キケンなオンナたち 7
商業地帯の一角。
すでに阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。
幾人もの通行人が地面に転がり、呻吟している。
冒険者らしき連中が、ボロボロになっている。
何人かはすでに冥界の門をくぐっているだろう。
怪物が一歩前進すると、人間たちは二歩三歩と後退するようなありさまだ。
午後の王都に現出した地獄。
私が現場に到着したのは、まさにそのような状態のときだ。
人間と猫と竜を無造作に足して三で割らなかったような、奇怪な姿。
あきらかに自然発生したイキモノではない。
「さがれ! ここは白騎士ウズベルが引き受けた!」
愛馬から飛び降りて叫ぶ。
大混乱だった現場が、徐々に落ち着きを取り戻してゆく。
やや遅れて現着した白の軍が、パリスを中心に人々の避難誘導を始めた。
正対する私と怪物。
次の瞬間、私は右に跳躍していた。
一瞬前までいた場所には、何本のも長大な針が突き刺さっている。
飛び道具があるのか。
なかなかに厄介だな。
次々と襲いくる針を回避しながら、左手をかざす。
生み出される光の矢。
四十本の。
周囲がどよめく。
地味くせー魔法だと思われたんだろうなぁ。
だってしょうがないじゃない。まさか街中で、火焔魔法とか使えないんだよ。
「白騎士だ……」
「吟遊詩人騎士だ……」
くっそくっそ。
なんかバカにされてるっぽい。
つーかお前ら、観戦してないで避難しろ。
いくら私だって、こんな怪物に勝てるかどうかは判らないんだぞ。
四十本の魔法の矢が、それぞれ不規則な軌道を描いて、一斉にキメラに襲いかかる。
前後左右から。
ふたたびざわめくギャラリー。
失望してる?
けっこう難しいんだよ? 四十本の矢を同時にコントロールするとか。
どこが弱点か判らないけど、とりあえず穴だらけにすれば死ぬんじゃないかなーと思った攻撃だから、威張れるものじゃないけどさ。
しかし怪物は穴だらけにはならなかった。
吠え声ひとつで魔法の矢がすべて消滅する。
「魔法解除か。厄介だな」
私の呟きが聞こえたのか、にやりとキメラが笑う。
肉食獣の笑いというヤツだ。
仕方ないな。
近接戦か。
腰に提げた剣を抜く。
「抜いた……ついに白騎士が剣を……」
「吟遊詩人騎士の剣技か……っ」
なんかまたギャラリーが喋ってるが、もう私には聞こえない。
完全に怪物との戦いに集中しているから。
ぴんと張りつめた沈黙は一瞬。
キメラが動く。
速い。
彼我の距離を半歩で詰め、右腕から伸びた鋭い爪が私を襲う。
「疾っ」
剣で弾く。
速いが捌けないほどのスピードでもない。
しかし、ほぼ同時に左腕が襲ってきた。
もちろんこちらからも爪が剣のように伸びている。
軽くバックステップして回避する。
避けた先に飛んでくるのは尻尾。なかかギザギザがついていて、当たったら痛そうだ。
今度は身を逸らしてやる。
「かすりもしないぞ……」
「なんて機動だよ……吟遊詩人騎士……」
「あれが最強の剣士か……」
あー。
またなんかギャラリーがざわついてるなぁ。
防戦一方じゃねーか、とか思われてるんだべなぁ。
しゃーないじゃん。相手がどんな手段で戦うのか知っておかないと、戦いようがないんだよ?
手の内を晒させるのが目的なんだって。
爪、尻尾、たぶんあの牙も攻撃手段かな。
合成獣なら魔法とかを使ってきてもおかしくないけど、魔法解除以外は使っていない。
性格的なものか、性能的なものかはわからないけどね。
まだ隠し玉はあるかな?
