キケンなオンナたち 2
「ウズベルさま。ご機嫌うるわしゅう」
目の前に立つ美女。
完璧な一礼を見せている。
誰だっけ……?
アクセル伯爵のご令嬢だったかな? いや、もしかしてダウリッツ侯爵のご令嬢だったかも。
それとも、違うご婦人か?
わっかんねー なんでこの人たちは揃いも揃って似たような髪型で、似たような服装なんだよ。
しかも扇子で顔の下半分を隠してるから、もっとわからん!
「女王陛下のご威光をもちまして」
無難に返しておく。
さあ私よ。思い出せ。
目の前の麗人は誰だ?
「それは、妾のことを憶えていないというお顔ですわね」
くすくすと貴婦人が笑う。
「面目ありません」
素直に私は頭を下げた。
最初に浮かんだ名前を言おうかとも思ったんだけどね。
外れたときがおっかないから。
恥なんてかいてナンボだっていう人もいるが、宮廷でかく恥はわりと洒落にならないのである。
文字通りの意味で首が飛んじゃったりするからね!
「アイシアですわ。アクセル伯の娘です」
扇子を外し、大輪の花が咲きほころぶような笑みを見せる。
くっそ。
合ってたじゃないか。
「失礼いたしました。伯爵令嬢」
「アイシアとお呼びくださいね。これからは」
む。
貴婦人を名前の方で呼ぶのは私の流儀ではないのだが、すでに失礼をやっちゃってるから、ここは仕方がない。
「承知いたしました。アイシア嬢」
つーかさ、顔を半分隠した状態で、一回か二回しか会ったことのない女性の顔と名前を一致させるって、難しくない?
いまは扇子を下げてるけどさ。
だったら最初から隠すなよって話だと思う。
なんか、私の失敗を誘ってるみたいで微妙な気分だよ。
「もしお暇でしたら、お茶などはいかがでしょうか。白騎士さま」
「よろこんで」
軽く笑って見せる。
や、まったく、ぜんぜん暇ではないんだよ?
けどさあ、先に礼を失しちゃってるし、断れないんだよなあ。
めんどくさい。
お茶一杯で、とっとと逃げ出すとしよう。
王宮というのは、もちろん国王陛下の居城だが、それ以外にも貴族たちの社交場という側面を持っている。
いくつも作られた談話室で、いろんな談合がなされるのだ。
で、そういうのが政治に反映されたりする。
酒の場で重要な政策が決定することなど珍しくもない。
まあこのへんは、我が国に限った話じゃないだろうけど。
私とアイシア嬢が移動したのは、そんな談話室のひとつだった。
けっこう広めで、他のテーブルでは貴族たちが談笑している。
ちらちら見られてるのは気のせいじゃないよね。
こんな美女が、武辺の私を連れてきたのだから。
居心地悪いなぁ。
アイシア嬢が給仕の少年に軽食とお茶を持ってくるよう依頼している。
あ、これは珍しいかも。
たいていの貴族って、もっと頭ごなしに命令するからね。
こんな柔らかな口調で、命じるというよりお願いするような頼み方をするなんて。
できたお人なのかも。
「お優しいのですね。アイシア嬢は」
「貴族だから威張らなくてはいけないという法はありませんわ。人には身分があるのかもしれませんが、職業に貴賎はないと考えておりますの」
「ご立派です」
このケースでいうと、少年は職業として給仕をしている。アイシア嬢は客として注文した。
ただそれだけのことで、貴族とか平民とか関係ない。
当たり前のことなのだが、その当たり前を理解しない輩というのはけっこう数多いものだ。
平民たちだって、客だから何を言っても良い、とか、客が礼を言う必要はない、みたいに考えるヤツはいるからね。
アイシア嬢というのは、若さに似ず、ちゃんとした考え方ができるみたいだ。
「父などには、貴族が簡単に頭を下げるなといつも叱られていますが」
笑うアイシア嬢。
釣られるように私も笑った。
貴族のご令嬢にも、このように面白い人がいるのだな。
やがて、お菓子とお茶が運ばれてくる。
あまいものかー。
あんまり得意じゃないんだよなー。
お茶だけいただこうっと。
「アイシア嬢。もしよろしければ、私のお菓子もたべませんか?」
「あら? 若い娘を太らせてどうするおつもりでしょう?」
「肉が付いていた方が美味しいものですよ。育ててから食べようという算段です」
にやりと野性的に笑ってみせた。
どうだ?
