97.ヴェラとの対決
最奥の一室へ近づいた時、扉越しに女の声が響いた。
「来たか。待っていたぞ」
背筋が凍るような威嚇を含んだ声だった。
ジンスケは扉を蹴破って入った。
その部屋の中央に立っていたのは麗しき美女だった。
黒髪が腰まで流れ落ち、碧眼には人間離れした妖艶さが漂っている。
「まさかここまで辿り着くとはね。拍手喝采を与えたいほどだよ」
ヴェラは優雅に微笑んだ。
「どうしたんだい? 私に会いたかったんだろう?」
「わざわざこちらから出向いてやったのに、もう少し嬉しそうな顔をして欲しいものだね」
ジンスケはアイリーンと司祭を庇うように前にでた。
「お二人は下がっていてくたさい」
「この者は人ではありません」
ジンスケはこの気配には覚えがあった、一度覚えた気配は絶対に忘れないのだ。
プロスペリタ王国、ザカトの町の領主クロウヘルム。
魔族が人間に化けた、人の姿をしながらどんな強力な魔物よりも濃い魔物の気配を発していた。
それと全く同じ気配だった。
「お主、魔族であろう! 拙者の目はごまかせぬぞ」
ヴェラは頭巾を被った華奢な少女を凝視した。
「ふん。驚いたね。私を魔族と見破るとは。」
「そういうお前こそ女ではないようだね。頭巾を被っていてもお見通しだよ」
「か弱い『男』がこんなところまで何をしに来たんだい?」
ジンスケは頭巾を外した。容易な敵ではない、視界を確保しておいたほうがいいだろう。
ヴェラの表情が妖しく歪んだ。
「これはまあ、なんて美しい男なんだ。食べてしまいたいほどだよ」
「しかし残念だけど、お前には死んでもらう」
突然、彼女の全身から黒い霧のようなものが噴出した。
アイリーンが叫ぶ。「なっ……!?」
霧が晴れたときそこに立っていたのはもはや人間の姿ではなかった。
白い肌がさらに透き通るように輝き、額には二本の小さな角が生えている。
耳は長く尖り尻尾がゆらりと揺れた。
「これが私の真の姿よ。魔族四天王リリス様直属の大幹部ヴェラ・デスウィング」
「私の真の姿を見て生き延びた人間は一人もいない」
彼女の唇が吊り上がった。
「そして今がお前たちの悲劇の始まりでもある、簡単には殺してやらないよ」
「早く殺してくれと懇願するほどにいたぶってやろう、私の拠点を3つも潰してくれたお礼だよ」
部屋の隅から複数の足音が迫ってくる。
援軍の構成員たちだ。いずれも目が赤く光っている。
「こいつらは全員魅了済みだ」
ヴェラが高笑いを上げた。
「貴様たちはここで終わる。それとも生け捕りにされて私のコレクションに加わるかな?」
ジンスケは鬼丸をゆっくりと抜き放った。
久しぶりに外気に触れた刀身が光を反射し鋭い輝きを放つ。
しかし後ろの気配の変化にジンスケは振り向いた。
アイリーンと司祭、彼女たちの瞳にも同じ赤い光が宿っていた。
ジンスケが呟いた。
「ワイトと同じ無詠唱の魅了か……」
振り向きざまに二人の鳩尾のあたりに鬼丸を振り峰打ちを食らわせた。
目にもとまらぬ高速の斬撃に何の抵抗もできずに二人がバタリと倒れた。
荒っぽすぎる対処だが仕方がない。
このままヴェラの魅了に操られるよりもずっとマシだ。
一人だけ魅了にかからないジンスケを見てヴェラが呟いた。
「ほう、我が魅了を弾くとは…… いや人間の能力ではないね?」
「いったい何者なんだろうねえお前は」
ヴェラは面白そうに笑った。
「面白い子だ。気に入ったよ。お前も私のコレクションに加えてやってもいいね」
「それは無理な話だ」
ジンスケは冷たく言い放った。
