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だから私は!!  作者: 海蛇
第二章.ビャクレンの園編
39/62

#39.ぼくもうけたかった


《カポ……ン》

「――はぁ、久しぶりに落ち」

「おらぁっ、俺様の背中ごしごしを喰らえぃっ」

「落ち……」

「ぐはぁっ、くそっ、負けてられるかっ、ぬるぬる石鹸バスターじゃあっ」

「落ち着いて……」

「くくくっ、やるじゃねえかっ、だが我が究極秘奥義シャンプーハットブレイカーはこんなものでは――」

「全然落ち着かねえ!!」


 セシリアの屋敷にて。

鍛錬の後、セシリアに誘われるままに屋敷を訪れた仲間達は、門前でアルテによって「お風呂の支度が済んでいますの」と伝えられ、分断された。

そして男湯は今、むくつけき男どもで一杯のマッスルコロシアムと化していた。


「くそぅ、前の時は少なくとも風呂の間は落ち着いて休めたのに、右を見ても左を見ても筋肉しかねえ!」

「ははは、シェルビー殿、それも致し方なき事。何せ今宵は特別、特別ですからなあ!!」

「まさか我々を労わってパーティーを開いてくださるなどと! 副団長殿は本当に我々の事を考えてくださっておられる! 最高だ!!」

「うむ! うむうむ!! 全くだ! おかげでほれ、我が上腕二頭筋共が喜びの痙攣を起こしておるわぁ!!」

「なんの! 私などは全身の筋肉がぁ!!」

「俺など心臓まで痙攣しておりますぞぉぉぉ!!」

(いやそれ病気だろ)


 そう、普段冒険の為騎士団を空けることの多いセシリアが、代わりに頑張ってくれている部下たちを労わり、特別に宴を開こうと考えたのだ。

結果シェルビーの後から次々に騎士団の男どもが入り込んでいき、癒しの為の空間は、大変むさくるしい世界に変貌してしまった。

暑苦し過ぎる男達の豪快なガハハ笑いに「そーかい」と疲労の積み増しを感じながら、浴室の男女を隔てる壁を見上げる。

そこからはきゃっきゃうふふとした女性陣の声が――


『いだだだだだだだっ!! 姉様っ、姉様それはっ、スポンジがヤスリのようになっていて!!!』

『ははは遠慮するなアルテ! 久しぶりの姉妹のスキンシップだろう! さあ、全力でいくぞ!!』

『うぐっ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! 姉様のっ、姉様の愛を、全力で感じあいだだだだだだぁぁぁぁぁっ!!!!』


(壁の向こうも地獄だったか……)


――救いなどどこにもなかった。


『せっ、セシリア様っ! 次はっ、次は是非私にもっ!!』

『私の背中なら耐えて見せますわ!! ぜ、是非お肌のスキンシップをぉ!!』


 そしてそんな場所でも楽園に変えられる女達がいた。


(……女からはすげえモテるよなあセシリア)


 男からの視線も決して向いてない訳ではないと思うが。

女性からの尊敬のまなざしというか、それ以上の感情を籠めた視線はかなり多いように思えた。

美形だし強いし、本人はフレンドリーでとても優しいしで、モテない要素なんてどこにもないのだから当たり前なのだが、それでもってシェルビーは「まあ女にモテても仕方ないのは解るが」と溜息もつく。


「どうしたんだいシェルビーさんよぉ。疲れた顔してるじゃねえか」


 部下たちの労わりの為の宴だが、当然のように隻眼の騎士団長もその場にいた。

シェルビー的にはいつの間にかそこにいたので驚きもあったが、疲れていたのでリアクションは取らず、「はぁ」と、むさくるしい中にあって幾分温度の低そうな団長の方を向いた。


