#35.にどとあえなくなったひとたち
「――おかえりなさいっ! 思ったより時間がかかったのね」
シャーリンドンの奇跡により遺跡から脱出したセシリア一行は、別の場所に馬車を待機させてあるのだというクローヴェル達と遺跡の入り口前で別れ、そのままの足で宿屋に戻り、帰還の準備をしていた。
聖域を訪れた事に対し、住民の感情はよからぬものになると思えたので、なるべく早めに去る為、翌朝早朝に、というつもりだったが。
そんな一行の元に、カレンが姿を見せたのだ。
赤い頭巾を羽織って、いかにもお忍びです、という風体で。
却って目立つ気もしたが、折角迎えてくれたので、と、誰もツッコミは入れなかった。
「やあカレン。君のおかげもあってなんとか聖域にたどり着けたよ。ありがとうね」
幸い死者も無し。後に残る様なケガを負った者も居らず、得られたものは少ないものの、失う事はなかったのだ。
感謝の言葉を告げ、必要以上の事は話すつもりはなかった。
「一番奥に居たおじさん……元気だった?」
「うん。元気だったよ。彼はずっとあそこに?」
「そうよ。たまに家の者がご飯とか届けに行くけれど……話す機会が無いから、大丈夫かしらって」
「おしゃべり好きなおっさんだったな」
「ええ、色んなお話を聞かせてくださいましたわ」
帰還する前の休憩中、ボルトアッシュは、様々な自分たちの冒険譚や、かつてあった出来事を聞かせてくれていた。
そんな中で、特にセシリアたちの興味を引いたのは『悪鬼の監獄』と『廃都758510』についての話である。
元々、PTの情報収集担当兼魔法使いだった彼は、ロスベル達が他のダンジョンを攻略している間に、単独でこれらのダンジョンの調査と情報集めをしていたのだが……どうにも、この二つには『神の魔物』がいるかもしれないという噂があったのだ。
それについては今カレンに話すような事ではないので彼らも話題にまでは出さなかったが。
ボルトアッシュが健在なのを聞き、カレンも気分よさそうに「そう」とにっこり可愛らしい笑顔ではにかんでいた。
因みに、鏡人の名無しとシャーリンドンもボルトアッシュの元に置いていかれることになったので、今はもういない。
「それで、あの……セシリアさん。約束の、事なんだけど」
「ああ、覚えてるよ。私達は明日早朝にここを発つつもりだ。君達がそのつもりなら、日の出より前に、町の入り口に」
「解ったわ。アレフも、やっと私と逃げてくれる気になったの。だから――お願いしますっ」
ぺこり、大きく頭を下げるカレンに、悪い気になる者は一人もいなかった。
「大丈夫ですわカレンさん。きっと、きっと、お二人が幸せになれるように、一緒にセレニアに参りましょうね」
「シャーリンドンさん……はいっ、私、貴方に相談してよかった! ありがとう、本当に、ありがとうっ」
正面に立ってその手を取るシャーリンドンに、他の者達も頷きながら。
そしてカレンはそんな彼女に目の端に涙を浮かべ何度もお礼を言った。
――愛し合う恋人たちが結ばれる為には、必要な事だから。
皆がそう思いながら、それを受け入れたのだ。
翌朝、予定通り陽が昇る前にセシリアたちは宿を出立し。
そして、町の入り口で一度止まると、昨夜と同じ頭巾をかぶったカレンが、沢山の荷物を持った恋人を伴って現れた。
「あの……お願い、します」
「この人たちが、カレンの言っていた……あの、僕がアレフって言います。無理を聞いてもらってありがとうございます。よろしくおねがい、します」
「ああ……最後にここから町を見ておいた方がいい。戻れるとは限らないからね」
「はいっ」
「解りました」
慌てた様子で馬車に乗り込む二人に、しかし、セシリアはすぐには出立せず、町とのしばしの別れの時間を恋人たちに与え。
そして、やがて二人が頷き合い、「出てください」と伝えた事で、馬車は走り出した。
