第十六話 戦い終わって
戦いが終わってしばし休息を取る。ポニ子が興味のある顔で訊いてくる。
「そういえば、フローライトさんは闘神流戦闘術を使ってたっすね。どこで覚えたっすか?」
ポニ子に「道場に通って乱堂先生から教わった」と教えていいか、怪しかった。
「それは、まあ、あれだよ。教えてくれる人がいたんだよ」
適当に言葉を濁す。だが、ポニ子は真剣な顔で追及してきた。
「ちなみに、先生の名前って誰っすか?」
「師の名前は教えられないな。ダンジョン住人には、秘密があるんだよ」
ポニ子は真剣な顔のままで訊く。
「もしかして、蛍石ないしは、丹羽って名前じゃなかったすか?」
鏡花の顔色が強張る。
(何だ? 鏡花の反応が、おかしいぞ。俺の名に反応したのか? それとも丹羽の名前に反応したのか? どっちだ?)
ポニ子は真摯な顔で頭を下げた。
「真剣なお願いっす。教えてほしいっす」
(ポニ子はポニ子で事情がありそうだな。でも、何でポニ子が俺の名前を知っているんだ? 俺はポニ子を知らないぞ。いや、待てよ? ひょっとして俺は、ポニ子を忘れているだけなのか?)
ポニ子をじっと見るが、何も思い出せなかった。
「すまない。どっちも知らない名前だな」
ポニ子は悲しげな顔で頼む。
「もう一つ、お願いがあるっす。そのフードを取って、顔を見せてくれないっすか?」
蛍石は正直に告げた。
「残念だが、フードは取れない。取らないではなく、取れないんだ」
「なら、顔を触わってもいいっすか?」
(何だ? ポニ子の奴、やけに拘るな)
「いいけど」と答える。
ポニ子は、ゆっくりと蛍石の顔を触る。ポニ子は蛍石の顔から手を離すと、大粒の涙を零した。
「フローライトさんは、フローライトさんじゃないっす。フローライトさんの本当の名は蛍石歩っす」
名前を当てられて、ドキリとした。
(ポニ子は俺を知っている。でも、なぜ、今になって教えるんだ?)
ポニ子は、涙ながらに語った。
「蜘蛛の繭に囚われて、夢を見たっす。それで、大事な人を思い出したっす。忘れてはいけない人の名前っす。ポニ子は蛍石にいを捜しに、ここまで来たっす」
(俺を捜してた、だと? 何で、そんなことをするんだ?)
蛍石は、狼狽した。
ポニ子はベルト・ポーチから『脱出のスクロール』を出して涙ながらに頼む。
「さあ、蛍石にい、これで、この辛気臭いダンジョンから出るっす。こんなところで商売しなくても、ポニ子が稼ぐっす」
試すまでもなく、無駄だと思った。そんなに簡単に出られるわけがない。
「俺は『脱出のスクロール』ではここから出ていけない」
人間ではないから――とは言えなかった。だが、出て行けない予感は当っている気がした。
ポニ子は聞き分けのない子供のように怒った。
「そんなの、やってみなければ、わからないっす」
鏡花の顔を見ると、諦めた顔をしていた。
「わかった。やるだけやってやるよ」
蛍石は『脱出のスクロール』を使う。
眩い光に包まれる。気が付いた時には、ダンジョン村の入口にいた。
「やはり、駄目か。俺は、ダンジョンの住人だ。外へは、行けない」
わかっていたが、虚しさが胸を過ぎる。
手元を見ると、『脱出のスクロール』は残っていた。そっと、魔法のベルト・ポーチにしまう。
足取りも重くトニーニの家に行く。
「変異種を始末してきたぞ。約束の報酬は、口座に振り込んでおいてくれ」
トニーニは目を細め、むすっとした顔で切り出す。
「お前がよく働いた状況は、よくわかっている。助けがなければここに戻ってこられなかった事態も、理解している。だが、倒した後がいただけない」
トニーニが目を吊り上げて怒鳴った。
「なぜ、すぐに戻ってこなかった。探索者とお喋りなんて、お前は暇な学生か!」
「探索者との接触を責めているのか?」
トニーニは険しい顔で脅した。
「責めてはいない。だが、深く付き合えば、きっとお前は傷付き後悔するぞ」
「行動しないでする後悔より、行動してする後悔のほうがいいって、巷では言うぜ」
トニーニは怒りの形相で言い放った
「ここでは、お前の意見は少数派だ。だが、これ以上は何を警告しても無駄だろうな。だが、覚えて置け。お前は行動した。その結果、今の状況になったんだ」
言い争っても不毛なだけなので、トニーニに『自爆玉』『道連れ玉』『脱出のスクロール』『転移草』以外を返却する。弁当とおにぎりを買って、家に帰った。
家に帰って、食事をする。
おにぎりを啄むジャックの表情が、心なしか暗い気がした。
「蛍石よ。段々と厄介な展開になってきているな」
「俺は、違うと思う。俺には、俺に必要な事態が起きているだけな気がする」
ジャックが渋い顔で忠告する。
「真実がいつも優しいとは、限らんよ。真実が残酷な時もある」
ジャックの言葉に蛍石は拒否感を持った。
「トニーニみたいなセリフは聞き飽きた」
「そうか。なら、別の言い方をする。覚悟がないなら、記憶を消せ。覚悟があるなら、命を捨てる決意を持て。そうしなければ、お前の生は無意味になるだろう」
「なんだ、謎懸けか? だとしたら、もっと簡単なのにしてくれ」
「いや、単なる鳥の独り言だよ。気にしたくないなら気にしなければいい」




