キケンなオンナたち 1
「あいわかった。降伏を受け入れよう」
軽く頷く。
戦わずに済むなら、それにこしたことはないからね。
ちらりと副官に視線を投げる。
「という次第だ。ギュンター。事後処理に移ってくれ」
「了解ですが、隊長。どんなシナリオを書きますか?」
「盗賊団は壊滅。首領は戦死。のこりは散り散りになって逃げた。首級をあげるほどの人物でもなかったため、首検分はおこなわなかった。なお、今回の作戦においては、傭兵団鷲獅子の働きが大であると付記する。こんなところかな」
ようするに、ジェニファが最初に描いた絵図面だ。
たぶん冒険者とかが言ったんじゃ信用されないだろうけど、白の百騎長たる私の報告である。
わざわざ追跡調査などおこなわれない。
信用度の差、というやつだ。
「痛み入る」
頭を下げるジェニファ。
「ただし、貴女を無罪放免というわけにはいかない。理由は判るな」
高尚でもなんでもない話だが、これほどの軍事的な才能を持ち、集団の運営ができ、傭兵団を抱き込めるほどの交渉術まで兼ね備えた人間を、このまま野に置くことはできない。
今回は本格的な敵対までに至らなかったが、それが永遠に続くとは限らないからだ。
もし万が一、彼女の元に一万の荒くれ者が集い、王国に反旗を翻したとしたら、事態は笑って済ませられる範囲を超える。
「わたしの命は差し出す、と、言ったはずだが?」
「女性を斬る剣を、私はもっていないよ。貴女には私のものになってもらおう」
「おおお! 兄ちゃん鬼畜モード! 艶本みたいに! 艶本みたいに!!」
おいメイリー。
きみはなにを言っているのかね?
あと、本を読むのは大切だが、ちゃんと選べ。
艶本というのは、市井で売られている男女のむつごとを描いた本である。
男女どころか、なにやらモンスターとの絡みや、同性愛を描いたものもあるらしい。
どうなってんだ。この世の中。
「ふ。降った身なれば、好きにするが良い」
あんたもだジェニファ!
頬を染めながらおかしなことをいうんじゃねー!
私を何だとおもってんだよ! 二人とも!
ぶちきれるぞ? しまいには。
「……私の元で軍務についてもらう、という意味だ」
こんなしょーもない通訳をしたのは初めてだよ。
なんすかね。
私の周囲には、おかしなのしかいないんすかね。
「なんだ。つまんない男だね。兄ちゃんは」
メイリーが笑っている。
なんかばしばしと背中を叩きながら。
おかしいよね。
私、きみに求婚しているからね。
なんで他の女を囲おうとしないといけないんだよ。
「寄る辺なき身なれば、是非もなしだな」
頷くジェニファ。
ううーん。
これほどの軍才を持った女性か。
名門貴族の子女というのが順当なところなんだろうけど、ロレンス家ってのは聞いたことがない。
そもそも女性に軍事教育ってのも、あんまり聞かない。
過去、騎士叙勲された女性がいなかったわけじゃないが、男が騎士になるよりずっとずっと狭き門だし、それだったら宮廷女官にでもなる方が、はるかに簡単だろう。
まあ、私よりガタイの良い女官というのも、なかなかの迫力だろうが。
「一応、希望があれば王宮に口を利くこともできるが」
「無用にて。わたしにはこれしか能がないゆえ」
「そうか? 折衝ごとや、政治などにも、充分な才覚があると思うけどな」
「おなごの才ではなかろう」
苦い笑い。
たしかにそうだね。
政治の分野は、ある意味で軍事以上に男社会だ。
「ならジェニファはしばらくの間、客将として扱うよ。いずれは私の右腕になってくれると嬉しいかな」
どうしてそんな偏った才能を持っているのか、とは問わない。
どうして貧民たちのリーダーなどをやっていたのかも、訊いても仕方がない。
本人が話したくなれば、そのうち話してくれるだろう。
「無能非才の身だが、務めさせてもらう」
「そいつは良かった。よろしくね」
「ところで白の騎士よ。貴殿に降れば、いつも妹御の料理を食せるのだろうか?」
すげー真剣な目で訊いてきた。
そこそんなに重要じゃないよね?
