全ては貴方の意志のままに3
疲れきった様子のシキくんは屋敷に着いた後、直ぐに酔っぱらったんじゃないかと思ってしまうくらいに千鳥足のような足取りで、まるで新婚さんのように出迎えてくれたナナセくんに対して、健気な妻に対して不器用な態度しか取れない夫かのように疲れきっている彼は片手を上げて挨拶をした後、無言のまま屋敷の中へと入って行ってしまった。恐らく疲れを取るために一眠りでもするのだろうねぇ、自室にでも行ったのかもしれない。
そんな対応に対して、ナナセくんは何処か淋しげな表情を浮かべている。
そんな表情を見て、おじさんはニヤニヤと笑いながら、おやおや……? とある可能性が浮上したことでそう考えた後、ナナセくんがこちらへ表情を向けたと同時に営業スマイルを作り出し、彼女と腕を組み、こう言った。
「ナナセくん〜、おじさんとお話しましょうか! 聞いて欲しい話があったりするんじゃないのぉ?」
「……」
と、そう聞けば、ナナセくんは無言のまま、それっきり黙り込んでしまう。
無言は肯定と取りまーすとにこやかに微笑みながら、そう内心で考えた後、組んでいた腕を外し、おじさんは自分の荷物がある客室がある方向へと、何もなかったかのように歩き始めればナナセくんはあとを追うようについてきた。
――やっぱり、聞いて欲しい話があったのねぇ。素直にそう言えば良いものを言えなかったのねー。
と、そう考えた後、後ろを振り返ればノリトくんはまるで「頑張っておいで」と伝えているかのように、満面の笑みで穏やかな雰囲気のまま送り出してくれた。
「……貴方にとってクラトル様はどんな存在なのですか、ノリト様」
おじさんは知らない。送り出してくれた後、ノリトくんがユウシさんにそう質問されていたことを。
そして、ノリトくんはその質問に対してこう答えていたことを……。
……おじさんがこの話をノリトくんから聞かされるのは随分先のことであり、その時までいない間にそんな話になっていたことすらも知らなかった。
「……クラトルは俺にとって“表情”であり、“意志”でもあるんだ。
アイツに出会わなければ、俺は目標を持たず意志も持たない、そんな人間になっていただろうと思う。ただ与えられた指名だけを果たす、模範的な人間に。
別に模範的なのが悪いと言っている訳じゃない、クラトルに振り回されることで俺は……、自分が自由であることに気づけ、ここまで穏やかな気持ちを抱けることに気づかせてくれた。
クラトルは俺にとって、言葉では表すことが出来ない存在なんだ。親友でもあり、血は繋がってはいないけど家族のような存在で。この感情は友情と表現するには違和感を感じる。
勿論、クラトルに抱くこの感情は恋愛感情ではないのはわかっているよ。
俺は婚約者を政略的な婚約だとは言え、今はちゃんと心から愛しているからね。……精神的に幼い性格をしているから、ついつい今は妹のように思えてしまう。だけど何故だろうか、いつか俺は彼女に恋をするような気がするんだ。
……だから、クラトルは“本来の俺を見つけ出してくれた”存在、かな?」
◇◆◇◆◇◆
ここの屋敷のおおまかな設計図を覚えているため、広い屋敷内を迷うことなく自分の荷物のある客室へと戻り、無意識的に気を張っていたのか精神的に疲れを感じたような気がし、触りごこちが良すぎるソファーに寄りかかるように座った後、話しやすいように穏やかな微笑みを浮かべた。
「で、どうしたの?」
と、なるべく声も優しく穏やかであることを心掛けながらそう聞けば、観念しているのだろうナナセくんは大人しく、おじさんと向かい合うような位置にあるソファーに座り、話したいことをどう言葉に伝えたら良いのかを大体五分くらいの間考え込んだ後、恐る恐ると言ったような様子でこう話を切り出した。
「……魔物狩りをした時、シキがああ言ってくれたことはとても嬉しかった。
僕も生きてて良いんだって、……もう一度誰かを信じてみようと思えた。
そう思わせてくれたことに、『ありがとう』と言う言葉を何度重ねても、伝えきれないくらいに感謝してる。
でも、何も得もないのに魔力を長い時間魔力を消費し続けてまで、僕を“男の子”として幻覚魔法で見せてくれている理由がわからないの。シキはね、僕と同じとまでは言えないけど魔力量がレベル六よりのレベル五なの。……それでも大人達の評価はレベル五であることは変わらないけど、その魔力量の多さで大規模じゃないんだけど……、魔力が暴走していたのは紛れもない事実であり、それでシキは苦しんでいた。
……その時、シキだって強すぎる力に苦しんでいるのもわかっていたのに、何時だってシキは僕の味方で居てくれていたことに、心の何処かでは気づいていたはずなのに……、心に余裕がなかった僕は本当はその事実を見て見ぬ振りをしていた。
そんな僕がシキの側に居ても良いのかなって不安になってきちゃって……」
と、そう話していた時のナナセくんの目は優しくて穏やかでもあり、何よりもたくさん想いの込もった目付きをしていて、不安に思っていることはこれだけじゃないだろうしぃ、おじさんに一番話しておきたいと言うよりは相談したいと思っていることを、言えずにいるんだと思う。
おじさんは作ったような表情で本来の表情を隠してしまうことが多いけどぉ、今回ばかりは表情を隠すことなく真剣な表情を浮かべた後、ちゃんとナナセくんの選んだ言葉で今悩んでいることを聞きたいと思い、言い聞かせるような口調を意識しつつ、穏やかで優しい声でこう言った。
