#41.しさいさまはときどきこわい
「――んで、結局ついてくるのかよお前ら」
「シェルビー一人だといつまでも理由をつけていかなさそうですもの。ちゃんと案内しますわ」
「ひまだからついてく」
陽も沈み始めた頃の事であった。
セシリアは「この後王城に用事があるので」とそこで別れたが、シャーリンドンと名無しの二人は、シェルビーについていって教会に三人で向かう事に。
アンニュイな顔になりながら「そーかよ」と色々諦めたらたらと歩くシェルビーに、「何がそんなに不満ですの」と、シャーリンドンは頬を膨らませた。
「別に、不満とかじゃ……俺は俺で勝手に教会行けばいいと思ってたからってだけだよ」
「そんな事言って、お酒飲んだ帰りに寄られたら司祭様が怒りますわ」
「シェルビーならやりかねない」
「どんだけ信用ねえんだよ……ああ、もういいよ。解ったわかった」
俺が悪かったよ、と、それ以上の追及の方が嫌になってきたので、大人しく従う事に。
そうなるとようやくシャーリンドンも機嫌よさげに「そうですか」とニコニコ顔になる。
「しかし、騎士団の副団長様ってのも大変なんだなあ」
「はい? ああ、セシリアさんですか」
「そうそう。街に戻る度に王城に報告に行ってるんだろ。まあ国から給料もらってるんだから仕方ないのかもしれんが、全然休まらねえだろうなあって」
もうすぐ暗くなるというのに、この時間から王城に向かうとなれば、到着は深夜になりかねない。
そんな時間であろうと、必要ならば登城しなければならないのは宮仕えの辛い所だな、と、シェルビーはその苦労を想い口元を歪める。
「俺だったら三日でやってられなくなりそう」
「確かに、セシリアさんはあんまりプライベートな時間がないように思えますわ。ポーターちゃん、セシリアさんとは長いんですよね? いつもこんなですの?」
「セシリア様、いつもこんな感じ。たまのお休みも家でぼーっとしてる」
「なんて枯れた過ごし方なんだ……」
「でも、疲れてらっしゃるなら、そういう過ごし方の方が落ち着けるのかもしれませんわ」
シャーリンドンはフォローを入れたが、当のフォローを入れた本人もセシリアの過ごし方には想うところがあるのか、眉を下げ残念な気持ちになっているのがシェルビーからは見て取れた。
「でも、プライベートではあんまりポーターちゃんと過ごしたりしないのか? 一緒に遊んだりとか」
「ボクは一人の時は部屋の掃除してるから」
「遊ぶのは?」
「街の子供たちと遊んでる事が多い」
「子供たちのポスか」
「うん、そう。ボス」
以前に聞いたあだ名にそれらしいのがあったな、と思いながら、シェルビーは「まあ年相応だよなあ」と笑った。
名無しは首をかしげていたが、シャーリンドンも「微笑ましいですわ」とこちらは手放しに喜ぶ。
「シャーリンドンは? 誰かと遊ぶ?」
「私は……一人でショッピングをしたり、街歩きして服やお化粧の流行を見たり、新しい料理に挑戦してみたり……お部屋の掃除もしますけれど、すぐに終わりますし」
「アルテと遊んだりはしないのか」
「アルテさんはお身体が弱いので、そういった事は……私の家に余裕があったころですら、一度も一緒に遊んだことはありませんわ」
「さみしい」
「そうですわね。でも、お茶はできるので……シェルビーは? お酒を飲んでだらける以外で、何かそういう、休日の過ごし方とかありますの?」
会話の流れでなんとなくそんな気はしたが、自分の番になったか、と、シェルビーは視線を少し上に向け。
けれど、思い浮かべるのはそんなに多くも無く、「そうだなあ」と言葉の上でだけ悩むように見せる。
「一日中寝てる」
「枯れすぎですわ」
「セシリア様の事言えない」
「たっ、さすがに毎日って訳じゃねーよ。二日酔いで潰れてる日くらいだ」
それ以外にもちゃんとあんだよ、と、それ以上突っ込ませないように二人を制し、続けた。
「自作の錠前弄ったり、仕事道具の補強や補充で鍛冶屋に顔出したり……後は日用品買うために雑貨屋行ったりするからな」
「錠前……弄り、ですか?」
「手先の器用さは一日で成るもんじゃねえんだよ。騎士の連中が毎日鍛錬してるように、俺たち斥候やシーフだって、似たような努力はしてるんだ」
「ああ、そういう……なんだか、お話を聞くとあんまり遊んでるような感じではないんですのね」
お酒を飲んでる以外、と付け足しながらも。
意外と手堅く生きてるように思えて、シャーリンドンは意外に感じられた。
だが、シェルビーは「当たり前だろ」と手をフリフリ。心外だとばかりに首も振った。
