第25話「騎士と宝箱と、パカラ村の一日」
レイスが来た。
パカラ村に。
手ぶらで。鎧も着てない。剣も持ってない。
白い上着に革のズボンの、ただの青年。
「約束通り来た。塔の資料を持ってきた」
手ぶらじゃなかった。背中に革鞄を背負ってて、中に古い書類がぎっしり入ってる。
塔に関する記録だ。塔守が代々引き継いできた資料らしい。
「全部は持ち出せなかったが、重要なものは抜いてきた。大賢者の手記の写しもある」
大賢者の手記。それは——かなり重要だ。
パカッ(ありがたい)。
「あと、しばらくここに通わせてもらいたい。一人で資料を読むより、リーリアやサガと一緒に解読したほうが早い」
通う。ここに。
Aランクの騎士が魔物の村に通勤してくる。
……まあ、いいけどさ。
ガルドが微妙な顔をしてる。
「……こいつ、本当に信用していいのか?」
〝信用っていうか、利害が一致してる〟
「利害ね……」
ガルドはまだレイスに対して警戒してる。そりゃそうだ。ちょっと前まで敵だったんだから。
でもガウルは尻尾を振ってる。
「ガウ。こいつ、いい匂いだ。嘘ついてる匂いがしない」
犬の鼻が太鼓判を押した。それでいいのか、外交の判断基準が犬の鼻で。
チョンが駆け寄ってきた。
「騎士だ! 本物の騎士! かっこいい! 剣見せて!」
「今日は持ってきてない」
「えー! 次は持ってきて!」
レイスがちょっと困った顔をしてる。子供の扱いに慣れてないらしい。
塔の中で一人だったもんな、こいつも。
◇
レイスが村を見て回ってる。
案内はリーリアがやってくれた。元巫女と元塔守。妙な組み合わせだけど、塔のことを一番知ってる二人だ。
俺はズズズで後ろからついていく。
「ここが食堂……っていうか、みんなでご飯食べるところ」
リーリアが説明してる。ホブゴブリンたちが焚き火で肉を焼いてる。
レイスが匂いを嗅いで——ちょっとだけ、腹が鳴った。
「…………」
聞こえたぞ。
「食べていく?」
「……いただこう」
Aランクの塔守が、ホブゴブリンと一緒に焚き火を囲んで肉を食ってる。
世界で一番変な食卓だ。
グリンがレイスに肉を渡した。
「ほれ、食え。うまいぞ」
「……ああ。うまいな」
「だろ? ガウルが狩ってきた鹿だ」
ガウルが尻尾を振った。「ガウ。自慢の獲物だ」
レイスが黙って肉を噛んでる。
なんか——こいつ、普通に馴染んでないか?
塔の中で一人で飯食ってたんだろうな。誰かと一緒に食べるのは久しぶりなのかもしれない。
……リーリアと似てるな。孤独だったってところが。
俺は食えないから見てるだけだ。宝箱に食事はいらない。魔石で魔力を補充すればいい。
でも——みんなが食ってるのを見てるのは、嫌いじゃない。
◇
午後。
レイス、リーリア、サガの三人が、村の端っこで資料を広げて解読作業を始めた。
古い文字で書かれた資料を、サガが読み解いていく。進化して長老種になったサガは、古代文字もある程度読めるらしい。
レイスが補足する。塔守として学んだ知識で。
リーリアが塔の内部構造の情報を足す。
三人の知恵が合わさると、一人では読めなかったものが読めるようになっていく。
俺は横にいて、重要な情報が出たら蓋文字でメモを取ってる。蓋裏に文字を残しておけるから、簡易メモ帳代わりだ。
「この記述……大賢者は塔を建てたあと、後悔していたようだ」
レイスが古い手記を読みながら言った。
「『封印は最善の策ではなかった。だが、あのとき他に方法がなかった』と書いてある」
サガが頷いた。
「大賢者も、好きで封印したわけではなかったのじゃな……」
リーリアが続きを読んだ。
「『もし後の世に、封印を正しく解ける者が現れたなら——その者に全てを託したい。封印の鍵は、塔そのものの中にある』」
封印の鍵は、塔の中に。
〝鍵って何だ?〟
「まだわからない。もっと読み込まないと……」
時間がかかりそうだ。でも、方向は見えてきた。
大賢者は、いつか封印を解く者が現れることを想定していた。
そしてそのための鍵を、塔の中に残していた。
俺が——その「解く者」なのかどうかはわからない。
