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今日1日はこの時の為に

「お待ちしておりました、ディオニュース様!ようこそお越し下さりました、こちらへどうぞ!」


馬車から降り、視線を館に移すと、可愛らしい笑顔と綺麗な淡い白桃色のドレスを着たマリーベルが館の入口で、丁重にお出迎えをしてくれた。



あれから猫の手を後にし、俺はそのまま寄り道もせずに宿に戻ってきたのだ。


少しばかり予定よりも早く帰宅したのだが、夕刻に間に合わせる為に他の用事を作ろうとはしなかった。


支度金のおかげで懐具合がかなり厚くなったばかりなのだが、今日はもう買い物に行く事はしない。


中途半端に出歩いて、案内役の人と入れ違いになるのが嫌だったからだ。もしふらふらと出歩いて、入れ違いにでもなってみろ。


それだけ、夕食にありつける時間が減ってしまうのだ。


「う~ん、腹が空いてて、する事もない。少しだけ横になるか・・・」


部屋の中で思う存分あくびと伸びをした後、ベッドの上で横になる。

瞼を閉じれば嫌でも意識してしまう空腹感。


しかし今日の昼間の出来事で多少の疲れもあって、次第に瞼は重たくなっていく。少しの間だけ眠ろう・・・。そうして俺は体の疲労感を素直に受け入れて、浅い眠りについた。


……

………


ドンドン!


ドンドンドン!


「おーい!ディオ、起きてるかい?おーい?」


微睡む意識の中で、徐々に耳に入ってくる扉を叩く音と声が聞こえる。


(ん・・・、どれほど寝てた?)


まだすっきりしない頭を無理やり起しながら、扉を開ける。


「…はい。あっ、女将さん。どうしました?」


扉を開くと、この宿の女将さんであるアダリーが目の前にいた。


恰幅の良い姿のアダリーは「やっと起きたか」と言うとアダリーの後ろに待機していた人物に向かって話かける。


「この子がディオニュースだよ。うちの宿の新入りさん。間違いないかい?」


声をかけられた人物がスっと足を一歩前に出して来た。


どうやら老人の様だが、俺に用があって訪ねて来るって事はもしかしてマリーベルの使いは、この眼鏡の身なりの良い爺さんの事なんだろうか?


老人は俺に向かって一瞥すると、直様アダリーに向き合い感謝を述べた。


「はい、お聞きしたお名前と特徴に御座います。アダリー殿感謝致します」


「やめとくれ、そんな畏まった言い方されると身体がむずむずしてくるよ」


そう言いながらアダリーは身体を掻く様な仕草をしながら、あっはっはと豪快に笑いながら階下へ下って行った。


女将さんはいつもあんな感じで、物事の大小をあまり気にせず、体格通り大らかなのだ。体格の事は本人には間違っても言ってはいけないけどな。


「ご就寝の途中でしたのでしょうか?お休みの所突然の来訪をお許し下さいませ。わたくしマリーベル・フェイメール・リングベル様の使いで来ました。ラモンドと申します。ディオニュース・カルヴァドス様をお迎えに参りました」


ラモンドと名乗る老人は、やはりマリーベルの使いで俺を迎えに来てくれたようだ。しかしアダリーと話をしていた時よりも、やや眼光が鋭いのは気のせいだろうか?物腰が柔らかそうな爺さんだが、その実隙が無い。


(なんだ?この爺さんは?只の使いって感じでもないぞ…?)


俺がラモンドをそんな風に見ていると、彼から準備が整い次第下に馬車を待たせてあるので降りて来て欲しいと言われた。


「わかりました。すぐに準備をしますので、少しだけ待っていて下さい」


俺は部屋に戻り準備を整える。


準備と言っても特に綺麗な服がある訳でもないし、会食に相応しい服なんて持っている筈なんてない。


俺はラ・シーンには働きに来たのだから。

部屋に備えられている鏡を覗き込んで、軽く身嗜みを確認する。


「ま、こんなもんだろ。いつも通りだ」


衣服に関してはあまり多くの種類を持ち合わせていない。


丈夫で質の良い物があればその時に、まとめて安く購入するからだ。

同じ装いではあるが、不潔ではない。


そこは大事なところなので強調させてもらう。俺は清潔好きなのだと。

でも念の為、クンクンっと服の匂いを嗅いで嫌な匂いが出ていないかを確認した。


「ん~、大丈夫だろ?たぶん」


全ての準備が整ったところで、宿の外で待たせているラモンドと共に馬車に乗り込みマリーベルのいる館へと走らせたのだった。



馬車の中はラモンドと俺の2人だけだ。向き合う様にして馬車に揺られているが今のところ2人共に無言である。


この爺さんは寡黙な人なんだろうか?


