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74.ザカトへの帰還

「すみません。ジンスケ様を助けなければならない立場なのに、足手まといにばかりなってしまい…」


ジンスケの背中からリフイアの情けない呟きがもれた。


「なに、これくらいは何という事もありませんよ、それよりも足の痛みはどうですか?」


「もう大丈夫です、ほとんど痛みはありません」


本当は気が遠くなるほどの激痛が続いているけれどリフィアは気丈にそう答えた。


そんなわけがないことはジンスケはよく判っていた。


山での過激な修行中に足を折ったことがあるのだ。


昨日の今日で、耐えられるほどに痛みがひくわけがない。


2日間、リフィアをおぶって歩き続けて、ザカトまでもうすぐのところまで来ていた。


幸いなことに、あれ以来は魔物の襲撃を受けていない。


リフィアが動けないこの状況で魔物の襲撃を受けてはやっかいなことになりかねない。


特にあの黒棘の豹のような魔物はご免だと思った。


リフィアが背から声をかける。


「重いでしょう、少し休憩されては如何ですか?」


ジンスケは首を振った。


「いいえ休憩するよりこのまま進みましょう、ザカトはもうすぐです」


敢えて『重くない』とは言わない。


前世なら女性は『重くない』と言われたほうが喜ぶかもしれない。


でもこの世界ではそんなことはない。


男はひ弱で華奢なもの、女は男を庇護し強く逞しいことがもてはやされる。


女性に『軽い』と言うことは相手を見くびっているともとられかねないのだ。


ジンスケもそれが判るくらいにはこの世界に慣れてきていた。


丘を越えるとザカトの町の城壁が見えてきた。


けれども目を凝らして見ると、状況はあまり芳しくないように思われた。


城壁の門は固く閉ざされているが、その門のあたりに魔物が群れているのだ。


あれではザカトの町に入るのは難しいかもしれない。


ジンスケは兎に角、町の近くまで進んで状況を確認することにした。


すぐ近くまで行ってみると十数匹の魔物が城門の前にひしめいていた。


数は多いが、いずれもワーウルフなどの雑魚モンスターだ。


ジンスケにとってはまったく問題にならない敵だが、リフィアを背負ったままではリフィアの大きな体が邪魔になって剣を振れない。


かといってリフィアを置いて戦いに行くわけにもいかなかった。


足を骨折して動けない状態では普段なら雑魚敵のワーウルフなどでもリフィアにとって命とりの強敵になりかねない。


ジンスケが城門あたりの魔物と戦っている間に別の魔物に襲われるリスクはとれなかった。


ジンスケが街道から『どうしよう』と思案してザカトの城壁を眺めていると、城門の扉あたりの城壁の上で手を振っている者がいる。


ジンスケはリフィアに声をかけて地面の上に降ろした。


これで向うからもジンスケの姿が良く見えるに違いない。


ジンスケは城壁の上の女に向けて大きく手を振った。


それを認めて城壁の上の女はピョンピョン飛び跳ねながら両腕を交差させて大げさに手を振り返してきた。


しばらくすると城壁の上の女の姿が見えなくなった。


もしかするとジンスケだと気づいて町の者たちに知らせに言ってくれたのかもしれない。


ジンスケがリフィアをおぶりなおして、これからどうするか考えていると突然、ザカトの城門が開いた。


魔物たちが一斉に町へ入ろうと城門に殺到する。


そこに一団の冒険者たちが城門から現れた。


先頭をきって出てきた剣士が真っ青な長い髪を翻して魔物を薙ぎ払う、遠目からでもすぐにリフィアの姉のアイリーンだとわかった。


そのあとに黒い皮のギルド服を着た剣士がそれに続いて出てくる、冒険者ギルドのアガサ先輩だ。


アイリーンさんの優雅な剣技とは違って、こちらは獰猛に魔物に跳びかかって切りつけている。


それに続いてバラバラと10人ほどの冒険者たちが飛び出してきた。


それぞれに自分の相手となる魔物に狙いをつけて切りかかっていく。


ほどなくして城門のあたりにたむろしていた魔物たちは一掃されていた。


安全になったのを確認してジンスケはリフィアを担いで城門へと歩いていった。


リフィアはおぶられているのが恥ずかしいのだろう、自力で歩きたがったが、一歩で激痛に顔を歪めてよろめいた。


渋々とジンスケの背中で「すみません」と呟いていた。


城門のところで大歓迎を受けた。


みんな目が星のように輝いている。


アイリーンさんが笑顔で迎えてくれた。


「おかえりなさいジンスケ様。それにしてもそれではヤドカリのようですね」


自分の2倍くらい大きいリフィアを担いでいるので、ヤドカリのように自分の体はほとんど外から見えないのだ。


リフィアが背中で小さく呟いた。「大丈夫です、降ろしてください」


ジンスケがリフィアを降ろして、姿を現し満面の笑みで「ただいま帰りました」と言うと、また一斉に歓声があがった。


アガサ先輩がはしゃいだ声で言った。


「もう絶対帰っては来れないと思っていたよ、何日か前には騎士団が10名くらいでやってきてジンスケを探していたし」


「よく帰ってこれたな」


アイリーンさんに、もう少し気を使って物を言いなさいと叱られている。


あっという間に冒険者たちに取り囲まれた。


みんなノラの宿屋の常連だった冒険者ばかりだ。


ワッと寄ってきた割には少しだけ離れてニコニコとジンスケを見つめている、その様がなんだか懐かしくてジンスケを幸せな気持ちにさせた。


アイリーンさんが皆を制して言った。


