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98.ギルドからの提案

ヴェラの身体が最後に煙となって消えたその瞬間、奇妙な静寂が訪れた。


しかしそれも束の間の事で倒れていたアイリーンと司祭が意識を取り戻すと同時に、廃墟の外から悲鳴と混乱の声が沸き起こったのだった。


ジンスケは壁に寄りかかりながらも鬼丸を鞘に収めていた。


その時、司祭が驚いたように声を上げた。


「黒い手の構成員たちが全員倒れています! それどころか……皆が意識を取り戻したようです!」


外へ出てみると黒い手の構成員たちは一人残らず気絶しており、全員の瞳から赤い光が失われていた。


ジンスケは胸を撫で下ろした。


「良かった……魅了の主を倒したので魅了された者たちは全て解放されたという事のようですね」


「そうみたいですね」


アイリーンも安堵した様子だったがすぐに表情を引き締めた。


「でもレイネールの町の様子を確認しないと、まだまだ安心はできません」


司祭も頷いている。


「安心して教会が活動できるようになるといいのですが……」


彼はジンスケの顔をじっと見た。


「男性だったのですね、なんと美しい……」


「でも、どうやって黒い手の首領を倒されたのですか?」


ジンスケは困惑気味に首を振った。


「拙者は何もしていません」


司祭は首を振りながら微笑んで言った。


「そんなことはないでしょうが、言いたくないのであればそれで構いません」


「それでも貴方は危機を救ってくださった救世主に違いありませんから」



***



それから数日、レイネールの町の様子は少しずつ変わっていった。


黒い手の支部は完全に崩壊し構成員たちの多くは改心して社会復帰を目指していた。


それ以外の構成員は主にフォルティアへと逃亡したようだった。


黒い手の崩壊の噂はまたたく間に町中に広まって、それにつれて司祭の教会へも信者が戻ってきた。


誘拐や脅迫などの怖れがないのなら教会に行きたいと思っていた信者は少なくなかったのだ。


教会は黒い手に荒らされて悲惨な状態だったが、信者たちは楽しそうに復旧作業を行っていた。


ジンスケとアイリーンも信者たちと一緒に荒らされた教会の復旧を手伝うことにした。



そんな中、数日がたった頃に二人の妙齢の女性が教会を訪れてきた。


二人は廃止になってしまった二つの大教会の元司祭で、ヴェラの魅了によって操られフォルティアで働かされていたのだ。


魅了が解けたことで我に返り、レイネールへと戻ってきたのだが教会は既に壊され跡地には娼館が建てられてしまっていた。


それでも司祭は二人の元司祭の帰還を歓び旧交を温めていた。


一方、ジンスケは急速に町中の話題の中心となっていた。


ヴェラの魅了は、ジンスケが以前にダンジョンで闘った悪霊のワイトが使う魅了ほどの完璧度ではなかったのだ。


簡単には覚めない代わりに、魅了されている間の記憶が魅了から覚めても失われてはいなかった。


そんな理由(わけ)でヴェラに操られていた黒い手の構成員たちはジンスケとの戦闘を覚えていた。


そんな者たちから、「この世の者とも思えないほどに美しい『男』が魔剣を操って魔族を倒した」と町中に噂が広まっていたのだ。


もはや頭巾を被って顔を隠していても全く無駄だった。


「魅惑の美少年」そして「世界で唯一の戦える男」としての好奇と欲望の目に晒されることとなってしまったのだ。


市場を歩けば人々が振り返り囁きあう。


子どもたちが手を振る。


ほとんどの女たちは頬を染めて見惚れている。


「困りましたね、ザカトのように大人しく放っておいてはもらえそうもない」


アイリーンに向かってジンスケは苦笑した。


ただジンスケ自身はそれをそれほど気にはしていないようだった。


この世界でずっと暮らしてきて女たちに注目されることにはすっかり慣れてしまっていたのだ。




そんなふうにジンスケが過ごしているところへ一人の貴婦人がやってきた。


ジンスケがアイリーンと3人の司祭と今後の教会の復旧について話し合っているところに、信者の一人が客人の来訪をとりついでくれた。


その貴婦人はいかにも高級そうな薄い絹のような白いドレスを纏っている。


どうやらジンスケが教会に寝泊まりしていると聞いてやってきたらしかった。


取次ぎの信者がジンスケに告げた。


「商業ギルドのギルド長のマルガリーテ様がジンスケ様にお会いしたいとお見えになられています」


ジンスケは頷いて言った。


「すぐにお通ししてください」


マルガリーテは講堂にいたジンスケたちのところへと案内されると、真っすぐにジンスケへと向かい膝をついて淑女の礼をとった。


「初めましてジンスケ様、私、このレイネールの商業ギルドでギルド長をしていますマルガリーテ・ヴァレンティと申します」


「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。恥ずかしながら魔法で魅了されていたようで我ながら一生の不覚です」


