#36.いせきしちゃう?
一度家へと帰宅したシャーリンドンは、その後、セシリアの屋敷へと向かおうと、家を出たのだが。
丁度そこで、「たいへんたいへん」と、名無しが謎の挙動で通りを歩いていたのを見かけ、「何かあったのかしら?」と、それに釣られていった。
「ポーターちゃん、どうしたんですの?」
「わ。あ、シャーリンドン?」
「ええ、私ですわ」
後ろから声を掛けられ、驚いた様子の名無し。
今も何故か道の隅っこ、建物の影に隠れる様にして通りの方を見つめていた。
「えーっと、何をしていますの?」
「う……あれ、見て」
言われて指さす方を見てみると、そこにはシェルビーが。
「あら、シェルビーじゃありませんか。しぇるむぐっ」
「静かにして」
見つけてすぐ声を掛けようとしてしまうその口を小さなおててで塞いでしまう。
塞がれたシャーリンドンは「なんですのなんですの?」と涙目になるが。
再度名無しから「見て」と言われ……シェルビーの隣に、別の人影があることに気づかされる。
「あら、あの方……確か、クローヴェルPTの斥候の……アンサーという方でしたわね?」
覚えてますわ、と、その中性的な顔を遠目に見ながら思い出す。
名無しもこくこくと頷くので、それは間違いないと解りホッとするのだが。
「あの方たちも、無事こちらに戻ってらしたのですね。でも、ポーターちゃん、どうして……?」
「二人で歩いてるの。このままいくと、冒険者ギルドに行く」
「街中か何かで見かけたのでは……?」
「意気投合してる。仲良し……に見える、の」
シャーリンドンとしては、なんでそれをこんな追いかける形で見守っているのか意味が解らなかったが。
ただ、ビャクレンの園でも鏡人の名無しが似たような光景の時に嫌そうな顔をしていたり、この子がそれに同調したりしていたので、「何が嫌なのかしら?」と、何かしらがあるのだろうとは思ったのだが。
「……シャーリンドンは鈍い」
「えぇっ、鈍いと言われても……鈍い、でしょうか、私?」
「鈍すぎる。これは、引き抜き」
「引き抜き……えぇもごっ!?」
また声をあげそうになり、口を押えられてしまう。
「シャーリンドンは、学ばない。ボク、心配になってきた……!」
「うぅ、ごめんなさい、つい。でも、なんでそんな?」
流石に引き抜きは急すぎる。
何より、「そんな事にはならないはず」と、シャーリンドンはある程度確信があったのだ。
「つい昨日、解散する時にセシリアさんと話してましたでしょう? 私も、ポーターちゃんもですけど……再雇用するって」
「ん……それはそうだけど」
「シェルビーだって、それに納得していたではありませんか。それを反故にするような事は、シェルビーは絶対にしないんじゃないですか?」
プロ意識の高い彼ならば。
彼のプライドに関わる部分は、シャーリンドンにだって解るくらいにはなってきたのだ。
だから、そんな簡単に裏切りだとか、契約違反だとかはすまいと。
「……ボクも、それは解る」
「でしょう? きっと大丈夫ですわ」
「でも、なかよし」
ゆったりと歩いていたので追えていたが、話しているうちに視界から見えなくなりかけていたので、名無しも通りに出て、また追いかけてゆく。
シャーリンドンも、それに追いすがった。
「なかよしだと、問題なのですか?」
「アンサーは、女の人、だよ?」
「ええ、そうでしょうけど……?」
「……やっぱりシャーリンドンはだめ」
「ええぇ……」
何がダメなのか、自分でも全く分からず困り果ててしまうが。
頬を膨らませ唇を尖らせる名無しは可愛かったので「しばらくは見守ってみますか」と、困りながらもついていくことにしたのだ。
結局、ギルドまで来て、シェルビーとアンサーは、揃って酒場で酒盛りを始めていた。
なんてことない冒険者ムーブである。
「まだ陽が高い内ですのに……」
今度はシャーリンドンが唇を尖らせていた。
シェルビーたちが見える隅っこの方の席から、じ、と睨みを利かせる。
テーブルの上には、アイスミルクのロックと豆ジュース。
シャーリンドンがミルクで、名無しはジュースだった。
「冒険者ならこれが普通」
「そうかもしれませんが……」
「ポーターギルドでも、いつ行ってもお酒飲んでる奴がいる」
「行った事ありませんが、そんなところにいて、ポーターちゃんに変な影響がないか心配になってきましたわ……」
酒場の独特の臭気というか、酒の匂いに、こめかみが痛くなってくるのを感じてきたシャーリンドンは、おでこを抑える様にして「はぁ」と小さくため息をつく。
「シャーリンドン、ママみたい」
「え、私がですか?」
「ん……ママって、そんな感じだって、皆が言ってた」
そうなんでしょ、と、逆に首を傾げながら聞いてくる名無しに、シャーリンドンは「うーん」と、少し考えてしまう。
(もしかして、ママとか、そういうのをよく知らないんでしょうか? そんなに幼い内から、一人きりで……?)