寡黙で隙の無い人間。以前に戦士だか騎士だかに身を置いていたのかもしれない。


その後引退でもしてから、貴族の嫡男嫡女の世話周りや執事の様な事をしているのかもしれないな。


まぁ割とある話だが、これは完全に俺の邪推だな、これは。


「ときにカルヴァドス様。あなた様のご活躍で悪漢共達からお嬢様をお救いして頂いたとか。改めてお礼申し上げます」


ラモンドは揺れる馬車の中で、頭を丁寧に下げてくる。


「や、やめて下さい。結果的に人助けの様な形になりましたけど、俺があの場所にいたのも偶然ですし、なんか成り行きで助けただけなんで、あまり感謝されるのも居心地が悪くなるんで勘弁してください」


両手を胸の前に出して勘弁してくれと言う。


「それに俺の事はカルヴァドスじゃなくてディオと呼んで下さい。そっちの方が呼ばれ慣れているので、畏まった言い方されるとむず痒いです」


「左様でございますか。ではディオ様とお呼びさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


「いや、様を付けるのも出来れば止めて欲しいんですが…、君付けとか呼び捨てで良いですよ?」


俺は別に王族貴族でも勇者英雄の類では無いのだ。パーフェクトウォーリアと名乗っていたが、つまるところ『人よりちょっぴり戦闘が得意な戦士』の中の1人でしかないのだから。様を付けられても違和感しかない。


(様付けされる柄ではないんだよな~…)


「それはなりません。ディオ様のお気遣いは感謝致しますが、お嬢様の恩人に対してあまりにも無礼だと思います故」


キッと眼鏡の奥から鋭い眼光で返された。


ラモンドの中で、譲れる譲れないの線引きがあるのだろう。


俺の様付けを止めて欲しいと言う提案は、どうやら『譲れない』方に入っていた様だ。仕方がない、彼の意思を尊重する事にしよう。


窓に顔を傾けて何気なく街の様子を見る。

街の中を軽快に進む馬車はやはり便利な物で、窓から覗く遠目の風景がゆっくりと流れ徒歩とは違う速度で夕暮れに染まる街並みを見ていた。


カッポカッポと聞こえてくる石畳を蹴る馬の蹄の音がやけにはっきりと聞こえて来る。物思いに耽けている訳でもないのだが、なんとなく惚けていた様だった。


(見覚えのある場所が見えて来たなぁ)


等とぼんやり思っていたら、先程まで力強く走っていた馬車の足音が次第に弱くなりそして完全に馬車の動きが止まった。


どうやら昨日来たマリーベルのいる館に到着したらしい。


外で待ち構えていたのだろう別の使用人が馬車の扉を丁重に開いてくれる。


「あっ、どうもです」


軽く会釈をして馬車から降りる。

ちらりと自分達をここまで運んでくれた2頭の馬を見る。


(ありがとうな、楽をさせて貰ったよ)


身体に汗をかく馬に、今まで手綱を握っていた御者の人が厚手の布で丁寧に汗を拭き取っていた。この後別の場所で、馬の身体を冷やさないように休ませてあげるのだろう。


目線を正面に向き直し、館に改めて視線を移す。


間も無くして、扉が開き中から昨日出会った少女が小走りで近づき出迎えてくれた。


「お待ちしておりました、ディオニュース様!ようこそお越し下さりました、こちらへどうぞ!」


館から良い匂いが漂って来る。

どうやら本当にご馳走の様だ。

胃の中がグツグツと活発に動き始める。

まぁ待て待て。もうすぐだから。


こうして俺は、素敵なドレスを身に纏った可愛らしい少女マリーベルと、本日初めての食事にありつくのだった。

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