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だから私は!!  作者: 海蛇
最終章.冒険者たち

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#78.おもいだしたくなかった

 当たり前のようにそこに居た自分たちの鏡人に、シャーリンドンと名無しは驚きを隠せなかったが。

だが、カレンやボルトアッシュも居れば、そこにいても当たり前だとよくよく考えれば解る事。

とりあえずは事態を飲み込み、「ここにいても騒ぎは収まらないので」と、地母神の勧めでシャーリンドン達はボトルアッシュらを引き連れ、広場へと移動する。


「あの、カレンさん、アレフさん、他の方をここに集めてもらってもよろしいですか?」

「何も知らないままあちこち移動したら大変だから……」

「あ、うん、解かったわ!」

「じゃあカレン、僕はあっちを見るから」


 この場にこのカップルがいた事は、状況を収拾する上で大変ありがたかった。

町の住民から見て顔役の子供である二人なら、きっと上手く集めてくれるだろうと期待して。

そして、シャーリンドンは自分の偽物への姿をまじまじと見つめる。

あの時はダンジョンの中、それも戦っていた時は遠目にみていただけだったし、鏡人セシリア達との戦闘が終わった後は即バッグに詰められたのでしっかりと見る機会がなかったのだ。


『な、なんですのっ!? そんなじろじろと見て……』

(外見は、本当に私と何も違いがない……けど、なんだか少し子供っぽい様な)


 不信感からむくれる様は子供のようで、顔は自分と同じなのに酷く幼く見えていた。


「……」

『……?』

(もしかして、私、いつもこんな顔してたんです!? 何かある度に、気に食わない事がある度に……っ)

『な、なんですのっ!?』

「おやおや」


 先ほどの瞑想もあって、シャーリンドンは今、酷い羞恥に晒されていた。

思い出しただけで恥ずかしかった『かつての自分』が今目の前に居るのだ。

しかもその、恥ずかしい態度のまま。

ボッ、と頬に熱を感じ、思わず両手で抑えてしまう。

そんな信徒を見て……地母神サナキは微笑ましそうに目を細めた。


「な、なんでもありませんわ……なんでも……っ」

『なんでもないって顔じゃありませんけれど……人の事をじろじろ見たり、勝手に赤面したり、同じ私とはとても思えない余裕のなさですね!!』

(やめてぇ……そんな事で勝ち誇らないでぇ……っ)


 そしてこの『自分』が自分とほとんど違いない存在だというのが、シャーリンドンを更なる羞恥へと追い詰めていった。

ただひたすらに無知で勝手に勝った気になってドヤ顔になって胸を張るその様が、あまりにも自分すぎて、そしてそれを今は恥と感じてしまっていて、耐えられなくなっていたのだ。


「ボルトアッシュ」

『うん? どうしたね?』

「……自分たちがどこにいるのか、解ってる?」

『ああ、なんとなくだが察しているよ。これでも仲間達と共に色んな所を旅をして、様々な光景を見ている――ここは、かつて若かりし頃一度だけ遺跡の映像魔法で見た事のある……神々の世界だ』


