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彼女は天然! 2


 騎士とひとくちにいっても、家の格式はけっこう異なる。

 たとえば、私とロバートは同じ王国騎士だが、格としてはオルロー家の方がずっと上だ。

 爵位とかで序列が決まるわけではないというのは、ちょっと判りにくい。

 とはいえ、貴族だって同じ爵位の中で上下があったりする。

 そういうものだ。

 で、代々オルロー家に仕えてきたロウヌ家は、なかなか子宝に恵まれない主家のために、長男を差し出した。

 それが私である。

 つまり、私とメイリーは、兄妹なのだ。

 うん。

 こんなアホな嘘を信じる人間がこの世にいるとは思わなかった。

 もちろんロバートの口から出まかせである。

 私は正真正銘、オルロー家の人間だ。

 そもそも私とロバートは、似ても似つかない。

 エルフとドワーフくらい違う。

「いやあ」

 ぽりぽりと頭を掻くロバート。

「いやあじゃねーよ。どうすんだよ。この惨状」

「まさか信じてたとはねぇ。さすが我が娘。純粋だわ」

「よし。ロバート。来年の今日が貴様の一周忌だ」

「いやいや、若の一周忌ですぜ」

 互いに腰の剣に手を伸ばす。

 決闘沙汰だ。

「兄ちゃんと父ちゃんは、いつも仲良しだねぇ」

 ほえほえとメイリーが感心した。

 なんと彼女には、これが仲良しに見えるらしい。

 私は、なんでこんなのに惚れているのだろう。

「晩ご飯たべてくでしょ?」

「……うん」

 一瞬で籠絡されてしまった。

 だって仕方ないじゃない。メイリーの料理は、ちょっと他とは比較のしようがないくらい美味しいのだ。

 考えてみたら、私はごく幼少の頃から、乳兄妹に胃袋を掴まれていたのである。

 そりゃ逃げられないわけだ。

「良かった。今日は(きじ)肉のクリームシチューだよ」

「……パンは?」

「お昼にたくさん焼いたからおかわり自由」

「そうか」

 いかん。よだれが。

 具材をしっかりと煮込み、味の染み出したシチュー。

 それにパンを浸して食べる。

 さすがは私のメイリーだ。

 よく判っている。

「若の取り分は、パン二個までですぜ」

「よし。表へ出ろロバート」

「良く言いやしたね。若。ちょいと稽古を付けてやりましょうかい」

「は。年寄りの冷や水という言葉を教えてやる」

「ご飯の支度が整ってるのに運動だなんて。二人とも、ご飯抜きの方が良い?」

 あ、やばい。

 怒ってる。

 食事前にケンカを始めそうだから。

 こと食べ物に関して、私の乳兄妹は非常に口うるさいのだ。

 ちらりと目配せした私とロバートが、光の速さで肩を組む。

『HAHAHA。いやだなメイリー。冗談に決まっているじゃあないか。こーんなに仲良しだぞ。HAHAHA』

 声を揃えて。

 もっのすごく白々しい笑みを浮かべて。

 胃袋を掴まれた男など、しょせんはこんなものである。




 家の格の話をしたが、格差というのはそれ以外にも存在する。

 もっとも判りやすいのは、経済力の差だろうか。

 こういうのを加味すると、あんがい格式なんて簡単に逆転したりするものだったりもする。

 良い例なのが、このロウヌ家だろう。

 格式の上ではただの王国騎士。

 しかしこの家の富は、爵位持ちの貴族に匹敵する。

 主家たるオルロー家(我が家)より金持ちなのだ。

 はるかに。

 びっくりである。

 代々金持ちだったわけではない。

 ロウヌ家が、一代というより半代で途方もない財を成したのは、ひとえにメイリーのおかげである。

 まあ、ロバートに商才なんぞあるわけがない。

 メイリーは、天才だった。

 天賦(てんぷ)の才という言い方を、私は好きではないのだが、じっさいに目の当たりにしてしまっては仕方がない。

 しかも彼女は、努力を惜しまないタイプの天才であったから性質が悪い。

 少年期を終える頃には、私はすっかりメイリーの(とりこ)になっていた。

 つまり彼女の才能とは、料理である。

 当時のロウヌ家は、王国騎士としてそれなりの収入があり、当然のように幾人かの使用人も雇用していた。

 屋敷の厨房では、彼らに供する食事が、毎日作られていた。

 ごく幼少の時分から、メイリーはそこに出入りし舌と腕を鍛えていった。

 ある意味で彼女は幸福だったろう。

 もし爵位を持つ貴族の令嬢だったら、使用人に混じって料理を作ることなどありえない。

