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偽り聖愛月蝶  作者: 碧猫
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プロローグ いつかの未来と優しい偽り


 光なき世界。

 明るいはずの昼の時間だが、この世界はどこでもどんな時間でも薄暗い。それがこの世界にもたらされた罰。見渡しの良い花畑の中で座る長い髪の少女と柔らかい雰囲気の少年。少し先の未来で世界に再び光を灯した姫と王の一人。だが、今はただ傍観しているだけ。

 

 この世界にこれ以上干渉をするべきか。しなければならないのかと悩む長い髪の少女は、悲しげに遠くを見ている。


「……ねぇ、世界って残酷なの? 愛の姫の役割からは逃げちゃだめなの? 」


 少女は俯いてそう呟いた。揺れる髪から今にも泣きそうな表情を隠す。

 少女はそうする以外の選択肢を与えられなかった。願いを捨ててまで役割を果たさなければならない。そう世界に定められている。

 役割を捨てて恋をした本物の代わりになるためだけに存在するのが少女だから。

 だが、少女は本気でその役割から逃げたいとは思っていない。それでも、言葉に出てしまうくらいには望んでいたのだろう。


 無自覚か自覚があったのかは別として。


「役割から逃げる事なんてできないよ。でも、そうだね……優しい嘘なら見せてあげられる。君が役割を担うための嘘なら」


 少女は返しなんて求めていなかった。ただ、その言葉が出てしまっただけだった。だが、少年は少女の呟きにそう返した。それが少女にとって救いか否か。その答えが出るのは今ではない。この先、数年、数十、数万……数億……長い時を経てからだろう。

 だが、少年の返しの答えは今出さなければならない。少年はその答えを先延ばしにはしてくれない。


 少女もその答えを先延ばしする気はない。揺れる髪を手で押さえて、花畑を見つめる。


「それでみんなと一緒にいられるなら、嘘でも良いの……優しい世界を見せて」


 少女にとって、花は優しい世界の象徴。少女は、そう答えて花畑から目を離した。


 少女は少年の言葉、行動一つで全てを簡単に失う。少女がここにいられるのは、少年の気まぐれだから。縋るような目で少女は少年を見つめる。捨てないでほしいという感情を表情に出している。

 運良く少女の答えが少年の望んだものだったからだろうか。少年が笑みを浮かべて少女の頭を撫でた。


「良いよ。君の望み通り、優しい嘘をあげる。君は、僕の……僕らの唯一姫だ。僕らは君だけを大切にする。君の世界は……僕らと一緒の世界だ」


 少年は優しくそう答えた。それは少年の言葉通り、少女が最も望んでいるもの。だが、偽物の少女には決して手に入る事がないと決まっているもの。

 少女はオリジナルの複製品という偽物だが、少年は紛れもない本物。神聖という特別な存在であり、本来はオリジナルを導く存在。


 少年が少女に魔法を使う。それは偽りを与える魔法。少女からオリジナルの複製品という証を消すための、少女が偽物でも本物でもない。唯一無二の存在にするための魔法。

 その魔法の影響で、少女のオリジナルとの接点である髪と瞳の色が変わる。それはどこか少年と似ている色だ。

 これは少女の潜在的な色なのだろう。


「元の魔力が似てたからかな。これだと兄妹みたい……兄妹。良いかもしれないね。これを機に、兄として君を一人占めしてやろうかな。恋人の方は無理そうだから」


 少年が冗談っぽく言っているが、本気なんだろう。少年は、少女が初めて会った時から少女に興味を示していた。少女を特別視しているようだった。

 それは、少年が冗談のように言っている言葉からも感じられる。

 

 双子に憧れていた少女は、少年の想いではなくその憧れが叶うという事しか考えていない。少女は嬉しげな表情で頬を赤めて頷いた。


「……そろそろ帰らないと、またみんなに心配されちゃう」


 少女は照れ隠しにそう言って立ち上がる。少年に顔を見せないように髪と手で顔を隠しながら。

 少女が少年をちらっと見ると、楽しそうに笑っている。少女といるのが楽しいと言うかのように。だが、それを見て感じるのは、安心ではなく疑念だった。


「……ねぇ、本当に偽物で良いの? オリジナルじゃなくて良いの? エレでも良いの? 」


 どこまでも取り憑いて離れない不安。少女が最も気にしている事だからこそだろう。その不安からくる疑念を、少女は少年にぶつけた。

 

