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第26話「この骨、ただの骨じゃない」


 レイスが通い始めて一週間。


 資料の解読は順調に進んでる。大賢者の手記から、塔の仕組みが少しずつ見えてきた。


 でも〝鍵〟の正体はまだわからない。もう少し時間がいる。


 そんなある日の朝。


 ガウルが鼻をひくひくさせながら来た。


「ガウ。タカラ、ちょっといいか」


 パカッ(なんだ)。


「下層の偵察に行ったとき、変なやつを見つけた」


 変なやつ?


「スケルトン。ただの骨の魔物だ。下層にはよくいる。冒険者に見つかったらすぐ倒されるような雑魚だ」


 知ってる。Eランク以下。冒険者の駆け出しが練習台にするやつだ。


「でもそいつ、匂いがおかしい」


 匂い?


「他のスケルトンと全然違うんだ。古い。すごく古い匂い。何百年も漬け込んだ魔力の匂いがする。それに——」


 ガウルの金色の目が真剣だった。


「封印の匂いがする。塔の紋様と同じ匂いだ」


 封印の匂い。


 塔と同じ。


 ……そりゃ確かにおかしいな。ただのスケルトンに、塔の封印と同じ匂いがついてるって?


〝場所は?〟


「下層の東のほう。広間の手前の通路を、ふらふら歩いてた。ずっと同じところを行ったり来たりしてる。何百年もそうしてるみたいな歩き方だった」


 何百年も同じ場所をうろうろしてるスケルトン。


 気になるな。


〝見に行こう〟



 ◇



 メンバーはいつもの遠征組。ガルド、ガウル、岩トカゲ偵察班。リーリアも来たがったけど、今回は留守番してもらった。スケルトン相手なら危険はないだろうし。


 今日は魔石の回収もかねて、東エリアに向かう。


 壁の鉱石をパキパキ剥がしながら進んでたら——ガウルの耳がぴくっと立った。


「ガウ……前方。でかい。二匹。オークだ」


 オーク。下層の中堅モンスター。


 前にガルドたちが五人がかりで倒した相手だ。あのときはまだ強化前のゴブリンだった。


 今は——ホブゴブリンとウォーウルフだ。


「どうする、タカラ。避けるか?」


 ガルドが聞いてきた。


〝いや 正面から行く〟


 ガルドがにやっと笑った。


「そう来なくちゃな」


 進化後の実力を試すいい機会だ。こっちの戦力がどれだけ上がったか、実戦で確認しておきたい。


 通路の角を曲がった。


 いた。オークが二匹。


 でかい。人間の大人より二回りでかい。手には錆びた斧と棍棒。


 こっちに気づいて、ぎょろっと振り向いた。


「グギャッ!」


 威嚇の咆哮。


 前にこれを聞いたときは——正直、ちょっとびびった。


 今は——


「ガウル、左を止めろ。俺が右をやる」


 ガルドが二歩で間合いを詰めた。


 速い。進化前とは比べものにならない。


 右のオークが斧を振り下ろした。


 ガルドが横に跳んで躱す——んじゃなくて、真正面から受けた。


 片手で。


 斧の柄を、片手で掴んで止めた。


「軽いな」


 オークの目が驚愕で見開かれた。


 ガルドが斧を掴んだまま、もう片方の拳をオークの腹に叩き込んだ。


 ドゴンッ!