 かつて自分たちが目指した。

そして、結局誰一人生きてたどり着けなかった。

帽子を目深に被り、目元が見えないようにして……そして、サナキを見やる。


『こちらの方は……』

「地母神のサナキ様」

『なるほど……地母神、か。なんともはや。「私」の願いはかなったが、『彼』の死後に神との謁見が叶うとは、中々皮肉な話だ』

「ほんとそうだと思う……どんな気持ち?」

『念願叶い嬉しさ半分、運命の悪戯に苦味半分といった感じか』


 名無しの問いに苦笑いを浮かべながら、サナキの前に(かしず)く。

ラフな出で立ちではあったが、その様は貴族の当主として恥じぬ仕草であった。

(うやうや)しむように。

だが、サナキは「やめぬか」と、顔を逸らし手を振る。


「そなたに傅かれるようなほど大層な存在ではないわ。少なくとも今は、な」

「サナキ様……」

「気軽で良い。どうせほどなく、他の神々も来る。何せこんな騒ぎは久方ぶりじゃからな?」

『なるほど。とならば、一番お会いしたかった光の神とも謁見が叶うという事かな?』

「それは難しいな。何せ、光の神は……もうおらぬからなあ」


 ボルトアッシュとしては残酷な結末ではあるが。

だが、光の神などというものは、この世には存在していなかった。

とっくの昔に、それこそ彼らが生まれるよりはるか以前から。

サナキは「気を落とすまいぞ」と慰めの言葉を向けたが、当のボルトアッシュは「それなら仕方ありませんな」と、軽めに頷いてまた立ち上がった。


「大丈夫……?」

『ボルトアッシュ、落ち込んでない? 無理しないで』

『ははは、同じ顔の少女に挟まれて慰められるのは悪い気がしないな。まるで娘でも得たかのようだ!』

「大丈夫そう」

『すごく元気だった』


 左右の名無しから心配そうに見られていたボルトアッシュだったが、カラッとした様子で、いかにも心配無用の様相を見せる。

名無したちも、心配そうに見ていたシャーリンドン達もほっとしていた。


『まあ、一番にお会いしたかったのはロスベル殿だからな。愛する妻を、そして後には儲けた娘を救うために』

「……妻子の為に、旅をしていたんですのね。一族の呪いをどうにかする為というのは知っていましたが……」

『あの男は不器用ではあったが、何より妻子を大事にする男でね。前も話したかもしれないが――』



「――ちょっとちょっとぉ!? これどういう事よ!! 大天使ちゃんが二人いるじゃないの!!!!」



 ボルトアッシュの話にしんみりしそうになっていた場に、突然甲高い女神の声が響く。

名無しが「あちゃあ」とぐんにゃりした顔になっているのを鏡人の名無しが不思議そうにのぞき込み。


「もう逃がさない!! ああそうか! あの鏡ね!! もう、大天使ちゃん、触れちゃダメって言ったのに!!」

「うぇぇ……」

『んぁっ……放して、だれこれ? ボク知らない……』


 本物が諦め顔で運命の女神ベラに左腕で抱きしめられ。

鏡人がじたばたともがきながら同じように右腕に抱きしめられていた。

そしてベラは引き寄せた二人に満面の海で頬ずりする。大変やわらかで、幸せそうであった。


「ん~~~~~っ!! なにこの幸せ空間……もっと早くこうすればよかったぁ……っ」

「あ、あの、ベラ様、流石にそれは……ポーターちゃん達が困っているというか……」

『何ですのこれ……ポーターちゃん、今助け――』

「黙ってなさい!!」

《ギィンッ》

「ひぃっ!?」

『あっ、あっ……あぅぅ……』


 名無しをなんとかしてもらおうと説得したシャーリンドンも、助け出そうと近づいた鏡人の方も突然鋭く睨みつけられ、びく、と、(すく)みあがってしまう。

確かな『力』がそこにはあった。


「ベラや、流石にその力は人に使うてはならぬ……」

「ふんっ、私の大天使ちゃん愛を邪魔するからこうなるのよ。私の邪魔をする者は、問答無用で『こう』だからね!!」


 実に子供っぽいむくれ面であった。

なんならさきほどまで鏡人シャーリンドンがしていた顔と同じだった。


(うぅぅ……人がすごく子供っぽい仕草取ってるの見ると、それだけで自分のそんな顔を思い出させられて……恥ずかしいですわ……っ)


 シャーリンドンは膝を抱えて座り込んだ。


『……? ど、どうしましたの偽物の私……?』

『わかんない』


 なんとも収拾のつかなさにサナキが「そろそろ面倒くさくなってきたのう」と匙を投げそうになっていたが。

事態が本格的にややこしくなる前に、カレン達がミルヒリーフの住民を広場に集め現れた事で「一旦は抑えましょうか」と、ベラ自身が名無したちの拘束を解き、とりあえずは収まった。