「その答えは初めてあったあの日に出ているはずだよ。全てが偽物だとしても、嘘だとしても、それで笑う事ができるなら、前を向く事が出来るなら、それで良いんじゃないかな。互いに利があるんだよ。君にも、僕らにも」


 少年がそう答えて立ち上がった。少女の不安と断ち切るように、濁す事なくはっきりと答える。それに安心した少女の表情から不安が消えた。

 少女は温もりを感じようと左手で少年の右手の指に触れる。手を繋ぐという勇気はなく、触れて離そうとすると、少年が少女の手を握った。

 

 本当はそれを望んでいた。そうして欲しかった。そうしたかった。だが、それを少年に見せる事はまだできない。そこまで少女は少年に気を許す事ができていない。少女は表情を見せないように俯いた。


「……エレ、前を見な」


「ふぇ? 」


 少年に言われて、少女は前を向いた。淡い桃色の光が目の前を照らす。淡い桃色の光は愛の魔法を象徴とする光。

 その光はまるで少女と少年の新たな関係を歓迎しているようだ。そう感じた少女の感性は間違いではないだろう。


「契約の証。こんなふうに出るなんて僕も知らなかったけど、ただきれいなだけじゃない。可愛くて儚くて美しさの宿る僕らのお姫様みたい」


 少年がそう言って少女に微笑んだ。少女は顔を真っ赤にして少年から離れようとするが、少年が手を離してくれない。

 少年の意地悪な笑みを見た少女は、むぅっと頬を膨らませた。

 少女が機嫌を悪くしているのに気づいているのか、少年がくすりと笑って手を離す。


「あれ? 逃げないの? 」


 少女は少年が手を離しても離れなかった。離れるどころか、少女の方から少年と手を繋いだ。


「……逃してなんてくれないじゃん。どこにも、逃げ場なんてないじゃん」


「どうかな。少なくとも、最後まで面倒を見てあげたよ。でも、そうだね。君は最後のチャンスを無駄にしたんだ。もう、逃げる場所なんてないと思った方が良いよ」


 少年は気まぐれに行動する事が多いが、そのほとんどには意味がある。手を離したのは今までその選択を与えられてこなかった少女にその選択を与えてどうするのか。意思確認をするためだったんだろう。

 今逃げれば、少年は少女にここではない居場所を用意してくれたはずだ。

 だが、試されていると気づいていながら少女は離れなかった。選択肢がなかった少女が初めて自分の居場所を自分の意思で選んだ。


「良いの。エレはここにいる。どんなに選択肢を出されても、ここにいるの。それはエレの望みに繋がっているんだと思うから」


 その姿がその望みへと繋がる一つ。すでにそれを貰っている。少女が気づいていないだけで、他にももっと……

 だからこそ、少女は自らその選択以外は考えられない。


 桃色の光が消えかけている。少女は、届く事などない消えかけた桃色の光に手を伸ばした。


「いこっか」


「うん」


 少女と少年は自分達の居場所へ帰るため花畑の先を目指して歩く。

 消えた光の先へ。


 ――オリジナルの複製品という偽物じゃない。


 ――契約により作られた偽りではない。


 ――いつか

 ――いつか


 ――エレという一人の少女として


 ――何かで縛る必要のない居場所に


 ――本物になれたら

 ――本物になりたい


 それぞれの想いを抱いて。

 叶えるため、いつになるかわからないそのいつかを信じ続ける。


 長い時の流れ、記憶を失おうと、世界が滅ぼうと、全てを諦めようと。心の奥底に、その想いを忘れずに少女達は生きる。


 だが、その想いはきれいなだけではない。


 少女は揺れる想いの中で生きるという事に疑問を持ちながらいつかが来た時を願う。

 少年は一人でいつかを疑い、孤独の中でそれでもそのいつかを願う。


 これは少女と少年の願ったいつかのための物語。


 いつか、嘘と偽りで塗り固められた居場所が、存在が、本物になるその日のために。そして、ずっと……

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