73.襲撃
ジンスケとリフィアを乗せた馬車は順調にザカトへと走っていた。
マドリナが用意してくれた馬車は外観は普通の馬車なのだけれど座席はふかふかで乗り心地は最高だった。
御者も腕利きなのか、王都を離れ道が悪くなってきても、ほとんど揺れないのでジンスケもリフィアも居眠りをしてしまうほどだった。
途中、廃墟と化したバルナートの町の付近を通過したが、それ以外の町や村が新たに襲撃を受けたような様子は見当たらなかった。
魔物の出現もまったくなく、ジンスケたちの馬車は一度の襲撃も受けないまま辺境付近まで近づいていた。
長旅でジンスケもリフィアもさすがに疲れがたまって居眠りをしていた。
その時、いきなり天地がひっくり返った。
馬の悲鳴、車輪の軋む音。
馬車は横転して地面へと倒れていく。
その瞬間、ジンスケは馬車の扉を蹴り開けて空中へと飛び出していた。
轟音をあげて馬車がひっくり返っていた。
突然の事で、さすがのジンスケにもリフィアを救出する余裕もなかった。
リフィアはまだ馬車の中だ。 気を失っているのかもしれない。
けれども情況はそんなことを考えている余裕を与えてくれそうもなかった。
喉を切り裂かれた馬が昏倒している。
一撃で急所をやられたのかピクリともしていなかった。
御者も無残に血に染まって倒れていた。
一目見ただけで命がないことは明らかだった。
周囲には今までジンスケが見たことのない魔物が群れている。
真っ黒い豹のような魔物が20匹くらいだろうか。
ザコの魔物とは違う、明らかに狂暴そうな奴らだ。
黒豹のような体形をしているが全身が毛ではなく黒い棘で覆われている。
異形としか言いようのない気味の悪い姿だった。
こんな漆黒の魔物に木陰などの暗い場所から襲われたなら気づくのは難しい。
普通の者なら気づいたときにはやられているだろう。
魔物たちは素早く移動を繰り返しながら倒れた馬車の周囲を取り囲んでいる。
今にも一斉に飛び掛かってきそうな気配だ。
ジンスケは鬼丸をスラリと鞘から抜いた。
360度周囲を囲まれているので全方向に気を配らなければならない。
集中を切らさないようにしながらジンスケは鬼丸を中段に構えた。
魔物たちはすぐには襲ってこなかった。
どうやらジンスケのただならぬ気配を感じて警戒しているようにも思える。
俊敏な動きをする魔物がこれだけの数でいるだけでも脅威なのに知性も備えているとすると、なかなか面倒な相手だとジンスケは思った。
お互いの緊張感が頂点に達するまでに高まった刹那、ジンスケの真後ろの魔物が宙高く跳躍した。
ジンスケは気配でそれを察知して振り向く。
その瞬間に左右の魔物も一斉に跳躍する。
連携のとれた攻撃だ、一斉に飛び掛かってくる同時攻撃にジンスケは備えた。
複数で一斉に切りつけてくる敵に出会ったこともジンスケには少なくない経験だった。
そういう時にジンスケには用意の技がある。
円舞剣、一振りで360度を切り裂き振りぬく剛の剣だ。
5~6匹の魔物が空中から襲い掛かってくる、ジンスケはそれを迎撃して一振りで全てを切り裂くつもりだった。
ところが魔物はそのまま飛び降りてはこなかった。
空中で魔物が体をよじると、背中に無数に生えている黒い棘がジンスケ目掛けて飛んできたのだ。
四方から一斉に無数の黒い棘がジンスケに襲い掛かった。
ジンスケは瞬間の判断で左に跳躍した。
左側から攻撃してきた魔物と空中で交差する瞬間に袈裟斬りに鬼丸を振るった。
魔物は真っ二つに切り裂かれ、煙となって消滅した。
核はないようだが、死ぬと魔素に返るようだ。
ジンスケの元いた場所には地面に無数の棘が突き刺さっていた。
「飛び道具か。。。ちと厄介だな」
ジンスケは小さく呟いた。
剣術士にとっての天敵は鉄砲だ。
こちらの間合いの外から撃ってくる鉄砲は前世のジンスケにとっても厄介な相手だった。
それでも一対一ならジンスケには自信があった。
鉄砲は強力だが剣に比べれば精度が悪い武器だ。
照準をあわせなければ滅多には当たらない。
