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彼女は天然! 4


「……まさか私にミハイルの面影を重ねているのか? ロバート」

 一拍の沈黙を挿入し、私は訊ねた。

「は。バカいっちゃいけませんぜ。俺がそんなに女々しい男に、若には見えるんですかい?」

 オヤジが肩をすくめる。

 その瞳に、もう悲しみは宿っていない。

 彼の本当の息子が戦死してから、もう十年近く経つ。

 生き死には兵家の常。

 こんな商売をやっていれば、死というものはけっこう身近に存在する。

 ミハイルというのは、ロバートの息子だった。

 文字通りの意味で、私の乳兄弟だ。

 病弱で乳の出も悪かった母のかわりに、幼少期の私の面倒を見てくれたのがロバートの妻である。

 同年同月に生まれたロバートの長男、ミハイルと私は、本当の兄弟のように育てられた。

 成人の儀も一緒、初陣も一緒。

 しかし彼は道半ばに倒れる。

 ロバートも、もちろん私も早すぎる死に嘆いたが、同時に誇らしくもあった。

 ミハイルは一人の戦士として死に場所を得たから。

 歳を取り、動けなくなって、女子供の腕の中で死ぬ。そんな死に様は正直ぞっとしない。

 私とて、倒れるときは剣に倒れたいものだ。

 剣に生きているのだから。

「ふむ。では、ミハイルを重ねることなく、私を評価してくれているわけだな。素直に喜んでおこう」

 にやりと笑ってみせる。

「ばばばか言っちゃいけやせんぜ。若」

 取り乱すロバート。

 ふ。勝った。

 どうやら私の勝ちのようだな。

「くっそくっそ! 若なんかにぜってーうちのメイリーをやるもんか!」

「わけのわからん怒り方をするな! 子供か! 貴様は!」

「じゃああれだ! そんな立派な騎士様に娘は釣り合わないんで、とか、そういうやつで!」

「意味がわからん!」

 がるるる、と睨み合う。

 一触即発だ。

 展開によっては血を見るだろう。

「ほんと、父ちゃんと兄ちゃんは仲良しだねえ」

 ほえほえと感心するメイリー。

『お前にはこれが仲良しに見えるのか!?』

 ロウヌ家の夜が、賑やかに更けてゆく。




 さて、私ことウズベル・オルローは、けっこうえらい騎士である。

 ここまでの話から、とてもそうは思えないだろうが、王国軍のトップ近くにいたりするのだ。

 王国の四翼と呼ばれる四つの常備軍。そのうちのひとつ、白の軍が私の指揮下にある。

 一万名の兵士、千名の騎士、百名の魔法騎士、というのがベーシックな編成で、指揮官たる私は、百騎長と呼ばれる。

 百騎の魔法騎士の長、という意味だ。

 おいおい兵士や普通の騎士は数に入らないのかよ、という意見は昔からある。じっさい魔法騎士だけで戦ができるわけがない。主力となって戦うのは兵士たちだ。

 だから、魔法騎士だけを数えるような称号には、私も懐疑的ではあるのだが、名称なんぞで勝敗が決まるわけではない、という意見もまた、根強くあったりもする。

 それにまあ、兵士まで数えちゃって万騎長とかえらそうな名称になったら、ちょっと気恥ずかしい。

 歴戦の騎士たちに混じると、私などは本当に若輩者にすぎない。

 若くして顕職(けんしょく)に就いちゃうというのも、けっこう気苦労が多いのである。

 たまたま武勲に恵まれたことと、非常に逆説的ながら、門閥(もんばつ)貴族の後ろ盾がないことが、早い出世の原因だ。

 余計なしがらみがない分、大臣たちも使いやすいのだろう。

「隊長、出撃命令です」

 入室してきた副官が告げる。

「またか……」

 げっそりと私は歎息した。

 午後の司令室。いちおうは私のオフィスである。

 豪華絢爛な王宮に隣接して建っている、くそ地味な軍務省の一角に存在している。

「今年に入ってから四回目。便利屋あつかいもここまでくれば、いっそ見事ってもんですね」

 肩をすくめる副官。

 彼のいうとおり、お偉方は我が白の軍を便利屋とでも思っているのか。

 しかも袖の下(・・・)なしで動かせる。

「で、今度はなんだ?」

「野盗退治ですね」

「傭兵か冒険者でも使えよ……」

「使わないでしょう。使ったら金がかかりますし、彼らに名声を稼がれるのはお偉いサンも面白くないでしょうからね」

「私らが動くのだって金はかかるのだがな」

