絡んだ糸がほどけて落ちる
「リエ」
あの日から真刀とリーエとうまく接することができない。
リーエは相変わらず愛らしい笑みで私に話しかけてくれるのに、私は表情を硬くさせたまま、うんとかああとか、そんな相槌しか打てないでいた。リーエもなにかを察してか、私に無理に話しかけるのをやめた。
「リエってば」
同じクラスでもあるリーエとぎくしゃくしてしまっているので、周囲の友人たちも戸惑い気味だ。困ったな、こんんふうに態度に出したいわけじゃないのに。
原因はわかっている。リーエが真刀と寝る本当の理由を聞いたからじゃない。
『俺のすべてはリーエのものだ。リーエが望むなら、そこにあいつからの想いがなくても』
真刀の心からの気持ちを、はっきりと突きつけられてしまった。
(あれは痛かったな……何度も思い出して自分を傷つけてしまう)
ならば思い出さなきゃいいのに、何故かうまくいかない。
「リエ!」
「うわっ」
突然大声で名前を呼ばれて、椅子から落ちそうになった。
見ると、中学校来の友人であるゆうかが立っていた。
「何度も呼んだのにぼーっとして!どうしたの?」
腰に手を当てて憤慨しているようではあるが、心配そうに顔を覗きこんでくる。
勝気で優しい友人は、リーエとぎくしゃくしている私を気遣って、リーエではなく私の傍についてくれている。
「ごめん、考え事してた」
そんなゆうかに適当な言い訳を口にして、私は昼休憩中の教室を見渡す。
開け放たれた窓から入り込む風が気持ちよかったが、三人で行った散歩のことが思い出されて、ぎりぎりと心臓が痛んだ。
「ねえ、どうしたの。ここのとこ本当に変だよ。リーエともあんまり話さなくなったし、なにかあった?」
ゆうかが困ったように私を見つめてくる。かなりトーンを落とされた声は、私達とは離れて昼食をとっているリーエ達への配慮だろう。つい先日までは、教室一番の騒がしさで楽しくランチしていたというのに。
「……ちょっとね」
困ったように肩を竦めてしまう。なにもないというのは簡単だが、明らかな嘘でゆうなを困らせたくもない。
「私には言えないの?」
ああそんな顔しないで。
「うん。自分の中で決着をつけたいんだ」
真刀のリーエへの想い、リーエの真刀の扱い、リーエの本音、鼎の意図。
(というより、鼎に抱かれていながら、リーエと仲良くやってた今までのほうがおかしかったのか……)
リーエの夫である鼎にレイプされていながら、平然とリーエには笑顔を向けていた私のほうが少しおかしい。
「あんたがそう言うなら、追求はしないけどさ」
ゆうなが触れ腐れたように唇を尖らせた。そうだな、今まで真刀のこと以外は全て話してきた親友だ。心配してくれないわけがないのに。
「ごめん、ありがと」
それでも話すことはできない。誰かに聞いてもらえば、ちょっとは楽になるだろうに。
『……なにかあれば、私に言いなさい』
そこでふと、私にそんなことを言った大人を思い出した。
(スクネ……)
スクネは鼎の側近だ。鼎が真刀とリーエの関係を知っているということは、スクネも知っているのだろうか。もし知っているのなら、話してみたい、聞いてみたい、リーエの本心も、今まで成り立ってきた王家の本質も、鼎がなにを目的にしているかも。
とはいえ、今度スクネに会えるのは鼎からの呼び出しがあってからだ。正直、それを考えると会うのは遠慮したい。
(……いや待て、確か来週の日曜に、影武者の仕事が入っていたはず。父さんが言ってた)
新しい観光船の完成と、それを祝う進水式典が主鼎港で行われると言っていた。その時はリーエの影武者として、参列するようにと言われたはずだ。王族と一般市民との距離は相当なものがあるので、リーエに顔が似ていなくとも問題はない。しかも学業期間を終えた本物のリーエのお披露目会で、今までのリーエは影武者だったと公表するらしいので、ようはつまり、私とリーエの日常に差し支えないよう、私にもリーエにも似ていない顔になればいいのだ。似ているのは背格好と髪の色だけの私が影武者をしている所以である。
