第三話 素晴らしき「カタ」の世界・1
――音楽の学校を出たことはメリットになっていますか。
と思います。鍛えられたし、何よりもきちんと整えられたなと。
――勉強したら個性がなくなると言う方も多いですね。
自由のために基礎は不可欠。体系的に一から勉強したぐらいでなくなる個性なら、そんなの初めからないのと同じこと。俺は創作はゼロから1を作るんじゃなくて、1を2にしたり、100万にしたりする作業だと思っているので、基礎は疎かにはできないしいつだって練習は欠かせない。とはいえ、全ての練習を本番のつもりでやってはいますけどね。
「うーむ。十三位かぁ。不吉な数字よのう」
壁に貼られた中間テストの結果表を三人で見る中、純輝が自分の名前を発見して開口一番にそう言ったので理一も剛も何とも言えない不思議な気持ちになった。
「上位に入れたってのにそんな感想かよ」
純輝は、うーんと腕を組む。
「完璧の璧を壁って書いちゃったかもしれないんだよなぁ」
「はあ。おれたちはそれどころじゃないんだけどな」
と、理一は剛と頷き合った。そして剛は純輝の背中を軽く叩いた。
「すごいことだよ、猪瀬。本当に尊敬するよ」
「え、そう? 大和田からそんなワードが出てくるとは思わなかったなぁ」
「おれはもう、昔から勉強が苦手で」
「でも大和田は就職希望なんだろ?」
という理一に、剛は頭を掻く。
「それはそうなんだが、成績が全然関係ないことはないからな。やっぱり進学校の方が有利だと思って来たんだが」
「っていうか瀬戸は進学希望なんだろ。大丈夫かい」
「まだ一年生の中間テストだ」
「すぐ期末が来るぞ~意外と頭悪かったんだなぁ、瀬戸は」
「うるせぇな」
はは、と軽く笑い合った。
そこで純輝は目線を上部に動かし、真剣な表情になった。
「……しかし」
二人も純輝につられる。
「古屋は本当に凄いよなぁ。五百点だってさ」
という純輝に、二人も遠い目をした。
「全教科満点ってことだろ。一体どんな勉強法なんだろうな」
「もともと頭がいいんじゃないのか」理一の言葉を受け、剛が反応した。「だいたい、体育も家庭科もばっちりじゃないか、古屋は」
「そういやクラスメイトの名前、どうやら一発で覚えたっぽいよなぁ。なんか別次元って感じ。おまけに顔もイケメンと来た。眼鏡外したらもっと男前なんだろなぁ。あんなに何でもかんでもできるんならどうせ歌もうまいんだろうなぁ。よし、ヴォーカルは古屋だ」
いきなり話が自分たちの音楽活動に向かったので二人は目を剝いた。
理一は言った。
「そんな適当な。歌もうまいかどうかはわからないだろ。合唱じゃわからないし」
「壊滅的に音痴でなければやっぱヴォーカルは顔でしょ」
「理屈はわからなくはないけど」
「古屋の奴、部活とか特に入ってないみたいだしさ」
「ちょっと待ってくれ、本当に古屋がいいのか?」
「ダメな理由はないだろ。断られたらダメだけど」
「うーん……」
そこで理一が顎に手をやったので、二人はおやと思った。
「どうしたんだよ?」
「いや。おれたぶん、古屋に嫌われてるんだよ」
「え、そうなの?」純輝はちょっと目を丸くした。「何でそう思うの?」
「いやだって、自己紹介邪魔しちゃったし」
「それは仕方がないだろう」
確かに仕方のないことではある。怪異が突然目の前に出現したらパニックにならない方がおかしいのだから。
純輝は続けた。
「古屋だってそんなこと気にしてないと思うよ」
「でも、ちょっと。何か避けられているような?」
「お前のことが嫌いだとか言われたの?」
「いや別にそうじゃないけど」
「じゃ、それ思考とか論理の飛躍だよ。ジャンプのし過ぎだって。バイアスだかフィルターだかがかかってるんだって。古屋は絶対に気にしてないと思うよおれの推測では」
「何でそう思うんだよ」
「普通に考えてそう思うだろ。大和田もそう思うだろ」
