第1話 ダンジョン奴隷、宝箱を開ける
※本作にはTS要素があります。
右手が熱い。
バルフェリアが戦意を燃やしている。
俺はこの小さな女の身体で、“剣聖”を仕留める!
レオンに向けて、矢を連続で放つ!
「“剣聖”を舐めるなぁっ!」
放たれた矢はひとつたりともレオンに刺さる事はなく、信じられない速度で捌かれる!
『見事じゃ。だがのう――』
その矢すべてが、次々と爆発を起こし、レオンを飲み込んだ!
「すげえな……」
二週間前まではダンジョン奴隷だった俺が、何故こんな戦いに身を投じているのか――
――――――
ここはダンジョンの中層。
俺の名はアレックス。
冒険者の後に続き、ダンジョン内をビクビクしながら進んでいる。
もしかしたら今日ここで、俺の命は尽きてしまうかもしれない。
「おいお前、この宝箱を開けろ」
冒険者の男が宝箱を指差しながら言い放った一言を聞いて、そう思った。
「へ?」
俺は、予想もしていなかった冒険者からの言葉に、素で返してしまった。
「奴隷のくせにいい態度してんな?舐めてんのか、ガキ」
「す、すいません!そんなつもりじゃなくて……だって、俺ですか?」
「そうだよ、お前だ」
リーダー格の冒険者、剣士の男はよどみなく答えた。
正直、今まで仲良くやれていた、自負がある。
突然の裏切りとも言える宣告。
俺は、焦りと恐怖で顔が引きつり、声が震える。
「いやいや……お互い、信頼関係を築けていたじゃないですか」
「あぁ?そうだったか?よく喋るおかしな奴がいるとは、思ってたけどなぁ」
顔をニヤつかせた剣士が、俺に残酷な言葉をかけながら、ピッキングツールを投げてよこした。
呆然とそれを受け取った俺の姿を見て、奴の口角は更に上がった。
どうやら本気のようだ。
……宝箱には罠がある。
しかも、高確率で死に繋がるような罠が。
みんな知っている。
だけど、俺はまだ死にたくない。
こんな理不尽な扱いをされたまま、死ぬのは嫌だ。
「ハハ……ちょっと冗談キツイですよご主人〜」
「ハッハッハッ!そうかそうか!……冗談に見えるか?」
その冷酷な眼差しに、冗談の色なんてひと欠片すら見当たらない。
魔物の囮にせよ、宝箱の解錠にせよ、一度指名した奴隷を変えるなんてことを、こいつらがしてくれた記憶は無かった。
「さ、分かったらサッサとやれ。俺たちは離れたところで見守ってやる。気が向いたら骨は拾ってやるよ」
「気が向いたらな!」
「ハッ、死んだら補充すればいいだけだしな」
冒険者どもは好き勝手言い終わると、俺を残して踵を返し、充分な距離を取る。
距離を取る連中には、俺と同じ、いわゆる“ダンジョン奴隷”が何人も混ざっている。
――ダンジョン奴隷。
奴隷の中でもまともなスキルを持たず、“使えない”と判定をされた奴隷が、ダンジョン奴隷となる。
魔物の囮、宝箱の解錠、罠警戒のために先頭を歩かせる。
ダンジョンで起こる、様々な危険な肩代わりをさせる奴隷のことだ。
斥候“スカウト”を雇えば、ダンジョン奴隷を使う必要もないんだが、そもそもスカウトは高い。
費用対効果を考えれば、ダンジョン奴隷の方が安上がりだ。
唯一の手間は、補充の手間だけだ。
「ごめん、アレックス……」
奴隷の一人が俺に向けて、謝罪の言葉を呟く。
他のみんなも罪悪感と安堵が入り混じった、複雑な表情をしている。
「いや、しょうがないよ……」
この後に及んで、薄ら笑いで俺は答えてしまう。
だって、俺も別のやつが選ばれていたら、きっと同じ顔になってしまうから。
責めたいけど、責められない。
「俺の悪運もここまでかなぁ……」
村が燃えたときも、奴隷商に捕まったときも。
死ぬかと思ったが、何とかここまで生き延びてきた。
だが、今度こそ“年貢の納め時”って奴かも知れない。
「だけど……何とかなりますように……」
俺は覚悟を決め、ピッキングツールを構えて、宝箱の前にしゃがみ込む。
どうやら、鍵がかかっているようだ。
罠は……あるのかないのか、よくわからない。
せめて使えるスキルがあればいいんだけど、そんなものがあれば、そもそも奴隷になんかなっていない。
「ん……こう、か?」
ツールを鍵穴に差し込み、慎重に捻ったり回したり。
死にたくはないから慎重にはやるものの、
“こんな感じ?”といった感覚でやるしかないから、意味があるのかどうかも分からない。
……だから選ばれることが無いよう、冒険者たちといい関係を築こうと、頑張っていたんだけどな。
そんな事を考えていると、
カチリ
鍵穴から音がした。
これは、もしかして……開いた?
