15日目
ジョニーの目論見はまさに言葉通り思い通りに事は進んだ。
崖の隙間の各所に鳴らしたお手製鳴子は場所によっては隙間風で。場所によっては流れる水に乗せて。
昼夜ひっきりなしに音を鳴り響かせた。
また崖という立地もよかったのだろう。
反響して遠くまで鳴り響くその音は周囲何kmにも及び…
引き寄せられたゾンビの群れは崖の下にミンチ肉の塊を何百メートルほどにも続く
『肉の池』とも呼べる盛大な血の水たまりのような塊を形成するまでに至った。
「自分でやっといてなんだがドン引きする量だな…」
場所的には少し離れた木の上に4人は拠点を作り、血の池を斜め上から見下ろす形でそれを眺めていた。
血の気の引いた3人も最初は風に乗って流れてくる腐臭に絶えず嘔吐と吐き気を催していたが
数日たつうちに慣れてきたのか…はたまた吐くものがなくなってしまったのか
げんなりはしているものの、正常に会話できる程度には気を持ち直してはいた。
「まあ…あんだけゾンビがいた場所に無策でつっこまなくてすんだこたぁ…ありがたいことではあるが…なぁ?」
ブルーズが珍しく…珍しいわけではないが濁した感じでボヤいた。
人数で換算すればそれこそ数千人にも及ぶだろう数のゾンビ…
それがはい出てきた洞窟に本当に突っ込むのか?とそう言いたいのだろう。
「言いたいことはわかる…あんだけ出てくる時点で洞窟内のゾンビの数が減ったとはいえどれほど総数がいるかしれない。
だがあんだけゾンビが出てきたってことはあそこがロス…または地球のどこかに繋がってるのは間違いねえ。
今こうして話してる間にもまた増えてるかもしれない。そう言いたいんだろ?」
エフィーとチャッキーは黙って2人の会話を聞いている。
聞きたいことはブルーズと同じなのだろう。
「それでも…行くしかねえさ」
そのセリフに3人はため息をついた。
まあそうだろうなと分かった上でのため息だ。
「幸いおかげで分かったこともある。ゾンビが着ている服、人種、総数…それを見ても現実世界の大都市…
アメリカないしヨーロッパ圏に繋がってることは間違いねえ。
そしてあの数が通ってこれるぐらい、でっかい入り口がある…ってことだ」
「…ショッピングモールや競技場…恐らくそういった交通量の多い場所で
なおかつ開けた所に通じてる可能性があるってぇことだな」
ジョニーの説明にブルーズが補足を入れる。
それをだまって頷くジョニー。
「この情報はデカイネ。いくら地球に繋がってるとはイエ、どこトモしれぬ場所にツナガってたりしてたら
たどり着いてもオテアゲだったロウからネ」
チャッキーも同意するように補足してくれる。
そう。現実世界に繋がってたとしてもたとえば太平洋のど真ん中に突然ほおり出される危険性もあった。
ゾンビなら殴れば殺せるが自然はどうしようもない。
最悪冬の海に放り出されるだけで、全滅もあり得た。まあゾンビどもには関係のない話だろうが。
「ひとまずできる限りの準備は整えた。だが念には念を入れてもう数日待とう」
ジョニーのセリフに3人は頷き…さらに2.3日の余裕を持たせた上で4人は洞窟へ突入した。
「うへえ…まだ足元がぬかるんでやがるぜぇ・・」
「しょうねえさ。洞窟の湿り気はちょっとやそっとじゃ乾いたりしない」
ブルーズのぼやきに律儀のジョニーは答える。
念を置いて2.3日待つと決めた時、流した水はまたせき止めておいた。
それは洞窟に入った時にぬかるみに足を取られないための処置だったが、まあ残念ながらたいした効果はなかったようだ。
ただ有難いことにゾンビの腐臭はきれいに洗い流されたのか空気は比較的澄んでいた。
ゾンビの大群が近ければもしかしたらにおいで発見することも出来るかもしれない。
4人は一塊に慎重に前に進む。
ジョニーがまず道の先に向けて松明を投げて、しばらく様子を見る。
物音や松明に不審な影が映らなければ松明付近まで移動して、拾う前に別の松明を道の先に投げて様子を見る。
なかなかに地道で牛歩でしか進めない作業の繰り返しだ。
ただこの段階に至って予想外だったのは3人共割とゾンビに対して順応してくれた事だった。
少なくともゾンビ映画でよくある怯えて奇想天外な行動に出だしたり、あまりの緊張で動けなくなったりそういった事は
一切ない。
一番怯えていたであろうエフィーに至っては最後尾ではあるものの欠伸までしている始末だ。
松明を投げてゾンビの確認をしているジョニーとしてはもう少し気を入れてもらいたいもんだが…と思いつつ
投げた松明の炎がゆらりと揺らぐ。
「…ゾンビだ。数1」
ぴりっとした空気が走る。動きを止めた一同の前にチェックのポロシャツを着た中年のゾンビがゆっくりこちらに動き出す。
「よい…っしょぉットオ!」
チャッキーが小さく声をあげてゾンビに棒を突き立て、壁に固定する。
棒は二股に分かれており、チャッキーもゾンビを直接攻撃するのではなく
二股になった部分に首が収まるように突き立てた。
つまり日本でいう 刺叉 のようなもので、不審者の拘束するのに向いている。
特にゾンビの場合、振りほどくような動きはするものの 刺叉 をつかんで引きはがすような動作はしない。
そこにすかさずブルーズの攻撃が決まる。
「っふん!ふんっっしゃ!」
「ちょ?!ブルーズ何を」
いかにも中年な鼻息を鳴らしながらなんとブルーズは素手でゾンビに攻撃を仕掛けた。
最初の掛け声で、右ストレートがゾンビの顎を砕き返す左のフックでゾンビの顔を岩肌にたたきつける。
そこに追い打ちのような右肘がゾンビの頭を砕いた。
「…え?渡した武器は…」
絶句するジョニーの目線には、床に転がっている本来はゾンビを遠くから突き刺せるような木の銛が転がっている。
「わりいな…それじゃ動きにくくてよぉ」
ブルーズは悪びれることもなくそういった。
確かに刺叉も銛も長物だ。今はまだ広い部分の洞窟内を進んでいるが、狭くなれば当然長物の取り回しはしづらくはなる。
しかし何も素手で殴らなくとも。
そう言いたげなジョニーの気持ちを汲み取ったのかブルーズは大丈夫だ、と手を振る。
「無茶はしねえよ。だが俺たちには俺たちの今までのやり方ってもんがあるんだぁ」
不遜なものいいかもしれないが、一理はある。
突然慣れないことを強要されて、緊張からミスを起こす。なんてことは日常でもよくある事だ。
「言いつけは守るさ。基本2人ペアでゾンビ1人をやるし、3人以上のゾンビが出たら撤退する。
血にだってほら…ちゃんと気を付けてるんだぜ?」
そういって見せたブルーズのこぶしには衣服を巻き付けていた。直接殴ってケガをしたり血をまともに浴びないようにしているわけだ。
「…わぁかった。何も言わねえさ、だが一つだけ言わせてくれ。ゾンビにまともに殴りに行くなんざあんたいかれてるぜ?」
悪気なく茶化したジョニーに満面の笑みでブルーズはよく言われると微笑んだ。




