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Shall We 婚儀?

サイクロプスを屠ると、ユウリは地上に大地にふわりと舞い降りた。

 見た目こそ軽やかだが、実際は限界寸前である。

 王子直下の近衛部隊ですら手も足も出なかった巨人を相手にしたのだ。

 肩は激しく上下し、息は荒く、膝は笑い、立っているのがやっとだった。


「……はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」


 激闘激しく満身創痍なユウリとは対照的に、巨人を相手に大暴れできたヤマトナデシコはすこぶる上機嫌。


『えがったー。これや、これこれ。これこそ妾の望んだ世界、血沸き肉躍る目くるめく冒険の世界。せやけどゴリマッチョやない、もう最高やわ』

「それは、よかったね。こっちは、疲労困憊でヘロヘロよ」

『そこは心配おまへん。ほら、皆さんが駆けつけて来てまっせ』


 ヤマトナデシコが示した通り膝をつくユウリの許に、レオノーラとヒルデにアレクサンドリアが駆け寄って来る。


「お見事よ、ユウリ」


 レオノーラが背中からユウリを抱きかかえて労をねぎらう。


「…………」


 ヒルデが無言で頷き、言外から感謝の念を贈る。基本、無口無表情なので、多分それで合っているのだろう。

 そして、最も感動していたのが王太子アレクサンドリア。


「己が目で一部始終を見ていたというのに、未だ信じられぬ」


 目を大きく見開くと、両手を大仰に開いて驚きを態度に表す。


「其方のような可憐な少女が空を駆けて太刀を振るう。しかも相手は巨大なサイクロプス、我が近衛隊ですら手も足も出なかった怪物に対してだ」

「単に近衛隊が弱かっただけ」

「ヒルデ。例え本当のことでも、そこは黙ってあげなさい」

『妾と比べるのは、さすがに可哀相どすえ』


 散々な言われようだが面の皮が熱いプリンスはビクともしない、周りの雑音などなかったかのようにユウリへの称賛を続ける。


「怪物に遭遇した余の窮地を救ってくれたのみならず、近衛隊の命をもその細腕で助けて貰った。其方の勇気と献身、そしてあの見事な剣技、どれを取っても称賛に値する」


 そう言ってアレクサンドリアが胸に手を当てると、そのまま右足を半歩引いて静かに膝を折り騎士として最高位の礼をとる。


「殿下!」

「!」


 その行為にレオノーラが息を呑み、無表情なヒルデですら目を見開く。

 それは本来王太子が臣民に向けて採るべき礼ではない。騎士が主君へ忠誠を誓うときにのみ許される最高位の礼であるにもかかわらず、アレクサンドリアは迷うことなくユウリに対して頭を垂れたのである。


「謝意を示すのはともかく……仮にも王太子とあろうお方が、民草に気軽に頭を下げるべきではありません」


 王太子の行為として適切でないとレオノーラが窘める。

 しかしアレクサンドリアに迷いはなく、レオノーラの諫言に対して「それは違う」とキッパリ。


「絶体絶命の危機を救ってくれた大恩人を無下に扱って民を導く存在など笑止千万。身分とは守られるためにあるのではない。示すべき時に示し、正すべき時に正し、礼すべき者に礼を尽くすためにこそある!」

「えっ、あぁ、そうなの?」


 呆気にとられるユウリに対して、アレクサンドリアが「そうだ」と大きく頷く。


『殿下はん、すごいなぁ。そこまで言うんや』


 ユウリと一緒に聞いていたヤマトナデシコが呆れ半分に呟いたが、そんなことはどうでも良いのかアレクサンドリアがまるっと無視。極上フェイスに艶やかな瞳の輝きを添えて、いささか不穏な方向に話を続ける。


「その美しさ、気高さ、可憐さは称賛に値する」

「えっ、ええ。そうですわね」

「しかし。言葉だけで讃えても世も余も納得できるものではない」

「そうかも知れませんね」


 しかもレオノーラの相づちが悪い方向に加速を助長。ユウリの行動を称賛がいつしかユウリ自身を称賛に。

 そして遂には「余は決めた!」と拳をぎゅっと握り締めると、ユウリを前に改めて胸に手を添えて跪く。


「是非とも其方を第二姫として迎え入れたい」

「どうして、そうなるの!」


 礼を言うのは良い。称賛するのもまだ納得できる。いささか暴走気味なところもあるが、まあ許容範囲として許そう。

 しかし、どこをどうやったたら求婚なんて行為に至るのか?