 オークが三メートルくらい吹っ飛んで、壁に激突した。


 一撃。


 左のオークはガウルが相手してる。


 ガウルは——戦い方が違う。力じゃなくて、速度だ。


 オークの棍棒を紙一重で躱して、背後に回る。首筋に一撃。鋭い爪で。


 オークがよろめいた。振り返ろうとしたら——もうガウルはさらに背後にいる。


 速すぎて追いつけない。


 三回。回り込んでは一撃、回り込んでは一撃。


 オークが膝をついた。


 十秒で二匹、沈黙。


 …………。


 強くなったな、こいつら。


 前は五人がかりでようやく一匹だった。今は、一対一で圧勝してる。


 ガルドが拳を開いたり閉じたりしてる。


「……なんだよ。ぜんぜん手応えがない」


 贅沢な悩みだな。


 ガウルが尻尾を振ってる。


「ガウ。オーク、遅い。もう少し速い相手がいい」


 おまえらも贅沢だな。


 でも——実力は確認できた。Aランク下位は伊達じゃない。


「タカラ、おまえも一発くらい撃てばよかったのに」


〝おまえらが速すぎて出番がなかった〟


「ははっ。次は譲ってやるよ」


 譲らなくていいよ。おまえらが片づけてくれるなら楽だし。


 パカッ。


 倒したオークはそのまま放置。殺してはいない。気絶してるだけだ。


 先に進もう。



 ◇



 オークとの遭遇から二十分くらい歩いたところで——ガウルがまた足を止めた。



「ガウ。……いるぞ。あの変なスケルトン。すぐ近くだ」


 来た。


 通路の角から覗く。


 ——いた。


 スケルトン。


 ただの骨だ。身長は人間くらい。肋骨が何本か欠けてる。左腕がない。


 ボロボロの鎧の欠片を身につけてる。元は立派な鎧だったんだろうけど、原型がほとんど残ってない。


 通路を五歩歩いて、止まって、振り返って、五歩戻って、止まって、また振り返る。


 同じ動きの繰り返し。


 意味のない徘徊。


 冒険者だった頃にもこういうスケルトンは見たことがある。知性がない。ただの残骸だ。斬れば崩れる。


 でも——


 ガウルが言った。


「匂い、わかるか?」


 俺には鼻がないけど——近づくと、箱全体がざわっとした。


 魔力を感じる。微かだけど、確かに。


 しかも——蓋裏が反応してる。


〝解封〟のスキル表示が、うっすら光ってる。


 こいつの中に——封印がある。


 ただのスケルトンじゃない。


 何かが封じられてる。



 ◇



 近づいてみた。


 ズズズ。


 スケルトンが俺に気づいた——のかどうか、わからない。頭蓋骨がこっちを向いた。空っぽの眼窩で。


 何の反応もなく、また歩き始めた。五歩行って、止まって、振り返って。


 こいつ、俺のことが見えてないのか?


 それとも見えてるけど、反応する知性がないのか。


 ガルドがぼそっと言った。


「こいつ……なんか、切ないな」


 ああ。切ない。


 何百年も同じ通路を歩き続けてる骸骨。自分が誰かも忘れて、ただ歩いてる。


 ……封印のせいか。


 封印で知性を奪われて、ただの骨にされて、それでも体だけが動き続けてる。


 やってみるか。


〝解封〟。


 こつん。


 スケルトンの脛に、箱の角をぶつけた。


 骨にぶつかる感触。かちんと硬い音。


 蓋裏が——光った。


 金色じゃない。


 白い光。冷たい白。今まで見たことない色だ。



 ──────────────────

 〝解封〟──▶ 封印解除


   対象:アンデッド(元・魔人族)

   封印状態:進化封印(極)


   検出された本来の姿:

   スケルトン → 死霊将軍デスジェネラル


   * 警告:この対象には

    極めて古い封印が施されています

   * 特記:封印の術式に

   〝大賢者〟の署名を検出

   * 警告:対象の魂が不完全です

    魂の一部のみ検出

    残りは別の場所に封じられています


   解封を実行しますか?

 ──────────────────



 全員、固まった。


 ガルドが蓋裏を読んで——息を呑んだ。


「大賢者の署名……? こいつ、大賢者に直接封印されたのか……!?」


 ガウルの毛が逆立ってる。


「ガウ……こいつ、やばい。匂いの底が見えない。深すぎる」


 封印(極)。


 今まで見た中で最高ランクだ。ゴブリンもコボルトも「強」だった。こいつは「極」。


 死霊将軍。デスジェネラル。


 名前からしてヤバい。


 しかも「元・魔人族」って書いてある。魔物じゃなくて、魔人。


 それと——〝魂の一部のみ検出〟? 魂が引き裂かれてるってことか? 残りはどこに封じられてるんだ。


 大賢者が直接封印した、魔人族の将軍。


 それが何百年もスケルトンとして、この通路を歩いてた。


 …………。


 スケルトンが、また五歩歩いて、止まった。


 振り返った。


 空っぽの眼窩が、俺を見てる——気がした。


 解封を実行しますか?


 取説が聞いてる。


 ガルドが言った。


「タカラ。こいつ、大丈夫なのか? 解封して、暴れたりしないか?」


 わからない。


 わからないけど——


 こいつは何百年も、この通路を歩いてる。


 五歩歩いて、止まって、振り返って、五歩戻って。


 何も考えられずに。何も思い出せずに。


 それが——封印のせいなら。


 蓋を開けない理由がないだろ。


 実行!



 ◇



 白い光が、スケルトンを包んだ。


 冷たい光。でも——中に、あったかいものがある。


 魔力が流れ込んでいく。封印が剥がれていく。


 骨が——変わり始めた。


 欠けていた肋骨が再生する。なかった左腕が生えてくる。骨に黒い霧がまとわりつく。


 ボロボロだった鎧の欠片が——修復されていく。黒い金属が骨の上に形を成していく。胸当て、肩当て、腰には鞘だけの帯剣。


 背が伸びた。百七十だった骨が、二メートル近くまで。


 頭蓋骨に——蒼い炎が灯った。


 空っぽだった眼窩の中に、二つの蒼い火。


 マントが現れた。黒い霧が背中から流れ落ちるように広がって、長いマントの形になった。


 黒い鎧。蒼い双眸。二メートルの巨体。


【死霊将軍】


 デスジェネラル。


 空気が変わった。


 こいつが立ってるだけで、通路の温度が下がった気がする。


 ガウルが一歩後ずさった。本能的に。


 ガルドは——後ずさらなかった。でも、拳を握ってる。


 岩トカゲたちが天井でギョロギョロしてる。いつもよりギョロギョロが激しい。


 死霊将軍が——動いた。


 自分の手を見た。黒い鎧に覆われた、骨の手。


 握った。開いた。


 もう片方の手——さっきまでなかった左腕——を見た。


 握った。開いた。


 顔を上げた。


 蒼い炎が——カッと旺盛に灯った。


「……ここは」


 声が出た。低い。深い。まるで洞窟の奥で響いているような声だ。


「……まだ、あの戦場か……?」


 戦場?