(多分、その前に打ち合わせで城に呼び出される。そのとき、スクネに聞いてみよう)
それがどんな答えに繋がるのかはわからないが、このままこの辛い現状を放置しておくよりましだ。
(それからリーエ……)
こっそりリーエのほうを見ると、リーエも私を見ているところだった。
空中でぱちりと視線が弾けて、逸らすタイミングを失う。
リーエは真剣な顔で、私を見ていた。
(リーエに直接聞いてみよう。真刀をどう想っているのか、真刀を、どうする気なのか)
真刀にしてみれば余計なお世話なのだろうが、別に真刀のために想いの在り処をはっきりさせたいわけじゃない。なにもかも、今苦しい自分のためだ。
(リーエが少しでも、真刀を本気で好いていてくれるなら)
他の誰でもない、私が救われる。
「……リエ」
家に帰ると、リーエが待ち構えていた。
あの昼休憩のアイコンタクトで、私がなにかを決意したことを感じ取ってくれたのだろう。
リーエは聡い。無邪気で愛らしいだけかと思えば、自分の意思ははっきりと口にするし、それでも妃としての己を律する心も持っている。
「ただいま、リーエ」
久しぶりに言葉を交わした気がする。
「真刀は?」
「席を外してもらっていますわ」
そうだね、彼がいては、きっとなんの話もできないもんね。
「……散歩行く?」
無理だろうな、とは思ったが、一応、口にしてみた。
「是非行きたいですが、わたくしの部屋へ」
リーエが困ったように笑った。
リーエは自由であっても、不自由なのだ。
「リーエの部屋に入るの、久しぶりだ」
「そうですわね、始めのころ、リエはそっけなくて、不干渉でいたほうがいいのかと思っていたから、なんだかその延長で遠慮してしまっていたのかしら」
これからはどんどん部屋にも遊びにきてね、と誘われる。
「ここなら人払いもしてありますから、どんな大声で喧嘩したって、誰も来ませんわ」
穏やかに微笑んだリーエを見て、もしかしたら私が言いたいことを知っているのかもしれないな、と思った。
リーエの部屋は私の隣の隣だ。真刀の部屋を真ん中にして、私とリーエの部屋がある。まあ鼎するに、私の部屋に行為が筒抜けなのは、真刀の部屋で仲睦ましくしてらっしゃるということなのだが。
(今思えば、隠そうともしていないふうだった。……それが当たり前だから?いや、でも)
リーエの部屋に踏み込んで、今まであまり疑問にも思っていなかったことが頭に浮かぶ。そして同時に、嫌な予感がどくどくとしてきた。
「どうぞお好きなところにかけて、リエ」
リーエが笑う。
部屋に置かれたちゃぶ台に、既に紅茶が用意してあった。
うちの部屋は全室畳なのだが、ここに来た当時、リーエはそれを喜んでいた。母親の趣味で西洋寄りの家にしか住んだことがなく、和室に憧れていたのだという。まあ畳だろうがフローリングだろうが、リーエの凛とした佇まいはどこでも映えた。
私がちゃぶ台の前に座ると、リーエもその前に座った。胡坐をかいた私とは違い、きちんと正座しているところが、らしい。
やはり夏が近い。
太陽はまだまだ、落ちそうもなかった。
「……わたくしに、なにか話があるでしょう」
窓の外の竹林が陽光に透けて、部屋に模様をつくっている。それがゆらゆら揺れるさまを見ながら、リーエに促されるまま、私は口を開いた。
「リーエは、どうして真刀に抱かれるの」
もっとオブラートに包みたかったはずなのに、馬鹿な私からはそんな言葉が飛び出してしまった。真刀がいたら頭をはたかれていたかもしれない。
「……真刀に聞いたの?」
ぽそり、とリーエが言った。その言い方がいつもより距離を詰めたもので、じわじわと私の緊張度が増す。リーエは嘘をつかない。きっとこの場で、本当のことを話す。
「聞いたっていうか、……隣でされれば、そりゃ気付くというか……」
私が困ったように言うと、リーエは真っ赤になってしまった。