ヴェラの右手が閃いた瞬間、無数の黒い茨が床から湧き上がりジンスケを捕らえようと襲いかかる。
ジンスケは低く跳躍してかわすと同時に空中で回転し茨を切り裂いた。
黒い茨は甲高い金属音を残して地面に落ちた。
「ほう……私の鉄茨を切り裂くとはね、 やるじゃないか」
その間もヴェラの左腕からは紫色の毒霧が放出され続ける。
ジンスケは全身に魔力を巡らせて毒の効果を無効化していた。
そして後退せず斬撃を繰り返してヴェラに魅了された周囲の構成員たちを倒していく。
二人が倒れている今、自分がヴェラを倒さねばならない。
「ふん、毒も効かないとは、どうやら状態異常魔法すべてに耐性があるのか…」
「ますます面白い」
「でも、その剣だけでは私には届かないよ」
既に周囲にいた構成員は全てジンスケに倒されている。
ヴェラは左手を高く掲げた。屋内だというのに雷雲が虚空に出現し轟音と共に稲妻が降り注いだ。
ジンスケは前方へ飛び込み放電を受け流すが電撃がスパークした衝撃で弾き飛ばされる。
「ふふっ…… 終わりだね。可愛い坊や」
彼女は両手を広げ魔力を集中させ始めた。
黒い球体が生成され室内の温度が急激に低下する。
「さあどうする? このまま死にゆく? それとも降参して服従するかい?」
ジンスケは床に膝をついたまま動かない。
血の気が引いて顔面蒼白になっている。雷撃によるダメージは思いの外大きかったようだ。
「そうかそうか。もう諦めたんだね」
ヴェラが黒い球体を手の中で大きくしてゆく。
「仕方がない、楽に殺してやろう」
その瞬間だった。ジンスケが刀を握り直し一気に駆け出した。
「はぁ!?」
ヴェラは驚愕の表情を浮かべた。
まさかここまで追い詰めてもまだ戦う気なのか。
ジンスケが魔力集中で瞬時にダメージを回復できるとは知る由もない。
ジンスケは一足飛びでヴェラの胸元へ肉薄すると鬼丸の刃が閃いた。
しかし、その瞬間にはヴェラの姿は消えていた。
空を切った鬼丸を構えなおしてジンスケが呟いた。
「なるほど。瞬間移動も使うのか。これは手強いようだ。」
しかしヴェラのほうも同じことを考えていたようだった。
「これは油断がならないようね」
ヴェラは瞬間移動でジンスケとの距離をとると遠隔魔法で攻撃する方針に切り替えた。
ヴェラに用心させるほどにジンスケの踏みこみは鋭かったのだ。
瞬間移動を繰り返してジンスケと距離をとりながら雷撃の魔法も連続で繰り出してくる。
それを躱しながらジンスケも隙を見つけては跳躍のような踏み込みでヴェラに突撃するが、ことごとく瞬間移動で躱されていた。
膠着状態が続いたが、やはり攻撃魔法で遠隔攻撃のできるヴェラのほうが有利だった。
1つの雷撃を躱すジンスケの着地点をめかげて2撃め3撃目が飛んでくる。
ジンスケに疲れは微塵もないが段々とヴェラに動きが予測され始めていた。
雷撃を躱して隙を見つけて飛びこんだジンスケに瞬間移動で消えたヴェラの次の雷撃がついに命中した。
ヴェラの顔が恐ろしい笑みに醜く歪んだ。
しかし、その笑顔はすぐに驚愕へと変わった。
雷撃をまともに受けたジンスケが着衣からブスブスと黒い煙をたてながらムックリと起き上がったからだ。
「馬鹿な…ドラゴンでも絶命する雷撃だぞ…」
ジンスケ自身にもわけが分からなかった。
雷撃を受ける瞬間、魔力を巡らせた意識だけはあるが、どうして雷撃を受けて無傷なのかわからない。
けれども考えるより先に行動するのが武芸者の本能だ。
すぐに跳躍してヴェラへと切りつける。
ヴェラは瞬間移動でそれを躱しながらも次に打つ手に窮していた。
「まさか…魔法の攻撃がすべて効かないのか???」