「なんか、皆セシリアの事好きだよなあって」

「そりゃまあそうだろう。あいつはモテるよ。解らんのか?」

「いやまあ解るんだけどさ」


 解るけど、本人はそうではないと思っている。

それが認識の齟齬(そご)に過ぎないなら、その誤解を解けばいいだけだが。

どうにもそれだけではないように思えたのだ。

だから、シェルビーは折角なのでこの団長殿に聞いてみる事にした。

彼だけは、他の団員たちと幾分、纏っている空気が違ったのもあった。


「もしかしてさ、他の奴らから好かれてるの、セシリアは気付いてないのかなって」

「ああ、あいつは気付かねぇよ。自分は皆に恐れられてるって思ってるからな」

「やっぱそうなのか。なんか、そんな事さっき本人が言ってたから。やっぱそうなのか。皆パーティー来てるもんなあ」


 恐れられている副団長のパーティーなんかに、団員たちが参加するはずもない。

好かれているからこそ、皆嬉々としてこうやって集まっているのだろうから。


「本来なら留守番の奴くらいは置くところだが、そんな事したら残した奴が自害しかねん」

「もしかして今、もぬけの空なのか?」

「ああ、今国を攻められたら我が国はおしまいだな!」


 全く洒落にならねえぜ、とがはがは豪快に笑う団長殿に、シェルビーは「うわあ」と口元を引きつらせる。

だが、馬鹿笑いしていた団長もすぐにキリリと頬を引き締め「まあ、とはいえ、だ」と、続けたので、シェルビーも幾分、真面目な顔に戻った。


「あれだけ好かれてるのに、どういう訳か、未だに結婚相手が見つからん。あいつと結婚したい奴なんて国中どこを探したっていくらでもいるはずなのにな」

「あんたは?」

「俺は違うからな。セシリアには興味もねえよ」


 あいつらとは違うんだ、と、子供みたいにはしゃいで楽しそうにしている騎士達を見て、どこか遠い目をする。

そんな団長に、どこか自分と似たようなものを感じて、シェルビーは「なるほどな」と、共感してしまっていた。

それが不思議だったのか、団長は首をかしげる。


「何がなるほどなんだ?」

「居なくなった女を探しちまってる口かなって」

「……がははははは!」


 突然笑い出し、ばん、と、背中を叩かれる。

だが、音の割にはそれほど強い力も加わっていないのか、シェルビーでも「いでっ」と、反射的に声を出す程度のもので。

そして、団長殿は大層楽しそうな顔をしていた。


「全く恥ずかしいが、その通りなんだよな!」


 にやりと口を歪め、騎士達を見やりながら、団長殿は、同時に遠い頃の自分も見つめていた。


「俺がガキの頃だ。この国ですげえ強い騎士様がいた。その騎士様は、大量に発生した魔物の群れを、たった一人で蹴散らしちまったんだ。この街の住民の誰もが死を覚悟した、竜の集団暴走(スタンピード)をな」

「へぇ」

「俺ぁな、ひねたクソガキだった。だけど人間ってのは不思議で、人知を超えた存在を目の当たりにすると、自分の小ささや情けなさってのを自覚して、ちっとはマシに生きたくなるんだ」

「……それで?」

「その女騎士様に憧れちまった俺は、その人に追いつくために、いつか肩を並べ戦えるように、騎士を志した。平民にだってなれはするが、狭き門だ。死ぬほど努力して、血反吐吐くくらい鍛錬し続け、ようやくたどり着いたころには――」


 そこまで話して、深く息をついた。

その先は、話したくない。

話せば、辛い気持ちになるのだと言わんばかりで。

だからシェルビーは「言いたくないならいいんだぜ」と、逃げ道を作ってやった。

同じ道を歩んだ男への温情のつもりだったが、団長殿もそう感じたからか「いや」と、首を振りながら眼を閉じた。

浮かべるのは、ただ一人、自分の心を揺るがした女騎士の姿。


「――病で倒れ、それでも子を成し、産むと引き換えに逝っちまった。俺は、騎士になってから一度も、あの人と剣を合わせた事も、鍛錬を見てもらったこともねえ」


 ただ憧れていた女を、遠くから見ている事しかできなかった。

それが嫌だからと、並びたいからと努力し続けた先に待っていたのは、永遠の別れだった。

一生辿りつけない場所に旅立ってしまったその女性に、彼が何を想ったのか。


「だが、騎士としてのあの人の事を、俺はずっと見てきた。一市民として、騎士に憧れるガキとして、そして……あの人に惚れちまった人間として、俺は、いつか死んだ後に恥ずかしくねえように、騎士団長の座を、穢さねえように生きなきゃいけねえ」


 眼を開き、また見えたのは、浴槽に入ろうと向かってくる騎士達。

誰一人例外なく、セシリアに惹かれた、自分と同じ道を歩むであろう男達である。


「きっとあいつらも同じなんだ。だから、うちの騎士団はきっと、もっと強くなる」

「あんたと同じ道歩んでる奴らが人数分か。この国最強じゃん」

「ああ、最強だ。無敵かってくらいにな」


 何せ全員がセシリア並になろうと努力するのだ。

追いつけるか追いつけないかなどではない。

そうなれるまで努力し続ける筋金入りの者達で構成された組織なのだ。


「あの人と同じで、セシリアもきっと、同じように他者に影響を与えるカリスマ性みたいなものをもってるんだろう。ただ顔がいいからとか性格がいいからとか、それだけじゃあ断じてねえ。普通の女が持ち合わせねえものを、あいつとその一族は持ってるんだ」


 全く世の中は不公平だぜ、と、皮肉げにまた口元を歪めながら。

団長殿は赤くなった顔を隠す様に立ち上がり、一足先に去ってゆく。


「――いい女に脳みそ焼かれちまうと大変だな。俺の時はそんなにいい女じゃなかったのにな」


 それでも忘れるのが大変だったのに、と、苦笑いを浮かべながら、自身も身体の隅々まで熱で満たされるのを感じていた。

いつの間にか、疲れは癒えたように感じられて。

だからか「むさくるしいのはごめんだぜ」と、団長の後を追うように風呂場から出ていった。




「いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「ぐぅっ、うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」


 そして、爺やの地獄のようなマッサージを並んで受け、二人して激痛に呻いていた。


「ぐっ、くくくく……騎士団長さんよぉ、あんたでも、このマッサージは、痛いのかよぉっ」

「応よっ、どれだけ受けてもこのマッサージは……ぐがぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「けけけっ、情けねえっ、声……あっ、ちょっ、そこはもう――うぎゃぁぁぁぁぁっ」

「ほっほっほっ、情けないですぞご両人。今は亡き旦那様は、このくらいで『もっと強くしろ』と言われるほどでしたのに」

「マジかよっ、セシリアの親父さんどれだけ――ぎっ、あっ、がっ!?」

「くそっ、くそっ、こんなところでもあのおっさんに……うぉぉぉぉっ!?」


 爺やのマッサージは、彼らを筆頭に、風呂を楽しんだ騎士達に絶望的な敗北を与え。

そして、その疲れを完璧に癒していった。



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