「わけ、分かんないって!」


 理解不能な展開にユウリは叫ぶも、周囲の反応はなぜかアレクサンドリアに好意的。

 ヤマトナデシコが『ひゃーっ。姫さんになれますやん』と無神経にはしゃぎ、興奮で赤面したのかヒルデが顔を両手で覆うが指の隙間からしっかり覗き、あろうことかレオノーラまでもが「それは良いお考えです」と全面的に支持する始末。


「殿下の後ろ盾があれば異界から来たユウリの身分も安定します。婚姻は良策かと」

「ゼンゼン良くない! というか、会ったばかりで全然知らない相手にプロポーズってあり得ないでしょ!」

「あら、そうでもありませんわよ。わたくしと殿下の婚約も、殿下とお会いするよりずっと前に決まりましたし」

「貴族の婚姻は、だいたいそう」

「オレは貴族じゃないって」


 当人不在で決まることに異議を唱えたユウリに、アレクサンドリアが「だからこそだ」と拳を振るって力説する。


「聞けば其方の身分は冒険者。自由の民と言えば聞こえは良いが、その日暮らしで経済基盤が不安定。そんなところに命の恩人を留め置くのは余としても耐え難い!」

「そうですね。第二姫になれば衣食住が保証されたうえに、姫という強力な身分が与えられます。ヴァルフェリア侯爵家の庇護下でもそれなりの成果sつは出来ますが、さすがに貴族同然とはなりませんから」

「当然、姫様として敬う」

『まさにシンデレラストーリーでんな』

「でんな。じゃないわよ! そもそもオレは男なんだから、求婚されても困るし、薔薇の毛なんて持ち合わせていないわよ!」


 たとえスカートを履いていても、心はというかナニもあるから身体も男。プロポーズなどお門違いだし、なにより薔薇の睦言など想像すらしたくない。

 カミングアウトではないが、ユウリの告白に驚いたのはアレクサンドリア。

 見た目と身に纏う衣装から女の子だと信じ込んでいただけに、目を大きく見開いて「それは、本当なのか?」となんども訊き返すほど。

 対してレオノーラたちの反応はあっさりしたもの。


「そういえば、そうでしたわね」

「あそこにナニがあった」


 思い出したようにレオノーラが手をポンと叩き、ヒルデが頬を染めながらボソリと呟く。

 いや、ほとんど忘れ去られているのだが、ユウリにしたらそれはそれ。


「ホラね、二人もそうだと証言したでしょう。申し出は嬉しいけれど、男同士で夫婦なんてできないし、ムリなものはムリなのよ」 


 ユウリは両手を振り回して婚姻は不可能をアピールする。

 なにせ己の貞操がかかっているのだ、アレクサンドリアに男色の気がなくとも万が一があってはいけない。ユウリはあれやこれやとダメな例を挙げて思いとどませようと躍起。

 そこまで言われてなお半信半疑なのか、アレクサンドリアが「うむむ」とか「まさか」とか呻いている。

 いっそのことスカートの裾を捲ってパンツの中身を晒してやろうか。

 そんな黒い思いが頭をよぎったその時、背中のほうから『そんなん、心配おまへん』と邪悪なクスクスと笑いが聞こえてくる。


『今は確かに障害が多いかも知れまへん。けど妾がもっと力を付けたら、そんなもんは万事解決しますとも』

「なに、それ? 意味が分からない」


 ヤマトナデシコの意味不明な提案にユウリは眉をしかめる。

 訝るのはユウリだけではない。

 アレクサンドリアにレオノーラも「どういうことか?」と思いあぐねている。


「戦や魔物退治ならいざ知らず、刀である其方が如何に力を付けようとも解決で来るとは思わぬが」

「そうですわね。剣の力でどうこうできるとは思いませんわ」


 当然ながら二人が疑問の目を差し向けると、ヤマトナデシコが踏ん反り返るようなドヤ声で『ユウリはんをこの世界に連れ込んだのは、誰あろう妾ですさかい』と言い放ったのである。



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