぐわっと燃え上がった。さっきまでの穏やかな将軍じゃない。戦場の顔だ。
「チョン。下がっておれ」
「えっ、でも——」
「下がれ。これは命令だ」
チョンがびくっとして——走って下がった。将軍の声、効くな。
リーリアとサガを後方に下げる。アイもリーリアのそばに。回復役は前線に出さない。
俺は——前線に出る。
ズズズ。
ガルドの横に並んだ。
◇
来た。
森の中から——ざわざわと。
最初に見えたのは、蔦だ。
地面を這うように、蔦が森から飛び出してきた。太い、人間の腕くらいある。
蔦の先端が鞭みたいにしなって——地面を叩いた。
ドンッ。
土が飛び散った。
次に——木が来た。
木が歩いてる。
高さ三メートルくらいの木型の魔物。根っこが足になって、枝が腕になってる。目はない。でも幹の表面に、口みたいな裂け目がある。
トレント系の魔物だ。
一匹じゃない。五匹、六匹——数えきれない。
後ろには小型の植物魔物がわらわらいる。蔦でできた犬みたいなやつとか、花が咲いてるくせに棘だらけの球体とか。
全部で三十匹以上。
ガルドが歯を食いしばった。
「多いな……」
多い。しかもトレント系はでかいし硬い。木だから。斬っても折れにくいし、燃やさないと再生する。
冒険者だった頃にも苦労した相手だ。Bランクパーティでも油断すると全滅する。
一匹がBランク相当なら、五匹以上いるこの群れは——Aランク中位以上。
こっちと互角か、それ以上だ。
先頭のトレントが——枝を振り上げた。
叩きつけてくる。
ガルドが跳んで躱した。枝が地面にめり込む。地面が割れた。
重い。一撃が重い。
「ガウル! 小型を止めろ、こっちに入れるな!」
ガルドが叫んだ。
ガウルが吠えた。
「ガウゥゥゥッ!」
ウォーウルフたちが一斉に飛び出した。小型の植物魔物に食いつく。
蔦の犬と銀色の狼が絡み合ってる。ウォーウルフのほうが速いけど、蔦が切れてもすぐ繋がる。植物系は再生が厄介なんだよな。
ホブゴブリンたちがトレントに向かう。
鉄の剣で斬りつける——浅い。幹が硬すぎて、刃が食い込まない。
「くそ、硬えな!」
グリンが叫んだ。
トレントが枝を振り回した。ホブゴブリン二匹が吹っ飛んだ。
「ぐっ——!」
まずい。こいつらに剣は効きが悪い。
じゃあ——俺の出番だ。
パカンッ!
白い光弾を撃った。先頭のトレントの幹に直撃。
ドォンッ!
幹が——えぐれた。
木の破片が飛び散る。効いてる。魔力弾なら通る。
もう一発——
横から蔦が飛んできた。
「っ——!」
蓋に絡みついた。
引っ張られる。ズズズの摩擦じゃ踏ん張れない。
引きずられていく——
パカンッ!
蓋を開けて、蔦ごと収納に吸い込んだ。
蔦が中に入った。
蓋裏にさっと表示が流れる。
〝収納〟:蔦(植物素材)── 格納完了
蔦の性質が——流れ込んでくる。
弾力。再生力。絡みつく力。
これを——射出に応用。
パカンッ!
蓋から——蔦が射出された。
ただの蔦じゃない。俺の魔力で強化された蔦。
蔦が飛んでいって、トレントの幹に巻きついた。
締め上げる。
ミシミシミシッ——
トレントが悲鳴を上げた。枝をばたばた振り回して蔦を引きちぎろうとしてる。
その隙に——
パカンッ! パカンッ!
白い光弾を二発。締め上げられて動けないトレントの幹に、連続で叩き込む。
ドォン! ドォン!
幹が折れた。
三メートルのトレントが——倒れた。
一匹目、撃破。
◇
でも——まだ四匹以上いる。
しかもこいつら、一匹倒されたのを見て学習した。
俺を集中的に狙ってきてる。
そりゃそうだ。遠距離からの魔力弾が一番効くんだから、射手を潰しに来るのは正しい判断だ。
植物のくせに、頭いいな。
蔦が四方から飛んでくる。
パカンッ! 一本を収納。
パカンッ! もう一本を射出で切断。
でも三本目が——箱の底に巻きついた。
持ち上げられた。
「っ——!」
ぶん、と投げられた。
宝箱が宙を舞ってる。
パカパカパカパカ!!
