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「待て、こらあ!」

「誰が待つか!」

 ここは、アドムパブス大陸の南西、グラスクラグ王国。その東地区内に位置するイヤサム商店街。

 両脇を数多くの商店で挟まれた広い道を二人の男が駆け抜けていく。

 先を走るのは中肉中背をもう一回り横に大きくしたような中年の男性。

 それを追いかけるのは十七、八の少年だ。こちらは中肉中背を少し引き締めた様な体つき。

 身長は男性としては平均に入る部類だろうか。短めに切りそろえた黒髪。垂れ気味の目が性格の穏やかさを控えめに主張している。

 普段は穏やかであろう彼の表情も今は苦悶の色をたたえていた。


 事の始まりは五日前。

 その日、少年が代表マスターとなって開業した何でも屋『多芸無芸』。

 その多芸無芸も居を構えるイヤサム商店街、そこを荒らしまわっている泥棒を捕まえてほしい。

 記念すべき最初の依頼が舞い込んだのはその日のうちのことだった。もちろん、少年はそれを喜んで引き受けることにしたのである。

 各所に話を訊いて回ったところ、主に狙われているのは食料品を扱う店舗だった。

 忌々しげに被害について語るパン屋のおやじと野菜屋のおばさんと肉屋のお兄さんの鬼気迫る表情には今思い出しても冷や汗をかかされる。

 食べ物の恨みは何とやら、と少年は思ったものだ。いや、本当に。

 そして、ギルド『多芸無芸』は、現在配置可能な人員二名を二手に分け食料を扱う店の集まったエリアを集中的に見回ることにしたのだ。


 そして、少年はまんまとやって来た泥棒を発見し追跡している。

 ここで少年は自分の間違いを認めざるを得なかった。

 見つけられた泥棒は当然逃げるのだ。

 それを捕まえなければ泥棒は捕まえられないのだ。

 一瞬、何を言っているのか分らなくなるくらい当然のことを彼は失念していた。

(あの体格でなんて逃げ足! もういい年齢としだろうが!)

 少年は胸中でそう吐き捨てる。

 なにより驚くべきだったのは泥棒の足の速さであった。

 あの歳の割に、あの体系の割に、速い。

 通行人や障害物を右へ左へと軽快に避けながらそれでもかなりの速度を維持している。

 少年も必死で追いかけているのに二人の距離はつまらない。それどころか徐々に引き離されつつある。向うの方が足が速いのだ。

「ま、待てって言ってるだろ!」

 少年はもう一度叫んだ。

「若造が! 追いつけるもんなら追いついてみやがれ!」

 そのやりとりの間にも泥棒の背中はどんどん小さくなっていく。

 このままでは取り逃がしてしまう。

(仕方ない!)

 少年は急停止すると右の手のひらをまっすぐに突き出した。

 その手首には簡素な腕輪があり、腕輪には小ぶりの青い宝石がはめ込まれている。

「ふ~」

 目を瞑って呼吸を整える。暴れる心臓を無理やり抑えつけゆっくりと左手を腕輪に添える。

 目を開くと

同調アケスス! 百鳥フリューゲル!」

 と小さく鋭く叫んだ。 

 すると宝石から透き通った青色の光が弾けるように噴き出す。

群雀シュペルリング!」

 続けてそう唱えると光が徐々に一か所に集まる。

 光は右腕の少し上の辺りで握り拳程度の小さな鳥を形成した。

「行け!」

 少年が命じると、光の鳥は矢のような速さで泥棒の後を追って飛んでいく。

 少年もその後を追って駆け出した。

 鳥はあっという間に泥棒に追いつくとその頭の横を並んで飛び続ける。

 泥棒が自分と並走する異物に気付き、そちらに少しだけ顔を向けたその瞬間。

 少年は群雀シュペルリングを発動させる。

「うわあ!」

 泥棒が悲鳴を上げた。

 鳥の形をしていた光が突然弾けたのだ。それは熱も風も伴っていない。ただ光が爆ぜただけの威嚇のための炸裂。

 それでも効果は十分だった。驚いた泥棒はバランスを崩しそのまま転倒する。

 かなりの速度で走っていたためゴロゴロと固い石畳の上を転がっていく。

「痛てぇ!」

 泥棒は喚き散らしながらなおも逃走を試みようとするが、痛みのせいかすぐには立ち上がることができないでいる。仰向けに転がり上体を少しだけ起こすのが精一杯の様子だった。