改めてみるまでもなく、名無しは幼い。
恐らく誰が見てもそれはそう思うに違いないとは感じるが。
同時に、普段はあんまりそういう事も言わないながら、「実は両親の愛に飢えているのでは?」と、悲しい気持ちになってしまいそうだった。
「ポーターちゃん」
「ん……?」
「私はママにはなれませんが……甘えたくなったら、いつでもハグくらいはしてあげますからね」
「なにいってるのこわい」
「そんなぁっ!?」
腕を開くように胸元を強調してみせるが、名無しは冷めたものだった。
愛に飢えてなんていなかった。いっぱい悲しかった。
離れていたので会話の内容は解らなかったが、楽しそうな会話を続け、そして、ひとしきり楽しんだ後、シェルビーとアンサーは、酒場を後にした。
二人がそれを追って外に出ると、もう暗くなり始めていて。
随分長い事、シェルビー追跡をしていたのが解って、シャーリンドンは「私、何やっているのかしら」と、我に返って恥ずかしくなった。
PTメンバーが抜けるかもしれない、というのは気になる事ではあるけれど、やっている事は仲間を疑いその動向を探るなどという、下世話な行為である。
名無しがやっているからついてきてはいたが、そもそも乗り気でも無かったのだ。
「あの、ポーターちゃん? この辺りで終わりにした方が――」
「まだまだ、これから。ここからが大事」
「えぇぇ……」
眼をキラキラとさせながら「まだ続けるの」と見上げてくる名無しに、シャーリンドンは困り果てたが。
放っておけば夜の街に一人だけで追跡をし続けそうで、それはそれでかなりよろしくない気がしたので、「解りましたわ」と、諦めることにした。
自分でも一人ではほとんど歩かない、夜の街である。
(ポーターちゃんがこう言うから仕方ないですけど……ちょっと怖いですね)
まだ暗くなり始めたくらいで、うろつく通行人も昼間とさほど変わらないが。
今少しもすれば、これが酒場から繰り出してきた酔っ払いや娼婦、夜の縄張り争いに余念のない胡乱な輩などがうろつき始め、若い娘にとってはあまり安全とは言えない時間帯になってくる。
出来れば早く終わってくれれば、と思いながら、先に走りそうになる名無しに「待ってください」と、少しでもブレーキになるよう、ついていくしかできなかった。
「ん……別れた」
「ふぇっ……あ、本当ですわ、シェルビー、見えなくなってしまいました」
しばし通りを歩いていたシェルビーとアンサーだったが、途中のわき道にシェルビーが逸れ、そのまま足を止める事無く手だけ挙げて消えていってしまった。
そうして、アンサーだけが通りをそのまま歩き出す。
「どうしますか? 二人が別れてしまったのなら、この辺りで終わりにしても……」
「アンサー、追いかけるの。どこに泊ってるか調べる」
「そんな、泊っている場所なんて調べても仕方ないのでは?」
「クローヴェルたちの居場所、解るかも」
「ああ、そうですわね……って、目的が変わってませんか!?」
少女の心は移ろいやすかった。
その眼もまだまだやる気に満ちていて。
そして「行くの」と、止まってくれそうになかった。
シャーリンドンは途方に暮れた。
「……もう暗くなってしまいますわ。セシリアさんのところに行こうと思いましたのに」
「終わったら一緒にいこ。今は追いかけるの」
「うぅ、解りましたわ」
こうなったらとことんまで、とシャーリンドンも従う事にし、その後を追いかけていく。
さっきまでは会話をしながらだったが、一人だけになっても、アンサーは緩慢な速度で歩いていた。
人混みの中とはいえ、それはシャーリンドン達にも容易に追いかけられる程度のもので。
とはいえ、後ろを気にした様子もないアンサーを追いかけることは、追跡初心者の二人でも、難しくはなかった。
ほどなく、アンサーは通り沿いの小奇麗な旅籠に入っていく。
そこが終着点だった。
「あの旅籠に泊まるみたいですわ。思ったより近い場所でしたわね」
「ん。見つけられた。満足」
とりあえずの目的を果たせて満足した様子の名無しに、シャーリンドンはほっとして「それじゃあ」と、本来の目的地に向かおうと告げ。
名無しも異論なく頷いてくれたので、一安心して振り向いた、その時だった。
「――やあやあ、よくここまで追いかけてきたねえ。お疲れ様」