蓋が悲鳴の代わりに全力でパカパカしてる。
地面に——ぶつかる前に。
ガルドが受け止めた。
「危ねえな……!」
〝助かった〟
「お互い様だ。——レグナ!」
ガルドが叫んだ。
レグナが——動いた。
今まで後方で構えてたレグナが、前に出た。
武器はない。剣は何百年も前に失われてる。
素手だ。
でも——
レグナの骨の拳に、蒼い炎が集まった。
ぶわっと燃え上がる。拳が蒼い炎に包まれてる。
「——我が王の敵ではないが」
レグナが低く言った。
「我が仲間に手を出す者は——容赦せぬ」
踏み込んだ。
速い。二メートルの骸骨が、地面を蹴って飛んだ。
蒼い拳が——トレントの幹を直撃した。
ドゴォォォンッッ!!
トレントが——真っ二つに割れた。
一撃で。
蒼い炎が木の断面を焦がしてる。再生できない。炎で焼かれた部分は戻らない。
Aランク上位。これが、将軍レグナの実力か。
「次」
レグナがもう一匹に向かう。
蒼い拳。叩きつける。
ドゴォンッ!
三匹目が倒れた。
残りのトレントが——後退し始めた。
怯んでる。仲間が三匹やられて、怖くなったのか。
……いや、違う。
後退じゃない。
並び直してる。
残った三匹のトレントが横一列に並んで——枝を絡み合わせた。
合体してる。
三匹の木が一つの壁になった。高さ五メートル、幅十メートルの木の壁。
壁の表面から、蔦が何十本も伸びてくる。
「……なんだ、あれ」
ガルドが呆然と言った。
木の壁が——前進してくる。
蔦が鞭みたいにしなって、前方の地面を薙ぎ払う。
近づいたら蔦に捕まる。離れたら壁が迫ってくる。
厄介だ。
レグナの蒼い拳でも、あの壁全体を一撃で壊すのは無理だろう。
射出も一点には効くけど、壁の面積がでかすぎる。一箇所壊しても、他の部分から蔦が来る。
どうする——
〝ガルド レグナ 一つ提案がある〟
二人が俺を見た。
〝あの壁の前で俺を置け〟
〝蓋を全開にする〟
ガルドが目を丸くした。
「……何する気だ」
〝噛みつく〟
◇
ガルドが俺を抱えて走った。
木の壁に向かって。
蔦が飛んでくる。レグナが蒼い拳で叩き落とす。
ガウルが横から飛び出して、蔦の根元を噛みちぎる。
ホブゴブリンたちが盾になって蔦を受け止める。
「行けっ、タカラ!」
ガルドが俺を壁に向かって放り投げた。
宙を舞う金色の宝箱。
木の壁が目の前に迫る。
蓋を——全開。
限界まで開く、百八十度だ!
そして——噛みついた。
ミミックの本能。蓋で挟む。噛みつく。
ガパァンッ!!
蓋が木の壁に食い込んだ。
Bランクの冒険者を殺した噛みつき。ミミックの最大火力。
しかも今はアダマンタイトで強化された蓋だ。
ミシミシミシッ!
木がきしむ。
でも——止まった。壁が厚すぎて、噛み切れない。
食い込んだまま、動けない。
まずい——
いや。
噛みつくのが目的じゃない。
食いついたまま——〝収納〟発動。
蓋が触れてる部分を——片っ端から吸い込む。
木を。幹を。枝を。蔦を。
全部、収納に流し込む!
ずるずるずるっ!
木の壁が——俺の中に吸い込まれていく。
宝箱が壁を食ってる。
蓋裏がバチバチ光ってる。
──────────────────
〝収納〟── 大量格納モード起動
格納中:
トレント素材 ×大量
蔦 ×大量
魔力含有木材 ×大量
※ 格納容量に余裕があります
※ 継続収納中……
──────────────────
壁が——痩せていく。
厚かった木の壁が、俺が食った部分からどんどん薄くなっていく。
トレントたちが悲鳴を上げてる。自分の体が吸い取られていくんだ。そりゃ叫ぶだろう。
でも止まらない。
パカンッ!