「……開いた、開きましたよ!どうですか、この腕前!?」
「よーし!そのまま箱を開けろ!」
……まだ鍵が開いただけで、罠の解除はできていない。
宝箱の罠は、様々な種類がある。
石つぶてから大爆発まで、非常にバラエティに富んでいる。
「えーと……罠の解除がまだ――」
「どうせできねえだろ!早く開けろ!」
……どうやら、解除の時間は頂けないらしい。
野郎、安全なところから偉そうにしやがって。
「さっさとしねえとぶっ殺すぞ!」
イライラした戦士は、目を血走らさせ、唾をまき散らしながら叫んでいる。
あの目は本気だ。
このまま宝箱を開けなければ、殺される。
なら、宝箱の罠の方がまだ生存率は高い……かも知れない。
「……もうどうにでもなれ」
俺は半ばヤケクソで、勢いよく宝箱を開いた。
「どうだ……あああああぁ!?」
瞬間、目の前に虹色の光が広がり、俺を包み込む。
すると俺は、その場から忽然と姿を消した。
「テレポーターかよ……あっぶねえ。ま、運が良ければアイツも生きてるんじゃねえか?」
「いやあ、あんな奴、壁の中がせいぜいだろ」
「ガッハッハ!違いねえ。おっ、結構入ってるじゃねえか」
所詮は使い捨て。
箱の中の財宝に目を奪われた奴らの脳内から、俺という存在はあっさりと、綺麗さっぱり消えたのだった。
――――――
光が収まり、地に足が付く感触。
俺は、ゆっくりと目を開けた。
そこは、元いたダンジョンの中層……確か、七層。
その場所とはまるで違う、大きく開けた玄室だった。
空気は重く、暗い。
カビたような臭いも、強く鼻をつく。
ダンジョンに関しては素人の俺にも、かなり奥の階層だと予感させる雰囲気だ。
「ここは、どこなんだ……?」
思わず見回すが、もちろん見覚えなんてあるはずもない。
そこで俺は、台座に大切そうに置かれているものに目を奪われた。
「すげぇ……いや、待て待て待て、落ち着け。ああいうのこそ、罠があるのが普通なんじゃねえのか?」
吸い寄せられるという表現が似合う、黒く輝く、妖しい魅力を感じる宝石。
これこそが、このダンジョンの“秘宝”と呼ばれるものに違いない。
そう思わせる迫力が、それにはあった。
「だけど、これさえ持ち帰れれば……自由になれるんじゃないのか?俺!?」
これを手に入れられれば、もう殴られない。
もう命乞いをする必要も、媚びる必要もない。
そんな気がする。
「やった、やったぞ!」
気分が高揚する。
居ても立っても居られず、俺は秘宝へと駆け出し――
グルルルアオオオオウゥッ!!!
瞬間、部屋全体をビリビリと震わせる獣の咆哮。
その絶叫とも言える咆哮は、部屋どころか、このダンジョン全てを震わせていると錯覚させる。
死を大いに予感させる絶叫に、恐る恐る振り返ると……見上げるほどに巨大な狼が、そこにいた。
俺を見下ろすその視線は、氷のように冷ややかに光る。
射殺さんとばかりの殺意に、溢れかえっている。
だが、せっかくの秘宝を前に、死ぬわけにはいかない。
何としてでも――
生き残るんだ。
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