第60話 暗殺者の外套
※本作にはTS要素があります。
「こいつだよ」
壁にもたれ掛かった死体を、衛兵が親指で指し示す。
高い位置から、徐々に死体の場所へとずり落ちていく血痕が、現在は死体となってしまった人物の無念を物語る。
「それじゃ、よろしく頼むぜ」
そう言うなり、衛兵は死体を俺たちに任せて、別の作業のために歩き去る。
「あの」
「カイル?」
「すみません、死体はちょっと……」
そういうカイルは顔面蒼白で目は泳ぎ、今にも倒れそうだ。
……酸っぱいものが込み上げているのを我慢しているのだろう、体が何度も大きく揺れている。
「カイル、無理しないで休んでて」
「申し訳ありません」
「こっちこそ、気づいてあげられなくてごめん」
カイルは口を押さえながら無言でうなづくと、フラフラとおぼつかない足取りでこの場を離れていく。
……悪いことしたな。
「しかし、死体……か」
ダンジョン奴隷として生きていた時も、ダンジョンに殺された人たちは見てきた。
しかし、こうして目の前でまじまじと見るようなことは無かった。
命が失われた肉の塊という存在が、俺の胃をキュッと締め付ける。
死というものを前に、全てが失われたどうなるのか。
その恐怖が全身を撫で上げる。
――俺も、こうなっていたかも知れない。
その考えが、俺の頭を痺れさせ、手を小刻みに震えさせた。
「……お主も大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ」
やはりバルフェリアは鋭い。
俺の様子が変わったことを一発で看破した。
……そうだ。
こんなところで物怖じしている訳にはいかない。
冒険者としてやっていくのなら、きっとこれからも死体を目にすることは多くあるはずだ。
ならば、慣れるしかない。
意を決して大きく息を吸い込み、死体の前にしゃがみ込む。
油断をすれば吐き出してしまいたくなる恐怖という異物を、俺は無理やり飲み込んだ。
今は、震えはない。
視界に捉えた死体の気になる部分。
まず目に入るのは、特徴的なその服装だ。
「この服装は……」
「うむ、暗殺者か何かじゃろうか」
動きの邪魔をしないタイトな服装に、腕や脚にナイフホルダーがちらほらと見える。
どんな状況でもナイフを使った暗殺、不意打ちができるように、なのだろう。
「しかし、暗殺者にしては、この格好を隠す気がないのかのう……?」
「確かにそうだな。普通、何かを羽織ってもよさそうなのに」
この暗殺者(仮)は、外套のようなものを身につけてはおらず、その殺意が溢れた格好そのままだ。
こんな格好で街中を歩こうものなら、目立って仕方がないだろう。
たとえ裏路地であっても、誰ともすれ違えない。
「つまり返り討ちにあい、外套を奪われた。と見るのが自然じゃろうな」
「外套以外に奪われたものは――」
俺は死体に触れながら、他に奪われたものがないか形跡を探る。
腕を上げ懐を探り、腰回りも調べ上げるが……。
「……特に奪われたものはなさそうだな」
この男は、身元を探られないようにしていたのだろう。
身につけているナイフ以外に、何かを持ち歩いている形跡がない。
もしあるとしたら――
「あるとすれば、外套に収めていたのじゃろう」
「だな。これじゃ、余計なものは持ち歩けない。
暗殺の邪魔になるものを身につける様な、三流の格好には見えない」
となると、厄介だ。
この暗殺者自身、手誰で間違いないだろう。
そんな手誰を返り討ちにした何者かが犯人となると……冒険者でなければ対応は難しい。
衛兵には荷が重い相手である可能性が高い。
「……次は、死因を確認しよう」
「うむ」
死体を調べて死因を確認するが、死因はあっさり見つけられた。
「背後からひと突きか」
背中に刃物が刺さったであろう、傷がひとつ。
あまり見たくはないが、その刺し傷は避けようとした抵抗もなく、
ただひとつ、深く刻み込まれている。
手練れを背後からひと突きとは、恐れ入った。
暗殺者の裏をかける暗殺者が相手だったということか……?
「相手はどんな奴なんだ……」
「それも問題じゃが、なぜ殺す必要があったのか、じゃな」
「それは、普通に襲われただろ?」
「決めつけるにしても、もっと深く考えるのじゃ」
深く、考える?
「良いか、“なぜ”を繰り返すのじゃ。一人では難しいかもしれんが、ここには妾もおる」
「なぜを繰り返すって……何に対してだよ」
「今、一番大きい謎に対してじゃ」
一番大きい謎……。
なぜ、殺されたか?
いや……違うな。
「なぜ、外套をしていないのか?」
「正解じゃ」
……なぜ外套をしていない?
相手に奪われたから。
なぜ相手は外套を奪った?
必要だったから。
「なぜ、相手は外套が必要だった……?」
「そこじゃな。外套が必要な理由、何がある?」
外套が必要な理由……。
寒かったから?
……そんなわけがない。
逆に考えよう。
こいつはなぜ外套をしていた?
暗殺者であることを隠すためだ。
なぜ暗殺者であることを隠す必要がある?
それは先にも考えた通り、そうでなければ誰にも近寄れない。
つまり――
「身を、隠すため……?」
「その可能性が高いな」
「身を隠す必要があるのなんて、こいつみたいな奴か、犯罪者か――」
そこまで言って、俺は嫌な予感で言葉が詰まる。
誰かに姿を見られる訳にはいかない人物なんて、あと考えられるのはひとつぐらいしかない。
「逃げ出した奴隷……」
同じ考えだったのだろう。
バルフェリアは頷き返す。
「つまり、エリスが……?」
俺たちが追っている相手は、暗殺者を返り討ちにできるほどの力の持ち主だと?
そもそもそんな奴を、どうやって奴隷にすることができたのか。
そして、殺人が行われた場所が静かなる犬亭の前。
「静かなる犬亭を張られていたエリスが、暗殺者を返り討ちにした。ってことか」
「恐らくな。そしてその後、騒ぎが大きくなる前に逃げ出したのじゃろう」
「そして、今騒ぎになっているとなると、犯行は昨夜……?」
昨夜の犯行だとしても、宿の近くから逃げ出すのなら、誰かにその姿を見られている可能性は高い。
もし、姿を見られていないなら――
死体のすぐ脇には細い路地。
ぽっかりと口を開いたその暗闇は、まるで俺たちに手招きをしている様に見える。
……この不気味な路地を使い、逃げ出したということになる。
「一旦、衛兵から話を聞こう。もしかしたら目撃者がいるかも知れない」
エリスが暗殺者に狙われた理由は分からない。
全て憶測にすぎず、もしかしたら間違っているかも知れない。
しかし、関与している可能性を捨てきれない以上、ここから調べるしかない。
それが、俺とバルフェリアの答えだった。
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