「わわっ」
「ひゃんっ!?」
振り向いた目の前に、アンサーが立っていた。
余りに突然の事で、二人も驚きの声を隠せない。
「ははは、いい顔だね。それが見たかった」
「う、うぅ……き、気付いてらっしゃったのですか?」
「それは勿論。シェルビーもとっくに気付いてたよ?」
「いつから?」
「最初からさ。シャーリンドンちゃんだったかな? 君が途中からついてきたのもね」
「ぜんぶばれてた」
「うぅ、上手くいきすぎてる気はしていましたが……」
あまりに上手くいきすぎていた。
斥候が二人して並んで歩いて、素人二人に追跡され気づかないなどと。
途中から楽しくなっていた名無しは「やっぱりプロは違う」と、別の意味で目をキラキラ輝かせていたが……シャーリンドンは「はぅ」と、がっくりしてしまった。
ここまでの追跡劇、全部バレバレ。これほどの徒労感はそうそうなかった。
「それで、オレに何か用事だったのかな? 子ウサギちゃん達?」
腕を組みながら、試す様に「うん?」と見てくるアンサーに、シャーリンドンは少し怖いものを感じていたが。
名無しはそんな事も無くアンサーの側に寄って行って「気になったの」と、説明を始める。
「最初は、なんだか楽しそうに話してたから、引き抜きとか、心配した」
「ははは、そういう事か」
「それから、酒場で楽しそうだったから、こいびとどうし? とか気になった」
「オレが? シェルビーと?」
「ん……それで、酒場から出た後は、追いかけるのが楽しくなってた」
「それはいいね、斥候の素質あるよ」
最初はうわべだけで笑っていたのが、途中から破顔しそうになってそれを抑え、最後は嬉しそうに口元を緩めていた。
そして「そういう事なら」と、組んでいた腕を解いて、腰に当てるのだ。
「安心していいよ。オレ、彼女いるし」
「彼女?」
「えぇっ!?」
「同じPTのメイジの娘、居たでしょ? あの子がオレの彼女。少なくともオレは、シェルビーみたいな男は好みじゃないかなあ」
どっちかっていうとシャーリンドンちゃんの方が、と続いた辺りでシャーリンドンが「ひっ」と、不安そうに身を縮こませたので、アンサーも「ははは、じょーだんだよ」と、笑って済ませ。
それからまた名無しを見た。
「――勿論、シェルビーが仲間になれば、今まで以上に安全な冒険が約束されるだろうけど、さ。でもそれって、オレ自身がお役御免になるだけじゃね? オレはそう思うんだけど」
「う……確かに、そうかも」
「だから、引き抜きの心配もない、という事で! 安心した? 納得できたかなあ?」
おちゃらけて手をフリフリしてみせるアンサーに、二人も目をぱちくりし、こくこくと頷く。
それを以て理解を得たと把握したアンサーは、「それじゃあ」と、芝居じみた動きで二人の来た方向へ手を向けた。
「もう夜も遅くなるからね。お帰り? 子ウサギちゃん達?」
「そうさせていただきますわ。その、追いかけてごめんなさい」
「ごめんなさい、ね?」
「うんうん気にしない気にしない。女の子に追われるのは悪い気しないし! さ、オレもいつまでも他の可愛い娘達と話してるとやきもち焼かれちゃうからさ! これでほんとにさようならだよ。冒険先で会ったら、よろしくね」
ばいばい、と、だけ言って、二人の間を抜け、今度こそ本当に旅籠へと入っていった。
それを見て……しばし唖然としていた二人だったが。
「行きましょうか」
「うん。行こう」
自分たちの知らない世界があって、それを垣間見た気になった二人は、どっと出てきた疲れでぐったりとした顔になっていた。
「楽しかったけど、疲れた」
「そうですわね……ああ、セシリアさんのお屋敷、入れてもらえますでしょうか」
「だいじょぶ。門番と友達だから深夜でも入れる。顔パス」
「それは心強いですわ……」
それでも遅くに入るのは心苦しいですが、と内心では思いながら。
二人、セシリアの屋敷へと向かった。
そうして、二人が去ってしばらくして。
旅籠に入ったはずのアンサーが、また、脇道から現れた。
「――いやあ、純粋な子達だなあ。ああいう子を騙すのって、結構心苦しいんだけど? シェルビー?」
そして、その隣にはもう一人。
シェルビーだった。
途中で分かれたはずだが、合流していた。