 そうか……確か、蓋裏に〝大賢者の署名〟があった。サガが話してくれた、大賢者と魔王の戦争——こいつは、その戦いの当事者だったのか。


 そして封印されてた間の記憶がないから、今があの日の続きだと思ってる。


 蓋文字を出す。


〝戦場じゃない〟

〝あの戦いから、何百年も経ってる〟


 死霊将軍が——蓋裏の文字を読んだ。


 蒼い炎が、ぐらりと揺れた。


「何百年……?」


 パカッ(そうだ)。


「王は……王は、どうなった。我が王は——まだ封じられているのか」


 王。魔王のことだ。


〝封じられてる 塔の中に〟


 死霊将軍がしばらくの間、黙った。


「……何百年……か」


 ゆっくりと——膝をついた。


 俺に対してじゃない。


 誰にでもない方向に。


 ただ崩れるように、膝をついた。


「我は……あの日、王をお守りできなかった……」


 声が震えてた。骸骨が震えてた。


 大賢者の術に……抗えなかった。王を庇おうとしたが……届かなかった」


 守れなかった。


 何百年も前に、守れなかった。


 その後悔を——何百年も、この通路で繰り返してたのか。


 五歩歩いて、止まって、振り返る。


 あれは——王を探してたんだ。


 届かなかった王を、何百年も探してた。


 知性を奪われて、記憶を奪われて、それでも体だけが——探してた。


 …………。


 蓋文字を出す。



〝おまえの名前は〟



 死霊将軍が、蒼い炎で俺を見た。


 「……レグナ」


 名前を思い出した。


「レグナ。魔王軍四将軍が一人。我が名は、レグナ……」


 声が少しだけ、しっかりした。


 名前を思い出したことで、自分を取り戻し始めてる。


〝レグナ〟

〝おまえの王はまだ封じられてる〟

〝でも俺にはその封印を解く力がある〟


 レグナの蒼い炎が——ぶわっと大きくなった。


「……おまえが……おまえが、王を救える者なのか」


 パカッ(たぶん)。


「たぶん?」


〝まだ方法を探してる途中だ〟

〝でもやる 必ずやる〟


 レグナが俺を見つめた。


 それから立ち上がった。


「……我にできることがあるなら、何でもする」


 腰に手を当てた——そこに剣はない。何百年も前に失われてる。


 でも——構えだけは、将軍のそれだった。


「我が王を救うために。そして、この者たちを——」


 レグナがガルドを見た。ガウルを見た。岩トカゲを見た。


「——守るために」


 ガルドが目を丸くした。


「……いきなり〝守る〟とか言うなよ。いったい、誰が守られる側だ?」


 レグナが小さく首を傾げた。


「これは……怒っているのか?」


〝照れてる〟


「照れ……? よくわからんが」


 ガルドが顔を赤くして背を向けた。ホブゴブリンが照れてる。


 ガウルが尻尾を振った。


「ガウ。こいつ、いい匂いだ。骨なのに」


 骨にいい匂いも悪い匂いもあるのか。犬の嗅覚、謎だな。


 パカッ。


〝パカラ村に来い〟

〝おまえの居場所がある〟


 「……かたじけない」


 硬い口調だけど——声がちょっと震えてた。


 こいつも泣くのか。骸骨って、涙出るのか。


 出ないだろうな。涙腺ないし。


 でも——蒼い炎がゆらゆら揺れてた。


 たぶん、あれが涙の代わりだ。



 ◇



 帰り道。


 レグナが俺の横を歩いてる。


 でかい。二メートルの黒い鎧の骸骨が、ズズズの宝箱の横を歩いてる。


 すごい絵面だ。


「タカラ、と言ったか」


 パカッ(そうだ)。


「おまえは……何者だ。ミミック、であろう? なぜミミックが、封印を解く力を持っている」


〝長い話になる〟


「我は何百年も歩いておった。長い話には慣れておる」


 ……そうか。


 じゃあ、帰りながら話すか。


 蓋文字で、一文ずつ。


 ズズズの速度で。


 遅いけど——急ぐ必要もない。


 こいつには、時間がたっぷりある。


 何百年ぶりに、誰かと話しながら歩いてるんだからな。


 ゆっくりでいいだろ。


 ズズズ。



 ◇



 【次回】レグナをパカラ村に連れてきたら、またチョンが走ってきた。「骸骨だ! かっこいい! 剣教えて!」——おまえ、何にでもかっこいいって言うな。あと、レイスがレグナを見た瞬間、顔色が変わった。「魔王軍の将軍……まさか、本当にいたのか……」

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