彼女は天然! 10
「……褒めたのだがな」
黙り込んだ私に、困ったような顔をする美女。
「だめだよ。お姉さん。兄ちゃんは、なんか自分の体型とか顔にコンプレックスもってるから」
余計なことをメイリーが言う。
ほっとけ!
「父ちゃんみたいなムキムキになりたいんだよね?」
もっとほっとけ!
ロバートを引き合いに出すな!
私はあんなのになんかぜんっぜん憧れてない!
いつかその背に追いつきたいなんて思ってないもんね!!
「貴女は?」
美女が問う。
「メイリー。これの妹」
これとか言わない。
人を指ささない。
私はきみをそんな蓮っ葉な娘に育てた憶えはないぞ。
「あまり似ていないのだな」
美女が小首をかしげる。
そりゃまあ、妹いうても赤の他人だからね。
まったく、これっぽっちも、血のつながりなんてないからね。
「わたしはジェニファ・ロレンスという。貴殿らのいうところの賊将だ」
名乗る。
なるほど、姓を持つのか。
もとより奴隷や平民ではないと思っていたが、士族ですらなく、姓を持つ騎士か、あるいは貴族の出ということだ。
「あらためて、ウズベル・オルローだ」
返す私は、姓名を名乗っただけ。
あだ名を知ってるような相手に、役職などの紹介は不要だろうから。
ふ、と、ジェニファが微笑する。
「驚かないのだね。白の騎士」
「なにを?」
「わたしの名についてだよ」
「昼間の戦闘指揮を見ている。戦の経験のない……そうだな、人間同士の戦争のない者に、あの指揮は執れない。それが答えだと思うが?」
虚々実々の駆け引き。
先の先を読み、実行する手管。
モンスターなどを狩るのを生業とする冒険者にもないものだ。
となれば、従軍経験のある傭兵か、きちんとした軍事教育を受けた人間という結論になる。
彼女が名乗ったことで私は検算を終了し、騎士または貴族の子弟であると納得した。
それだけのことだ。
「そうなの? 兄ちゃん」
「そうなんだ。メイリー。ついでにいうと、近いうちに敵の方から降伏の申し入れがあると思っていたから、今夜あらわれても驚かなかったということなんだよ」
「ふえええ。兄ちゃん頭良いねえ! あ、せっかくなんでお肉どうぞ」
メイリーのセリフの後半は、ジェニファに向けたものだ。
まあ、食事の場で食べもせずじっと座っていられては、こちらとしても気後れしてしまう。
「いただこう。じつはさっきから非常な忍耐を強いられていた」
破顔一笑し、肉と野菜が刺さった串を手に取る賊将。
食べちゃったら隠形が解けちゃうからね!
ガマンしていたんだよね!
つらかったよね!
「もぐもぐ……わらひたちとしては、むぐむぐ……これひじょう戦って損害をらすつもりは……もぐもぐ……」
「食べるか話すかどちらかにしたほうが良い」
「…………」
交渉より食欲を優先しちゃったよ。この女性。
いいんだけどね。
私も食事を済ませるとしよう。
盗賊団、などというものは存在しなかった。
ミシロムの森に作られていたのは、村だ。
逃亡奴隷や、食い詰めた貧民などが寄り集まり、自給自足の生活を始めた。
近隣の村々も、もちろんそれを知っていたし、わりと頻繁に取引や交流もおこなわれている。
普通に考えれば異常な状況だ。
奴隷や貧民に、そんな秩序ある生活が営めるはずがない。
しかし、異常さをひっくり返す人物が指導者として君臨していた。
それがジェニファである。
彼女があればこそ、四百名にも及ぶ食い詰め者が、きちんと集団として機能していたのだ。
ただ、数が多くなりすぎてしまった。
隠れ里、とはいえない規模に。
いつの間にか噂も立ってしまった。
ミシロムの森に潜む盗賊団、と。
「だから、逆に噂を流した、というわけだね」
「その通りだ。白の騎士」
食後のお茶を飲みながら私が確認する。
盗賊団の噂が立てば、遅かれ早かれ討伐隊が派遣される。
ジェニファの思惑は、その時期をコントロールするというものだ。
「つまり、傭兵団鷲獅子は、とっくに抱き込まれていたと」
「然り」
「なるほどな。私の出した偵察隊が数を見誤るわけだ」