入り口前に立っていた衛兵もカレン達に気付くことなく、寝ぼけた目でぼんやりと馬車が通り過ぎていくのを見守り、「異常なし」とだけ呟いてあくびをしていた。
「――こんな風に町を出られる日が来るなんて」
遠くなってゆく町の姿。
これより馬車は、遥か西にあるセレニアに戻る事になる。
遠くなってゆく故郷の町を見ながら、カレンは風に揺れる赤髪を手で押さえながら小さく呟く。
隣に座るアレフも、「そうだね」とだけ返し……カレンの手を握った。
「アレフ……?」
「今まで、僕がしっかりしてなかった所為で、君に辛い気持ちを抱かせてしまった。それでも僕は、両親を説得して……皆から祝福される形で、君と結ばれたかったから」
「……私だって、気持ちは同じよ。でも、それは無理だったから」
「そう、だね。だから……これからは、そんな風にならないように、頑張るから」
その肩を抱き寄せ。
美しい宝石のような赤髪を手で撫でながら、頬にキスをして。
「絶対に、大切にするから。幸せにする」
「……うん。私、何も怖くないわ。新しい土地も、知らない街も。都会でも、私、絶対に後悔なんてしない」
何も不安なんてないわ、と。
恋人の胸に鼻先を埋めながら、カレンは幸せそうに笑っていた。
ようやく、望んだ幸せが手に入るのだ。
望んでいた形とは少し違うけれど、でも。
でも、間違いなくやってくる、幸せな時間が。
「――悪ぃ。いちゃつくのは二人きりになってからにしてくれねえかなあ?」
そしてそんな恋人たちに横から声をあげたのは、シェルビーだった。
人数も増え、決して広いとは言えなくなった馬車の中、すぐ目の前で広がっていた恋人たちのイチャラブ世界に胸やけが起きていたのだ。
「あっ、ご、ごめんなさい」
「すみません」
すぐに恋人たちは顔を赤くして離れるが、シャーリンドンは「そのままでいいですのに」と、ニコニコ顔でそれを見ていた。
「私は、むしろ幸せそうなお二人を見ている方が気分がいいですわ」
「シェルビー、ひねてる」
女子二人はその辺りむしろ大歓迎な様で、却ってシェルビーの方が窮地に立たされる形になっていたが。
「いや、これに関しては……俺よりもセシリアの方がだな……」
ポーターちゃん容赦ねえなあと呟きながらも、己が不利を悟ったシェルビーは、けれど御者席に座るセシリアを指す。
「わ、私の事は気にする必要はないぞ。恋人たちが幸せなのは、いいことのはずだ」
「めっちゃ泣いてるじゃん」
「泣いてなどいない!」
「胸やけどころか羨ましさでめっちゃダメージ受けてるじゃん」
「ダメージなどない! これは……そう、嬉しさで出る喜び汁だ!」
「なんて嫌な名前の涙ですの……」
「セシリアさま、おいたわしや……」
シャーリンドンも名無しも、セシリアのその様には哀れに感じたのか、申し訳なさそうな顔になっていた。
「あ、あの、ごめんなさい。もうちょっと、気を付けますね」
「皆さんと一緒なのに、完全に忘れて……」
「あんた達は悪くないさ……それより、あんたら、これからどうするつもりなんだよ?」
流石に自分たちの都合で幸せな二人の時間を奪ったような気がして罪悪感も湧いたのか、シェルビーは話題を振る形で空気を変えようとしたが。
「セレニアに着いたら、何か商売をやろうと思ってるんです。父の手伝いで、商いについてはある程度分かるので」
「素敵だわ。二人で、おっきなお店にしましょうね!」
「うん……でも、カレンにはお店の手伝いより、大事な事があるからね?」
「えっ、な、なあに?」
「二人の赤ちゃんを作る事さ」
「も、もう、アレフ、そんな――皆の前で」
「――だからさあっ! あんたら、そういうのがさあっ!」
バカップルに付ける薬などなかった。
明るい未来を信じて疑わない二人を前に、シェルビーは「たはー」と頭を抱え。