「……もっ、もしかして、聞こえていましたの、こっ、声」
俯いて、真っ赤になってもじもじしている。こんなリーエ、初めて見た。
「……うんまあ、抑えてたのはわかったけど。あと気配でなんとなく」
言うと、更に真っ赤になってしまった。
部屋着のワンピースの襟ぐりから覗く鎖骨まで真っ赤になっている。
なんだか出鼻をくじかれたな。あえて聞かせていたわけではなくて、単純に気付かれていないと本気で思っていたらしい。
「ご、ごめんなさい……」
真っ赤な顔で、恐縮しきって謝罪された。
そんなはっきり謝罪されると、逆に居心地悪い。
「……まあ、今までリーエが住んでいた家とは防音の性能が違いすぎるから、仕方ないと思うよ」
私は私で変なフォロー入れてるし。
「……」
「……」
そして落ちる、妙な沈黙。
半分だけ開けられた窓から、さらさらと竹の葉が鳴る音が届いた。
「先ほどの、質問の答えですが」
あ、はい。
「答える前に、リエはどういった答えを望んでいるか、聞かせていただけますか」
次に顔を上げたリーエはもう、どこにも赤みがなく、いつもどおりのリーエになっていた。
リーエの言葉に、頭上からざっと冷水を浴びせられた気分になる。
「……それを聞いてどうするの。貴女は、私の望むように答えるというの」
意識しなくとも、声が低くなってしまった。多分、眼つきも相当悪くなっているかもしれない。
「いえ、そうではないの。違うのよ、リエ。貴女を馬鹿にしたわけじゃないの」
それを受けて、リーエが慌てるように手を伸ばしてきた。
胡坐をかいていた足の間に落とされていた私の手を、リーエのほっそりとした手が取る。
「私、今度のことで、思ったの。今までは考えもしなかったけれど、リエが私にそっけない態度を取るのは、もしかして――もしかして、貴女は、真刀を」
パンっ。
思わず、続きを言われる前にリーエの口を塞いでいた。勢いがよすぎて、ちょっと痛かったかもしれない。ごめん。
「うん、そうだね。貴女が気付いたならもう誤魔化しようもないから、それは認めるよ。だけど真刀には秘密にして。絶対に言わないで」
リーエは私に唇を塞がれたまま、大真面目な顔でこっくりと頷いた。
それを受けて、私もリーエから手を離す。しかしその手は、再びリーエの手の中に握りこまれてしまった。
「できれば、その話を、先に聞かせてもらえないかしら」
ええー……。
「私からすれば、リーエは絶対に敵わない恋敵なんだよ。そんな貴女に、失恋話を言えっていうの?」
それはあまりに酷ではなかろうか。
「ごめんなさい。でも、わたくし聞きたいの。……聞かせて、リエ」
お願いというより、懇願に近かった。
どうしたのリーエ、なにをそんなに必死になっているの。
私は弱り果てたが、ここは私が先に腹を割らなくては話が進まないと判断した。
なにより、いくら相手がリーエとはいえ、今までずっと秘めてきた恋心を誰かに聞いてもらえるのは、少しだけ嬉しかった。
真刀との出会い、城での唯一の遊び仲間で、勉強を一緒にしたりした仲だということ、城の中を探検して迷子になったこともあった、いつの間にか真刀のことを好きになっていたが、真刀はリーエの剣になり、リーエに恋をしてしまったこと。
「……あの庭での顔合わせ、私もこっそり見てたんだ」
普段はあまり表情を動かさない真刀の目が、熱っぽく潤んで、すぐに凛としたものに変わったのを見た。あれはリーエに恋をして、そしてリーエの剣として己を振るうことを誓った顕れだったのだろう。そしてそのときの真刀の表情を思い出すたびに、私の心臓はしくしくと泣いた。
「……そう、そうだったのね」
一通り話を終えると、リーエは俯きがちにそう呟いた。
「リエは、今でも、……その、真刀のことが」
躊躇いがちな目に見つめられて、何故か心は凪いだ。
「好きだよ」
私がはっきりと答えたからか、リーエははっとした表情を浮かべた。
