第7話 這い上がる覚悟
※本作にはTS要素があります。
「正気だよ。正気だからこそ、今のうちに試したいんだ」
『ふうむ』
「後から“実は扱えました”だと嫌だろ?」
『ま、一理あるの。百の知識より一度の体験と言うしの。よかろう』
バルフェリアは決心してくれたみたいだ。
……しかしこうなると逆に気後れしてしまう。
「お、お手柔らかに、な?」
『任せておけ。では一瞬だけ、ほんの少し妾の魔力を開放するが……耐えろよ?』
ゾッとした。
嫌な予感で背筋が粟立つ。
「あ、ちょっと待」
俺の右腕が光る。
それと同時に、不思議な力が迸るのを感じた。
これが魔力か、そう思った瞬間――
バチィイイイイィ!!!
体中を強烈な痛みが駆け巡る。
狼野郎に右腕を食いちぎられた時と同等か、それ以上に感じる、まさに耐え難い激痛。
「ぎぃやあああああああっ、あああ!!!!」
俺はたまらず地面を転げ回る。
痛みのピークは一瞬で通り過ぎた。
しかし、その余韻に苛まれている俺は、無様に地面に這いつくばるしかなかった。
「っはぁ、はあ、はあ、はぁ」
激しい動悸に、とめどなく流れるあぶら汗。
いつの間にか、顔は涙とよだれでグシャグシャだ。
『どうじゃ、分かったか?貴様の貧弱な魔力回路に妾の魔力を流すと、どうなるか』
息も絶え絶えで俺は答える。
「あっ、あぁ……よく、分かったよ。……ちなみに、流した、量は……」
『ほんの少し、ほんの一瞬じゃ』
「ああ……そう……」
これじゃ、バルフェリアの力は頼れない。
というか、ここまでの反動は想像もしていなかった。
こりゃあ本気で流したら死ぬ、っていうのもその通りだと思った方がいい。
つまり、
武器なし。
スキルなし。
実力もなし。
無い無い尽くしの自分の力で、上層を目指すしかない、って事か。
……いやいやいや、無理だろ!
魔物に見つからず、罠にもかからずに脱出とか、どう考えても無理じゃね?
ようやく痛みがおさまってきたので、ゆっくりと座り直す。
『だから、本気かと問うたのじゃ』
「実際甘くみてたわ。……いや、そうじゃないな」
『ほう』
「どうせ違う、大したことない、大丈夫だ、って都合のいいように思い込んでた」
そうだ。
この後に及んで、甘い考えで行動してしまった。
そのお返しがこれだ。
「この状況、俺の力しか頼れるものはない、って認識で合ってるよな?」
『そうじゃ。助かろうと思うなら、貴様の身ひとつで上層を目指すほかない』
改めて聞くと、重い。
しかし、ここから生きて戻るためには、やるしかない。
新しい人生を始める前に死んでたまるか!
「よし!」
覚悟を決めて、気合と共に立ち上がる。
「怖いけど……やるしかねえよな。ここでだって生き残ったんだ。そりゃ偶然かもしれないけど、死ななきゃどうにかなるんだ!」
言い聞かせるように、自分を鼓舞する。
そうしなきゃ、心がくじけそうだから。
『ククク、その意気じゃ』
「絶対に、生きて地上に戻ってやる!」
『そう、まずは生きて帰ることじゃな』
俺は、玄室の出口を注視する。
石造りの、重量感を感じる荘厳な扉。
そこを抜ければ、再びダンジョンの闇に身を投じることになる。
ゴクリ
唾を飲み込み、俺は扉の方へと向かう。
扉を目の前にすると、尻込みしそうだ。
しかし、勇気を振り絞り、扉に耳をくっつけて耳を澄ます。
……特に向こう側には何もいない。
と思う。
俺の心音だけが、静寂の中で鳴り響いている。
扉から一歩離れ、深呼吸。
「ふううぅ〜〜……」
意を決して、扉に手をかける。
手は微かに震えているが、無視して力を入れ、扉を押す。
「んっ!」
体重をかけて押し込むと、扉がゆっくりと動きだす。
ギイイイィ
扉は大きな摩擦音を立てながら、開いていく。
この音で、何かを引き寄せてしまうんじゃないか?
通路の向こうの魔物に聞こえるんじゃないかと、気が気じゃない。
心臓が爆発しそうだ。
しかし、扉の向こうに広がる景色の中に、魔物の姿はない。
代わりにあるのは、どこまでも真っ直ぐに伸びる広い通路と、その奥に続く闇。
「……よかった」
不意に、肩の力が抜ける。
『おい、油断するな』
「わ、分かってるよ!」
何がどこから出てくるかわからない、罠もあるかもしれない。
俺は気を取り直し、部屋の外へと歩みを進める。
やや中腰のへっぴり腰で、壁に張り付き、足音を殺してそっと歩く。
『カッカッカッ!油断するなとは言うたが、これでは何年かかるか分からんのう!』
「だまらっしゃい!!」
俺は強くバルフェリアを非難した。
ウィスパーボイスで。
『ハッハッハッハッ!』
逆効果だったようだが、気にしていられない。
通路の奥も、床も、壁も、注意深く観察しながらゆっくりと歩く。
俺の荷物は、1週間分の保存食、水筒、ピッキングツールのみ。
武器も防具もない。
これでどこまで行けるのか、わからない。
だが、行くしかないのだ。
その一歩先に、何が待ち受けていようとも。
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