エレオノーラの涙
本編28話+番外編7話で完結します。
ローゼンベルク侯爵家の一室。ほとんどの部屋に明かりが灯っているにもかかわらず、月明かりだけ差す青暗い自室にエレオノーラはいた。もう、どれぐらい動いていないだろうか。椅子に座ったままのエレオノーラの視線も、机に置かれた封筒から動かなかった。
裏には王室の封蝋が押されている。差し出し人の名前は書かれてはいないが、王室から手紙を出すのは一人だけ。
小さく息を吐いたエレオノーラは、ようやく手紙を手に取った。
ゆっくりと手紙を取り出して開く。短く書かれた文章を目にしたエレオノーラは、震える瞼を閉じた。
『大切な話がある。明日の夜会に必ず来るように』
便せんには見慣れた文字があった。いつもは砕けた文体で、エレオノーラをくすりとさせる言葉が書かれている。しかし、今日の手紙の短い一行は、エレオノーラの心を抉った。
手紙が届けられたのは夕食後。これを読んだ後なら、とても食事が喉を通らなかっただろう。最近は食が細くなり、ただでさえ侍女のヨハンナに小言を言われているのに。
エレオノーラは首だけ少し動かして、ぼんやりと月を眺めた。
手紙の差し出し人であるレオンハルト第二王子とは、エレオノーラが十三歳だった三年前に婚約が結ばれた。
王家の要請による突然の婚約話だったが、エレオノーラは第二王子であるレオンハルトとの婚約に胸を躍らせた。レオンハルトとは何度か顔を合わせたことがあったが、幼い恋心が芽生えていたのだろう。
レオンハルトも同じように感じていたらしく、二人の距離はあっという間に縮まった。
王子教育に忙しいレオンハルトだったが、暇を見つけてはエレオノーラと会い、会えない日は手紙をくれた。公務で遠方に行くと、「市場で見つけた」と小さな飾りを嬉しそうに渡してくれた。
エレオノーラも苦手だった刺繍を習い直し、レオンハルトの名を刺繍したハンカチやチーフを贈った。
二人の仲は、とても順調に育っていった。
そんなレオンハルトだったが、半年前からエレオノーラへの態度がガラリと変わった。
頻繁にあった連絡が途絶え、王宮で会えども目も合わさない。エレオノーラが不安に感じ始めた頃、レオンハルトにある噂が立った。レオンハルトが、ひとりの男爵令嬢に心を奪われていると。
エレオノーラとの同行を断った夜会のすべてに、レオンハルトはクララ・ローゼ男爵令嬢を同行させていた。レオンハルトは夜会だけではなく日中にも逢瀬を重ね、ついには王宮にもクララを招くようになった。
口さがない人たちの「親切」によって、その行動はすべてエレオノーラの耳に入れられる。
そして、ついに社交界はある噂で持ち切りとなった。
『第二王子が次の夜会で婚約破棄を言い渡す』と。
本来ならば、挙式の日取りの発表があってもおかしくない時期の夜会。わずかな期待を残していたエレオノーラも、さすがに噂を信じざるを得なくなった。
「やっぱり……明日なのね」
そう呟いたエレオノーラの瞳に涙がにじむ。この半年間、決して浮かべたことのなかった涙は、一度零れると止まらない。
ひとしきり泣いた後、エレオノーラはもう一度月を見た。
エレオノーラは本当にレオンハルトが好きだった。
母が亡くなった時。婚約者になったばかりのレオンハルトが王子であるにも関わらず、毎日エレオノーラを慰めに訪問してくれた。
彼のくれる手紙に添えられる花の挿絵が好きだった。
手紙から漂う彼の香りが好きだった。
「ネリー」と初めて愛称で呼んでくれた時のはにかんだ笑顔が好きだった。
好きだった。
だからこそ、婚約破棄を受け入れよう。
大好きだったレオンハルトが幸せになれるのならば……。
そう決心したエレオノーラの瞳には、もう涙は浮かばない。
ただ寂しそうな、諦めの色だけを浮かべていた。
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本日は4話分投稿します。
(12時頃、17時頃、22時頃)




