やさしい、せかい
最終回です、
もしかしたら不完全燃焼かも…
一応ハッピーエンドなのかな?
あれから一月……学園の長期休暇も終わり、既に学園も通常時間帯に移行していた。
周りの子達がボーリングの球みたいな顔をしている中、僕はせわしなくパーフェクト侍女としての生活を再開している。
ポティスちゃんは、変わらずこの学園に在学している。といっても今は僕たちのルームメイトでは無くなってしまったけれどね。
僕が、1人風に揺られながら洗濯物を取り込んでいた時。
「ん……どうしたんだよ、言えば手伝ったのにさ」
僕になんて言ったら良いか分からない、と言うのが全面に押し出されて居る今日、共に非番の愛しいヒトの事……
「オセ様……私は――楽しかったんです……」
僕が紡いだ言葉は、あまりにも突拍子が無く、オセくんも鳩が豆鉄砲を食らった様にきょとんと、その橙色の目を見開いている。
「……え? う、うん」
そんな、僕にヒトらしい感情を思い出させてくれた、幼なくて不器用な彼の一挙一動が何もかも愛おしくて。
「私は――この世界は、とてもつまらない、酷く退屈な所なのだと思って居ました……」
最初にバルベリトくんに会った……生まれたばかりの彼を見た時は僕の平穏を奪う悪魔の様にしか感じられなかった。
でも、それも徐々に変わって行った、確かに、僕は彼に姉弟の情を抱いていた。
学園へ行け、と伯爵に言われた時はとても面倒臭く、僕から平穏が失せるのだと思った。
「でも……違いました」
確かに平穏は無くなった、僕の心は生まれて始めての感情で……全く知らない心で、かき乱された。
始めてあった時は肉ジャガを作ったけ、始めてのデートは下の街の野菜屋さんだったね。
僕はただ、自身の心が渇望するままオセくんの胸に飛びついた。幼さの中に精一杯の逞しさを持ったオセくんの腕の中に、自然と飛びついた。
ここから部屋の中まで吹き抜ける風さえも、僕の背中を後押しする様に髪の毛をオセくんに貼り付けた。
こんなに冷静な頭でオセくんを求めたのは始めてかもしれない。
ううん、全然冷静じゃない……怖くて、本当は泣きたくて――
だからこそ…オセくんの前では強く居たくて……
「――出会いが、有ったんです……」
すがりつく、僕はきっとただ一人、貴方の前では弱い女……脆い……女。
「ッ……――だい、じょうぶか?」
オセくんの胸の中で、オセくんの匂いの中に包まれて尚、いきなり飛びついて、わけのわからないことを戯言を述べて、尚。
オセ様……貴方は、あまりにお優しすぎるのですね……
目を伏せていてもわかる、オセくんの目を白黒させながらの優しさに、これまでの全ての感情が、一斉に溢れ出す事を感じる。
で、でも……言えないよ…心臓がバクバクする……
顔中に熱が集まって、頬が火照って行くのがわかる。もしかしたらオセくんから見えている耳すら、赤く、熱した火かき棒の様になってしまって居るかもしれない。
「で、デカラビアがさ…俺に抱きついて来るのってさ……その、小さい子供がぬいぐるみを抱く感じなのか? ッ……あ、ご、ゴメン、別に悪い意味じゃねぇ、からな?」
照れ臭そうに、自嘲する様にするオセくん……
そんなわけ……そんなわけ! あるわけ、ないじゃないか……僕が、僕が君にすがるのは……
不意に、再び襲ってきた羞恥心に、なんだかとてつもなく不安になってくる。
僕は、その不安を掻き消そうと、よりぎゅっとオセくんの幼なりに引き締まった腰をだいた。
それでも僕は間違いなく女だから、オセくんは多少抱きついた程度何だろう、それどころかオセくんもより僕を強く、それで居てそっとだいた。