「元手は税金ですからね。べつにお偉いサンの懐は痛みませんて」

「お前さん、私より辛辣だね」

「どうも」

「べつに褒めてないのよ?」

 この副官の名はギュンター・パリス。私より三歳ほど年上の若い魔法騎士だ。

 実績としては、とうに中隊長とか任されていてもおかしくないほどなのだが、自分は補佐役こそが向いているとかぬかして、私の副官なんかをずっと務めている。

 へんな男である。

「ま、傭兵なり冒険者なりを使おうと思ったら、黒を通さないと角が立ちますからね。大臣連中としてはあんまりお近づきになりたくないんでしょうよ」

 パリスが肩をすくめた。

 王国の四翼と呼ばれるのは、青の軍、赤の軍、黒の軍、白の軍。

 べつにどれがえらい(・・・)というわけではないが、得意とする分野はそれぞれに異なる。

 黒の軍が最も得手としているのは、諜報や破壊工作だ。

 そういう特性を持っているせいか構成員たちもクセモノが多い。

 代々の騎士だけではなく、在野からも広く人材を募っているし、いま副官を務めている男など、平民の冒険者あがりだ。

 簡単にいうと、荒くれ者が多いのである。

 貴族連中としては扱いにくいだろう。

「その点、(うち)は優等生集団ですからね。命令も指示も出しやすいってもんですよ」

 副官の言葉に、今度は私が肩をすくめる番だった。

 軍学校でも幼年学校でも同じ。

 教師だって人間だから、頼みやすいところに物事を頼んでしまう。

 何かといえば「あぁん?」とかいって反抗するような生徒に、わざわざ頼んだりしないし、積極的な指導などおこなわない。

 ただ考課(こうか)表にE評価(スラッシュ)を並べるだけだ。

「私はべつに優等生(良い子ちゃん)のつもりはないんだがね」

「相手にあわせて被る仮面を変えることができるのを優等生っていうんですよ。誰彼かまわず咬みつくのはただの狂犬ですし、いつでもへらへら笑ってるだけじゃ単なる阿呆(アホ)ですからね」

 必要に応じて礼節を守ることができ、大臣を威迫することもせず、粛々(しゅくしゅく)と職務をこなす。

「褒められているのか? それは」

「解釈は隊長に任せますよ。で、どうします?」

「どうとは?」

「受けるか否か、という趣旨の質問です」

「受けないという選択肢はとれんだろう」

「言うと思った。隊長が拒否権を使ったところ、小官は見たことがありませんからね。もしかして、命令を拒否できるって知らないとか?」

「私をバカだと思っているだろう?」

「まさかまさか。そんなそんな」

「ここまで誠意のない否定もめずらしいな。ギュンター」

 四翼は大臣どもの私兵ではない。

 ゆえに、たとえば女王陛下の代理たる国務大臣の命令だろうと、それが国益を損なうと判断すれば、各軍の隊長は拒否することができる。

 建国以来の伝統だ。

 しかし、あくまでも国益に(かんが)みてという話。

(うち)にばかり押しつけやがって、という理由で拒否はできんよ」

 それに、盗賊団を退治すること自体は必要なことだ。

 放っておいたら、迷惑するのは無辜(むこ)の民たちなのだから。

「という次第だ。なにか質問はあるかね?」

「ございません。隊長のお心のままに」

 崩れた敬礼をする。

「なら、なんでにやにや笑ってるんだよ。気持ち悪いな」

「にやにやなどしていません。邪推です。気のせいです。これは微笑(ほほえみ)です」

「言ってろ。まずは本拠地を特定して、敵の規模を割り出すぞ。偵察(ていさつ)隊を編成する」

 まったく、大臣たちは命令するだけだから簡単だ。

 こっちは一から調べて、作戦計画を練らないといけないんだぞ。

 投入する人員を決め、装備を決め、作戦行動を決め、補給物資を調達し、万が一にも敗北した場合に備えて退却路を定める。

「めんどくせ……」

「愚痴るくらいなら断ればいいのに」

「なんか言ったか?」

「いいえ? 空耳では? それより偵察はマルクの小隊でいいですかね?」

「問題ない。人選を進めてくれ」

「了解。出発に先だって、いつものボーナスをやりたいんですが」

「わかったわかった。ロウヌには私から頼んでおく」

「よっしゃっ」

 ぐっと拳を握る副官。

 お前も食いにくるつもりなの?


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