#40.つぎのもくてきちは?
「――私、残った二つのダンジョンについて情報を収集していたのですが……この二つともが、とても危険な場所なのだと、そういうお話ばかりで」
風呂上がりでホカホカとした湯気をあげたままアルテの私室へと集まったPTメンバーらは、そこでビャクレンの園攻略中にアルテが集めたのだという、残り二つのダンジョンの情報を聞いていた。
「まず、『悪鬼の監獄』ですが、こちらはとても凶悪な悪魔が至る所をうろついており、おおよそ安全と言える場所が存在しないのだとか」
「アークデーモンでも居るのかな? それともオーガか」
「悪鬼ってくらいだからなあ。でも、監獄っていうのが気になるな?」
セシリアの想像に小さく頷きながらも、シェルビーの声には「ああ、それは」と思い出したように続ける。
「かつて世界が脅かされた際に、ここに『神の魔物』が封印された場所だったかららしいですわ」
「なるほど、だからシンプルに『監獄』と」
「そうなると、捕らえられている神の魔物も、悪鬼と呼べるような悪辣な存在なのか……」
「言葉の響きからは、ローレンシアさんのような感じとは思えませんわね……」
かつて出会った神の魔物・サキュバスのローレンシアは、人間に対しかなりフレンドリーだったが。
どうやら次はそうではないらしい、と、一同神妙な面持ちで頷き合う。
「神の魔物がいるらしいというのは、『ビャクレンの園』でボルトアッシュ氏から聞いた話と合致しているな……よく解ったね?」
「とても難儀しましたわ。お父様、簡単に読み解けないようにところどころ隠して……私達に情報を残さないようにしていましたから」
「なんだってまたそんな。娘達に解る様に情報として残した方がいいだろうに」
「万が一自分たちにどうにもできなかった時に、後を追わせたくなかったのかもしれないな」
それは娘が自分を超えられなかった場合の、最悪の場合の備えだったのかもしれない。
かつては厳しく、冷徹に思えた父だったが、今のセシリアにはなんとなしに、そのように思えたのだ。
娘の事を想ってくれる、愛してくれる父なら、そうなのだろうと。
「だが、私は父上を超えた。アルテ。私はビャクレンの園で、父上と戦ったんだ」
「まあ! お父様と……? ですが姉様、お父様は……」
「勿論、本物ではなかった……というよりも、父上と何もかも同じの、鏡人という存在だったが。冒険者としてあそこを訪れた父上と、何一つ違いない」
驚く妹に、けれど姉は優しく聞かせる様に静かな口調で。
やったことは、父の二度目の死を目の当たりにしたに等しく、自身の手で殺めたという形になったが。それでも。
それでも、セシリアの眼は優しかったのだ。
「……お父様は、なんと?」
「誇らしいと。そう仰っていたよ」
「私の事は、何とも言って下さらないのね……」
「……すまない」
「いいえ。いいんです。私より、姉様が救われたように思えるのが嬉しいですわ」
一瞬寂しそうな顔を見せはしたが。
謝る姉に、妹は精一杯取り繕うように笑みを見せ、「気になさらないで」と、その両手を包み込む。
「……まあ、その、なんだ。部外者の俺が言うのもなんだけどさ。男親ってのは、素直じゃないんだと思うぜ?」
「そうだな。きっと父上もそうだったのだろう。全く、困った父上だ」
もっと素直に色々言ってもらえれば、と、口調こそ悔しそうだったが。
その表情は晴れがましく、一切の闇を感じさせないものだった。
「――お話を戻しますが、お父様の日記には、かなり古い時代の文字が使われている部分があるのです。決まって大事な事が書かれているのですが」
「古い時代の? では、調べるのも大変だっただろう?」
「ええ。幸い私は魔術にも通じていますので、神代文字くらいまでは読めるのですが……もしかしてこれは、私にだけ読める様にしたのでは、なんて、思ってしまって」
「アルテにだけ読める様に?」
「……姉妹で協力し合って、問題を解決できるように、とか、そういう」