そして直後、馬車が大きく揺れた。
全員が悲鳴をあげなんとか姿勢を保つが、セシリアからの鼻声での「済まない」という声に「ほらセシリアがぁ」と、シェルビーはぐったりした顔になっていた。
「いいんだ……ぐすっ、君達が幸せな明るい未来を描けるのは、騎士としては嬉しいんだ……平和な国を維持できるのは、素晴らしい事で……民が明るい未来を思い描ける、そういう世界を維持し……維持し、て……っ」
ぐらぐらと軌道を危うくするセシリアに「おいおい洒落にならねえぞ」とシェルビーは立ち上がるが、再び馬車が大きく揺れ。
「きゃんっ」
「うおっと、すまねえっ」
立ち上がろうとしたせいでバランスが崩れ、床に手を付こうとして隣に座っていたシャーリンドンに手を付いてしまう。
「ちょっと、シェルビー!?」
「いや悪かったって。悪気はねえし……って、いや、ほんと、ごめん」
手を付いた場所が悪すぎた。
胸のど真ん中である。
おかげで手を痛めることはなかったが、シャーリンドンは「痛いですわ」と涙目になって抗議の目を向けていた。
最初は適当に済ませようとしたシェルビーは、素直に謝った。
「――御者、俺が、代わるから……お前はちょっと休めよ? な?」
そして逃げる様に御者席に顔を出し、セシリアの隣に座る。
「うっ、うっ……大丈夫だ、なんともない」
「いや、なんともあるじゃねえか。どうみても大ダメージじゃねえか」
戦闘時より大変なことになっているセシリアから無理やり手綱を奪う。
奪えてしまう。
それだけでもう、どれだけ精神的に大変なことになっているのか、シェルビーには察せてしまった。
(こいつ、本当に恋愛がらみとか自分の結婚周りの事になると滅茶苦茶脆いんだな……)
胸の事も併せて、「そんなに気にしてるのか」と、仲間として心配になるほどだったが。
手綱を奪われたセシリアはその場で膝を抱え「すまない」と、丸まってしまった。
「――いや、本当にうれしいんだぞ? 民が幸せになれるのは、騎士としてどんな戦に勝つよりも誇らしく、嬉しい事のはずなんだ。だが、私は器が小さく、情けない奴なのだ。だから、だからこんな――自分の事で」
「なあセシリアよう」
いっそ可哀想に感じてしまっていたが、そのままでは際限なくネガティブな事をぐちぐち言い出しそうな湿り気を感じて、シェルビーは溜息ながら口を挟む。
「……うん?」
「お前さん、人間性捨てるために騎士になったのか?」
「そういう訳では、無いが」
「なら、別にどんな感情持ってたっていいだろ。騎士様は、自分の怒りや哀しみを人に見せる事も許されないのか?」
「……戦いの場ならば」
「戦いの場か? 今が」
むしろ感情を爆発させてなんとかしていたシーンが多かった気がするが、と、彼は思わなくもなかったが。
とりあえず、セシリアの今の状況を分解するように、理詰めで分けていく。
つまりは、自分の中の誇りと、自分の「こうありたい」という理想と、自分の中のつまらない感情を吐き出してしまうという『現状』が混ざりあって、こんなネガネガしい事ばかり言うようになっていたのだから、それを分解してやればいいのだ。
「騎士団の副団長様ってのは、随分大変な生き様なんだろうなとは思うがよ」
「そんな事はない。人は皆それぞれ、大変な生き方をするはずだ。そこに、貴賤の差などないはずだ」
「かもなあ? でも、俺ぁ割と大変だと思うぜ? 人の上に立つなんて、面倒くさくてとてもじゃねえが俺にはできねえ。なんたって、色々張り詰めて隠さなきゃいけねえからな?」
自分の感情だけで喚いていてはどうにもならない事も多いはずだった。
むしろ自分の気持ちなどより、より多くの幸せのために――それこそ主君や民や守るべき者達の為に、己が全てを賭さねばならぬのが騎士という在り方のはずだった。