噛みついたまま、壁の薄くなった部分に——白い光弾を撃ち込んだ。
内側から。
ドォォォンッッ!!
壁が——内側から爆発した。
木の破片が四方に飛び散る。
三匹分の木の壁が、粉々に吹き飛んだ。
俺は——地面に落ちた。
どすん。
…………。
勝った。
◇
木の壁がなくなって、残った小型の植物魔物たちが——逃げ始めた。
わらわらと森に帰っていく。
ウォーウルフたちが追おうとしたけど、ガウルが止めた。
「ガウ。追うな。もう戦意がない」
追い打ちはしない。逃げる相手は見逃す。
それがパカラ村のルールだ。
俺は地面に転がったまま、蓋裏を確認。
──────────────────
魔力残量:23%
──────────────────
……ごっそり減ってる。大量収納と射出を同時にやったからな。
でも、勝った。
ガルドが俺を拾い上げた。
「おまえ……噛みついて食ったのか。あの壁を」
〝ミミックだからな〟
ガルドがはっと笑った。
「最高だよ、おまえ」
レグナが俺を見下ろしてる。蒼い炎がゆらゆら。
「……見事であった。あの戦い方は、我にはできぬ」
骸骨に褒められた。
ガウルが尻尾を振りながら来た。
「ガウ。タカラ、強い。でも飛ばされたときは、ちょっと面白かった」
笑うな。宝箱が宙を舞ってパカパカしてたのは、自分でも面白かったけど。
アイがぷるんと来て、俺の箱にくっついた。回復の光がじわっと広がる。
ありがとう、アイ。
◇
怪我人——怪我ゴブリンの手当てをしてたら、ガウルの耳が立った。
「ガウ。……また来る。北から。でも——さっきのとは違う」
また?
「一体だけ。でかい。すごくでかい。木の匂い。でも……さっきの雑魚とは、格が違う」
すごくでかい。一体だけ……格が違う。
全員が北を向いた。
何かがこっちに向かってきてる。
そして森の奥から——出てきた。
でかい。
二十メートル。
高さ二十メートルの巨木が——歩いてる。
根っこが地面に張ったまま。
ずるずると、根っこごと地面を滑るように進んできてる。
幹に顔がある。
節くれだった木の表面に、目と口がある。
深い皺——いや、年輪か。何百年分の年輪が顔に刻まれてる。
こいつは——
サガが息を呑んだ。
「【エンシェントトレント】……森の長老……」
ああ……こいつがボスだってのは見ればわかる。さっきの雑魚トレントとは次元が違うぞ。
Aランク相当……下手したら、それ以上。
全員が武器を構えた。
レグナの蒼い炎が燃え上がる。ガルドが拳を握る。ガウルが唸る。
——でも。
エンシェントトレントは、攻撃してこなかった。
止まった。
丘の手前で止まって、村を見下ろしてる。
それから——倒れてる仲間のトレントたちを見た。
長い沈黙。
口が開いた。
声が——響いた。地面が振動するくらいの、深い声。
「——我が子らに手を出したのは、おまえたちか」
我が子ら。
さっきのトレントたちは、こいつの子供——あるいは部下か。
ガルドが前に出た。
「それはおかしい、そっちが先に攻めてきたんだ。俺たちは、守っただけだぞ」
エンシェントトレントの目が——ガルドを見下ろした。
「……ほう。ホブゴブリンか。この地にホブゴブリンがいるとは……珍しい」
珍しいんじゃなくて、封印で全員ゴブリンに退化させられてたんだよ。
蓋文字を出す。でかく。エンシェントトレントにも見えるように。
〝俺たちは戦いたくない〟
〝話ができるなら 話がしたい〟
エンシェントトレントの巨大な目が——俺を見た。
「……宝箱が、文字を?」
またそこに驚かれた。もう慣れたけど。
「……いいだろう。話を聞こう」
……こいつとも、話ができるのか。
パカッ。
よし。話そう。
◇
【次回】エンシェントトレントの長老、グラドル。こいつもまた封印で〝動けなくなった〟存在だった。解封を提案したら——断られた。〝我らは動かぬ。それが誇りだ〟。そして、もっとまずい知らせが来た。王都から——視察団が来るらしい。