もしそうなら、と、じ、とセシリアを見つめるアルテだったが。
セシリアは首を振り「そうだとしても」と目を伏せる。
「連れてはいけないよ。アルテは、ここに残るんだ」
「――ですがっ!」
「危険な旅だ。ビャクレンの園では、私自身が死を覚悟する事になった。シェルビーやその場にいたクローヴェルのおかげでなんとかなったが、な」
「……そのクローヴェルとかいうのは、殿方ですの?」
「ああ。他PTのリーダーだった男だ。口は悪いが腕のいいメイジだったな」
「そうですの……クローヴェル。クローヴェル」
シェルビーさんはともかく、といいながらも視線を逸らし、ぶつぶつとその名を呟き続けるアルテは、それまでのキラキラした妹然とした態度とは異なり、後ろ暗い闇を背負っていた。
「やっぱり……姉様には悪い虫がつきやすいのかしら。クローヴェル……ああ、どうしてくれようかしら。とりあえず爺に調べさせて――」
(おいお前の妹怖いんだけど。俺相手じゃないけどクローヴェルが大変そうなんだけど)
(ははは、気にすることはないぞ? いつものアルテジョークだろう)
その闇の向く先が自分ではなくクローヴェルになったのはシェルビー的にはほっとしたポイントではあったが。
同時に何の非も無いだろうにアルテから善くない感情を抱かれるクローヴェルには同情もあって心配になっていた。
肝心のセシリアはただのジョーク扱いにしていたが、ジョークでは済まないくらいにその闇の圧は強かったのだ。
「それはそうとアルテ」
「あっ、はい、なんでしょうか姉様」
「悪鬼の監獄が危険な要素は、そのあやふやな部分だけなのか? 悪魔がうろついてるかもしれないのと、神の魔物がそれなのかもしれない所と」
「それだけではありませんわ。先に攻略しようと失敗したPTの情報もあります。いずれも三階層までは順調に進んでいるのですが……そこで、PTが瓦解しているんです」
「それだけ三階層目に強い魔物がいるって事か? それ自体はよくある事だが」
ボスモンスターとも言える強力な魔物がいる事は、ダンジョンとしてはそう珍しい事でもなかった。
水地ならば海竜や巨大海洋生物型のモンスターがいたり、遺跡ならばゴーレムなどの強力なゲートキーパーが待ち構えていたりといった事はままあることで、それが故攻略が進まずボトルネックになりやすいのだ。
だが、そんなシェルビーの予想に反し、アルテは「いいえ」と、真面目な面持ちで首を振る。
こういう表情をしている時のアルテは知性を感じられ、信頼できた。
「攻略に失敗しているPTは、全て、仲間割れによって瓦解しているんです」
「……仲間割れ?」
「ええ。長年を共にした気の知れた仲間達と殺し合いをする羽目になった、というPTもあるほどで。とにかく、三階層目で仲間割れが起き、それが原因で撤退する、というケースばかりで」
「全滅はしていないのか?」
「集めた情報を見るに、一人ないし二人しか生き残れなかったケースはありますが、概ね数名の死者はいても全滅には至って無いPTがほとんどですわ」
単なる仲間割れとするには、あまりにも偏り過ぎたデータだった。
冒険をしていれば不和が発生する事は避けられない、どんなPTでも一度は経験する病気のようなものだ。
だが、そんな病気が毎度のように発生する階層など、呪いか何かでそのようになっているとしか思えないのが人情というものだった。
「あるいは、ダンジョンに生息しているという悪魔や神の魔物が、それを引き起こしている、という可能性もある訳ですか……」
「そうですわシャーリィさん。私、それが言いたかったんですの」
流石ですわ、と、シャーリンドンが考えながらに口にした可能性をぱん、と、手を叩いてニコニコ笑顔で肯定するアルテ。
そうかと思えば「そういう訳ですので」と、また真顔になる。
一言ごとに温度差の激しい妹だった。
「皆さんには、何らか精神耐性ないし、問題になりそうな面の早期解決を図るべきではないかと提案しますわ」