もともとジェニファの描いた絵図面は、傭兵団を使っての盗賊退治だったのだろう。
使われるのは、すでに抱き込まれている鷲獅子。
つまり、討伐はおこなわれ、成功したことにされる。
すべて書類上のことだ。
実際には一人の死者も出ない。
その計算が甘いとは、私は思わなかった。
たかが盗賊団の討伐に王国正規軍が、しかも四翼が派遣されるなど、普通は考えない。
白の軍が動いたことこそ、異常事態なのである。
しかも討伐に先だって偵察隊を送り込むほど、慎重に行動するなど。
そして偵察隊は優秀すぎたがゆえ、ジェニファの勢力と鷲獅子の戦力を合算して考えてしまった。
四百名を超える戦闘員、と。
その報告を受け、私は抜本的に行動計画を見直し、私自身が前線に赴くことを決める。
千名の兵力で。
数の多さに戦慄したジェニファだったが、絶望したわけではない。
二倍以上の敵を相手に、なお彼女は勝算をもっていた。
そりゃそうだろう。
森の間際での開戦など、素人にできることじゃない。
あのまま血気にはやって森に突入したら、たぶん我が軍は相当ひどい目に遭わされたんじゃないかな。
「しかし、貴殿は乗らなかったな。白の騎士」
「そういう貴女も、あの場での戦術的な勝利にはこだわらなかった」
互いに苦笑を浮かべる。
たぶんね、私もジェニファも同じものが見えているんだわ。
だから苦笑しか出ない。
どっちも先読みして最悪の事態を避けようとしたから、どんどん話が大きくなってしまった。
王国政府が、いつもどおりのやる気の無さを発揮して、てきとーな処理をすれば、誰の目にも留まることなく、ミシロム森の盗賊団は消滅したことにされたんだ。
それを珍しくやる気を出して、白の軍を使おうとしたから、ややこしいことになった。
「むしろさあ。そんな数の貧民や逃亡奴隷がいるって方が問題じゃない?」
横から口を挟むメイリー。
うん。
まったくその通りだよ。
金で買われた奴隷ってのはともかくとして、食い詰めた貧民の数が多いってのは、国としては末期症状なんだ。
王都コーヴは、当然のようにこの国一番の都会だからね。
田舎で食えなくなって都会に出てくる。
でもやっぱり都会にも仕事がなく、食い詰めてしまう。
かなりまずい状態だといって良い。
「ただまあ、そのあたりは政治の領分で、一介の武辺が口を出すことではないんだよ。メイリー」
「そうなの?」
「ああ。たとえば私には一万を兵力があるだろ。これだけの武力を持った人間が政治に口を出したら、大臣たちだって混乱してしまう」
武力を背景に政治的な要求をしては、国の基が立たなくなる。
チカラのある者の主張が正しい、ということになるから。
だからこそ、武人は政治に口を出してはいけない。
「というのが私の持論なんだ」
「だから隊長は優等生って言われるんですけどね」
割り込む副官の声。
見れば、ジェニファはすっかり包囲されている。
「あ、ギュンターさん。いたの?」
「そりゃあこれだけ和気藹々と敵将と喋ってたら、嫌でも気付きますて」
メイリーの質問に肩をすくめるパリス。
ただ、そこまで警戒はしていないようだ。
それもそのはずで、ジェニファは非武装で、しかも単身で乗り込んでいるから。
囲んでる十名程度の兵士で、充分に始末できる。
まあ、そんなことしなくても、私ひとりで勝てるけどね。
「わたしとて、一騎打ちで吟遊詩人騎士に勝てると自惚れてはいない」
あ。また言ったな。
それ褒め言葉じゃないから!
「こと個人戦闘にかけては四翼最強。流麗な剣技と華麗な身のこなしは一編の詩のように、見るものの心を奪う。ついたあだ名は戦場の吟遊詩人。吟遊詩人騎士さ」
「ふえええ。兄ちゃん格好いいね」
うたうように言うジェニファに、メイリーが目を輝かせる。
くっ!
やめろ!
そのこっ恥ずかしい二つ名を口にするな!
「降伏しよう。吟遊詩人騎士。このわたしの命をもって、部下たちの命の代価としていただけぬだろうか」
深々と、ジェニファが頭を下げた。