「みんな、気持ちはわかるが町の中でも大勢がジンスケ様を待っていますからね、いったんは町に入りましょう」


「その前にそこのお荷物の手当をしないとなりませんね」


そう言ってアイリーンさんはリフィアの近くに行き膝まづいて呪文の詠唱を始めた。


しばらくすると水色の霧のようなものがリフィアの足の周りに現れて包み込んだ。


ジンスケがアイリーンの魔法を見るのはこれが初めてだった。


なるほど聖属性の治癒魔法とはこういうものだったのだなと思った。


水色の霧が消えるとアイリーンがリフィアに訊いた。


「どうだ? まだ痛むか?」


「いや、痛みは消えた」


「そうか、だけど折れた骨がくっついたわけじゃないからな、痛みが消えただけだ」


そう言ってアイリーンはそばにいた冒険者から魔法用の杖を借りた。


「これを使えば町の中に入るだけくらいなら自力で歩けるだろう?」


リフィアは頷いた。


「ああ、大丈夫だと思う。だけど肩くらいは貸してくれないのか?」


普段は柔和でいつも優し気なアイリーンがギロリと目を剥いて厳しい口調で言った。


「甘えるな。ジンスケ様にべったり抱き着いていたくせに…」


リフィアは顔を背けて言った。


「だ・抱きついてなど……怪我で歩けなかったんだ仕方ないだろう……」


それでもアイリーンの目は冷たいままだった。


「ふん、お前と何年一緒に暮らしてきたんだと思ってるんだ。真面目そうな顔をして……」


「無理すれば肩を借りるくらいでも歩けたろうに、それを全身べったりと……」


リフィアは慌てて言い返した。


「そんなことはない、無理してジンスケ様にますます迷惑をかけることになってはいけないと思っただけだ」


アイリーンは冷たく呟いた。


「嘘をついても無駄だ。女の匂いがプンプンしてるぞ」


リフィアがギクリとした顔をした。


そこへやっと冒険者たちの歓待の輪から解放されたジンスケがやってきた。


「さあ、町へ帰りましょう。あれ? リフィア殿は自分で歩けそうなのですか?」


アイリーンが代わりにジンスケに答えた。


「大丈夫ですよ痛みはないはずですし、妹は大袈裟なのです。それにジンスケ様のお背中を汚してはいけませんしね」


ジンスケが意味がわからず不思議そうな顔をしていると、真っ赤な顔をしたリフィアが全員に『自分は大丈夫だから、みんな戻ろう』と声をかけた。


リフィアはそれ以上ジンスケに近づけなかった。


アイリーンの言葉は図星だった。


ジンスケに背を出されて……本当は無理をすれば肩を借りるだけでも歩けるかもしれないと思った。


激痛かもしれないけれど我慢できないことはない。


でも誘惑に勝てなかった。


ジンスケの背におぶられて密着。


無意識のうちに胸も腹も股間さえもジンスケの背にべったりと貼り付けさせていた。


ジンスケは何も気づかずに、そういうものだと思って、ただ自分の怪我を心配してくれている。


その背徳感がさらに心臓を高鳴らせていた。


体の奥の芯のあたりが濡れて… 


気のせいか甘い匂いが漏れているような気がする… 


女が男と相対して欲情するのは普通のことだ、いつだってそんなものを隠し立てしたりはしない。


女なら誰だってそうだ。


娼館に行って、男と部屋に入ったら服を脱がせて横にさせる。


濡らして女の匂いをさせていたとしても恥ずかしいことなんてひとつもない。


でもジンスケには知られたくないと思った。


悟られたくないという初めての気持ちだった。


城門をくぐると、さっきまでとは比べ物にならないフェスティバルのような大歓待が待ち受けていた。


町中の女が全部集まっているのかもしれないと思う程だ。


「ジンスケ様。バンザーイ!」


どこからともなく歓声があがると、バンザイの大合唱だ。


ノラの宿屋まではまるでパレードのような有様だった。


リフィアはアイリーンの肩を借りて、アイリーンの家まで連れられていった。


アイリーンが言った。


「とりあえず骨がくっつくまではここにいろ、毎日治療するから、その方が早い」


リフィアが素直に頷いた。


「何から何までありがとう」


アイリーンが微笑した。


「二人だけで過ごすのは子供のとき以来かもしれないな」


リフィアも頷いた。


仲の悪い姉妹ではない。


でも家の事情で色々とあったのだ、それぞれに自力で自分の道を切り開いてやってきた。


姉のことは頼りにもしていたし尊敬もしている。


でも確かに二人きりで過ごすのは久しぶりかもしれない。


アイリーンがニヤニヤ笑いながら言った。


「まあ旅の疲れもあるだろう、王都での話もゆっくり聞きたいところだけれど今日のところはゆっくり寝ろ」


「一階の私の部屋を使っていいぞ、私は二階で寝る」


リフィアが小さく頷いた。


「ありがとう」


アイリーンは目で答えると階段をあがっていった。


「おやすみ、まだ骨がくっついてないんだ、一人エッチはほどほどにしろよ」


リフィアが真っ赤な顔をして怒鳴り返した。


「ふざけるな、誰が姉の部屋でそんなことするか!」


アイリーンはおやすみを言って部屋に入っていった。


部屋に入るとアイリーンは溜息をついて呟いた。


「それは無理だよなあ、ジンスケ様の背中にべったりだもん……」


「羨ましすぎる……」


アイリーンはそう言った自分もついつい指が延びてしまうのを止められなかった。


甘い吐息の中で呟いていた。


「仕方がないよ、20人に一人しかいないんだ……」



いつもご愛読ありがとうございます。

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