プロローグ・1
「家族集積性って概念があるんだよ」
静かな診察室の中。主治医の都雪尋の言葉を受け、患者の木下栄吉は怪訝そうな顔をした。
「何ですかそれは」
栄吉の質問に雪尋はすらすらと答える。
「家族、親戚は似たようなライフスタイルを送っているから、似たような人生や進路になりがちなんだよ。医者の家系、とか、音楽家一家、とかよく言うでしょ」
確かにうちは父方母方揃ってみんな音楽が趣味である。そして雪尋も父親こそ医師ではなかったそうだが医者の家系の出身であるようだった。
雪尋は続ける。
「だから、他の人たちがみんな四年制の大学を卒業して普通の会社の正社員として働いている中、音楽の学校に行きたいとかミュージシャンになりたいとか本気で思っていた君は“異端”だった、ということだ」
異端――。
それは自分の状態をすごくよく表している言葉だと栄吉は思った。自分は白い羊の群れの中のただ一匹の黒い羊。だから白い羊たちに理解や共感を求めること自体が間違っていたように思える。
栄吉の家系の男性陣は、母親の父という祖父を除けば全員大卒の正社員である。そして自分は高卒、専門学校中退、フリーター、ニート、そして現在は就労支援A型の利用者として働いている。雇用契約を結んでいるので半分は社員だが半分は利用者である。”普通の会社の普通の正社員”などではない。異端。よくわかる。そして、そこまで考えると自分の家族親戚の中で女性陣が普通の会社員や専業主婦や司書やカウンセラーや保育士などなかなかバラエティ豊かな職業に就いていることも、考えてみれば、”女はろくに稼げないからどんな職業でも構わない”という非常に古典的な男尊女卑によるもののように、今の栄吉には思える。
だから……おそらくは、どっちにも問題がある、のではなく、どっちにも問題などないのだと思う。彼らの常識や世界観と自分は明らかに乖離している。どんなに言葉を尽くしても、一生懸命頑張っても、根柢の部分で分かり合えないし、融合できない。しょうがない、ということなのだろう、と、栄吉はぼんやりと思う。
でも、だからといって、自分の若者時代を奪っていい理由には、ならない。
診察室の中で栄吉は決意していた。何としてでも、これ以上、親や兄弟や親戚の連中に自分の人生をめちゃくちゃにされてたまるものか。これ以上血族に殺されるわけにはいかない。ぼくはぼくの人生を生きる。あるいはいち労働者として血族の連中を憎み続ける。「ミュージシャンだのなんだの、お前なんかにそんなすごいことができるはずがない」――そんな連中の言葉にもう殺されない。なぜなら彼らと自分は生まれつきが違うのだから。それは自分ではどうにもならないことで、どうしようもないことなのだから。
だから絶対に、小説家になってやる。
栄吉の”確認”はどこまでも続いていく。




