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動乱の幕開き 4


「この、ばかばかばかばか」

「この、あほあほあほあほ」

 めった打ちにされる男、ウズベル。

 つまり私のことである。

 陛下にメイリーを秘書として取られたと知ったパリスとジェニファによって、私は理不尽に責められている。

 だれかタスケテ。

 しかたないじゃん。

 本人がやるって言っちゃったし。

 私だって頑張ったんだよ。

 でもダメだったんだよ。

「陛下の秘書になるってことは、まさか王宮に住むとかいわないよな? ウズベル卿」

「か、通いだよう」

「秘書ってことは年中無休なんですかね? 隊長」

「しゅ、出仕は月に二十日だけだよう」

 しどろもどろになりながら応える。

 判るよ。

 気持ちは判るけどさ。

 国王陛下に秘書として望まれるってのは、すごい出世じゃないか。

 祝ってあげようよ。

「兵士たちにも、同じように説明してやるがいいぞ? ウズベル卿」

「あ、無理」

 殺されるじゃん。

 一万人からめった打ちにされたら、さすがに死ぬじゃん。

「しかし……陛下に目を付けられたのはまずかったですなぁ。放っておくわけないですからね。あの才能を」

 やれやれと肩をすくめるパリス。

 アルテミシア女王の、異常ともいえる人材収集欲だ。

 なにしろ一介の下級官吏にすぎなかった男を、才幹に惚れ込んで国務大臣に任じちゃったくらいのお人である。

 国の(いしずえ)は人。

 どれほど機能的(システマチック)に運営しようと、最後はやっぱり人なのだ。

 血の通った人間でなくては、血の通った人間のことは判らない。

 当たり前のことである。

「ジェニファには、メイリーの送り迎えを頼みたいんだ」

「頼まれるまでもない。もう二度と誘拐事件などは起こさせぬ」

「これまで以上に頼む。陛下のお側に仕えるとなれば、知らなくても良い秘密を知ることになるだろうし」

 できれば彼女には、陰謀うずまく政界なんかには近づいてほしくなかった。

 ただ私の横で太陽みたいな笑顔を見せてくれれば良かった、と思ってしまうのは、男の得手勝手(エゴイズム)というものだろう。

 メイリーの人生はメイリーのもの。

 私の添え物(バーター)ではない。

 彼女がやりたいと思ったなら、私は止めたりなんかしない。

 全力でバックアップする。

 それだけだ。

 護衛についても同じ。

 私が張り付ければ一番良いんだけど、こんなんでも隊長だしなぁ。

 あ。

「私も引退するとか」

「バカですか?」

「ギュンターがひどい……」

「白騎士でなくなった隊長なんて、ただ顔が良いだけの優男じゃないですか。どこにメイリー嬢をつなぎ止める魅力があるんですか?」

 ホントにひっどいなっ!

 事実だけどよ!

 もうちょっと歯に衣を着せようよ!

「失礼するぞ。と、なにやら取り込み中かの?」

 扉が開き、客が入ってきた。

 なんか私のオフィスってオープンすぎない?

 なんでこう頻繁にお客さんがくるんだろう。しかも案内もなく。

「ベローア侯爵。一別以来です。ご壮健でしたか」

「ようやく一軒目の宿が完成したでな。報告がてら寄ったのだ」

 にかーっと笑う。

 もう陰湿な大貴族って印象は微塵もない。

 美食街道なるものの建設に尽力し、ときには自ら陣頭に赴いて指揮を執ってるらしい。

 ちなみに彼の志には、幾人かの貴族や大商人も賛同している。

 けっこうな額の金が動いているんだってさ。

 もちろんそこから充分な利益が生まれると踏んでるから、そういった人たちも出資するんだろう。

 そしてここにきて女王陛下の宣言だ。

 税金の三割免除。

 見事な追い風になった。

「ひとつめの宿ではの。グランドヌーブが出店することになった」

「ほほう」

 コーヴに点在する名店の中でも、かなり上の方の店だ。

 私も三回くらいしか行ったことはない。

 値段が高くて!

 あと格式が高すぎて!

