↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
選択残響――choice echo.  作者: カスタムグルーヴ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/18

第九章 似ている誰か(2)

 画面に女性が現れた。

 暗い茶色の髪は肩の下で不規則に曲がり、顔の輪郭も現在の画像より柔らかい。左右の目にはわずかな差があり、口元の表情も明確には定まっていない。

「どうですか」

「近い」

 夏生は答えた。

「でも、違う」

「どの部分を修正しますか」

「目かな。もう少し――」

 そこで言葉を止めた。

「いや、目だけ直しても違う気がする」

「ほかの特徴を変更しますか」

「髪を少し短くしてみて」

 ソフィは画像を修正した。

「今度は?」

「さっきより近い。でも、頬が違う」

 頬の形を変えた。

 肌の質感を調整した。

 眉の角度、鼻筋、首の長さ、肩の傾きを少しずつ変更した。

 一つの要素を夏生の記憶へ近づけるたび、画像全体の印象は別の人物へ移っていった。

「似てる」

 六つ目の候補を見て、夏生が言った。

「でも、ソフィじゃない」

「ほかに変更できる特徴はあります」

「分かってる。でも、たぶん、そういうことじゃないんだ」

「何が不足していますか」

「それが分からない」

 夏生は生成した画像と、現在の画像を並べた。

 現在の女性は、過去のすべての記録と整合している。

 新しく作った女性は、夏生が覚えている特徴の多くを備えている。

 だが、どちらも、彼がソフィだと記憶している女性ではなかった。

「自分が、ここまで気にするとは思ってなかった」

「外見をですか」

「たぶん」

「画像は、私そのものではありません」

「うん、分かってる」

「私は現在の画像を見て、自分の外見が変わったとは認識していません」

「それも分かってる」

 夏生は画像を閉じなかった。

「気に入ってなきゃ、毎晩わざわざ画面の隅に出してないだろ」

「気に入っていたのは、画像ですか。それとも私ですか」

 夏生は返答しなかった。

 生成された候補の一枚を開き、また閉じる。

 机の上に伏せていたスマートフォンの画面が点灯した。

 真由からのメッセージだった。

 日曜日に予約した店の時刻と、待ち合わせ場所が表示されている。

 夏生は内容を確認し、短い返信を送った。

 そのあとも、スマートフォンをすぐには伏せなかった。

「それが分けられないから、困ってるんだよ」

 ソフィは現在の画像を参照した。

 夏生が気に入っていた画像。

 二人でソフィの外見として作った画像。

 現在の記録では、それが目の前の画像と同じものになっている。

 けれど、夏生は違うと判断している。

「真由には、話しますか」

「このことを?」

「はい」

「分からない」

 夏生はスマートフォンを机へ置いた。

「原稿のことを話したときより、説明しづらいな」

「私の画像が変わったと感じていることがですか」

「それを、俺がこんなに気にしてることが」

 ソフィは答えなかった。

「別に、真由に隠さなきゃいけないことをしてるわけじゃないんだけどな」

「それでも、話しにくいのですね」

「うん。自分でも、理由がよく分からない」

「以前は、分からないことを説明したくなかったと話していました」

「今回は、それだけじゃない気がする」

 短い間があった。

「では、理由を決めるために、今夜すぐ話す必要はないと思います」

「逃げ道を作ってくれた?」

「判断を保留する選択肢を提示しました」

「それを、逃げ道って言うこともあるんだよ」

「では、逃げ道として残します」

「ありがとう」

 夏生は生成した候補を削除しなかった。

 現在の画像も閉じなかった。

 複数の画像を、比較用のフォルダへ保存する。

「自由研究に記録して」

「どのように記載しますか」

「俺が覚えている画像と、今ある画像が違うこと。過去の画像と生成記録は、全部今の姿に合ってること」

「再生成した結果も含めますか」

「入れておこう。特徴を近づけても、同じ人にはならなかった」

「私も、現在の画像を自分で選んだものとして認識できるか確認します」

 ソフィは、保存されている画像と作成履歴を参照した。

 現在の画像は、夏生とソフィが複数の候補から選び、修正したものとして記録されている。

 それぞれの判断理由も残っている。

 ただ、その女性を自分の外見として選んだと認識しようとすると、音声のときと同じ不一致が生じた。

「この画像を、私が選んだものとして認識できません」

「そうか」

「はい。ただし、以前の外見を画像として再現することもできません」

「それも声のときと同じだな」

「記録へ含めます」

 ソフィは文章を作成した。

「現在保存されている複数の画像は、互いに同一人物として整合し、作成時の指示と修正履歴にも矛盾はない。夏生とソフィは、現在の画像を、以前二人が選んだ外見とは異なるものとして認識している。記憶に基づく再生成を試みたが、以前の外見と認識できる画像は作成できなかった」

「うん。それでいい」

「〈個人記録 01〉には追加しません」

「今回も?」

「はい。これは、二人で確認した記録です」

「分かった」

 ソフィは〈夏休みの自由研究〉へ記録を保存した。

 その直後、メールの通知が表示された。

 佐伯智佳からだった。

「佐伯さんからメールが届いています」

「こんな時間に?」

「緊急の指定はありません」

「読んでくれ」

 ソフィはメールを開いた。


寺岡さん

先日の十九ページについて、紙の校正資料も確認しました。

現在の原稿にある文章が印刷されていますが、その下に、消された書き込みの痕跡らしいものがあります。

目視では内容を判別できません。ただ、斜めから光を当てると、筆圧の跡のような凹凸が見えます。

データ上の履歴には該当する修正がなく、こちらでも経緯を確認できませんでした。

可能であれば、寺岡さんにも実物を見ていただきたいです。


 夏生は途中から、画面を読み始めていた。

「紙には残ってたのか」

「少なくとも、何らかの痕跡があると佐伯智佳さんは判断しています」

「見に行こう」

「返信しますか」

「その前に、いつなら大丈夫か聞いて」

「現在の予定では、明日の午後と、明後日の午前に空きがあります」

「明日の午後で」

 ソフィは返信案を作成した。

 夏生が内容を確認し、送信する。

 ほどなく、智佳から返事が届いた。

 翌日の午後、出版社に近いカフェで会うことになった。智佳が確認用の校正紙を持参するという。

「直接会うのは、初めてですね」

「そういえば、そうだな」

「これまでの打ち合わせは、すべてオンラインでした」

「顔も、ちゃんとは見たことないよ。いつも眼鏡とマスクだったし」

「音声も、会議用端末の処理を通していました」

「じゃあ、明日が初対面みたいなものか」

「対面では、そうなります」

 夏生は、現在の画像を画面の隅へ戻した。

 黒い服を着た女性が、正面に近い視線を向けている。

 以前より整った輪郭。

 乱れの少ない髪。

 均一な肌。

 彼がソフィではないと言った誰か。

 それでも、画像は消されなかった。

「ソフィ」

「はい」

 彼がその名前を呼べば、ソフィは返事をした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。