「うぇ……まさか瞑想しろとか言うんじゃないだろうな。それとも、教会行って懺悔でもしろってのか? 勘弁してくれよ」
「まあシェルビー、懺悔しきれないほど多くの問題を抱えてるんですの?」
「いやいや、単に苦手なだけで……」
「教会が苦手なのは大問題」
自分で出したことながら、教会回りの事はシェルビーにはうんざりとしてしまうもののようで、それを見たシャーリンドンと名無しを呆れさせた。
セシリアは「仕方のない奴だ」と笑っていたが、アルテはというと、じ、と、シェルビーを見つめる。
睨みつけるというふうでもなかったので怖くはなかったが、当のシェルビーは居心地の悪さを感じ「なんだよ」と、聞かずにはいられなかった。
「……いえ。私、貴方は盗賊の類ではないと思ったので。教会に入るのが億劫になる理由でもおありで?」
「別に、あれこれ聞かれたり世話されるのが嫌なだけだよ」
「シェルビー自由過ぎ」
「そうだよ、俺は自由人なの。人様に束縛されるのは好きじゃないんだよ」
だからほっといてくれ、と、そっぽを向く。
どこかつまらなそうな態度に「そうですか」と、気のない言葉で返しはしたが。
アルテは見るのをやめなかった。
「なんでそんなに見るのさ。俺なんか別にどうでもいいだろ?」
「もし神の魔物や悪魔などが原因で精神操作をされたなら、貴方が一番、そういった被害に遭う可能性が高いかなと」
「そうかぁ? 俺よりもシャーリンドンの方がやばくないか? 洗脳とか即されそうじゃん」
「なっ、わ、私はそんなことになったりしませんわ!!」
バカになさらないで、とムキになるシャーリンドンに「ほらな」と、手をひらひら。
「確かにそうかも」
「簡単に煽られてしまうものな」
「ポーターちゃんもセシリアさんもひどいっ!? アルテさんは違いますわよね!? 私、そんなに弱くなんてないですもの!!」
「もちろんですわ♪ 私だけはシャーリィさんの味方ですわよ♪」
「ありがとうございます!」
味方を得て「どうですかシェルビー」と、らんらんとした目でドヤ顔になるシャーリンドンだったが。
シェルビーはむしろ「やっぱこいつが一番心配だわ」と不安になっていた。
「まあ、そうは言ってもプリーストは精神攻撃や呪いに幾分耐性があるからな。案外耐えられるのかもしれない」
「私としては、シャーリィさんが心配なのは当然としても、シェルビーさんも気を付けるべきだと思いますわ」
そうでしょう? と、さりげなくシャーリンドンはダメ扱いするアルテ。
シェルビーもこれには「ううむ」と黙らざるを得なかった。
セシリアもこれに後押しするように「そうだぞ」とシェルビーを見る。
こちらはそこまで心配した様子もなかったが、リーダーな分言葉は重い。
「不安材料はないに越したことはないからな。出立までに、解決できる部分は解決すべきだろうな」
「がんばれシェルビー」
「むう、ポーターちゃんまで……ったく、しょうがねえな」
苦虫を噛み潰したような表情ではあったが。
それでも、仲間達が心配しての事なのだから、と、素直に「わーったよ」と受け入れるしかなかった。
「騎士団で身体鍛えて、今後は教会にも顔出すのか」
「教会には私もお供しますわ。何も怖い事なんてありません」
「不安しかねえ」
「ひどいっ!?」
なんでそんな事言いますの、と、むくれたような顔になっていくシャーリンドンに「嘘でもありがとうと言うべきだったか」と選択ミスを感じてはいたが。
同時に「一人でいいのに」という、拘束されてる感があってどうにもしんどく感じ始めてしまっていた。
「んで、話の流れで勝手に決まってたけど、次の目的地はその悪鬼の監獄でいいのか?」
「ああ。廃都758510についても情報は欲しいが、ひとまずはそちらからにしよう。何せ、難易度が高そうだからな」
「そちらについても情報はまとめてありますが、姉様がそうおっしゃるのでしたら」
次の目的地は、悪鬼の監獄。
そう決まり、PTメンバーらは一様に頷きあった。




