本当の職業
目の前で笑顔で佇む、美しい金髪の少女はマリーベル・フェイメール・リングベル。
少し前にラ・シーンでこのお嬢さん絡みで、きな臭い事件(未遂)が起こった際に知り合った子だ。なんだかんだでもう会う事も無いんだろうと思っていたんだが…。
鈍く響く左脇腹の痛みよりも、彼女がここにいる事の方に驚きを感じざるを得なかった。
「…コホン。感動の再会の最中恐れ入りますがよろしいでしょうか?姫様?」
パリンガー婦人がマリーに話しかける。
「ごめんなさい、婆や。ディオ様にこうしてまたお会い出来た事が嬉しくって!」
振り返り、パリンガー婦人にニコニコと話す。
(ん…?ひめさま?プリンセス!?)
「それでは改めまして、遠路はるばる此処、魔術王都ゼオングラーダへお越し下さいました。私はバーリン・レイ・パリンガーと申します。ご存知かと思いますが念の為。そしてこちらにおられるお方が…」
マリーのまだあどけなさを残す顔が少し凛々しくなり、綺麗なドレスの端を両手でつまみ、膝を少し落とし上品に挨拶をする。
「西側諸国が一国『リングベル』第三王女。マリーベル・フェイメール・リングベル。ですわ!」
と「ですわ」の辺りでバッチリと片目を瞑りウインクをしてくる。先程まで感じていた凛々しさや上品さはあっという間に霧散してしまった。
「姫様!?またそんなはしたない挨拶をして!!また父王様が嘆かわれますよ!」
直様パリンガー婦人が抗議する。
「ここにお父様やお母様もおられませんわ。それに着飾る私よりも、ありのままの私でディオ様にご挨拶をしたかったんですもの」
そう言って年相応の、少しいたずらっぽい顔で俺を見てくる。呆れた顔を見せるパリンガー婦人を他所にマリーは遠慮なく続ける。
「本当の事を言えば、ディオ様とここで再会出来るとは思ってもみませんでした。しかし婆やに急に呼ばれて、何事かと駆けつけてみれば、扉からディオ様が現れたものですから思わず飛びついてしまいましたわ!!」
と頬を少し染めながら照れ笑いをするマリー。
「一国の姫様なんだからいきなりボディへの飛び込みは自重しような?」
「嫌ですわ。誰彼構わずそんな事は致しません!ディオ様だったからですわ!」
いや、そんな堂々と言われても反応にも答えにも困るんだが…。
前に話た時よりも俺にぶつける感情と言うか、表情が凄くストートになっている気がする。
それだけ気の置けない感じと思ってくれているのか?等と思案していると、今まで事の成り行きを見届けてからパリンガー婦人が切り出した。
「…姫様。よろしいでしょうか?」
「ごめんなさい。婆や。話を続けて下さい」
「それでは…」と付け加えパリンガー婦人は続けた。
「ディオさんに遠路お越し頂いた事、まず感謝致しますね。ラ・シーンでの事はおおよそは聞き及んでおります。悪漢達から姫様をお救い下さった事。また姫様が甚くあなたをお気に召した事も」
まぁ全部偶然なんですけどね。
職にあぶれての帰宅途中。通りで出会い頭にぶつかった少女。チラっと左に目をやるとその出会い頭でぶつかった少女マリーベル・フェイメール・リングベルがいる。
そう言えば初対面でもぶつかっていたし、今さっきも飛びかかって来たし、この子は何か特殊な特技でも有しているのか?