私だって、このくらいの言い回しはできるんだぜ。
危険な男っぽいだろ?
アブないセリフに、アイシア嬢が頬を染め、なかった。
なんかくすくす笑ってるし。
「甘いものが嫌いなら、普通にそういえばいいのに」
一瞬でバレた!?
なんで!?
「無理に格好つけようとしているのが見え見えですわよ。白騎士さま」
「こいつは一本取られましたな」
親和力が高まり、話に花が咲く。
お茶だけのんで退散するつもりだったのだが、けっこう長居をしてしまった。
しかも、またの機会に、とか約束めいたものまでしてしまった。
具体的な日取りを決めたわけじゃないけどね。
あくまで社交辞令みたいなもの。
アイシア嬢の方だって、明日には忘れているだろう。
「で、美人とデートしていたから、オフィスに戻るのが遅くなったと。良いご身分ですなぁ。隊長は」
思いっきり冷たい目で、副官に見られました。
ここまでナイガシロにされる上官って、私くらいではなかろうか。
「悪かったよ」
「謝罪は小官にではなく、メイリー嬢にするべきでしよう。浮気ですよ。こいつは」
「おおげさな。お茶を飲んだだけじゃないか」
苦笑する私に、パリスがため息をついた。
そりゃもう海より深いような。
なんすか。
なんで可哀想な子を見るような目で見るんすか。
「隊長。小官はあんたのことを蓋世の戦士だと思ってますし、騎士としても人間としても、まず立派なもんだと思ってるわけです」
「お、おう」
褒められた。
なんかわかんないけど、私、褒められた。
「しかし、ときどき度しがたいまでにアホですなぁ」
褒められてなかった!
私、貶められた!
ちょいちょいと来客用のソファを指でさししめすパリス。
座れ、という意味だ。
え? 怒られるの? 私。
逆らったら怖そうなので従っておく。
「そのアクセル伯の令嬢でしたっけ。アプローチに決まってるじゃないですか」
「ないない」
なにいってんだこいつ。
私のような優男がモテるわけないだろうが。
四翼の一角とはいえ、爵位もない王国騎士。
もしかしたら武勲によって、死ぬ前に男爵位くらいは下賜されるかなーって程度だよ。
伯爵家の令嬢からみたら、歯牙にもかけない存在さ。
まあ、三女とか四女とかを嫁がせるって可能性は否定できないけど。
あくまで政略として、ね。
令嬢自身が私に思いを寄せるとか、普通にないだろう。
これで私がムッキムキの、かっちょいい戦士だったらまだ話はわかる。
たとえば青騎士みたいに。
均整の取れた肉体に、力強い言動に、眉目鋭い顔立ち。
そりゃモテるってもんですよ。
比較したら、私なんて細いし、金髪はゆるくウェーブがかかってるし、青い目は二重で微妙に女顔だし。
あげく、つけられたあだ名は吟遊詩人騎士だし。
世界の果てまで探したって、モテる要素が見つからないよ。
泣いちゃうぞ? おもに私が。
「隊長の容姿なんてどーでもいいとして、その令嬢って、顔を隠して登場したんですよね?」
「あ、うん」
「まずその時点で、隊長に間違わせる気まんまんじゃないですか」
「おおう?」
たしかに私も違和感を憶えたんだよ。
顔隠してたらわかんないだろって。
あれって計算だったの?
「計算というか、きっかけ作りでしょう。隊長がどういう反応をしてもいいよう、次の手を用意していたと思いますよ」
顔を隠すなと指摘されたら、そのお詫びとしてサロンに誘うとかね、とパリスが付け加える。
どうしてどうして、策士じゃないか。
「で、サロンでお茶を楽しんでいるところを、多くの観客に目撃させた。明日になれば宮廷雀どもが騒ぎ出すでしょうよ。吟遊詩人騎士と伯爵令嬢が急接近か、とね」
大げさに肩をすくめてみせる、三歳年上の副官だった。