防戦から一転。
大振りしてきた右腕を上にはらい、ぐんと踏み込んで一挙に懐に入る。
また怪物がにやりと笑ったような気がした。
大きく割れる腹。
びっしりと牙が並んでいる。
ここにも口があったか。
飛び込んできた私を咬み裂こうと、音高く閉じられた。
空気だけを咬んで。
「残念。フェイントだよ」
踏み込んだ瞬間、私はサイドステップで左に跳んでいたのだ。
そのまま突っ込むと見せかけて。
下から上へ、掬いあげるように剣を一閃させる。
ごとりと音を立てて、怪物の右腕が地面に落ちた。
轟き渡る絶叫。
「だいたい判ったし、その変な顔にも飽きてきた。そろそろ消えてもらおうかな」
今度は私が笑ってみせる。
その瞬間、キメラの背中に翼が出現した。
えー?
なにそれー?
ばさりとはためいて舞い上がる。
とっさに振るった剣は、怪物の影を切り裂いただけ。
みるみるうちに小さくなってゆく。
逃げを打ったか。
うーん。
このまましつこく戦い続けてくれたら良かったのに。
「隊長。ご無事ですか」
「逃げられたよ。面目ない」
「何言ってんですか。得体のしれない合成獣を初見で追いつめるとか、相変わらず隊長は非常識だと思いましたよ」
「むしろギュンターが相変わらずひどいと、私は思い知ったよ」
苦笑を交わす。
白の軍に属する治療士たちが、てきぱきと負傷者の手当をしているのを眺めながら。
降って湧いたような事件。
突然、王都の一角に怪物が現れ、人々を襲う。
おいおい夢でもみてんのかよって話だが、残念ながら現実である。
死者六名、重傷者四十七名。
惨憺たるありさまではあるが、市中を守る警備隊は最大限の努力をした。
彼らと、駆けつけた冒険者たちの奮戦がなければ、被害はもっとずっと拡大していただろうし、白の軍の救援も間に合わなかっただろう。
まあ、べつに救援するのは我が軍でなくとも、青でも赤でも良かったんだけどね。
私が最初に駆けつけることができたのは、本当にたまたまだ。
「そのたまたまのおかげで、白の軍がそのままキメラ事件を追うことになってしまいましたがね」
肩をすくめるパリス。
事件の翌日である。
キメラ事件と名付けられた一件は、正式に白の軍の担当案件となった。
さすがに伝説の魔獣が絡むとなれば、四翼が動くしかない。
シティコマンドや冒険者たちでは手に余るだろうから。
ただまあ、我が軍にだって荷は重いのである。
あんな怪物と戦える勇者など、白の軍にだって何人いるか。
「言うなよ。ギュンター。貧乏くじなのは私だって承知しているさ。けど放ってもおけないだろ?」
「そりゃそうなんですけどね」
乗りかかった舟である。
最大級の禁忌であるキメラがどうして現れたのか、という部分も気になるしね。
いちおう、けっこうな痛手を与えたはずだから、すぐにまた活動を再開するってことはないとは思うから、それまでにできるだけ情報を集めておきたいところだ。
「どこを探ります? 隊長」
「魔術協会と魔法学校だろうね。順当に考えて」
そのへんの素人がキメラなど作れるはずがない。
当然、かなりの知識が要求されるし、創造するための施設だって必要になる。
で、そんなもんは研究機関である魔術協会か、教育機関たる魔法学校くらいにしかないだろうという読みだ。
「野良魔法使いの可能性はありませんか?」
「あるけど、そっちは探りようがないからな」
たとえば冒険者とかをやってる魔法使いだ。
こういう連中ってほとんど根無し草だから、拠点にしている街すらころころ変える。
どこに何人いるかとか把握できないのである。
「それにまあ、可能性的には低いだろ。野良たちが大規模な施設を用意できるとも思えないし」
「ですなぁ。では小官は魔術協会に探りを入れてみますか」
「なら魔法学校の方はロバートに……ないな」
「それは無理ってもんでしょうよ。さすがに」
だよねー。
あんな変異ドワーフみたいなムキムキのおっさんが、貴族の子弟たちが通う学舎をうろうろするとか。
考えただけでぞっとするわ。
通報されるぞ。
とはいえ、他に候補者がいないもの事実だったりする。
一万人以上いる白の軍だが、私が全幅の信頼を置く男など二人しかいない。
パリスとロバートだ。
彼らは私の分身である。
絶対に口に出したりしないけどね!
つけあがられても困るし!
「お困りのようだな。ウズベル卿」
ノックの音ともに、大柄な女性が司令室に入ってきた。




