第九話 北坑道
北坑道編、突入です。
ここからしばらくは
救助・崩落・時間との戦いになります。
戦闘より、
判断と緊張感が中心です。
北坑道は、近づくほど空気が変わった。
最初に変わったのは、音だ。
街の喧騒が背後に遠のき、代わりに地面の奥から鈍い震えが上がってくる。
岩がこすれる低い音。
時折、短く弾ける破砕音。
嫌な音だった。
鉱山で働く人間なら誰でも知っている。
あれは、まだ崩れる音だ。
「……急げ」
ヴァルカが歩幅を広げる。
走っているわけではない。
だが、その背中は走るより速い。
重い身体が地面を踏むたび、乾いた土が弾ける。
俺たちはその後ろを追った。
坑道の入口に着いた頃には、
夜の空気が粉塵で白く濁っていた。
人がいた。
何人も。
作業服の男たちが、岩をどけようとしている。
だが、手が止まる。
近づく俺たちを見て、顔色が変わる。
「冒険者か!」
「中に人がいるんだ!」
「分かってる!」
ヴァルカが怒鳴った。
入口の奥は、完全に崩れていた。
巨大な岩が折り重なり、通路を塞いでいる。
隙間は、ほとんどない。
だが――
(……いる)
暗闇の奥。
石の向こう。
遠く。
二十。
二十の灯が、まだ消えていない。
弱いが、確かに。
「レイ」
ミレイアの声が、背中で震える。
「……どう?」
俺は答える前に、崩れた岩を見た。
静かだ。
だが静かすぎる。
この山は、まだ動いている。
「掘るな」
俺は言った。
作業員の手が止まる。
「は?」
「今掘ったら、全部落ちる」
「何だって!?」
怒号が上がる。
当然だ。
中には仲間がいる。
「黙れ」
ヴァルカが言った。
低い声だった。
だが、怒鳴るより重い。
「こいつが言うなら、掘るな」
作業員たちは顔を見合わせる。
一人が吐き捨てる。
「ふざけるな。中で死ぬぞ」
俺は崩落の上を見た。
岩が微かに鳴く。
(……まだ保ってる)
「右から入る」
「右?」
ガルドが振り返る。
「道なんて――」
「ある」
俺は歩いた。
崩れた岩の横。
粉塵で黒くなった壁。
そこに、
細い割れ目があった。
普通なら、人は通れない。
だが。
ヴァルカが前に立つ。
腹に力が入る。
鎧の下で筋肉が締まり、岩のような腹筋が浮き上がる。
「壊すか?」
「違う」
俺は首を振る。
「押す」
ヴァルカが笑った。
「いいな、それ」
彼女は両手を岩に当てた。
地面に足を沈める。
空気が張る。
「ミレイア」
「うん」
彼女がヴァルカの背に手を当てる。
柔らかい掌。
光が、静かに滲む。
「ガルド」
「おう」
「左、支えろ」
「任せろ」
三人の力が、岩に集まる。
「今」
ヴァルカが押した。
岩が鳴く。
ギシ、と嫌な音がする。
だが、崩れない。
「もう一回」
押す。
岩が、わずかに動く。
砂が落ちる。
隙間が広がる。
人一人が、ぎりぎり通れる。
ヴァルカが振り返る。
「行け」
俺は頷き、
闇の中へ入った。
坑道の奥は、
真っ暗だった。
だが、
俺には見える。
遠く。
弱い灯が、
二十。
まだ消えていない。
「……待ってろ」
俺は、暗闇に向かって言った。
「今、行く」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次話は坑道内部救助編です。
•闇の中
•二十人
•崩落の連鎖
かなり激しい展開になります。