「本日は魅了から解放いただいたお礼を申し上げたいのと、いくつかご提案があって参上させていただきました」


ジンスケも胸に腕をあてて礼をとる。


「初めましてモリサキ・ジンスケです。どうぞお顔をあげてください」


ジンスケに促されてマルガリーテは膝をついたまま顔だけをあげた。


きらめくような艶々の銀髪と理知的な青い瞳をたたえた鋭い眼差し、透き通るような白い肌をした、これ以上はないというくらいの貴婦人だ。


にっこりと笑顔を浮かべると呟くように言った。


「それにしても、お噂どおり、なんと神々しいほどにお美しい。また魅了されてしまいそうなほどです」


マルガリーテはギルド長という身分にふさわしく、身に着けている衣装も最高級な素材であることが一目でわかるキラキラと光る薄い白の凝ったデザインの優雅なドレスだった。


ただ最先端のデザイナーの作品なのだろう、ちょっと一般的とはいえないほどに尖ったデザインのドレスで上半身は体がほとんど透けて見えてしまっている。


豊かな胸のふくらみも、その先端に鎮座しているぷっくらとした桃色のつぼみも、全く隠す気もないようだった。


この世界の女性は男に素肌を見られることに何の恥じらいも感じはしない。


ジンスケは目のやり場に困りながら挨拶を返した。


「そんなご丁寧なお礼には及びません。たまたま術者が倒れると解ける魔法だったというだけのことです」


「ですが商業ギルド長は重責のお仕事でしょうから、お元気になられたのはなによりでした」


マルガリーテは僅かに目を伏せて答えた。


「お噂以上に美しいだけではなく謙虚なお方だ。それにとてもお強いとお聞きしています」


「伝説にしか聞いたことのない魔族が現れたというだけでも驚きなのに、それを倒す『男』の勇者が現れるなど、今こうして実際にお会いしていても信じられぬ思いです」


「お腰に差している『魔剣』を操りミスリルより硬い魔族の身体を切り裂いたとか…」


「町の者たちが『神の子』だと噂するのも尤もです」


ジンスケは慌てて手を振って否定した。


「やめてください、こちらに司祭様方がおられるのに『神の子』などと…、拙者は少しだけ剣が使えるだけのただの男です」


だが司祭の一人が横からマルガリーテの言葉をひきとった。


「ジンスケ様には教会の危機をお救いくださり感謝のしようもありません」


「まさか伝説の魔族がこの世に現れるとは…、でもそれを倒すとはジンスケ様はマルガリーテ様が言われる通りルミナリス神が遣わされた『預言者』に違いないと私も思っています」


「ルミナリス神のご加護を受けた者でなければ魔族を倒すことなどできはしないでしょうから」


いつのまにかルミナリス教の教祖か何かに祭り上げられそうになりジンスケは慌てた。


兎に角、平穏に静かに暮らしたいのだ。


王族や貴族にかかわるのもご免だが、それと同じくらい宗教などに関わるのもご免なのだ。


「いえ拙者はルミナリス教の信者ですらありませんし、司祭様のお手伝いをさせていただいているのも一宿一飯の恩義に報いるためでルミナリス教とは特に関係はないのです」


それを聞いて3司祭は明らかにがっかりした表情になったが、変な物に祭り上げられるわけにはいかない。


マルガリーテはそれを聞いて微妙な顔をしながら言った。


「そうですか、それでは本日私がお持ちしたご提案の一つはジンスケ様には微妙なご提案になってしまうかもしれません」


「ジンスケ様が荒らされた教会の復旧をお手伝いしていると聞いて、てっきり廃止になった教会の復活も望んでいられるとばかり思ってしまいました」


「魔族に魅了されていた為とはいえ二つの大教会が廃止になってしまったのには、商業ギルドが強く反対しなかったことにも責任の一端があると思っています」


「残念ながら大教会の跡地には二つとも娼館が建てられ今も営業中で、元に戻すというわけにもまいりません」


「ですがジンスケ様がご希望されるのであれば、商業ギルドが全費用を負担して代替地にて二つの大教会を再建設させていただきたいと思ったのですが……」


アイリーンがジンスケを見て囁いた。


「商業ギルドが大教会を建設すれば、巷からも商業ギルドは聖魔法について寛容な方針に転換したと見られるでしょう」


「暗黙のうちに聖魔法が禁忌となってしまっているような現状を正す機会になるかと思います」


それを聞いてジンスケも頷いた。


大きな教会を二つも建設するとなると莫大な費用がかかりそうだ。そんなことができるのは商業ギルドくらいかもしれない。


「拙者としては司祭殿には右も左もわからぬ中、大変なご恩を受けたと思っています」


「ですから、その恩義に報いることであれば何でもしたいと思っています」


「拙者には申し訳ないが信心はないのですが、司祭殿がそれでも構わぬと考えていただけるならマルガリーテ殿には是非とも教会の再建をお願いしたいと思っています」


マルガリーテは3人の司祭に向きなおって言った。


「どうされますか? ジンスケ様はああ言っておられますが?」


三人の司祭は慌てて声をあわせて言った。


「是非、再建をお願いいたします」


「ジンスケ様に信心を無理強いするつもりはありませんが、この御恩は決して忘れません」


マルガリーテはにっこりと笑って言った。


「それでは決まりですね。実は私もできればやらせてもらいたかったのです」


「先ほども言いましたが責任の一端を感じていましてね、商人は無用な借りを作ったままというのは好まないのです」


「特に教会とは利害のあわない場合もありがちですから、貸し借りなしの方がいい」


そう言いながらマルガリーテは再建費用を出すことで教会側に貸しを作るつもりだなとアイリーンは思ったが黙っていた。


三司祭はそんなことは全く考えていないのだろう。


手をとりあって喜んでいた。


マルガリーテはまたジンスケに向きなおって言った。


「さて、本日はもう一件ご提案があるのです」


ジンスケは端麗な貴婦人の顔を見返して答えた。


「どんなご提案でしょう? 教会の再建だけでも過分なお申し出かと思っていますが…」




いつもご愛読ありがとうございます。

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