 逆に、貧しい庶民の家に生まれていたなら、これほど多彩な食材を扱う機会には恵まれない。

 そこそこの収入があり、たいして格式とか気にしない家だったのが幸いした。

 加えて、父親のロバートが鷹揚(おうよう)で、娘の意志を尊重する為人(ひととなり)だったことも、まあ一助(いちじょ)にはなっているんじゃないかな。

 仕方ないから認めてやるよ。

 ともあれ、料理の才能に恵まれたメイリーは、十歳にもならぬうちにロウヌ家の料理長の腕を超えた。

 むしろ料理長が彼女の信者になっていた。

 様々な食材を扱わせ、新たな味覚を生み出す共犯者に堕していたのだ。

 いまさらいうまでもないが、王都コーヴは世界に冠たる大都会である。

 海から陸から、世界各地の食材や珍味が集う。

 もちろん中には、庶民どころか貴族や大商人だって手が出ないような高級食材もある。

 そういう、誰が食べるんだよこんな値段のものって食材にも興味を示したメイリーは、ついに禁断の実に手をつけた。

 自らが考案した料理を、街の料理屋に売りつけたのである。

 そこから先は、あっという間だった。

 ロウヌ家の人々が彼女の料理の虜になったように、コーヴの人々も魅惑(チャーム)された。

 売れる売れる。

 メイリーが料理を教えた料理屋には、連日連夜、長蛇の列ができた。

 彼女の懐というかロウヌ家には、莫大(ばくだい)な金が転がり込んだ。

 その金を使い、彼女はまた新たな料理を生み出し、今度は別の料理屋に売った。

 するとそこにも長蛇の列ができた。

 ふたたびロウヌ家には財貨の山が築かれた。

 そんなことが幾度か繰り返され、ロウヌ家の財産はいつしか主家たるオルロー家を超え、爵位持ちの貴族に匹敵するほどになっていった。

 数十万を数えるコーヴの人々だが、メイリーの考案した料理を食べたことのない人間はいないのではないか、と私は思っている。

 それほどまでに浸透していった。

 もちろん彼女の名が世に出ることはないが。

 そりゃね。

 ロバートも手放したくないよね。

 金のなる木だもの。

 どこかに嫁がせるより、婿を取った方がずっと良いよね。

 いささか意地悪なことを考えながら、私はシチューを口に含む。

 ロバートの溺愛ぶりを考えると、婿すら取る気はないだろう。

 目の中に入れても痛くないほどの可愛がりぶりで、結婚とかいう話になったら決闘沙汰である。

 私がそうだったもの!

 やはり斬るしかないな。このくそオヤジは。

 失礼。

 こんな美味しい料理を食しているときに、下品な言葉遣いをしてしまった。

 それにしても美味い。

 たぶんこれは、一晩寝かせているのだろう。

 煮込み料理というのは作ってすぐ食べるよりも、冷暗所で一晩くらい休ませてやった方が美味しくなるらしい。

 味が染みて。

 しかもこの雉肉。

 一度表面を焼いて味を閉じこめたものと、そうでないものを混ぜることで味に変化を付けているな。

 なんという深みと奥行きか。

 まさに創意工夫(そういくふう)

 じっくりコトコトと時間をかけて煮込んだ根菜類も、非常に口当たりが良い。ただ一点だけ難を言えば、私の個人的な好みはもう少し歯応えのあるものだ。

 やや硬めの肉や野菜をがぶりと咬み千切るのが好きだったりする。

 野人みたいで申し訳ない。

「柔らかすぎない? 兄ちゃん」 

「いや。そんなことはないよ。大丈夫だ。メイリー」

 私の顔色を読んだのか、すこし心配そうな顔をする。

 これだ。

 この気遣い。

 王宮の貴婦人どもにできるかって話だ。

 食べる人のことをまず第一に考える。

 自分のことより他人(ひと)のこと。

 そういう為人だから、私はメイリーに惹かれるのだ。

「ばっちゃがね。歯が弱くなってきちゃってさ。やわいものしかあんまり食べれなくなっちゃって」

 表情を曇らすメイリー。

「ふむ……料理長どのが……」

 ばっちゃというのは、べつに彼女の祖母ではない。

 あるいは祖母以上の存在だろうか。

 彼女に料理の基礎を教え、また彼女の料理の最初の信者となった人物である。

 年齢はたしか六十二歳。

 かなりの長寿ではあるが、やはり寄る年波には勝てないのだろう。

 この料理もまた、老人に精をつけさせるため。

 柔らかく煮込んだ肉と野菜。優しい味。

 メイリーの心遣いを感じる一品だ。



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