 なんかね。五、六年くらい通って、やっとお得意扱いしてもらえるらしいよ。

 空気まで高級品って感じなんだ。

「よくまあ、そんな店が出店に踏み切りましたね」

 首を振るのはパリスだ。

 庶民も利用する宿場に現れる超高級レストラン。

「本店で出すような高級なコースではないさ。もっとずっと庶民的なものを手軽な値段でという感じだな」

 料理の種類こそ少ないが、材料や技術は同じだとベローア侯爵が笑う。

 面白い試みかもしれない。

 超高級な名店なんて、私にとっても敷居が高いからね。

 庶民なら言わずもがな。

 その味が手頃な値段で食べられるとなれば、旅のスタートとしても幸先良い。

 次の宿場ではどんなものが食べられるか、いやが上にも期待が高まる。

「それにしても、名店のプライドとかあるでしょうに」

ルーンの至宝(メイリーどの)が口をきいてくれたのだ。あの店のオーナーシェフも高弟のひとりだからの」

 そだっけ?

 メイリーを師と仰ぐ人々って、ちょっと数が多すぎて把握しきれない。

「ちなみに、他三つの宿場への出店って決まってるんですか?」

「むろん」

 私の質問に応える侯爵の瞳は、少年みたいにきらっきらしてる。

 名前が挙がった店は、私じゃなくても知ってるようなレストランばかり。

 ちょっとすごいな。

 名だたるレストランを食い倒して到着するミシロム。

 そこには王都にもない美味、涼皮が待っている。

 これはわくわくする。

 私だって踏破したい。

「王都がもう少し落ち着いたら、私たちも行ってみようか。ギュンター。ジェニファ」

「悪くないな。もちろんメイリーも一緒にな」

「べつに今でも良いぞ? 出店はまだじゃが、宿場自体はすべて建築に入っているからの」

 宣伝にきたのかよ。

 や、でも、どうせなら完成してからの方が良い。

 それぞれの宿場で美味いものを食べながら、ゆっくりと旅を楽しむ。

 醍醐味ってもんですよ。

 往復で十日くらいなら、メイリーだって休みが取れるだろうしね。

「は? 休み? ルーンの至宝は何か仕事をしておったかの?」

 首をかしげる侯爵。

 陛下に望まれ秘書となった旨を説明する。

「この、すかすかすかすか」

 そしてまためった打ちですよ。

 すかってなにさ。すかって。

「あんな味もわからぬ小娘に至宝を奪われるなど、どうなっておるのじゃ。ウズベル卿」

 いや、あんたそれ不敬罪。

 頼むって。元国務大臣。

 こんなしょーもないことで、あんたを逮捕したくないぞ。

「だーれが味も判らぬ小娘よ? 処すわよ? ベローア」

「ひぃっ!」

 突然、戸口から声がかかる。

 現れたのは、女王陛下(マイクイーン)だった。

 とことん自由だな! 私のオフィス!

 どうなってんだよ!

「陛下……」

「や、メイリーが今日はもう帰るって言うからさ。どうせならご両親に挨拶をとか思って」

 わけがわからないよ。

 あんた王様でしょーが。用があるなら呼びなさいよ。

 なんで秘書の家にくっついていこうとしてんのよ。

 晩ご飯を食べさせてもらおうとか考えてませんか? 陛下?

「止めたんだけどね……どうしても行くって……」

 女王の後ろから、申し訳なさそうなメイリー。

 きみは悪くないよ。

 悪いのはぜんぶ、このワガママクイーンだ。

 それでも直接家に向かわず、軍務省に顔を出したのは、私やジェニファに護衛を頼むつもりだったから。

「兄ちゃんより強い人ってそうそういないからさ」

 もじもじと推挙してくれる。

 呼称があれなのは照れてるからですね。

 ありがとうございます。

 よーし、兄ちゃん護衛がんばっちゃうぞー。

「は? ライザックの方が強いわよ?」

 そして対抗する陛下。

 なんなんすかあんたは。

「たしかに今年は負けましたけどね。通算成績では私の二勝一敗ですよ」

「むぅ」

 頬を膨らませたりして。

 くすくすとメイリーが笑う。

 パリス、ジェニファ、ベローア侯爵は唖然の三重奏だ。

 しかしまあ、こうしてみると陛下も年頃の娘さんなのだね。

 大ルーンって国名は、十七歳の少女の肩には少しばかり重いと思うんだ。

 メイリーや私とふざけあうことで、少しは救いになれたらいいな。


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