「ふん。斥候の後を追いかけるなんてマネしてくれたんだ。あれくらいはいいさ」
「おープライド高いこと。ま、別にいかがわしいマネしてた訳じゃないからいいんだけど、さ。なんでわざわざ? 途中で振り返ることもできたよね?」
「それじゃ面白くねえだろ? 最後まで追いかけさせて、理由まで聞いて、自分たちがやってた事がとんだ無駄骨だったと解らせられれば、それが一番って奴よ」
何せあぶねえからなあ、と、脇道の先を見やる。
薄暗いを通り越して真っ暗な、何も居なさそうな道。
けれど、その先には確かに居るのだ。夜の闇に紛れる、夜にしか生きられぬ者達が。
「今回はなんでもないけどよ? 街で俺を見かけたからって、その度に追跡なんてされたら、いつ危ない目に遭わせちまうか解ったもんじゃねえ。一度恥をかきゃ、こっそり追いかけて、なんて考えないだろうからな」
「そう伝えれば解ってくれそうなものだけどね? あの子達、多分底抜けにいい子達だよ? 解るでしょ?」
「ああ、解る解る。でもな、俺は他人の善性なんてものに過信はしねえのよ。何故なら、『いい子だからこそ』でやらかす事があるからだ」
「そういう経験でもあったの?」
「まあなあ。だから、自分の心を守る為でもあるのさ」
あれは割ときつかったからなあ、と胸を抑えながら、割と真面目な顔で。
「――そういうお前さんこそ、良かったのか? あんな嘘ついて」
「女の子好きって事? 嘘でもないさ。実際あのメイジはオレの彼女だし」
「マジかよ、そういうフリとかじゃなかったのかよ。シャーリンドン全力で怯えてたじゃんよ」
「うん、あれは割と傷つく。まあ、仕方ないかなあ。貴族の子なんでしょ?」
「ああ、没落してるけどな」
「それでも品はいいじゃん。ああいう子はオレみたいなのが存在してるとは欠片も教わらないだろうからねえ」
仕方ない仕方ない、と、口元をにやけさせながら「ひゃん」と、可愛らしい声で鳴いて見せる。
それは、シャーリンドンが驚いた時にあげた声そのものだった。
「あんたの顔であいつの声あげられると脳みそが混乱しそうだわ。まあいいさ、俺はもう帰る。世話になったな」
「――オレとしては、その話なんかよりも、もう片方の話の方、ちゃんと受け止めてほしいんだけどな?」
踵を返し去って行こうとするシェルビーに、アンサーは呼び止める様に声をあげた。
先ほどまでのおどけたものではなく、真面目な、凛とした声色だった。
「ああ? 引き抜きの話か? 勘弁してくれよ。同業者クビ切らせてまで採用されたいとか思わねえし」
けれど、シェルビーは振り向きもせず、だらけたような声で返す。
顔を見すらしないその様に、どうやら本当に脈がないらしいと解り、アンサーも顔を崩した。
「だははー、そうだよなあ。副団長様だもんなあ。給金もいいんだろ?」
「金だけだったらお前、クローヴェルの方がいいだろ。消耗品から日用品まで全部支給ってんだからすげえよ」
恵まれた環境にある同業者に、だが、その環境にシェルビーは、心惹かれなかったのだ。
思い浮かべるのは、色んな顔を見せてくれた仲間達。その瞬間瞬間の場面だった。
「――楽しくなってきたのさ。なんか、人間味感じちまってな?」
「ふうん。絆されちゃったんだ。プロ中のプロみたいな顔をしてた癖に」
「絆されたとかじゃねえよ。ただ、これくらいの差だったら、我慢できるかなってくらいに感じただけだよ。契約しちまったし?」
契約違反とか移籍とか面倒クセエし? と、しみじみ語り、そして歩き出した。
「アンサーよぅ、お前さんだってPTメンバーに絆されてんだろうが。自分クビにされてもいいからクローヴェルのところに来いとか、普通絶対にやらねえよ?」
「はははっ、まあ、それくらいに君の腕に感心させられたのもある。オレだって、大切な人たちには、死んでほしくないからさ」
仲間なんだよ、と、離れていく背に向け聞かせ。
そして「わかる、わかるよ」と、それだけ返してきたシェルビーに、今度こそそれ以上は返さず、見送った。
「――『お前さんだって』って。がっちり絆されてるじゃんよ」
見えなくなったシェルビーに、心底「残念だなあ」と思いながら、すぐそばの旅籠に入っていく。
その夜のうちに、アンサーがまたそこから出てくることは、なかった。