「いつもじゃないけど、けっこうメイリーはメシ食わせてくれるかな」
過不足なく事実を説明する私と、うんうんと頷くメイリー。
さすがに毎日作らせるわけにはいかないし。
彼女はべつに白の軍の一員というわけじゃなく、私の部下の娘というだけの立場なのだから。
乳兄妹というのは、公的な地位じゃないからね。
「それは楽しみだ。降った甲斐があるというもの」
「まさかとは思うけど、メイリーの料理が食べたくて降伏したとかいうなよ? ジェニファ」
「理由の四割五分といったところだな」
多すぎませんかね!
割合が!
せめて二割台にしておいてくださいよ!
行くのに四日、戦闘と事後処理に三日、帰りに四日。
合計して十一日の行程は、予定よりちょっと短い。
真ん中のやつはもう少し時間がかかると思っていたけど、ジェニファがさっさと降伏してくれたから、けっこう短縮できている。
「……以上で、ミシロムの森に関する報告を終わります。軍務監どの」
帰還した翌々日、私はことの顛末を上司に報告した。
軍務監というのは、軍務大臣に次ぐ地位で、形式上は私たち四翼の上役ということになるのだ。
ようするに、国王陛下がいて、その下で軍務を統括する軍務大臣がいて、その膨大な事務を補佐する軍務監がいる、という感じである。
「さすがだな。ウズベル卿。見事な手腕だ」
やたらと機嫌良く私の手を握る軍務監。
なんであんたがそんなに喜んでるんだ?
「やはりこの国一番の勇者は、青でも黒でもなく白であると私は確信しているよ」
ああ。そういうことか。
この人は白推しなんだな。
私は青の隊長みたいに威風堂々って感じじゃないし、黒の隊長みたいに得体がしれなくないもんな。
赤の隊長みたいに大迫力って雰囲気でもないし。
話しやすいんだよね。こんな優男だから。
くっそ。
生まれ持った容姿とはいえ、どうして母は私をもっと厳つく産んでくれなかったのか。
「AにはAに向いた人材というものがあります。今回、たまたま我らが上手くできたというだけのこと。我が軍ばかりを称揚されては、公平を欠くことになりましょう。軍務監どの」
「そ、そうか。本当にウズベル卿は謙虚だな。卿が他人の悪口を言っているのをみたことがないぞ」
そりゃあたりまえだって。
悪口ってのは、自分の頭の中でいうものでしょうが。
口に出してしまえば、相手を傷つける剣になっちゃうじゃない。
そしてその剣は、必ず自分に返ってくるんだよ。
くそオヤジの、数少ない有益な教えだ。
相手に不満があるなら、影でこそこそ悪口を言うんじゃなく、直接本人にぶつけろって。
「恐縮です。願わくば、青や黒にも武勲を立てる機会を与えてくださいますよう」
一礼して退出する。
言外に、白ばっかりに押しつけるなよって言ったんだけど、気付いてくれるかな。
無理だろうな。
で、めんどくさいことながら、その足で王宮へと向かう。
盗賊退治とはいえ、武勲は武勲なので女王陛下にお伝えしなくてはいけないのだ。
型式だけどね。
「無事に盗賊どもを覆滅いたしました」
「苦労であった。今後とも忠勤に励むが良い」
「御意」
交わした言葉は、たったこれだけ。
謁見の間において、私はずっと赤い絨毯を見つめていただけだし、とくに面を上げよとも言われなかった。
そんなもんである。
いちおう私は四翼の一人であり、直奏を認められた数少ない武人なのだが、しょせんはこんな扱いだ。
仕方のないことではあるけどね。
ここ何代もにわたって国王陛下は政治にも軍事にも興味をなくしておられるし。
貴族たちによって、国は滞りなく運営されているし。
うん。
滞りなかったら、貧民が生まれることもないし、彼らが離反するわけがないんだけどね。
埒もないことを考えながら、王宮の豪奢な廊下を歩く。
行き交う女官たちのささやき声が耳に滑り込んできた。
白騎士さまよ、とか。
歴戦の戦士には見えない、とか。
近衛騎士になればいいのに、とか。
これだ。
これだから王宮にきたくないんだ。
どうせ私は騎士には見えない優男ですよ。
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