3話 偽りの婚約者
婚約発表があるからと、それまではゆっくりと休ませてもらえたエレシェフィール。とうとうその日を迎えた。
朝起きてから普段は体験できないほど忙しい。主にゼーシェリオンが。
朝起きるとまず高級な洗顔料で顔を洗い、保湿もする。ついでに髪も艶を出すなど綺麗にしている。エレシェフィールはただされるがままで、全てゼーシェリオンが。
エレシェフィールは化粧は肌が弱すぎてできない。だが、肌質が良ければ化粧が必要ないとゼーシェリオンは語る。
エレシェフィールは何言っているのか全く理解していないが。
「……終わった? 」
「まだ。髪どうする? おろしていても十分かわいいが……適当に可愛らしくあげてお……いや……これは……上げない方が可愛いな」
真剣に悩んでいるゼーシェリオンを見ながらエレシェフィールは他人事のように「ふぁぁ」と呑気に欠伸している。眠たげな目をこすりながらなんとか起きている。
ドレスを着て、髪も整えて。全てお決まりの如くゼーシェリオンがやって……一時間に及ぶエレシェフィールの身支度は終わった。
「やっとなの。がんばったの」
エレシェフィールはやり切った感を出している。
「お前眠そうにしてただけだろ。つぅか半分寝てただけだろ」
エレシェフィールは呆れた表情でつっこんでいるゼーシェリオンの頭を撫でて機嫌を取っている。
「お仕事ご苦労様なの。つっこみんゼロ」
「仕事じゃねぇからな。あと、その謎あだ名なんだよ」
エレシェフィールにとっては普通の労いだったが、ゼーシェリオンには逆効果だったようだ。機嫌取りのはずが逆に機嫌を損ねている。
「遊んでないで行くよ」
別室で支度をしていたフォルが部屋を訪れた。エレシェフィールは目を輝かしている。
「フォルなの。お仕事のお洋服なの」
フォルは仕事着を着ている。白いシャツに紺色の上着と手袋。金色の装飾品と袖。それに、エレシェフィールがあげたフォルの宝物らしい青緑色のリボン。
「……もう着るつもりはなかったんだけど」
その制服はフォルの後悔を忘れさせないものなのだろう。エレシェフィールは悲しげな表情を浮かべてフォルの手を握った。
「エレ……ごめん。僕は」
「弱くなんてないよ。エレはそれを弱さなんて思わないから。言わないから」
エレシェフィールは真剣な表情でそう言った。
「……うん。ありがと。もうそろそろ時間だ。ゼロは少し離れた場所で何かあった時に備えてくれるから安心して」
エレシェフィールはこくりと頷いてゼーシェリオンを見た。
「信じてみるの」
そう言って、エレシェフィールはフォルと共に婚約発表の会場へ向かった。
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記憶がある程度戻ったエレシェフィールから言わせれば、安くて見飽きる装飾品で飾られた会場。華やかだが技術の低さが目に見えている衣装で着飾る人々。その中ではエレシェフィールは目に留まるのだろう。
エレシェフィールが与えられたものは全て、この時代では手に入らないような技術で作られた高級品だから。
会場のど真ん中で立っている今夜の主役の二人もエレシェフィールのその姿には言葉が出ないほど驚いているようだ。
「……本当に、そうだったんだ」
自分でも信じられないが、その主役の二人を見て落胆している自分に気がついてしまった。期待していないはずだったが、心のどこかでは愛されればとでも思っていたのだろう。
「これはどういう事ですか? 」
だが、すぐに切り替えてフォルに頼まれた役目を演じる。
「貴様がどういう事だ! 国家反逆を目論んだだけでなくこのような場に婚約者以外の男を連れてくるなど! 」
主役の一人が吠える。
「今日、この場で婚約が決まるので、まだあなたとは正式な婚約者ではありません。そもそも誘拐監禁からの強制婚約なんて承認されるはずないのですが」
エレシェフィールは落ち着いた声で淡々とそう述べた。