「シェルビーも友達、居ない?」
「ああ、居ないね。強いて言うならこないだ会ったアンサーはいい奴だったが、別に友人ってほどでもないしな」
わざわざその名を出したのは、黙ってたらどうせ聞かれるだろうから。
追跡までしてきた手前、それを聞くのは具合が悪いだろうとは思うが、それでも気になったら聞いてくるのがこの二人だと思ったので、先手を打ったのだ。
実際、二人ともその名を出されて互いに気まずそうにそっぽを向いていた。
「そ、そうなんですの」
「そう……」
いかにも興味ないといった風に。
あまりにも唐突にそんな反応をしたので、シェルビーは面白く感じ「時々これでいじるのもありか?」と一瞬思い、だが調子に乗ったら面倒くさくなりそうなので即却下した。
「――そういや、ポーターちゃんって教会とかよく来るん? シャーリンドンはプリーストだから毎回顔出してるんだろうけどさ」
「ボクもたまには教会に来る。顔を出さないと、心配させちゃうから」
「心配……?」
「ボクの身元は、教会が保証してくれてるから。一応親代わり」
「ああ、そういう……」
教会とセットで存在するのが、孤児院だ。
大きな街であればそれほど、困窮の中苦しむ子供が出てくる。
こういった子供を救済するのが孤児院の役目で、救済した子供の立場を保証してくれるのが教会なのだ。
「ボク自身は一人で生きていけるけど、この国で子供が働くには、親か教会の保証がないと駄目だから」
「そういやそんな法があったな。『子供の労働搾取を禁じる法律』かなんかだっけ?」
「そんな感じ。だからけいしきじょーボクも運命の女神様の信徒」
「なるほどなあ。シャーリンドンだけじゃなくポーターちゃんもだったか」
「セシリア様もおなじ」
「俺以外みんなだったかー」
仲間外れでも別に寂しい事はなかったが、セシリアがそうなのはシェルビー的にはちょっと意外だった。
シャーリンドンを見ても、驚いたような顔をしている。
「なんでお前が驚くん?」
「あ、いえ、セシリアさんがそうだとは思わなかったので……」
「そうなん? なんで? 十字架持ってないから?」
「いいえ。別に十字架を持ってなくても信じる方はいるでしょうから。そうではなく、戦いの道を歩む方は、善き運命を願う運命の女神様の信徒にはあまり向いていないというか……」
「ああ、神様の方向性の問題か」
「そうですわ。軍人の方なら、戦や勝利を司る神様を信奉する方が向いていると思うので……」
言われてみればそうだ、と、シェルビーも納得したが。
ポーターは小さく首を振り「ちがうの」とそれを否定する。
「セシリア様は、違うから」
「そうなのか? まあ、何を信じるかって家ごとに決めてるとかもあるだろうしな。俺の故郷にも居たぜ? 『うちは代々水の神様を信仰していてー』っていうおっさん」
「そういうのもあるかもしれませんわね。私の家も、昔は違っていたらしいですから」
信仰は人それぞれ。そして家によって違うもの。
神々が人々に何らかの干渉をすることはほとんどないとはいえ、信じたいものは自分で選べる、そんな自由が今の世界にはあった。
「――なあ、教会ってさあ、なんでこんなに入るのが億劫になる見た目してるんだろうなあ?」
いざ教会につくと、会話の中で鳴りを潜めていたアンニュイが再び表に出てくるもので。
シェルビーは「いやだなあ」と、どこか不満げな顔をしていた。
そんななので、シャーリンドンも頬を膨らませる。
「何を仰いますの。教会がそんなに嫌だなんて、本当に何も悪い事をしてないんでしょうね?」
「当たり前だろ。懺悔しろなんて言われても思い浮かばないくらい善人だよ俺? 俺よりも、俺を追跡してたお前らの方が罪の意識あるんじゃねーの?」
「な、なんのことかしらっ、あっ、小鳥さん可愛い!」
「ぴょー、ぴゅ~♪」
下手くそ過ぎる誤魔化しだった。
目に見えて狼狽するシャーリンドンとまともに吹けもしない口笛の名無しと。
そんなだからシェルビーも「やっぱこいつらにこれはテキメンなんだな」と認識して、二度と使わないことに決めたのだ。
卑怯すぎるから、と。
「まあいいや、さっさとお祈りでも何でもして宿に戻るべ」
「それがいいと思いますわ。でも、精神修行のために来たんですのよね?」
「いやまあ、今回は試しというか」
「大丈夫ですわ。瞑想すれば色々見えるものがあるものです。かくいう私も幾度も鍛錬を重ね数々の奇跡を覚えられた訳で――」
「ああ、そういう効果もあるんだってね」