こうしてはっきりと自分の気持ちを誰かに教えるなんて、思ってもみなかった。しかも相手は真刀ではなく、真刀が恋焦がれるリーエになんて。
そして妙にすっきりしている自分がいることが、おかしかった。
「どうしてかな。一緒の時間はなくなってしまったけど、何故か、私はあの人を忘れられなかったんだ」
それは初恋だったからだろうか。それとも、気持ちを伝えることもなく失恋してしまった未消化の恋だったからか。
「……きっと、どうしようもないことだったからだろうね」
私がどんなに真刀を好きでいても、真刀はその想いに気付くことはなかった。
真刀はリーエという主を持ち、そしてリーエを愛した。けれどリーエはこの国の王の妃だ。私にとっても真刀にとっても、どうしようもない恋だった。
「リーエ、私は貴女からどんな言葉が飛び出ても貴女を恨んだり、真刀を憐れんだりしない。私はただ知りたいんだ。正妃である貴女がなにを想って、真刀に抱かれているのか」
そうだ、恨み言が言いたいんじゃない。ただ、己のために知りたいのだ。知ったあとにどうこうしようとも思っていない。私は、ただ、知りたかったのだ。
真刀への想いをはっきり口にできたからか、それともリーエに知ってもらえたからか、私の心は随分と穏やかだった。
もしかしたら、私の真刀への〝好き〟は、今までずっと、出口を探していたのかもしれない。
「貴女に真刀への気持ちを聞いてもらえて存外すっきりした。だから次はリーエが聞かせて」
自分で言って初めて、リーエは怯えているのかもしれない、と考えることができた。
真刀への愛があってもなくても、リーエは怯えていただろう。
それは国王の妃ゆえの禁忌として、そして真刀を好きだという私への罪悪として。
大丈夫だ、と伝えたくて、リーエの手を握る。
きっとリーエも、そういう想いで私の手を握ってくれていたのだろう。そう考えると、益々心は穏やかになった。
(リーエも、出口を探してる……)
誰にも言えないのは、きっと私達ふたりとも同じだ。
「……真刀に初めて身を委ねたのは、正妃として国王と婚姻し、何度か王と夜を過ごしてからでした。それまでわたくしは真刀を己の護衛としてしか見ていなくて、当然ながら、真刀のわたくしへの想いも、気付いていなかったのです」
先先代の王妹であった母の血を引くリーエは、それこそ王族として教育された。リーエにとって真刀は、自分につけられた護衛のひとり、という感覚しかなかったという。
その関係が変わったのは、リーエが鼎と婚姻し、数度夜を過ごしてからだという。
「わたくしは、国王が怖かったのです。あの人は表面上とても優しいけれど、わたくしを抱くとき、まるで誰でもいいというような眼でわたくしを見ていました。そして他の女性とも関係を持っていると知り、わたくしはそれが腹立たしくて辛くて、ただ悲しかった」
リーエの長い睫毛が震える。
それは、リーエの国王への愛ではないのか。
「……王はわたくしを愛でてくださいましたが、どうしてもそれは表面上のもののように思えて、わたくしはどんどん塞いでいきました。そんなとき、真刀がわたくしを慰めてくれたのです」
ざくり。
覚悟はしていたが、思っていた以上の効果があった。
「あのときはわたくしもお酒を飲んでいて、正直前後不覚であったのです。わたくしから彼を挑発するような言葉を発したのは覚えています。そうして真刀は、わたくしを抱きました」
ただそれは、王族のなかでは特にルール違反ではなかったのだという。
リーエも承知していたのだ。護衛としてつけられる異性は、己の愛人候補としても用意されたものだと。
「王族は、そういった感覚に奔放です。わたくしは王のために育てられたのでそれまで貞操を守っておりましたが、一度抱かれてしまえば、そういうものなのだという考えがあったのかもしれません。それくらい、歪んだ関係は、ごく自然とわたくしの傍にありました」
そうしてリーエが選んでしまったのが、不幸にもリーエを心底から愛していた真刀だったというわけだ。
