収穫祭のできごと 5
速度が同じであれば、ヒューゴ卿の剣の方が先に到達する。
これは当然だ。
身長差があるし、武器の長さも違うのだから。
しかし、同じくらいの体格の者と戦うことができるというのは、道場の中だけ。
戦場に出れば、巨漢だろうと小兵だろうと関係ない。
敵なれば斬る。
それだけだ。
スピードの乗った横薙ぎの一撃。
さすがに絶妙なポイントを狙ってくる。
屈んでかわすこともできないし、跳んでの回避など論外だ。
となれば、受けるしかない。
立てた剣で受け流し、威力に逆らわずに軽くさがる。
やれやれ。
詰めた分の距離をすっかり押し戻されてしまった。
「懐に入られたら危険ってのはライザック卿からきいてるぜ。ウズベル卿」
「なるほど。下調べはばっちりですか」
これはぬかったかもしれない。
私はヒューゴ卿の戦い方を知らないから、その点においてかなりの不利を背負った。
どこかに慢心があったのかもしれないな。
敵手のことをきちんと調べるのは、戦略の初歩だろうに。
とはいえ、いまさら嘆いたところではじまらない。
すいと剣をさげ、構えを変える。
「……やっと本気になったか。ウズベル卿」
「失礼な。私は最初から本気でしたよ」
「よくいうぜ」
にやりと笑ったヒューゴ卿も、片手半ブロードソードを両手持ちした。
瞬間、暴風のような剣技が私を襲う。
速い。
目視できるスピードではない。
しかしそれは、跳ね上げた私の剣に弾かれた。
「なに!?」
驚愕に目を見張るヒューゴ卿だったが、動揺して剣筋を乱すような可愛げとは、無縁な御仁である。
すぐに次の攻撃がくる。
今度は上段から。
弾かれた勢いをそのまま利用して。
うん。
可愛くないね。やっぱり。
一撃を弾いた私の腕には、まだ痛いほどの痺れが残っている。
このまま受けることはできない。
サイドステップで右に回避。
何本かの髪を切り跳ばしながら地面を打った剣が跳ね上がり、まるで自動追尾のように追いかけてくる。
上からの攻撃はフェイクか。
ヒューゴ卿くらいの剣士になると、囮の一撃と本気の攻撃の区別をつけることができない。
今のケースだったら、受けても問題なかったのに。
やれやれだね。
追いかけてきた剣を跳んで避ける。
もちろんそのままジャンプしたのでは隙を作るだけなので、追撃できないように、左手をヒューゴ卿の右肩に置き、そこを支点に空中で一回転した。
観衆がどよめく。
いや、たいした技じゃないよ?
関節を極めるほどの余裕もなかったから、ほんとにただ手をついただけだし。
ダメージを与えることもできなかったしね。
それを証拠に、ヒューゴ卿の後背に着地した私めがけて、ふたたび剣が襲いかかる。
振り向きざまの攻撃。
もうバックハンドに持ち替えてるのか。
異常なまでの勝負勘だな。
なんとか身を逸らして回避する。
あ、しまった。身を屈めた方が、次の手に移りやすかったかも。
ヒューゴ卿の剣が鋭すぎるから、咄嗟の判断がどうしても逃げる方向にいっちゃうなあ。
「馬鹿な。何故あたらん」
悔しげな赤騎士の声。
そりゃあ、必死に逃げているからですよ。
当たったら一発で決まっちゃうじゃないですか。
「簡単な理屈です。真っ直ぐに走る馬車と蛇行して走る馬車、どちらが先に目的地に到着するかという話ですね」
戦いを競走にたとえると、そういうこと。
ヒューゴ卿はフェイントとかも織り交ぜて戦っているから、狙いさえ判っていれば避けること自体は、そう難しい話じゃないんだ。
私にとっては。
ただ、逃げてるだけじゃ勝負にならない。
なんとか隙を突いて、反撃に転じたいんだけどね。
腹立つほどに隙がないんですよ。ヒューゴ卿は。
ついでに、私の判断も微妙に防御寄りになっちゃってるし。
事前情報がなかったからね!
