第三話 次で死ぬ、という確信
第三話です。
今回は戦闘ではなく、**「進まない判断」**を描きました。
この主人公は、
勝つことよりも、
生き延びることを選びます。
それが臆病に見えても、
結果がすべてです。
洞窟の奥は、思ったよりも静かだった。
倒れた獣の体から、まだ温度が抜けきっていない。
岩肌に触れた腹が、じんわりと蒸気を立てている。
ヴァルカはそれを足先で確かめ、短く言った。
「追っては来ない」
「……断言できる?」
ミレイアがそう尋ねる。
彼女の声は柔らかいが、視線は鋭い。
近い距離で、俺の表情を探る目だ。
「できる」
俺は言い切った。
理由は言わない。言えない。
ただ、ここから先で動く“減り”は、奥に向かっていなかった。
ヴァルカが俺を見た。
さっきよりも、視線が長い。
「じゃあ、進む」
判断が早い。
だがそれは、俺の判断を“使う”早さでもあった。
ガルドが立ち上がろうとして、膝をついた。
ミレイアがすぐに支える。
胸当てが小さく軋み、彼女の身体が半歩、前に出る。
「無理しないで」
「分かってるって……」
ガルドは苦笑いを浮かべるが、顔色はよくない。
見た目で分かるほど悪くはない。
だが、俺の視界では――底だ。
「ここで休む」
俺が言う。
「は? 奥だろ? 鉱脈は」
「後でいい。今は無理だ」
ガルドが口を開きかける。
だが、ヴァルカが先に言った。
「座れ」
短い命令。
重い声。
ガルドは反射で従った。
ミレイアがガルドの背に手を当て、ゆっくりと呼吸を整えさせる。
近い。
彼女は人を“触れて戻す”タイプだ。
「……ありがとう」
ガルドが小さく言う。
「礼は、生きてからでいい」
ミレイアはそう返した。
その時、洞窟の奥から、かすかな音がした。
水が滴る音に混じって、別の――擦れるような、低い音。
ヴァルカの肩が、わずかに動く。
「来るか」
「……来ない」
俺は答えた。
「じゃあ、何だ」
「落ちる」
言った瞬間だった。
天井の奥、ひび割れた岩が、ゆっくりとずれ始める。
見た目には、まだ分からない。
だが、俺の視界では、あそこだけ“限界”が近い。
「全員、動くな!」
俺は叫んだ。
ヴァルカが即座に動きを止める。
ミレイアがガルドを抱え込むように伏せる。
俺も壁に身体を寄せた。
次の瞬間、
轟音。
岩が落ちる。
一つ、二つ、三つ。
通路の中央が、完全に塞がれた。
粉塵が舞い、視界が白くなる。
咳が出そうになるのを、必死に堪える。
静かになった後、
ヴァルカがゆっくりと立ち上がった。
「……今、動いてたら」
「巻き込まれてた」
俺が言う。
ヴァルカは頷き、短く息を吐いた。
「なるほどな」
彼女は俺を見る。
「お前、見てるだろ」
心臓が、一拍だけ跳ねた。
「……何を」
「“先”だ」
ヴァルカはそれ以上、踏み込まなかった。
詮索しない。
それが彼女の流儀なのだろう。
ミレイアが、俺の袖をつまむ。
小さな動き。
でも、確かだ。
「レイ」
「何だ」
「……さっき、“落ちる”って言った時」
彼女は少し迷ってから、続けた。
「確信、あったでしょう」
俺は答えなかった。
答えなくても、
彼女は分かっている。
「……怖くない?」
そう聞かれて、初めて考えた。
怖いかどうか。
俺は、奥に塞がれた通路を見た。
崩れた岩の向こうで、
“減り”が、ゆっくりと消えていくのを見た。
「怖い」
正直に言った。
「でも――」
俺は息を吸い、吐く。
「次で死ぬのが分かってる方が、マシだ」
ミレイアは、何も言わなかった。
ただ、俺の袖を離し、少しだけ距離を取った。
ヴァルカが、壁に背を預ける。
「臆病だな」
「……よく言われる」
「悪くない」
それだけ言って、目を閉じた。
洞窟は、まだ暗い。
だが、今は進まない。
進まないという判断が、
一番、強い選択だった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第三話では、
ヴァルカが主人公の“異質さ”に気づき始め、
ミレイアがそれを受け入れ始めています。
次話から、
この判断が「信頼」に変わっていきます。
よろしければ、次もお付き合いください。