望むにしてもそうでないにしても、そんな集団の上に立たねばならぬ、自分より年下のこの女性が、大変な道を歩んでないなど、なぜ思えたか。
「尊敬、なんて言葉は、俺ぁ言いたくねえ。あんたはなんだかんだ問題も多いし、ダメな事もやるし、情けねえことも言ったりするし。まだまだ小娘って感じだしなあ?」
「……小娘。私がか?」
「腹が立った?」
「いいや。君は年上だろうからな。そう言われても仕方ないとは思うが」
「そりゃ何よりだ」
怒られたら怖いからな、と、おどけて見せながら、ぶれそうになる手綱をなんとか強く張り、維持する。
道はまっすぐに見えて、意外と歪んでいて、そのままでは道を外れてしまいそうになるのだ。
頬に汗しながら「気を付けねえと」と内心で苦笑いし、馬車の操馬の難しさを思い知る。
「何が言いたいかって言ったらよ、あんたはまだ、若いんだよ。俺でさえ仕事でミスる事はある。人間関係だって上手くいくばかりじゃねえ。前のPTみたいになる事はある」
「それは、前のPTの連中に問題があったからだろう?」
「だが、悪い奴らじゃなかった。一人だけどうしようもないクソ女がいたけど、まあ、それを差し引いても、な」
だからそれは俺のやらかしなんだ、と。
見捨てた結果全滅したPTのメンバーを想いながら、つまらない気持ちになりながら、まっすぐと前を見た。
つまらない、雄大なばかりで何もない風景。
これが今の彼の、目の前にある光景である。
「――たかが20年ちょっとしか生きてねえ癖に、何全部諦めてやがんだ、あんたらしくもない」
「私らしくないって……君は、私の何も解らないのになぜそんな事を?」
「何も解らねえからだろ? 解らねえから、自分の中のお前さんで考えるしかねえんだ」
乱暴だがな、と。
深い事を言ってるつもりもなく、ムッとしているセシリアを笑い飛ばしてやった。
瞬間、馬車の軌道がまたぶれる。
「わっ、とっとっ――」
「ふん、下手くそめ。返せ」
――慣れない事はやるもんじゃない。
そう思いながら、シェルビーは手綱を奪い取ったセシリアの顔を見て……その表情に安堵して「悪ぃ」とだけ謝って任せることにした。
「――セシリアさんっ、シェルビーっ、カレンさん達がっ」
そして、一つ問題が解決したら、また別の問題が起きた。
狭い中にいるよりは、そのまま御者席でセシリアとお喋りでも、と思っていたシェルビーだったが、中から聞こえるシャーリンドンの声に「何事だ?」と、すぐ後ろを振り返る。
馬車も足が止まった。セシリアが止めたのだ。
「――えっ?」
さっきまで最後尾に座っていた恋人たちの姿が、見えなくなっていた。
どこかに座る場所を移動させたわけでもない。
「飛び降りたのか?」
「おいおいおい、速度はそんなでもないとはいっても、走ってる馬車から降りるなんて――」
シェルビーとセシリアが最初に考えたのは、二人が、馬車から飛び降りたという可能性だった。
話の流れから、自分たちの所為で空気を悪くしてしまったように感じて、いたたまれなくなって、とか。
しかし、そんな二人の予想を覆す様に「違いますわ」と、シャーリンドンは深刻そうな表情をして首を振る。
名無しもそれを補完するように「きえちゃった」と、それまで二人が座っていた場所を見つめていた。
「消えた? 消えたって、どういう事なんだよ?」
「突然お二人の身体から色合い……みたいなのが薄れていって。消えてしまったのです」
「色合い? なんだそりゃ?」
「……鏡人の、特性、とかか?」
可能性を提示できたのは、セシリアだった。
荷台に乗り込み、顎に手をやりながら、今や遥か彼方、見えなくなっていたミルヒリーフへと視線を向ける。
「あの大鏡から一定の距離を離すと、存在を維持できなくなるとか、そういう――」
「まさか、そんな事あるん?」