『――えーっと、確か以前お見かけした、冒険者の方々……?』

『娘からここに集まれば事情を聞けると言われ、とりあえず集まったんですが……?』


 事情が分からぬままのミルヒリーフの民を前に、堂々とした姿で立つベラ。

シャーリンドン達も、カレンとアレフもその横に並び、「どうなってしまうのかしら」とハラハラしていたが。

どうやら真面目になったらしいベラに、全てを任せる事にしていた。


「ミルヒリーフの住民たちよ。初めまして。私はベラ」

『は、はあ? ベラ、さん……?』

『あの、こちらはどちらで……?』


 困惑したようにベラに視線を向ける住民たちであったが、ベラはびしぃ、と指を向け「無礼な!」と声を大にする。

その剣幕の鋭さに、びく、と、住民たちが震えた。


「ここは神々の世界。貴方達が前にしているのは、『運命の女神』ベラよ!!」

『え、えぇっ!?』

『運命の、女神、様……?』


 理解なさい、と、厳しい口調で叩きつける様に聞かせ、彼らが硬直しているのをいいことに「ふふん」と胸を張る。


「いいこと? 貴方達鏡人は、本来なら存在してはいけない禁忌の存在。全員この世から抹消しなくてはならない『歪んだ神器の産み出せし民』よ!」

『そ、そんな……』

『いきなりそんな事言われても……カレンっ!! これは一体どういう……』


 突然の事に困惑の声をようやくあげられた町の顔役二人は、自分の息子や娘に事情の説明を求め視線を向ける。

だが、向けられた当人たちも「そんな事言われても……」と、事情を知らないが故に戸惑ってしまっていた。

いや、これに関しては両シャーリンドンも両名無しも戸惑いを隠せなかった。


(あ、あの、ベラ様……?)

(流石に禁忌の存在はひどい……)

(うるっさいわね! 状況の収拾が優先でしょ!! 何も知らないこの人たちが『神界の端』から落ちてでもみなさい! 意味不明な落下死体のできあがりよ!?)


 ぼそぼそ声で「そんなの嫌でしょ」と言われ、ようやくそれが演技だったのが解り、近くに居た者達はほっとしたが。


『ああぁ、ど、どうしたら? 運命の女神教徒の聖地だここっ』

『異端の私達は、これからどうなってしまうの!?』

『やだあっ、もうこんなところやだよおっ、おうちに帰りたいっ』

『パパーッ、ママーッ、こわいよぉぉぉっ』


 住民たちは既にパニックに陥ってしまっていた。


「――落ち着きなさい!!」

『むぐぅっ』

『ひぃぃっ』


 そしてベラはそれを『力』で黙らせた。

強制的に全員が跪かされる。

その様、圧政の支配者であった。


「安心なさい。本来なら全員排除するところ、今は『魔神』の封印が揺らぎ、貴方達をどうにかするほどの猶予など私たちにはない」

『は、はぁ……?』

『つ、つまり、どういう……?』

「見たところ、貴方達は自分たちの『教義』に基づき、とても清廉な生活を心がけていたようね。地上世界に居た者など、例外なしに穢れを大量に持っているものだけれど……比較的身綺麗なようだわ」