プリーストをプリーストたらしめる奇跡の数々は、信仰の中で本人が開眼する事で覚えられるものではあるが。
得意げに語るシャーリンドンを見て「じゃあ俺が覚えたらどうなるんだ?」と考え、少し意地悪な事を思いついてしまう。
「お前、俺がもしお前みたいに奇跡覚えちまったらどうするんだ? めっちゃ優秀なプリースト様になれたりするかもしれねえぞ?」
「しぇ、シェルビーがですか? そんな事ありえませんわ。ありえません……よね?」
そこではっきりと「そんなはずないじゃないですか」と怒れるシャーリンドンなら良かったが。
自分の実力に自信がない為か、不安そうな顔をするようになってしまう。
流石に泣かせるつもりもなかったので「いや気にすんなよ」とただの軽口に過ぎないことを強調し、いい加減覚悟を決めて、教会の重いドアを押した。
「――まあまあ、シャーリンドンさんが人を連れて来て下さるとは。ようこそお越しくださいました」
「お久しぶり、司祭様」
「えぇ、えぇ、元気な子もお久しぶりで。お顔が見られてよかったですわ」
穏やかな印象を受ける老齢の女司祭殿は、教会を訪れた三人の中で、見覚えのある二人ににこやかに微笑む。
それから、シェルビーにも。
「斥候の方、ですか。気配への意識の強さが見て取れますわ」
「別に警戒してるとかじゃないんですがね。職業病というか」
「ええ、そうでしょうね。いつも安全な場所や逃げ場を探してらっしゃるようで」
「全く、そんな感じで。まあ、気にしないでやってください」
いつものことなんで、と、自分の癖を指摘され苦笑いを浮かべながら聖堂を見やる。
煌びやかなものこそ何一つないが、簡素な中にも品を感じる、手入れの行き届いた聖堂だった。
最奥には女神像。これも石像のようで、その頭に花の飾りが乗せられたり、足元に花が添えられたりと、親しまれているのがよく解る。
「本日は、お祈りと共に、こちらのシェルビーに、瞑想の鍛錬をさせていただけたらと」
「そういう事でしたか。ええ、瞑想は何も聖職者のみが行うものではございません。日々の精神的な疲れから解放されたり、精神的な鍛錬の為行う事も出来ますから」
「まあその……あくまで試しなんで。向いてなきゃすぐ帰るんで」
「もう、シェルビー! 司祭様の前でそのような……」
「いいんですのよシャーリンドンさん。試しでも構いません。試してくださることが嬉しいのですから」
頼られることは喜ばしい事ですわ、と、胸の前で祈りの仕草を見せ、また微笑む。
この、よく笑うという、聖職者の他には商人くらいしか見せない表現が、シェルビーにはどこかうさんくさくも感じてしまい、苦手だった。
(まあ、悪い人じゃないんだろうけどさ……実際、皆それで救われてる訳だし?)
教会が方針として示す救済は、奉る神々の種類に及ばず、いずれの教会でも行われているもの。
あくまで神の種類が異なれば、その救済の方法が異なる事もある位の差で、どこの教会でも困ってる人がいれば助けるのが当たり前で、頼られれば話位きいてくれるのが聖職者というものだった。
仕える神様が実在するので、基本、善人しかなる事の出来ない職業である。
(いや、俺の心が汚れてるだけだな……もっと人を信じられるようにしないと……)
「あら、信じられなくてもよろしいんですのよ? 信じるというのは、実感が伴わないと難しいものですから」
「さらりと人の心読むのやめてくれませんかね司祭様!?」
そして高位の聖職者はこれがあるからシェルビーは苦手だった。
当たり前のように人の心を読むのだ。
それは、悩みあれば悩みを見通し的確にアドバイスし、苦しんでいることがあればそれを解消する為、実に正しく使われるものなのだが。
シェルビーのように色んなものに疑ってかかることが職業柄当たり前な人間にとっては、何もかも見透かされるというのは心底気持ち悪いのだ。
「まあまあ。とりあえず瞑想の間に向かいましょうか――それとシャーリンドンさん、元気な子」
「はい?」
「なあに?」
「あなた方は、何やら懺悔する事がありそうですわね。お祈りの前に、その心の内の靄を払っておくとよいでしょう」
「はぅっ」
「わわ……」
そして心を読まれるのは問題なさそうな二人も同じで。
司祭様から指摘され、二人はしょんぼりとした顔で「わかりました」と声を揃え、隣接した懺悔室へと入っていった。
「では、参りましょうか」
「うぅ……解りました。解りましたよ」
まるで邪魔者を排除するかのように、二人きりにされ。
シェルビーは覚悟を決め、奥へと進むことにした。