でも〝解封〟を持ってるのは俺だけだ。
たぶん——俺しかいない。
◇
夕方。
訓練の時間だ。
ガルドが指揮してホブゴブリンとウォーウルフの合同訓練をやってる。
レイスが——それを見てた。
しばらく黙って見てから、ぼそっと言った。
「陣形がまずいな」
ガルドの耳がぴくっと動いた。ホブゴブリンの聴力は鋭い。
「……なんだと?」
「前衛が密集しすぎだ。あれでは側面から回り込まれたとき対応できない。ウォーウルフの機動力を活かすなら、もっと散開させたほうがいい」
ガルドの目がすっと細くなった。
「……やって見せろよ」
おっ。
レイスが立ち上がった。
上着を脱いで、訓練場に歩いていく。
「いいだろう。ただし俺は武器を使わない。素手でやる」
素手のAランク vs 武装したホブゴブリン五匹。
訓練だから本気じゃないけど——レイスの動きは、次元が違った。
速い。ホブゴブリンの攻撃を紙一重で躱して、背後に回る。
一人の腕を取って、くるっと投げた。柔術みたいな動き。
もう一人の足を払って転ばせた。
三人目が斬りかかってきたのを、手刀で剣の腹を叩いて軌道を逸らした。
十秒で五人を無力化した。
素手で。
Aランク、やべえな。
ガルドが悔しそうな顔をしてる。でも目は真剣だ。
「……もう一回」
「いいぞ」
もう一回。
今度はガルドも参加した。
レイスが指示を出しながら戦う。
「そこで右に跳べ。……遅い、もっと速く。……今だ、左から挟め」
敵と味方を同時にやってる。戦いながら指導してる。
さすがにこいつ、ただの門番じゃないな。騎士の中でも教官クラスの実力だ。
ガルドが何度も転がされた。
でも——少しずつ対応できるようになっていく。
ホブゴブリンの成長速度も速い。さっき言われた「側面の散開」を、もう実践しようとしてる。
レイスがちょっとだけ笑った。
「飲み込みが早いな」
ガルドが汗を拭きながら言った。
「……おまえ、ムカつくけど、強い」
「ありがとう」
「褒めてない」
「知ってる」
……なんか、こいつら、うまくやれそうだな。
◇
夜。
レイスが帰ろうとしたら、チョンが駆け寄ってきた。
「レイス! 明日も来る!?」
「……ああ。来る」
「やった! 明日は剣持ってきて!」
「考えておく」
レイスが森に消えていった。
チョンが手を振ってる。
ガルドがぼそっと言った。
「……子供は単純でいいな」
〝おまえも単純だろ〟
「うるせえ」
◇
夜中。
リーリアが蓋を開けて中に入った。いつもの。
「おやすみ、タカラ」
アイがぷるん(おやすみ)。
パタン。
——と、閉じる直前に、リーリアが言った。
「ねえ、タカラ。今日ね、中にいるとき、ちょっと不思議なことがあったの」
ん?
「私の魔力が、タカラの中で……なんていうか、響いてる感じがしたの。前はただ〝あったかい〟だけだったけど、今日は違った。もっと深いところで、繋がってる感じ」
繋がってる。
リーリアの魔力と、俺の収納空間が。
前に蓋裏に出た〝親和性が極めて高い〟って表示。
あれが——もっと深くなってるのか?
「もしかしたら……私がもうちょっと魔力を送ったら、何か起きるかも」
何か。
蓋裏を確認。
取説は変わってない。余白もそのまま。
でも——余白の端っこに、ほんのかすかに、文字が滲んでる。
読めない。まだ薄すぎて。
何かが——もうすぐ浮かんできそうな気配だけがある。
〝無理するな 自然に任せよう〟
「うん。おやすみ」
パタン。
リーリアが眠った。
俺はしばらく蓋裏を見てた。
滲んでる文字。まだ読めない文字。
あれが読めるようになったとき——俺は、変わるのかもしれない。
ズズズじゃなくなるのかもしれない。
……ズズズじゃなくなったら、ちょっと寂しいかもな。
いや、そんなことないか。
パタン。
おやすみ。
◇
【次回】レイスが村に通い始めて一週間。資料の解読が進んできた。大賢者が残した〝鍵〟の正体に近づいている。それと——ダンジョンの下層から、変な報告が来た。ガウルが「なんか知らないスケルトンがうろうろしてる。でもそいつ、匂いがおかしい」って言ってる。匂いがおかしい? どういうことだ?