「素直じゃないのう」

「うるさいわよ黙ってなさいよサナキ……こほん! つまり、特別にここで生活することを許してあげるわ! 寛大な処置に感謝なさい!!」


 サナキの横からの言葉に苛立ちながらも、「解かった?」と、あくまで高圧的な態度を続け。

そして、それに畏怖したミルヒリーフの住民たちは『えらい事になった』と内心で思いながらもひとまずは『わかりました』と頷いた。


「ん……それでよし。貴方達の為なんかにゲートなんて使いたくないし、どうせ地上に住める場所なんてもうないでしょ? 貴方達、鏡がなくっちゃ存在すらできないんだから」


 自分たちの本質を知った上で、その鏡の今の持ち主らしいこの女神がこう言うのだ。

住民たちは顔を見合わせたが「今は従うほかないか」と、不承不承ではあったが、頷きあっていた。





「――そもそものところ、あの『シャクナの大鏡』とは、遥か古代、我ら神々が世界をリセットする為に用意させた神器じゃった」


 広場での説明を終え、他に広場に集まってきた神々にミルヒリーフの住民らへの案内を押し付けたベラは、名無し二人をひきずりながら寝所に戻り、一行もそれについていく形で、ベラの神殿へと移動した。

カレンとアレフも、なし崩しで。

そして到着するや、サナキが説明を始める。


「今は滅びて久しいが、当時はまだドワーフやエルフといった亜人種族が人類とそう大差ない規模で存在しておった。ドワーフはその中でも特に手先が器用でな? 我ら神々からの依頼を受け、神器を作成する役目を任されておったのじゃ」


 寝所の壁にも、小さな宝石のついた首下がりやサークレットといった宝飾品が飾られていた。

恐らくは地上では値もつかぬほどの貴重品であろう事は、その場にいた中ではボルトアッシュくらいしか解らなかったが。


「だが、そのドワーフが作成中に、ある失敗を犯した。失敗の経緯は省くが、本来は全く同一の、本体に対し何の感情も持たぬ、自身を本物だと思うだけの複製品を生み出すだけの神器のはずが、本物に対し憎しみや怒りを覚える危険な模造品を生み出す鏡になってしまったのだ」


 困った事にのう、と、小さくため息をつきながらその場にいたメンツを見渡す。

鏡人も含め、ボルトアッシュとシャーリンドンは「まるでどこかで聞いたような」と思い辺りを感じ。

カレン達は恋人同士、手を繋ぎ合って緊張を紛らわせようとしていた。

二人の名無しは……ベラに抱きしめられもがいていてそれどころではない。


「――しかも鏡がなくては生存すらできぬ。子すら自分たちでは満足して生み出せぬ、な」

『私達の事、みたいですね……』

『ああ、僕たちの事、だ。間違いない……』


 不安そうにこわばった顔をしていた恋人たちは、けれどそれが間違いなく自分たちの事だと、受け入れているようだった。


「あの鏡によって生み出されし模造品……『鏡人』は、その性質上、鏡と主従の関係が生まれてしまう。鏡を守り続けねば自分たちが存在できぬのだから仕方ないが、結果として生み出された者達は鏡に強く依存し、鏡から一定以上の距離を離れると、強制的に鏡の力によって引き戻されるようになる」

「という事は、やっぱりカレンさん達は、鏡によって戻されたんですね……離れると駄目、だなんて」

『もしかして、婆やが旅立つ前にお話ししてくれた事に関係あるのかしら……?』


 本物のシャーリンドンが複雑そうな顔をする一方で、鏡人のシャーリンドンは一周遅れの感想を述べる事しかできず。

この認識の齟齬が、皮肉にも両者の、サナキの話から受ける印象を大きく違えさせていた。


「ま、鏡の性質の話はよい。少なくとも神々はこれを『失敗作』と断じた事で……光の神による地上世界リセット計画はうやむやに終わった」

『あれほど探し回った光の神が……そのような事を計画した、とは』

「アレとしてはかなり極まっていた時代の話じゃ。本来はそんなこと真っ向から反対する立場の者じゃった。他にも人間にとって厳しい見方をする神は居たし、そういった者達の意見も踏まえて、その上で『全ての生物がやり直すため』の計画だったんじゃ……一度、全てを綺麗にしてから、のう」