「真刀もそう割り切っているのだと思っていたの。それなのに、国王に抱かれるたび、真刀との行為がどれだけ思いやりに溢れ、私を慈しんでくれているか、わたくしは気付いてしまった。よりにもよって、わたくしを心底から想ってくれていた人を、わたくしはとんでもなく辛い立場に、立たせてしまったのだと」
繋いでいたリーエの手が震えた。
「真刀はわたくしの支えだった。真刀の想いに気付いてからは、他の護衛を召すことも考えた。けれど国王が他の女性とも関係を持つなか、わたくしを心底から慰めてくれたのは真刀だけだったの。真刀に酷なことを強いているとわかっていても、真刀を手放してしまったら、わたくしは、きっとあの環境に耐えられず逃げ出していたでしょう」
リーエから、真刀への想いは紡がれなかった。
リーエは、真刀を〝支え〟と言った。それは、愛ではないのかもしれない。愛なのかもしれない。どちらにせよ失っては、リーエは立っていられないのだ。
「真刀を失っては、わたくしは立ってはいられない。けれどわたくしは、王を裏切ることもできない。……いえ、わたくしは」
リーエがこの先の言葉を紡ぐことはなかった。
それでも答えは、リーエが今話した言葉の中にある。
(……リーエは、鼎を)
性に奔放な王族として、そういったものだとわかっていながら、他の女性を抱く王に悲しみを抱き、嫉妬する――それは、理性ではわりきれない感情を、国王である鼎に抱いているからだ。
(うまくいかないね、リーエ)
何度思ったか知れない。
本当に、どうしてなのだろう。
私は真刀に、貴方の想いはそんなふうに傷付けられていいものではないと言ったけれど、それはリーエだって、こんなふうに鼎に傷付けられていい存在ではなかったはずだ。
(鼎、あんたはなにを考えているの)
聡い貴方ならわかっていたでしょう。リーエが貴方に向ける想いも、そうして貴方の行為によってリーエが傷付くことも。
(そして何故、私を抱くの)
抱くたびにリーエと比較し、私を傷つけて貶めて、一体なにがしたいの。
そこに、貴方の闇があるのだろうか。
(もし私が鼎に抱かれていると知れたら、リーエは私と同じ形で傷付いてしまうのだな……)
リーエ達がうちにきた頃、壁越しに聞こえてきたふたりの行為の音。
あれを突きつけられたときの心の痛みなんて、言葉にできない。
私という存在が、リーエにその痛みを与える道具になっている。
(……まさか)
思い浮かんだ仮説に、私は頭を振った。
いやだ、こんな昏い想像は。
こうしてこんがらがってしまった挙句、もしそれが本当だとしたら、なんのために私達は傷付いているのか。
(やめよう、今日はもう、なにも考えたくない)
ああでもひとつだけ、これだけは。
「リーエ、真刀にちゃんと伝えたほうがいい。真刀は、貴女が想っている以上に自虐的にことを捉えているよ」
それにどう答えるかは、あとはもう真刀に任せるしかない。
そこに愛はなくとも、それでも真刀、貴方はリーエの、最愛の人の支えになっている。
それは、貴方が思っている気まぐれなんてものでは到底得られない、信頼が存在しているということではないだろうか。
(真刀がそれでも物足りないと思うのか、それで充分だと思うのか、果ては全く違うことを思うのか)
そこはもう、私もリーエも預かり知らぬところだろう。
「リーエ、私の気持ちを知ったからといって、真刀への態度を変えないで。今までと同じようにして。これは私の問題だから。真刀とリーエを振り回していい理由にはならない」
そして鼎のことを知っても、嫌いにならないで。
私はそれを言葉にはせず、リーエにそんな望みを託した。
(いっそ最後は、全ての悪を被って今世紀最大の悪女として死ぬのも一興かもしれないな)
王を誑かした女、正妃を欺いた女、正妃の愛人に邪な想いを抱いた女。
そうして全て私のせいにして、皆が幸せになればいいのではないだろうか。
(きっと父さんだけは泣いてくれる)
それだけで、充分でしょう。