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『見えてはいけないもの(HP)が、見えている件』  作者: くろめがね


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3/8

第三話 次で死ぬ、という確信

第三話です。

今回は戦闘ではなく、**「進まない判断」**を描きました。


この主人公は、

勝つことよりも、

生き延びることを選びます。


それが臆病に見えても、

結果がすべてです。


洞窟の奥は、思ったよりも静かだった。


倒れた獣の体から、まだ温度が抜けきっていない。

岩肌に触れた腹が、じんわりと蒸気を立てている。

ヴァルカはそれを足先で確かめ、短く言った。


「追っては来ない」


「……断言できる?」


ミレイアがそう尋ねる。

彼女の声は柔らかいが、視線は鋭い。

近い距離で、俺の表情を探る目だ。


「できる」


俺は言い切った。

理由は言わない。言えない。

ただ、ここから先で動く“減り”は、奥に向かっていなかった。


ヴァルカが俺を見た。

さっきよりも、視線が長い。


「じゃあ、進む」


判断が早い。

だがそれは、俺の判断を“使う”早さでもあった。


ガルドが立ち上がろうとして、膝をついた。

ミレイアがすぐに支える。

胸当てが小さく軋み、彼女の身体が半歩、前に出る。


「無理しないで」


「分かってるって……」


ガルドは苦笑いを浮かべるが、顔色はよくない。

見た目で分かるほど悪くはない。

だが、俺の視界では――底だ。


「ここで休む」


俺が言う。


「は? 奥だろ? 鉱脈は」


「後でいい。今は無理だ」


ガルドが口を開きかける。

だが、ヴァルカが先に言った。


「座れ」


短い命令。

重い声。

ガルドは反射で従った。


ミレイアがガルドの背に手を当て、ゆっくりと呼吸を整えさせる。

近い。

彼女は人を“触れて戻す”タイプだ。


「……ありがとう」


ガルドが小さく言う。


「礼は、生きてからでいい」


ミレイアはそう返した。


その時、洞窟の奥から、かすかな音がした。

水が滴る音に混じって、別の――擦れるような、低い音。


ヴァルカの肩が、わずかに動く。


「来るか」


「……来ない」


俺は答えた。


「じゃあ、何だ」


「落ちる」


言った瞬間だった。


天井の奥、ひび割れた岩が、ゆっくりとずれ始める。

見た目には、まだ分からない。

だが、俺の視界では、あそこだけ“限界”が近い。


「全員、動くな!」


俺は叫んだ。


ヴァルカが即座に動きを止める。

ミレイアがガルドを抱え込むように伏せる。

俺も壁に身体を寄せた。


次の瞬間、

轟音。


岩が落ちる。

一つ、二つ、三つ。

通路の中央が、完全に塞がれた。


粉塵が舞い、視界が白くなる。

咳が出そうになるのを、必死に堪える。


静かになった後、

ヴァルカがゆっくりと立ち上がった。


「……今、動いてたら」


「巻き込まれてた」


俺が言う。


ヴァルカは頷き、短く息を吐いた。


「なるほどな」


彼女は俺を見る。


「お前、見てるだろ」


心臓が、一拍だけ跳ねた。


「……何を」


「“先”だ」


ヴァルカはそれ以上、踏み込まなかった。

詮索しない。

それが彼女の流儀なのだろう。


ミレイアが、俺の袖をつまむ。

小さな動き。

でも、確かだ。


「レイ」


「何だ」


「……さっき、“落ちる”って言った時」


彼女は少し迷ってから、続けた。


「確信、あったでしょう」


俺は答えなかった。


答えなくても、

彼女は分かっている。


「……怖くない?」


そう聞かれて、初めて考えた。


怖いかどうか。


俺は、奥に塞がれた通路を見た。

崩れた岩の向こうで、

“減り”が、ゆっくりと消えていくのを見た。


「怖い」


正直に言った。


「でも――」


俺は息を吸い、吐く。


「次で死ぬのが分かってる方が、マシだ」


ミレイアは、何も言わなかった。

ただ、俺の袖を離し、少しだけ距離を取った。


ヴァルカが、壁に背を預ける。


「臆病だな」


「……よく言われる」


「悪くない」


それだけ言って、目を閉じた。


洞窟は、まだ暗い。

だが、今は進まない。


進まないという判断が、

一番、強い選択だった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


第三話では、

ヴァルカが主人公の“異質さ”に気づき始め、

ミレイアがそれを受け入れ始めています。


次話から、

この判断が「信頼」に変わっていきます。


よろしければ、次もお付き合いください。

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