 地上は穢れ過ぎていた。

その為には、一度地上を綺麗にしなくてはならなかった。

きっと、人類は元から薄汚れていたのではなく。

地上世界に何故か存在した、『穢れ』によって魂が汚れてしまっただけなのだから。

――少なくとも、その時点での光の神はそう考えていた。

それで、全てがよくなると、そう信じていたのだ。

そこまで説明するのは蛇足か、と、サナキは考えていたが。

だが、いつかはそれも伝えなくてはならないだろうと思っていた。

相応しき者達に。


「……しかして、失敗作として宝物庫にしまいこまれていたものが、何故地上に落ちたのか? 名無しや、思い出せたかえ?」


 ベラの両脇でもがいていたように見えた名無し達は、自分を名指しされ揃って自分の耳に手を当て「んーん!」と拒絶する。

知らないのではない。拒絶したかったのだ。思い出したくない過去に、蓋をしたかったから。


「大天使ちゃん……覚えてるわよね? ううん、『思い出した』のかしら?」

「う……」

『し、知らない……』


 サナキの言葉には拒絶を見せても、ベラに顔を寄せられ、同時に見つめられると……かたかたと震えてしまっていた。

恐怖からではなかった。

ただ、思い出したくなかったのだ。


「やだ。忘れたいの」

『思い出したくないの』


 素直にそう吐露すると「そう」とだけ言ってベラは顔を離すが。

手だけは、逃走させまいと掴んだまま離さなかった。

酷く居心地悪そうにする、少女が二人。


「――かつて、『ミノス』と『ローレシア』という神の魔物が居た。神の魔物とは、我ら(ふる)き神々にとっての敵対者。闇を司りし魔神の産み出せし『新たなる神々』。ミノスは魔神の腹心中の腹心で、もっとも強き神の魔物じゃった。ローレンシアは――」


 ちら、とだけシャーリンドン達を見て、ふ、と笑みを漏らす。


「――力のほどは大したものではないが、ま、無視できぬ存在でな。この二柱は神界にて封印しておったのじゃ……じゃが、ミノスがある時自力で封印を解き脱走し――宝物庫に逃げ込んだ」

『宝物庫に逃げ込んだのは何故なんでしょうかね。逃げるなら閉鎖的な場所ではなく、解放的な場所だと思いますが……』

「様々な神器のしまい込まれた宝物庫は、それだけで強大な力の『場』が生まれやすい……奴はその『場』を利用して地上世界に転移したのじゃが、その際に宝物庫に綻びが生じ、あの大鏡がぽろり、地上世界に落下していったのじゃ」


 そう、丁度あの辺りに、と、カレン達を見やりながら。

その視線で、カレン達もはっと、気付く。


『私たちの住んでいた、ミルヒリーフに……?』

『ご先祖様たちは、大鏡を、拾ったんですね……?』


 理解の早い若者たちじゃ、と嬉しそうに笑みを見せながら、解りやすく大きく頷いて見せ。

そして、ほっとする二人に気遣うように、視線を名無しに向けた。

本物の、名無しに。


「大天使が地上に降りたのはな、この地上に落ちた『シャクナの大鏡』を見つけ出す事と、脱走した神の魔物たちを見つけ出し、滅ぼす事にあった。一応の名目は、な?」

「う……」

「しかして、長い時をかけ大天使が地上を探索していた中で、最近になって、『サキュバス』のローレンシアまでもが脱走しおったのじゃ。これに関しては、完全に不意を打たれてのう……」