「すでに書類にサインをしているんだ! れっきとした婚約者だろう! 」
余裕がないのか声を荒げる事しかしない主役の一人。
会場のざわめきも注目も気にせずにエレシェフィールは堂々としている。
「そんなものにサインしていません。あれは本人以外のサインは無効ですよ? それに、婚約者のいる人にむりやり婚約させる事も」
エレシェフィールがそう切り出すとフォルの手が頬に触れた。
「そういえばそうだったね。僕と君は書面上婚約してたんだ。よくそんな事覚えてたよ」
エレシェフィールにとっては重要な事だったため覚えていた。だが、フォルとの婚約は本来なら全くもって武器にはならないのだが、そんな事は知らないと言わんばかりの態度を見せている。
フォルがこの状況でそれを追求するはずがなく、エレシェフィールの記憶力に感心しているのが余計にこの婚約が無視してはいけないものと思わせているだろう。
「そ、そんなはずはないわ! そんな女に婚約者なんているはず」
「ないって? 僕とこの子の婚約はほんとだよ。ついでに、この子が僕らにとって重要な子だって事も」
そう言ったフォルが見せたのは黄金の蝶と世界の紋。本来であれば制服につけておくものだ。
フォルは普段から制服に着けないため、こうしてわざわざ見せなければならなくなっている。
「この国にいるならこの紋を知ってるよね。この子は管理者の……ギュゼルの大事な子だ。逃げられないように婚約くらいさせているよ」
穏やかな笑顔の裏にあるのは悲しみだけだろうか。少しでも、ほんの少しでもそれ以外があって欲しいと願うエレシェフィールの想いは虚しいだけなのかもしれない。
わずかに表情を曇らせたエレシェフィールの事をフォルが見ているのだろうか。わずかな願いも飲み込んで、エレシェフィールはにっこりと笑った。
「そういう事です。婚約なんてした覚えはありませんが、そもそもその婚約は無効だとご理解いただけましたか? ついでに、禁書の持ち出し他あなた達がしてきた事への反省もしていただければ幸いですね」
リブイン王国がしてきた事。それは一部例外があるが世界の協定で定める禁止事項。その取り締まりをギュゼル、現在は管理者という組織が担っている。
エレシェフィールが複製をしていた本がそれにあたるが、状況が状況であったのとそれがその本に触れられるエレシェフィールであった事から例外となる。
本来であればそれ相応の処罰を下すのだが、エレシェフィールは昨日フォルに反省すれば処罰を軽くして欲しいと頼んでいた。
エレシェフィールはチャンスを与えたがその結果は望んだものとは限らない。誰もが自分の責任ではないと反省していない。
「……なによ……私はこの世界に選ばれた存在なのよ。なのになんでその女じゃなくて私が……処罰を受けるべきは私じゃなくてその女でしょ! 」
フォルに見せてもらった資料によると、エレシェフィールと婚約した気でいた男の側にいる女の方がリブインを裏で操っていたと書かれていた。その女が叫ぶと黒い霧が溢れ出す。
「……禁呪。えっと、資料によれば精神系統のだったと思ったの」
エレシェフィールはそう言うのと同時に防御魔法を使った。エレシェフィール自身は防御魔法の対象外だが、他の、この会場にいるゼーシェリオンとフォルを含む貴族達に魔法の効果が及ばないように守った。
エレシェフィールの判断で会場全体に魔法の効果が及ぶ事はなかったが、近くにいた婚約者の気になっていた男は魔法にかかったようで黒い霧に覆われている。
「……ふきゅぅ。この状態での魔法は大変なの」
エレシェフィールは倒れそうになるが、フォルに支えられた。
「お疲れ様。ごめん、ここまで付き合ってもらったのに」
「ふぇ……」
突然瞼が重くなる。フォルが睡眠魔法を使ったのだろう。
「……大丈夫だよ。僕はずっと君と一緒だから。信じて? 」
エレシェフィールは眠る直斬、フォルの優しい声音で言われたその言葉を聞いた。