顔が、鼻がオセくんの首筋まで持ち上げられ、埋まり、より一層オセくんの香りを感じる。
蓮脈と、しかし何故か激しく、そこを流れる血液の流れさえ、耳で聞こえるほどだった。
僕ももう九歳なのに、そんな僕に比べるとずっと逞しく、日に焼けたオセくんの腕の檻に絡められて、身動きがとれない。
左手は所在なく宙を舞い、右手はオセくんの胸板に押し当てられ、急に促進された鼓動を直に感じる。
本体はあの時、そう、この世界から消えたその瞬間に運命に相違を当てた……
胸の中に地獄の石炭が投げ入れられたかの様に身が燃え上がることを感じる。
その言葉を述べようとすればするほど、死んでしまいそうになるほどの熱が、僕の身の内を焦がした。
その相違とは、
ーー三ヶ月以内に僕がオセくんに好意を証明すれば、僕とオセくんは結ばれるーー
と言うものだった。
勿論続きもある、
それは――三ヶ月以内に好意を証明できなければ…僕は、消えてなくなる……――
そう言えば本体は人魚姫の童話が大好きだったらしい、好きな歌もシャボン玉だったけ……
儚い物が大好きなのかもしれない。
「ン……?」
オセくんの、鼻にかかった様な疑問符が頭上でほわほわと漂った。
しかし、僕は飾り立てる多くの言葉をもたない。これまで自らに人形としての役割を課してきた弊害か、僕は極端に語彙が少ない気がする。
気持ちは純粋に、率直にこの体をうごかした。
僅かに身を捩らせ、オセくんのうでの高速から小さく逃れると、僕は顔を真っ直ぐ彼の鼻先に覗かせた。
涙で若干潤んだ視界の先には、頬を紅潮させて僕を見下ろす彼の姿がある。
身体中の血液が沸騰する錯覚を覚えながら、僕はさらにもう1段階、背伸びをした。
自身の白銀の髪が、ゆっくりと彼の指先に絡まるのがわかる。
徐々に近づく彼の赤い顔を目前に、僕は目をとじた。
仄かな熱の香りと、光を遮る黒い影に、僕自身の唇を向かわせた。
一瞬遅れて、僕の唇が湿った何かに当たるのを感じた。ゆっくりと熱を伴ったそれの中に、音もなく貪欲に、僕の舌先が侵入する。
ぬるり、と快楽を伴った感触と同時に、内部からも僕の舌に抵抗する様に、何かがぶつかる。
だが、その抵抗は僕の猛攻の前に無為に終わり、強かに彼の口内を蹂躙する。
気がついた時は、僕の指先は彼の両側頭部を鷲掴みにするように光に照らされた茶髪の中に埋もれていた。
淫らな水音が、名残惜しげに彼の唇から漏れる。
すでに何方のものかわからない唾液が僕の口の中にも溢れ出していて、それを一息に飲み込む。甘美な味わいが渇いた心、喉を潤す。
暫くの間、僕も彼も何も言わなかった。
けど、最初に沈黙をやぶったのは、彼の方だった。
「……オレ、お前の事が好きだよ……」
あんな事を、僕があんなはしたないことをした後でも、彼は優しいオレンジの炎の瞳で僕を見下ろす。
その腕は今だに僕の腰を支えてくれていて、最早僕はそんな彼に支えられて居るに過ぎない状態に陥っていた。
僕は、そんな彼のあまりに嬉しすぎる言葉に、首肯で応える。
しかし、そうすると彼の方からかすかに不満げな空気が漂った。
「そう……じゃなくて、な、その――お前は、さ……オレの事、どう思って、くれてルンだ……?」
僕は、弾かれたように彼を見上げた。
そこには、恥ずかしそうにそっぽを向く、彼の姿があった。
心の中に、また再び、言いようのない気持ちが溢れ出してくる。
わけもなく涙が溢れ始め、必死に震える声で、彼への気持ちを言葉にした。
あの時のように、逃げるための言葉で無く――
「お慕い……申し上げます……!」