『脱走ばかりされているというのは、何か理由があるので?』

「んん……魔神の、封印が弱まりつつあるのじゃ。無論今はそこな運命の女神めが抑えておる。神々もそれに協力し、注力しておるのじゃ……そこを突かれた」

『つまり、注意がよそに向いている間に逃げられた、と』

「そういう事じゃな。よりにもよって、ミノスの時と同じ手段でじゃ。一度綻びを治したはずなんじゃが、一体どうして逃げられたんじゃろうなあ……?」


 不思議な事もあるものじゃ、と、若干白々しい口調ではあったが。

それに関して、違和感を覚える者はいなかった。

……二人の名無しとベラ以外は。


「あいつは、天使たちを取り込んでいた」

『天使たちが自発的に逃げられるように便宜を図ったの』


――お友達になっていたから、と。

そう告げた時の名無しは、苦々しい顔であった。二人とも。

ベラもサナキも、醒めた顔をしていた。解っていたのだ。


「そんな……天使様が、なんでそんな、神の魔物と……!!」

『意味が解りませんわ! 天使様は、神々の僕のはずです!!』

「身に覚え、あるでしょ、シャーリンドン」

「……あっ」

 

 これに関しては、本物の名無しとシャーリンドンは、解っている事のはずだった。

そう、ローレンシアは洗脳に関して、専門的に研究していたアルテすら凌ぐ力を持っていた。

――友好的洗脳。

これに抗うのは、とても難しいのだと。

自身でそれを身をもって知ったはずだった。


「都合の悪い事に、旧型の天使たちにプログラミングされていた『神々に従え』という命令もあって、友好的に感じた神の魔物も『神である』と認識してしまうと、天使たちは抗う事が出来なくなる、という問題が存在していたようでのう」

「なぜそのような事になってしまったのですか……どうして、そのような……」

「サナキが言ったでしょ? あいつらが、『新時代の神』として再構築された存在だからよ」


 横からベラに指摘され、シャーリンドンも受け入れざるを得なかった。

というより、この上理解できないなどと喚こうものなら、また情けない姿をさらしそうな気がしてしまったのだ。

実際すぐ隣に居た鏡人は『なんでですの?』『そんなの納得いきませんわ!』と子供っぽくプリプリとしていた。


「結果的にそれによって、ローレンシアは脱走してしまった……ああ、心配しないで。もちろん今の時代、最新の天使たちはそんなことにはならないように対策済みよ?」


 はあ、とため息しながら、名無したちをぎゅ、と抱きしめる力を強める。

苦しくて、名無したちはそれぞれに暴れるが。


「そして大天使ちゃんは……力を失って、こんな風になってるの。可愛いけどね? 無力で暴れるくらいしかできない仔猫ちゃんになってるし?」


 これはこれでアリなんですけど、と、どこか闇を感じさせるような笑みを浮かべながら。

しかし、力だけは緩めず、二人の頭を掴んで身動きを封じていた。


「ねえ、何があったの? 何があって、私の『大天使ちゃん』は『名無しちゃん』になっちゃったのかしら? ね?」


 どうしてぇ? と、圧を掛ける様にまた顔を自分に向けさせ……ぱ、と放した。


「わっ」

『ふやぁっ』


 ぱたり、バランスを崩し倒れてしまう。


「やーめたっ。二人とも、なんか嫌そうな顔してるし? 私、この子達に嫌われたくないしぃ?」


 これもまたわざとらしく聞こえるような言葉ではあったが。

だが、真実など知りたくない、という意思も混ざっているように、シャーリンドン達は感じていた。


「……ま、そこのミルヒリーフの二人には十分説明したわよね? ボルトアッシュと言ったかしら? 貴方はまだ何か知りたそうだけれど?」

『闇を司る……魔神とやらの呪いは、解くことができるのかな、と』

「無理よ。私でも無理。そこの地母神が、この世界に来たばかりの頃ならあるいは? って感じだったんじゃない?」

「そうじゃな。この世界に来たばかりの……光の神や運命の女神と共に創世した頃ならば、それも可能だったかもしれぬ」


 もう無理じゃがなあ、ところころ笑うサナキに、ボルトアッシュも『ははは』と合わせて笑う。

絶望であった。

だが、大人である彼は、笑う事による誤魔化しの効用を知っていた。

わずかばかり、雰囲気が緩むのだから。



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