第23話「交渉の席に、宝箱」
冒険者を追い返した翌日の朝。
来るだろうなとは思ってた。
あの七人が街に帰って騒いだら、ギルドが動く。討伐依頼が出るか、それとも——
ガウルの鼻が反応した。
「ガウ。南から人間が来る。三人。武装してるけど……戦う気配はない。ゆっくり歩いてる」
戦う気配がない。殴り込みじゃなくて、話しに来たってことか。
……いいほうの展開だな。
ガルドに伝える。
〝客だ 迎え入れろ ただし警戒は解くな〟
ガルドが頷いて、ホブゴブリンの精鋭を村の入口に並ばせた。
威嚇じゃない。出迎えだ。ただし——でかい。百七十センチのホブゴブリンが六匹並んでるだけで、相当な圧がある。
十分くらいして——森の向こうから、三人の人間が姿を現した。
先頭は中年の男。革鎧じゃなくて、ちゃんとした服を着てる。商人か、役人か。
後ろの二人は護衛だろう。冒険者っぽい。Bランクくらいの装備。
先頭の男が、並んでるホブゴブリンを見て——足が止まった。
「……これは、なかなかの歓迎だな」
声が震えてないのは、たいしたもんだ。肝が据わってる。
ガルドが一歩前に出た。
「何の用だ、人間」
ガルドの低い声。ホブゴブリンの迫力。
護衛の冒険者二人が剣に手をかけたけど、先頭の男が手で制した。
「待て。私は戦いに来たんじゃない」
男が一歩前に出て、軽く頭を下げた。
「ベイルの街の冒険者ギルド支部長、ドルトンだ。この集落の……代表者と、話がしたい」
ギルドの支部長。けっこう偉い人が来たな。
ガルドが俺を見た。
どうする、って顔だ。
……行くしかないだろ。
ズズズ。
ホブゴブリンの列の間から、金色の宝箱がゆっくり滑り出てきた。
ドルトンが——目を丸くした。
「……宝箱?」
パカッ。
蓋文字を出す。
〝俺がここの代表だ〟
〝タカラという〟
ドルトンが蓋裏の文字を読んで——三回くらいまばたきした。
「……宝箱が、代表……?」
信じられない顔してる。そりゃそうだ。
護衛の冒険者二人も固まってる。
「ギルドに報告が来たんだ。ダンジョンから大量の進化魔物が出て、森に集落を作ったと。確認に来てみたら……これは驚いた。Aランク相当の魔物がひしめき合い、そして……その代表が、宝箱とは」
人生で一番驚いてるだろうな、この人。
〝座って話すか?〟
ドルトンが苦笑した。
「ああ、そうしよう。立ち話もなんだ」
◇
村の中央の広場に、丸太を並べて即席の会議場を作った。
ドルトンが丸太に座る。護衛は後ろに立ってる。
こっちはガルドが丸太に座って、俺はガルドの横に置かれてる。置かれてる。
サガが杖をついて横に座ってる。外交には知恵者がいたほうがいい。
リーリアはフードを被って後ろにいる。人間だとバレると面倒だから、今は隠れてもらってる。
ドルトンが周囲を見回した。
ホブゴブリンがうろうろしてる。ウォーウルフが木陰で寝てる。鏡鱗竜が見張り台からきらきら光ってる。チョンが走り回ってる。アイがぷるんぷるんしてる。
「……驚いたな。本当に〝村〟だ」
村だろ。
「昨日、うちの冒険者が七人ほどここに来て、追い返されたそうだな」
来たな。素材目当ての連中だ。
「帰ってきた奴らが顔面蒼白で〝矢を素手で掴まれた〟〝宝箱から砲撃が飛んできた〟と。正直、何を言ってるのか最初はわからなかった」
そりゃわからないだろうな。
「確認しに来てみたら……なるほど。ホブゴブリンにウォーウルフに鏡鱗竜。これは確かに、並の冒険者じゃ手も足も出ない」
ドルトンが真剣な目で蓋裏を見てる。
「あの七人は無許可で動いた連中だ。ギルドとして指示したわけじゃない。だが——このまま放置すれば、もっと大勢が同じことをする。あるいはギルドに正式な討伐依頼が出る。そうなる前に、手を打ちたい。……なぜ、ここに村を作った? いったい、何が目的だ?」
いい質問だ。
……なんて答える?