「確保ぉぉ~っ!」

 その間に少年が追いつく。

 少年は全力疾走してきた速度をそのままに飛び上がり泥棒の上に腹から落下した。

「ぐほああ!」

 泥棒は潰されたカエルのような悲鳴を上げそのままぐったりと動かなくなってしまった。

「つ、捕まえ……た」

 息も絶え絶えになりながら少年は倒れたまま相手の胴体に後ろから両腕を回して組み付いた。

 体中から汗が噴き出してくる。

 長い追跡劇で酷使した心肺は悲鳴を上げており、それ以上は言葉を発することもできなかった。

 泥棒はもう動く気配を見せなかったので、そのまま体を休めることにする。

 やがて段々と呼吸も落ち着いてきたころ

「パル? あんたなにやってんの?」

 泥棒と一緒に地面に寝転がったままの少年の頭上からよく知った少女の声が降ってきた。

 パルと呼ばれた少年は重そうに体を起こすと声のした方に顔を向ける。 

 そこには一人の小柄な少女が立っていた。

 陽光のような強く優しい光を放つ大きな瞳をこちらへ向けている。

 不思議そうに小首をかしげると、右耳の後ろで結わいた柔らかそうな栗色の髪がぴょこぴょこ揺れた。

 ナリア=トムソン。

 パルの幼馴染で同時に多芸無芸のメンバーでもある。

「見てわからんのか?」

 パルは疲労を充満させたような重々しい口調で答える。

「いや、わかんないから。万が一の念のために訊くけど、愛を育んでいるとかそういうんじゃないよね? ここへきてパルのそんな一面とか……正直どうでもいいよ?」

「違うわ!」

 おずおずと、しかし、とんでもないことを言い出すナリアにパルは即座に否の回答をする。

「例の泥棒だよ。ようやく捕まえたところだ」

「うえええっ!」

 ナリアが口元を抑えて思い切り仰け反った。

「その驚き様はなんだよ……」

 パルは溜息を吐いた。

「まさかの初依頼達成?」

 ナリアの視線は疑いの色を帯びている。それもかなり濃い。

「まさかの、ってのは何なんだ!」

 パルは顔を赤くして反論した。

「それじゃ、ホントに? やったじゃない!」

 ようやくパルの報告を信じたナリアが弾けんばかりの笑顔を浮かべる。

「そうだな。……やったな」

 それだけ言ってパルは俯く。

 本当なら自分も小躍りでもしたい位の気持ちだが疲れ切った今はそれもままならない。

 代わりに右手をのっそりと持ち上げて手のひらをナリアに向けた。

「おめでとう!」

 それに気づいたナリアは満面の笑みでその右手を持ち上げパルの手を勢いよく叩いた。

 ぱぁんと乾いた音が辺りに響く。

 多少勢いが良すぎてパルの手はヒリヒリと痛んだ。でも今はそれも心地よい。

 パルも達成感とナリアの明るさに引っ張られてようやく笑顔を浮かべる。

「そっちもご苦労さん」

 多芸無芸のメンバーであるナリアは、当然、パルとは違う場所を見回っていたのだ。

「なんのなんの。仕事ですから」

 ひとしきり笑った後、ナリアはふと遠くを見るような目をした。 

「本当に始まったんだね。あたしたち」

 と穏やかな口調で言う。

「ああ」

「がんばろうね」

「もちろんだ」

 彼女も思い出しているのだろう。

 ある凶報とそれが生んだ深い後悔から始まったこの一年間を。

 それはパルも同じだった。

「よし!」

 疲労の方も徐々にだが引いてきたようだ。パルが立ち上がった。

 そして

「これからも町の平和のために頑張ろうじゃないか!」

 と大きな声で宣言する。

「あと、あたしたちのお給料のためにね」

 ナリアが横から茶々を入れる。

「それは二の次で三の次! 我が多芸無芸は自分のため世のため人のためがモットーです!」

「自分のためが一番最初じゃん」

「揚げ足を取るな!」

「はいはい。取りやすく上げるからさ、足を」

 いつもの調子でバカを言い合いながら。

 二人はいまだ動かない泥棒を依頼人たちのところへと運ぶことにしたのだった。



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