「うん」と、剛は首肯した。「そう思うぞ。古屋は誰にでも優しいしな」
「……ちょっと気になってるんだよなぁ」
確かに純輝の言うように、そのように思っているからそのように映る、という可能性は確かに感じるのだが、しかし雅哉と必要があってコミュニケーションを取るに当たって何となく避けられているような気がするのも事実だった。それも気がするだけで事実としてどうかまでは確かにわからないのだが。と悶々としていたらそこに雅哉がやってきた。
「お。噂をすれば」
「ん?」自分のことをまじまじと見る純輝に雅哉は怪訝そうな顔をした。「ぼく?」
「古屋おめでとう、一位だって。しかも全教科満点だよ」
「え、嘘」
と、雅哉はちょっと足早に成績表に駆け寄った。
「しまった」
「何が」
一番の成績を取り、何が「しまった」なのか三人にはよくわからない。雅哉はしばしの間、渋い表情になって成績表を見つめた。
「うーん……」
「何か?」
という純輝に、しかし雅哉は、うん、と頷いた。
「いや。何でもないよ。ありがとう猪瀬くん、称えてくれて」
「じゃ、称えたお礼に音楽部に入ってくれない?」
「え?」
純輝はどんなことがあっても人生という大海を進んで行けるのだろうな、などと理一は思った。
「音楽部?」
「うん。古屋が入ってくれたら部活になるんだよ」
「どうしてぼくなの?」
「歌とかうまいだろたぶん」
「それは……音痴ではないようだけど……」
「よっしゃ。じゃ、古屋がヴォーカルな。ちなみにおれがベースで瀬戸がギターで大和田がドラムで、あとクラスの小津野さんがピアノなんだよね。バンド結成!」
「ちょっと待てよ猪瀬。古屋の意見を聞かないとダメだろ」と、理一が前に出た。「それに、小津野の意見だって大切だ」
ちらりと雅哉を見る。雅哉は理一をじっと見つめている。何だか鋭い目だ。やっぱり嫌われてるんじゃないかなぁ……と理一は心配する。
すると雅哉は理一から目線を外し、純輝に対してこう言った。
「入るのは別にいいんだけど」
「よっしゃ!」
「でもぼく、バイトで忙しいから、毎日必ず参加するっていう保証はできないよ。それでもよければ」
「それでもよいので」
「それでもよいのかよ」
という理一に純輝は答えた。
「とにかく五人集めて部活にしないと。じゃなきゃ予算も出ないだろ。おれがヴォーカルでもよかったけどやっぱベースに専念したいしさ」
「それはそうだけど」
「じゃ、よろしく~古屋。あとで小津野さんにも報告しないとな~」
というわけで、亜月には事後承諾の形になってしまうが、とにもかくにもこれでバンドメンバーが揃った、ということのようで、確かに理一はホッとしてはいたが、しかし雅哉の態度がどうしても気になってしまう。単にバイアスがかかっているだけならいいのだけど、と、そう思わずにはいられなかった。
などと理一がそんなことを気にしているとは夢にも思わず、純輝は雅哉にリクエストした。
「というわけでなんか歌ってみて」
「え、ここで?」
「路上ライヴのつもり」
「それはちょっと」
辺りを見渡す。成績表が貼られたばかりなので生徒たちがちらほらとやってきている空間だった。
「軽くでいいからさ。決定事項ではあるけど一応オーディションしときたい」
「……うーん。じゃあ軽くね」
しばし悩み、やがて三人に聞こえるレベルの声量で雅哉は歌い始めた。それはこの高校の校歌だった。
「!」
三人はびっくりする。
一番の前半を歌い上げ、やがて雅哉は三人の反応を待った。
「ざっとだけど」
純輝は目をキラキラと輝かせて手を叩いた。
「すげーうまい! それに美声だ! すげーよ古屋!」
「いやそんな。照れるな」
「おれの目に狂いはなかったな」
雅哉をメンバーに加入するという計画は今さっき思いついたばかりじゃないか、と、そう呆れる理一と剛なのであった。