「解らないが、飛び降りた訳でもなく消えたというなら、何かしらミルヒリーフに秘密があった、と考えるしかないだろう。今更戻る訳にもいかない、解決は……無理だろうな」
本当に消え去ったのか、それともミルヒリーフに引き戻されたのか、それすら解らないのだ。
カレン達がもしミルヒリーフに戻されたとしても、連れ出したらまた同じことになるだけなら連れ出す意味などない。
「そんな……折角、お二人が幸せになれると思ったのに……」
同じようにミルヒリーフへ視線を向けながら嘆くシャーリンドンに、仲間達がかけられる言葉はなかった。
「――そうでしたか、お嬢様も、同じような体験をなさったのですね」
後日。
セレニアに帰還したシャーリンドンは、家へと帰宅し、婆やにこの一件について話して聞かせていた。
何か、知っていることがあるのではないかと思ったのだ。
その予想が当たり、婆やはテーブルのシャーリンドンの前にお茶を置きながら、その前の席に座ってから「実はですね」と語り始めたのだ。
「私も若かりし頃、冒険者としてあの町を訪れた際に、似たような体験をしたのです。田舎娘は都会に憧れるもの。私の時は、年若い花屋の娘でしたわ」
「その人も、同じように?」
「ええ……話しているうちに意気投合し、仲良くなりましたが……町を旅立つ際にこっそりと仲間達と乗る馬車に紛らわせ、脱出させて……その後に」
全く同じ状況が、そこにあった。
それを知りながら、最初に話さずにいたのだ。
シャーリンドンは「どうして」とむくれていた。
「知っていたなら、最初から教えてくれていれば――」
「『貴方達は町から離れたら消えてしまうのよ』なんて聞かせて、解ってくれると思いますか?」
「それは……でも……」
解るはずがなかった。
それまで町から出た事も無い、何も知らない町娘が。
ただの自分の願いを断る体のいい言い訳くらいにしか感じないはずだった。
「だから、婆やは利用しろとだけ言ったのです。利用だけして、そのまま別れてしまえばいいと、そう思って」
「そんな言い方……」
「……そんな消え方をする者達が、同じ人間とも思えません。『あれは魔物か幻影の類か』。仲間達も私も、そう思うように致しました。あの町には関わるまい、と」
「……」
「それ以降、私はあの町に訪れませんでした。あの娘がどうなったのか、私には解りませんが……そうですか、やはり、同じように」
眼を瞑り、噛み締める様に呟きながら。
何かに対し想いを馳せるその婆やに、シャーリンドンはもう、文句を言う気にはなれなくなっていた。
多分、同じ想いをしたのだ。
助け出したはずの親しくなった、友達になれたかもしれない相手が、目の前で消え。
やり場のない、憤りや理不尽さを感じながら……後味の悪い気持ちになって。
そうして今でも、忘れられずにいるのだ、と。
「お嬢様も、二度とミルヒリーフには関わらない方がよろしいでしょう。あそこはどうも、悪戯に近寄っていい場所ではなさそうですわ」
「……ええ、そう、ですね」
解決すべきではない、関わってはいけない事情がある地域だった。
これに関しては彼女達のリーダーであるセシリアもどうすべきか迷っていた様子で、国王に報告はするものの、どうすべきかの判断は上に委ねるつもりだったのだ。
今はもう没落貴族の娘に過ぎないシャーリンドンには、どうにもできない事のように思えた。
(こんな気持ち、ずっと抱えていないといけないだなんて……)
話すことで、何かしら解消されればと思っていた。
婆やがその糸口となる事を教えてくれるかもしれないなどと期待して。
けれど、その婆や自身が同じ気持ちを抱き、今も尚苦しんでいるように思えて。
シャーリンドンは、胸の奥に残る小さな針のような想いを、しまい込むしかできなくなってしまっていた。