でも、もう大丈夫。
だいたい見えてきたよ。
ふたたび剣を降ろして、私は棒立ちの姿勢を取る。
今度は、ヒューゴ卿も突っ込んでこなかった。
慎重に間合いを計っている。
その逡巡が命取りですよ。赤騎士どの。
「疾っ!」
気合い一閃。
次の瞬間、私の姿はヒューゴ卿の後ろにあった。
すれ違いざま、三度の斬撃を叩き込んで。
「おみ……ごと……」
がっくりと膝をつくヒューゴ卿。
見事なのはそちらですて。
最高速の攻撃を、二発分は防いじゃうんだから、たいがいバケモンである。
すれ違う一瞬、下段からの攻撃は剣をもって、上段の攻撃は左腕を払って、弾いてのけたのだ。
ただ、腹部を狙った攻撃までは防御できなかった。
見えなかったのか、間に合わなかったのかまでは判らないけどね。
「勝者! ウズベル・オルロー!!」
審判が宣言してくれる。
私は剣を鞘に収め、膝をつくヒューゴ卿に歩み寄った。
「良い勝負でしたね」
右手を差しのべながら。
がっちりと掴まれた。
「卿はまだまだ余裕がありそうではないか」
「そうでもありません。今の攻撃を防ぎきられたら、降参しようと思っていましたからね」
「そいつは惜しかった」
肩を貸す。
なんか今回のジョストは、大男に肩を貸す機会が多いなぁ。
なんというか、私の貧弱さが目立つようで、いやなんだよなぁ。
「優勝しろよ。ウズベル卿」
耳元でささやかれる言葉。
「努力はしますが、こればかりは時の運ですからね」
苦笑で返す。
「聞いてるぞ。優勝してプロポーズするんだろ? 意中の令嬢に」
「なっ!?」
誰からきいたんだよ!
パリスか! あの男ぉ!
「照れんな照れんな。女を背にして強くなる。叙事詩の主人公はこうでなくちゃいけねえ」
「勝手なことを……」
あんたはメイリーの鈍感さも、ロバートのめんどくささも知らないじゃないか。
闘技場をあとに、医務室へとむかう。
吟遊詩人騎士、吟遊詩人騎士、と観客たちが歓声をあげていた。
ほんと、ままならないことばっかりだよ。
海よりも深いため息を吐く私だった。
「兄ちゃんの準々決勝進出を祝って、かんぱーい!」
『世の中は肉だ!』
「白の軍の一回戦敗退を笑って、かんぱーい!!」
『世の中は肉だ!!』
異常な光景が、私の屋敷の前庭で展開されている。
なにかおかしいって、乾杯の音頭がまずおかしいよね。
あと、歓呼の声もおかしいよね。
音頭を取るのがメイリーなのは、べつにおかしくないよね。
団体戦に出場した騎士たちと有志があつまり、ささやかな酒宴だ。
私の方は、明日も試合があるため、ついでみたいなものである。
「ギュンターさんたち面白かった!」
「お褒めにあずかり光栄の極み」
いやいやパリス。
それはたしかに褒め言葉だろうけど、騎士としてどうなのよ。
面白がられる騎士団って、かなしくないかい?
「兄ちゃんも格好良かったよ」
「ありがとう。きみの声援が一番の力だ。メイリー」
「むふふふー どんなにおだてても、今日はお酒は出ないよー」
「無念」
試合を控えているからね。
もちろん優勝を狙っている私としても、前日に泥酔するつもりはない。
あと三つ。
あと三つ勝てば、手が届くのだ。
簡単な話ではないだろうけど。
順当に勝ち上がれば、決勝で当たるのは青騎士どの。
騎士の中の騎士、ライザック・アンキラ卿である。
これまで二度試合をおこない、二度とも私が勝利しているが、三回目も同じ結果になるとは限らない。
「自信ない?」
「どうかな。良い勝負はしたいと思っているけど」
「その顔は自信のある顔だね」
にぱっと笑ってくれる。
そりゃね。
負けられないでしょう。
勝ってお前を迎えに行くと約束したんだからさ。
「待ってるよ。兄ちゃん」
「ああ」
応えておいて、私はきょろきょろと周囲を見渡す。
このタイミングで乱入してくる怪奇生物がいるはずなのだが。
あ、いた。
団体戦に出場した愉快な騎士団に抑え込まれてるよ。
「もがーっ! もがーっ!!」
なんか叫んでる。
スイン、ユキ、ミヤ、タカ。きみたちの忠誠を私は忘れない。
ありがとう。そしてさようなら。
きっとこの後、ロバートにぼこられるであろう勇士たちに、心の中で敬礼しておく。
「必ず迎えに行くよ」
「うん」
花が咲きほころぶように、メイリーが笑った。