「ナナセくん。今、一番悩んでいることをまだ言ってないんじゃないの?」
と、そう聞いてみると、ナナセくんは観念したようにこう言ったの。
「……迷惑ばかり掛けている僕に好かれても、シキから迷惑に思われるんじゃないかって不安になって! でも、この気持ちがバレたら怖いから本人には聞けなくて、でも僕は結婚が決まるまでは戸籍上はシキと同性だし、そのことを知っている人の中に年の近い女の子はいないから、この気持ちをどうしたら良いのかわからなくて……」
シキくんが真実を話したことにより、だいぶ精神的に安定してきたものの、まだ少し不安定のままなのか話していくうちに感情的になってしまい、ナナセくんは話終わったと同時に涙を流し始めてしまった。前世でも恋愛経験が少ないおじさんは、異性が泣いている時にどう対応したら良いのかわからず、涙を拭くためのハンカチを渡せば、彼女はハンカチで涙を拭い始めた。
それから数分後、落ち着いてきたのかナナセくんは膝の上でハンカチを握りしめた後、そのまま黙っていたため、今度こそは全てを話したんだろうと判断したおじさんはこう言った。
「ナナセくん。おじさんはシキくんじゃないから、本当の気持ちはわからないよ? でもね、シキくんとって君がどうでも良い存在だったらそこまでしてくれないと、おじさんはそう思うんだけどなぁ……。
おじさんだってそうだもん、大切な人達のためならどんな苦しいことだって乗り越えられるし、大切な人達が困っていたら手を貸したいともそう思う。だからね、不安だったら迷惑掛けていることに謝るじゃなくて、逆にシキくんに色々助けてくれたことに『ありがとう』伝えてごらん?
自分の目で確かめてごらん、その時シキくんがどんな表情をしてるのかを。好きだって伝えた時はシキくんとの関係がギクシャクするかもしれないけど、お礼を言う分にはそうはならないから、これなら安心して言えるでしょ?
おじさんがどんなに大丈夫だって言っても、ナナセくんは安心出来ないでしょ。だったら、勇気を持ってそう言ってみるしかないの。何度、『ありがとう』と言っても伝えきれないくらいに感謝していると言ったよね、でも言葉にしないと伝わらないのもまた事実でしょう? ……一回くらい本人にそう言ってもバチは当たらないわ」
と、最近はノリトくんや父上、トールには長文で話すことにも慣れて来たのだけれど……、その他の人を相手に長文で話すことに慣れていないおじさんは、夢中で話していたために若干の息苦しさを感じつつも、そう話し終えた後にニコリと微笑めば、戸惑ったような声でナナセくんはこう呟いた。
「……でもっ」
「でもじゃないわ。そこまで自信が持てないのなら、おじさんにも考えがあるわ」
と、思わぬタイミングで企みを実行するチャンスが巡ってきて、おじさんは内心でニヤリと笑った。
◇◆◇◆◇◆
「何だよ、クラトル!」
「良いからさっさと歩いて! 体格の差を考えてよ、文句を言わずに歩く!」
若干不機嫌そうな様子をシキくんは見せながら、いつもはほわほわしているおじさんの口調が少しだけ鋭かったせいか、最初は少しだけ抵抗してたものの、ああ言ったことで文句も言わずに黙々と歩いてくれるようになった。
あの姿を見て、シキくんの若干不機嫌そうな表情からどう言う風な表情を浮かべるのか、今から凄く楽しみだわぁ! とそう考えながら、ナナセくんのいるあの客室のドアを開けば……、表情の変わりようは想像以上のものだった。
シキくんの視線の先は、まるで深海のような深い青のカクテルドレスを着こなし、綺麗な黒髪を夜空に見立てるために星をモチーフにしたアクセサリーを身に付け、ほんのりと薄化粧をしたナナセくんだけに向けられていた。
……まるで、シキくんの視界にはナナセくんしか映っていないかのように。
幸いなことにこの屋敷内ではナナセくんは男装をしているものの、幻覚魔法をかけられていなかったからおじさんが企んでいたこと、『ナナセくんを女の子らしい格好にさせて、シキくんに意識させよう』作戦が無事実行することが出来ましたぁ!
――そこまで見惚れちゃうのは予想外だったけどぉ、作戦が成功したから良しとしようではないの〜!
と、そう考えているうちにシキくんは我に返っていたのか、視線をおじさんの方へ向けて肩を掴み、こう言う。
「……クラトル、お前の仕業だな。誤魔化しても無駄だぞ、俺にはわかる」
「誤魔化すつもりはさらさらないけどぉ〜……、そうだよぅ!」
と、おじさんの肩を掴みながらシキくんがそう言ってきたため、素直にそう答えたと同時に勢い良く顔を上げ、出会ってから間もないけれどその中でも一番と言っても過言ではないくらいに、……とても良い笑顔でこう言った。
「凄腕だな、クラトル。
一瞬この美人は誰だと思うくらいに、ナナセが綺麗になっていて吃驚した」
ナナセくんに聞こえるくらいの声の大きさで、シキくんはそう言った。
今時の八歳児ってマセているわぁ、このくらいの声の大きさで言えば聞こえるってわかっていて、わざとその声の大きさでそう言ったんだろうしねぇ。
案の定、その言葉はナナセくんに聞こえていて、顔をしばらくの間朱に染めていた後、耐えきれなくなったのか気絶してしまったため、一瞬慌てたけどソファーの上に倒れてたから、遠目から見た限りは怪我をしてなさそうで安心したのだった。