主に「突撃」的な技か何かを。
「それでラモンドさんの方から速達で連絡があり、現在ディオさんはお仕事をお探し中だと。それならば無事に公務を果たした姫様へのプレゼントと言いますか、ご褒美と言いますか、ディオさんの事が余程気に入られていたので、私共の勝手な言い分ですがディオさんのお仕事もご用意出来て、姫様も喜んで貰える様、手筈を踏んだのです」
なるほど。俺はマリーの公務に対するご褒美か。
それはまぁ別に良いんだけど、釈然としない部分がある。
その疑問を率直に聞いてみた。
「大体の大まかな経緯はわかりましたが、一つ疑問があります。それはどうして1日、2日の交流しか持たなかった俺に対してここまで用意、世間から見れば厚遇を出したのか?です」
パリンガー婦人は老眼鏡の位置を直すと、その経緯を話してくれた。
「まず、姫様自身が気に入った。それだけではまず得体の知れない方に対してここまでする事は絶対に御座いません。一国の姫であらせられますし。かと言って姫様の命の恩人だけなら望む褒賞を与えれば良いだけでした。大抵の者達はそれなりの物を要求し満足するでしょうしね」
普通はそうだ。
善意で助けただけでここまでしてくれる必要はない。
「でもあなたは少し違っていたようですね?姫様を助けた後すぐに立ち去ろうとしたり、褒賞にしても何もいらない。どうしてもと言うなら食事を沢山食べさせてくれと。」
ほんっと貧乏が悪いんです。空腹が辛かったんです。
なんとなしに助けた相手から金銭を貰うつもりなんてサラサラ無かったし個人的な状況とマリーへの妥協案としての食事の申し出である。それについて俺としては満足している。
「ラモンドさんの人を見る目は確かです。あなたに何か思う所があったのでしょう。姫様があなたのお名前をラモンドさんとお話してから、早速あなたの事を失礼ながら調べたようです。私は存じておりませんが、とても強い戦士だったとかで?」
あの爺やのラモンドさん、やっぱり只者じゃないな。
どこまで調べられたのやら。
それにしてもパリンガー婦人もパーフェクトウォーリアーを『強い戦士』くらいの認識か。そもそもパーフェクトウォーリアーと言う名前すら知らないんだろうな。世間一般でもよく認知されていないみたいだし、こんなもんなんだろう。うん、こんなもんなんだろうなぁ…。
「そこで正規職業斡旋所を使い姫様と引き合わせるべくあれこれと根回しした次第なのです。姫様専属の身辺警護も兼ねて従事して頂く方を、あの地で不躾に打診するのも無粋だと思ったのでしょう」
なるほど。
って!?
姫様であるマリーと引き合わすだけでどれ程、手のかかる遠回りをしてんだよ!ラモンドさん実はお茶目な爺さんなのか?そうなのか?それに今とっても重要な言葉が出たけど?
「話の途中すみません。今『姫様専属の身辺警護も兼ねて』と仰言いませんでしたか…?」
「えぇ。その通りです。ディオさんには私の身の回りのお世話や依頼を時々して貰いながら、主に姫様の学園での生活において、次学年より卒業するまでの間、危険が無い様に警護して頂きたいのです。これはラモンドさんと私の意見に相違は御座いません。私はラモンドさんを信頼しておりますので、あの方の判断に間違いは無いでしょう」
「それは本当なの!?婆や!!」
堪らず会話に入ってきたマリーの顔は興奮で紅潮していた。
まるで頬がレッドベリーの様な色になってるぞ。お姫様…。
それよりもだ、ちょっと話がおかしい方向になって来た。
俺はパリンガー婦人の身の回りのお世話でここまで来たはずだ。
それが…
「本当の仕事と言うのはマリーの身辺警護って事ですか!?」
驚愕の事実に頭がぐるぐる回る様な感覚に陥る。
そんな仕事と言えば王族、貴族の近縁の者でしか務まらない名誉職だろう。卒業までの期間とは言え、何かあれば俺の首なんてあっという間に飛ぶぞこれ。
実際の所、首が飛ぶくらいで済むのか?
「いや、しかし!?一国の姫様を学園内で警護するなら、ラモンドさんの様な人が適任では!?」
俺はさも当然の事を言った。
当たり前だ。数日前にフラっと見知った俺なんかよりもずっと長い時間を知って来ているであろうラモンドの方が実に適任だろうし、そもそもラモンド自身が執事兼、爺や兼身辺警護をしているはずなのだ。彼の隙の無さ過ぎる立ち振る舞いから馬鹿でもない限り想像出来る。
「…出来ればラモンドさんの様な方が学園内で警護してくれるのは私も非常に安心なのですが、王族貴族のご子息ご息女を預かる学園としても、必要以上に生徒ではない人の出入りを嫌うのですよ。それこそ王族のご子息、ご息女に何かあっては大変な事になるのは想像に難くありません。姫様の警護とは申しましたが従者の様な位置づけでもあります。学園内には年の近い同じ様な方もいらしゃいますので、すぐに慣れて頂けると思いますよ」
パリンガー婦人は最初こそ、やや息を落とした話し方だったが、後半は俺に対しての説得に聞こえたのは気のせいだろうか?卒業までの期間限定とは言えマリーの身辺警護か。そりゃあの賃金にも納得出来るわ。
再び視線を横にやると、感激なのか喜びなのか、はたまた混乱なのか。
ドレスを翻し、舞踏会で踊るかの如く華麗…とはお世辞にも言えないが俺の知る人懐っこい顔の可愛らしい姫様がクルクルと回っていた。