「どんなチートなんだ…」
魔法が効かないとなれば不本意でも物理攻撃に頼るしかない。
ヴェラは腕をミスリルの茨へと変化させてジンスケの剣技と渡り合うことを選んだ。
しかしミスリル茨のムチのような一撃がジンスケを襲うと、ジンスケは鬼丸でそれを払い、こともなげに切り落としたのだった。
それを見て初めてヴェラの表情に焦りの色が浮かんだ。
茨化したヴェラの表皮はミスリルよりも硬い。
この世のどんな剣の刃も通すはずはないのだった。
ヴェラは剣士を恐れたことは一度もなかった、自分にはどんな剣も傷すらつけることはできない。
そう思っていた。
それが茨の触手が、その辺の雑草でも刈るように簡単にバッサリと切り落とされたのだ。
自分が斬られる? ありえない。。。
しかし今、ヴェラは逃げるか命を懸けて戦うかの選択を迫られていた。
ジンスケが飛びこんで来るのを瞬間移動で躱す。
ヴェラの表情からは焦りの色が消えていた。
伊達に魔王軍の大幹部をやっているわけではない、ヴェラもまた幾多の死闘をくぐり抜けてきた戦士でもあるのだ。
逃げるなどという気持ちはサラサラなかった。
自分は不死身だ。
ヴェラの弱点は額の角、しかしそこが急所であることなど誰にもわかるわけがない。
しかも2本の角を同時に切られなければ問題はない、片方が切られただけなら直ぐに再生するのだ。
自分は不死身だ。
いいだろう相打ちでも、あの美少年の首をとってやろう。
今まで逃げるのに使っていた瞬間移動で逆にジンスケの懐に飛び込むことを決心した。
ジンスケが飛びこんで来るのを瞬間移動で躱す。
しかし次にヴェラが現れたのは刀の届かない場所ではなくて、額と額が触れ合う程のジンスケの間近だった。
しかしジンスケはヴェラが完全に姿を現す以前に強大な殺気を感知することによりヴェラの出現を予測していた。
ヴェラが変身してからずっと額の2本の角が光って見えている。
ジンスケには自然に敵の急所が光って見えるのだ。
深層のダンジョン『無限の塔』の深層にも急所を二つ持つ凶悪な魔物がいた。
2つの急所を同時に切り落とさなければ倒すことができなかったのだ。
間合いに入ったなら同時に2本の角を切り落とす。
戦いながらジンスケの頭の中にはそれだけがあった。
ヴェラの姿がジンスケに重なるかのように現れた瞬間、ジンスケは奥義の剣を振った。
今までの剣撃とは比べ物にならない速度の見えない剣だ。
ついにガキンッという金属音とともにヴェラの二本の角が切り離されて宙に舞った。
「なんだとぉ!?」
ヴェラは信じられないといった顔でジンスケを見た。
次の瞬間、ジンスケは腹部に強烈な衝撃を受けて壁際まで吹き飛ばされた。
相打ちだった。
ヴェラのその美しい爪から放たれた斬撃がジンスケの腹を切り裂いたのだ。
急所を刈られてヴェラの姿が崩れ始めていた。
「化け物か?」
腹を深く切り裂かれながらも立ち上がろうとするジンスケを見てヴェラが呟いた。
ヴェラは怒り狂いながら体を再生しようとするが、その時にはもう遅かった。
壁際に叩きつけられたはずのジンスケはもう起き上がっている。
切り裂かれた腹の傷はもう塞がりかかっていた。驚異的な回復力だった。
ヴェラの身体は足先から胴体と煙となって崩れ去り、最後に首から上だけが残っていた。
目にはもう光がない。
「お前は一体なんなんだ……」
それが最後の言葉でヴェラは煙となって消えたのだった。
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