〝攻撃するつもりはない〟
「それはわかっている。ここまで来る間に、一度も襲われなかった。見張りの竜に見られたが、攻撃はされなかった」
鏡鱗竜の偵察班が、ちゃんと仕事してくれてたのか。見つけても攻撃しない、って指示を出しておいてよかった。
「だが——〝攻撃するつもりはない〟と言われただけでは、街の人間は安心できない。ギルドとしても、説明が必要だ」
俺は蓋文字を出した。ゆっくり、一文ずつ。
〝俺たちはダンジョンの中で暮らしてた〟
〝冒険者に狩られながら〟
〝逃げて、隠れて、仲間を失いながら〟
ドルトンが黙って読んでる。
〝強くなったから出てきた〟
〝もう隠れる必要がなくなったから〟
〝目的はただ一つ〟
〝ここで、平和に暮らしたい〟
書いてから——ちょっと照れた。宝箱が〝平和に暮らしたい〟って。
でも嘘じゃない。
ドルトンがしばらく黙ってた。
それから——隣のガルドを見た。
「……おまえも同じ考えか?」
ガルドが腕を組んだ。
「ああ。俺たちはもう、人間を襲うつもりはない。でも——襲われたら守る。仲間を守りたいからだ」
いい返事だな。
ドルトンが腕を組んで、考え込んだ。
一分くらい黙ってた。護衛の冒険者たちがそわそわしてる。
やがて——ドルトンが口を開いた。
「一つ、提案がある」
◇
「不可侵協定を結ばないか」
不可侵協定。
「パカラ村の魔物は、ベイルの街と周辺の人間を襲わない。代わりに、ベイルの冒険者はパカラ村の魔物を討伐対象としない。お互いに手を出さない、という約束だ」
なるほど。
悪くない話だ。
〝冒険者がダンジョンに来るのは?〟
「それは今まで通りだ。ダンジョンの中はダンジョンの中。外の村は別。そういう線引きでどうだ」
ダンジョンの中は従来通り冒険者が探索する。でもパカラ村には手を出さない。
まあ、ダンジョンにはもう俺たちの仲間はほとんどいないから、実害はない。
問題は——信用だ。
〝約束を破る冒険者がいたら?〟
ドルトンが即答した。
「ギルドが処罰する。協定を破った者はランク剥奪、ベイルの街から追放。それくらいの覚悟がなければ、協定なんて結ぶ意味がない」
……本気だな、この人。
〝なんで、そこまでする?〟
ドルトンがちょっと困ったような顔をした。
「正直に言おうか。Aランク相当の魔物集団と戦争をする余裕は、ベイルにはない。街の冒険者を総動員しても勝てるかわからない相手と、無駄に敵対するより、手を結んだほうが賢いだろう」
打算か。
でも——打算でいい。利害が一致するなら、それが一番強い。
友情より打算のほうが長持ちすることを、冒険者時代に嫌ってほど学んだ。
サガが口を開いた。
「ワシからも、一つよいかな」
ドルトンがサガを見た。ホブゴブリンの長老。
「なんだ?」
「この協定、文書にしてもらえるかの。口約束では——どちらも不安じゃろう」
ドルトンが目を丸くした。
「……文書か。魔物から、文書を要求されるとは思わなかった」
サガがにやっと笑った。
「ワシは長老種じゃ。それくらいの知恵はあるぞい」
進化して魔力だけじゃなくて、交渉力まで上がってないか、このじいさん。
ドルトンがははっと笑いながら頷いた。
「わかった。文書にしよう。ギルドの印を押した正式な協定書を用意する。そちらも……署名、できるか?」
署名。
擬態すれば手は出せる。自分で書くこともできるだろう。
でも——俺はパカラ村の代表を、宝箱として務めてる。
人間のフリをして署名するのは、違う気がした。
「俺が代わりに書く」
ガルドが横から言った。
サガに教わった字で、堂々と。
〝パカラ村代表・タカラ 代筆・ガルド〟
いいね。こっちのほうが——俺たちらしいよな。
〝交渉成立だ〟
ドルトンに蓋文字を見せた。
ドルトンが——ふっと笑った。
「宝箱と握手するわけにもいかないな」
〝蓋でよければ〟
パカッ。蓋を差し出した。
ドルトンが一瞬迷って——蓋の縁を、握った。
握手。
人間と宝箱の、たぶん史上初の握手。
護衛の冒険者たちが呆然としてる。
ガルドがにやにやしてる。
サガがうんうん頷いてる。
チョンが遠くから「タカラが人間と手ぇつないでるー!」って叫んでる。
手じゃない。蓋だ。
◇
ドルトンたちが帰っていった。
協定書は三日後に届くらしい。
見送ったあと、ガルドが言った。
「うまくいったな」
〝ああ〟
「人間と協定を結ぶ日が来るなんて、思ってもなかった。ダンジョンで木の棒振ってた頃には……想像もできなかったよ」
俺もだよ。宝箱がギルドの支部長と握手する日が来るなんて。
「でも——これで終わりじゃないんだよな」
〝ああ〟
レイスのこと。塔のこと。封印のこと。
不可侵協定はベイルの街との話でしかない。
塔守のレイスは——ギルドの管轄じゃない。別の組織だ。
そしてレイスが言ってた〝封じられていたもの〟の話。
まだ何も解決してない。
でも——一歩は進んだ。
人間と、話ができた。
殺し合いじゃなくて、言葉で。
蓋文字で、だけど。
〝一歩ずつだ〟
ガルドが頷いた。
「ああ。一歩ずつな」
パカッ。
◇
夜。
焚き火を囲んで、サガがみんなに今日のことを話してた。
「今日、人間と協定を結んだぞい。もう冒険者に襲われることはない」
歓声が上がった。
「マジか!」
「もう逃げなくていいのか!?」
「ガウゥゥゥーーッ!」
「しっぽ振りすぎだぞガウル」
「チロチロ(鏡鱗竜の喜び方)」
「カチカチ(鋼蟲の喜び方)」
みんな、それぞれのやり方で喜んでる。
リーリアが俺の横に座ってた。
「すごいね、タカラ。人間と魔物が約束を交わすなんて」
〝すごくはない ドルトンがまともな人だっただけだ〟
「でも、あの人がまともだって見抜いて、ちゃんと話をしたのはタカラでしょ?」
……まあな。
「冒険者だったから、人間のこともわかるんだよね。魔物のことも、人間のことも」
宝箱なのにな。
リーリアがくすっと笑った。
「宝箱だからじゃない? 中にいろんなものが入ってるから。冒険者の記憶も、魔物の仲間も、全部入ってる」
……うまいこと言うな。
「じゃ、おやすみ。入るね」
すぽん。
アイがぷるん(おやすみ)。
パタン。
焚き火がぱちぱち燃えてる。
村がある。仲間がいる。人間との約束がある。
宝箱に入ってるものが——また一つ、増えた。
おやすみ。
◇
【次回】協定書が届いた。ちゃんとした羊皮紙に、ギルドの印が押してある。で——協定書と一緒に、手紙が入ってた。差出人は——レイス。〝一度、二人で話がしたい〟。二人? おまえと俺で? 人間と宝箱で?




