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Il secondo movimento(第2楽章)-e

一希の事務所所長、登場です。なかなか個性的ですよ。

インターフォンが鳴った。


モニターを確認する。一希が所属する事務所所長だ。

「みつきだぁぁ! いたら開けてちょうだいぃぃ! シュークリーム買ってきたからぁぁ!」

赤い髪にピンクの頬。青いまぶたに紫がかった濃いルージュ。

一度見たら忘れられない顔だ。

「開けます! いますから叫ばないで」

一希はエントランス解錠ボタンを押した。

と、慌ててVOCALOIDソフトを落とし、Cubaceのデータを製作中の劇伴に変更する。ボカロPをやっていることは、所長にも秘密にしているのだ。


玄関を開けてエレベータの方向へ目をやると、早々に所長がやってきた。右手を胸元で小さく、激しく振っている。ピンクのピッタリした花柄スカートに、安全靴をハイヒールにしたような謎のブーツを履いて。

「やぁぁぁん、みつきだぁぁ! 元気ィィィ??」

不自然な甲高い声でアピールする。

「彼」は、一希が所属する芸術家を扱うプロダクション「アイネイアース」所長、香田源之助。筋骨隆々の、ガタイのいい男だ。

繰り返す、「男」だ。

「ああ、いいから入って下さい所長」

「もぉぉ、つれないんだからあ。はい、シュークリーム」

後ろにハートマークをつけて香田は叫ぶように、かつ精一杯愛らしい風を装う。

「入って下さい」

シュークリームが入っているらしい白い紙箱を受け取って、一希は扉を閉めた。近所の人に自分がどう思われているか考えると怖い。

「あらやだ、相変わらず殺風景なお部屋だこと。こんなんじゃモテないゾォ」

いや、今現在言い寄られてる最中なんですけど。と、喉まで出かかったがやめておいた。本当に困ったときには頼ることになろうが、香田がどんな手段で解決するだろうかと考えると……一希としてはゾッとしない。

「さあ、お茶でも淹れてくれる? 何があるかしら?」

「なんもないですよ。水でもいいですか」

「なんなのよ、愛想のない子ね! ペットボトルのお茶くらいあってもいいんじゃないの?」

「そんな勿体無い。高く付きます。非経済的です」

香田はごつい手を両方口元にやった。あざとい女子がする仕草と同じだ。

「まああ、なんて貧乏症! いつまでたっても抜けないのねぇ」

「合理的と言っていただけませんか」

「ああもう水でもいいわ。一緒にシュークリーム食べましょう。ただのシュークリームじゃないのよ。すんごくかわいいんだからぁ!」

一希はコップに水を汲み、香田の前に置いた。

「開っけまっしょう、開っけまっしょう」

行動と格好だけは少女なのだが、なにせ見かけがこれだ。一希はいい加減慣れたが、時々面倒くさくなる。これで香田がオカマだというのならまだわかるのだが、見かけだけで中身は男なのだ。つまり、ゲイではない。バイセクシャルでもない。

普通に女が好きだ。恋人も女性だ。

少女の心を忘れない、かわいもの大好きな、男なんだそうだ。

……ややこしい。

「ね? こっちがハクチョウさん。こっちはねずみさん。さあて、こちらは」

「猫ですね。猫もらいますありがとうございます」

さっさと食べてしまわないと話が進まない。一希は猫を模した菓子を口に放り込んだ。

「やだぁ。ひどぉい。そんな一口で、猫さんかわいそう」

「さっさと食べないと僕全部食べてしまいますよいいんですか」

「うさちゃんは譲らなくってよ」

「早く食べなさいよ」

「もぉ!」

一希は冷たくあしらう。それは猫が飼い主に甘えてるようでもあり。

彼にとって香田は、心を許せる数少ない人物だ。

一希の才能を拾い上げ、育ててくれた。食べていけるまでにもっていってくれたプロデューサーだ。


いくら賞をとっても、それだけでは音楽で食べていくことはできない。

作曲やコンペは名を売るためにあるといって過言ではない。もしそれが時代にフィットしたものであれば一時的に金は入る。恒常的に、つまりコンスタントに稼いでいくには営業が必須である。香田にはその才能があった。容姿のインパクトで乗り切っているのではない、交渉術に長けているのだ。

たまたま一希の作品に出会い、数十曲を試聴し、こっそり人となりをリサーチしてきた香田は、まだ学生だった彼に接触してきた。

一希は悩んだ挙句、「アイネイアース」に好きな作曲家や画家が所属していることもあって、彼の要請を受けた。それは正解だった。

まず住環境が整った。社宅として借り上げてあるマンションに住まうことができた。税務管理もしてくれる。仕事の斡旋頻度も高い。香田に任せてから仕事は途切れたことがない。今は一希自身のコネクションで仕事が回ってもくるが、マネージメントは全て「アイネイアース」が行ってくれる。こんないい条件に巡り会えたなど、奇跡だと一希は思う。香田に言わせれば、「それだけの才能があんたにあるからよ」らしいが。


「もう本当、女っ気がないんだから。そりゃあ、ガスや水道を止められるような男だからまあ難しかったかもしれないけどぉ? あんたレベルになればヒモになるのも容易かったでしょうに」

「音楽ができなくなるじゃないですか」

「ヒモつーかパトロン? 昔から芸術家にはパトロンがついてるものよ」

「所長に拾われたからいいんです。僕は僕の力で稼いで生きていきたいんです」

「その意気はいいと思うんだけど。慎ましいことねぇ。まあ、まだ25歳だし、身を固めろとは言わないけど。ずっと独り身だだと、恋をしたらのめり込み過ぎて仕事に身が入らなくなるかもしれないでしょ」

「余計なお世話です」

「身が入らないだけならいいんだけど、才能がね、歪むことがあるのよね。恋をすると。邪心が入るっていうか、……芸術に対する邪心ね。そんなことになると、アタシ、仕事回してあげられなくなるから」

「……」

「三月田はそういうことに免疫なさそうだからさ。一途にこうさ、一人の女に尽くしそうな気がするのよねえ」

花の顔が一希の頭をよぎった。

「……迫られてるんでしょ。だれだっけ、声優の子だっけ? 歌手だっけ?」

ああ、そっちか。バレているのかと一希は腹をくくった。

実際、ベタベタと寄ってこられてなんだかなあと思っているし。

「両方です。4,5人でしょうか。メアドとかLINEとか聞かれました。しつっこく」

「好きなの?」

「いえ全く」

「そ」

香田はハクチョウシュークリームの首の部分をとり、口に放り込んだ。

「で? 教えたの?」

「いえ。そもそもLINEやってませんし」

「やってないっていうのはいい断り方よね。あたしにすりゃあ、あんたがLINEをやってないことに不便を感じることはあるけど、なくても全然いいし」

「……やったほうがいいんでしょうか」

花がやっていないので、一希は必要性を微塵も感じていなかった。

「いんや。やらんでいい。その子たちのこと好きじゃないんだったら今のままの対応でいいわ。あまりに厄介になったら手を打つから心配しないでいいのよ」

「なんかこわいですよ」

「やあね、この子ったら。残りは冷蔵庫に入れときなさい。お腹すいたら食べるのよ?」

キッチンに向かう香田を見送る。


姉のように、兄のように見守ってくれている、心も体も大きな人を。



次回もどうぞ、お楽しみに。

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