一発目さえ躱してしまえば動きながら照準を外して近づき切り捨てる。
それはジンスケにとってはそれほど難しいことではなかった。
問題は鉄砲をもつ複数の相手に取り囲まれた場合だ。
この場合はジンスケにとっても容易ならざることになる。
とにかく動き回り敵の照準を外しながら、一人ずつ順々に倒していくしかない。
棘を飛び道具とする魔物に取り囲まれて、ジンスケはそれとそっくりな状況に追い込まれていた。
また二匹の魔物がジンスケの後方から跳躍する。
それに続けて左からも魔物が跳躍するのが見えた。
どうやら今度は一斉攻撃から波状攻撃に切り替えたようだ。
後方からの魔物が飛ばした棘を避けて、ジンスケは左に跳んだ。
その着地点とおぼしき辺りに左から飛んだ魔物が棘を飛ばしてくる。
ジンスケは片足が地面につくと着地せずにそのまま地面を蹴って二段に跳んだ。
ジンスケが着地するはずだった場所の地面に無数の棘が突き刺さっている。
ジンスケは左腕の肘の上部に痛みを感じた。
一本の黒い棘が突き刺さっている。
それほど深く刺さっているわけではないのでジンスケはそれを引き抜いた。
棘の刺さっていたあたりの皮膚が紫色に変色していた。
「毒か……」
ジンスケが厳しい目をしながら呟いた。
魔物の名前はナイトストーカー、その黒い棘は猛毒だ。
普通の人間なら数秒のうちに死んでいる。
けれどもジンスケの治癒力は魔物の予想を超えていた。
ジンスケは過去に『無限の塔』というダンジョンでサラマンダーと戦ったことがある。
その時の経験でジンスケは自分の体の治癒力が異様なほど強いのに気づいたのだった。
エルフの大魔導士に魔力を体に巡らす方法を教わって以来、常時それを実行していることで治癒力が強化されているのかもしれない。
サラマンダーとの戦いでジンスケは背中にブレスを浴びて大火傷を負った。
戦っているときはアドレナリンがでまくっていたのか、それほど痛みを感じなかったのだが後からそれはやってきた。
背中が焼石でも背負っているかのように熱く、常時ビリビリとした痛みが襲ってくるのだ。
仰向けでは寝ていられないので、夜は顔を枕にうずめてうつ伏せで寝ていた。
それが、医者にかかったわけでもないのに3日目にはいつの間にか痛みが引いていた。
2週間ほどすると背中が引き攣れるような感覚がないほどに傷が浅くなり、ひと月がたつ頃には怪我などなかったように背中は元通りのきれいな肌に戻っていた。
前世では刀傷を負うと全快したあとでも傷跡は一生消えなかったものだ。
ジンスケは試しに自分の左腕の血管のない辺りに鬼丸で浅い傷をつけてみた。
傷は3日で跡形もなく消えていた。
その後もジンスケは自分の体で人体実験をいろいろと試してみたのだった。
その結果、ジンスケは治癒力が常識外れに強いばかりではなく、治癒力をコントロールできることにも気づいたのだった。
怪我をした部分に集中して魔力を巡らせると、何もしなかった時に比べて明らかに回復が早かった。
普通にしていれば全快に一週間かかる傷が3日ほどで直ってしまうのだ。
聖魔法使いのヒーリングのように瞬時に怪我を治してしまうようなことはできないが、ジンスケにとっては十分以上の能力だった。
さすがに試してみることはなかったが、もし腕を切り落としたとしても一か月もすれば元通りに生えてくるかもしれないとさえジンスケは思ったのだった。
ジンスケは左腕の紫色に変色した傷口に集中して魔力を巡らせた。
紫色に変色した皮膚や肉は毒のために壊死してしまっているようだが、毒はそれ以上広がってはいないようだ。
けれども状況が好転したとは言い難かった。
まだ魔物は一匹しか倒していないうえに傷を負ったのだ。
魔物は数の有利と飛び道具を活かして波状攻撃をかけ続けてくる、明らかに知的な連携攻撃だった。
ジンスケは覚悟を決めた。
こういう場合に一気に形勢を挽回しようとしても無駄だ、無理をすれば状況は悪くなるばかりだ。
一匹一匹、地道に倒していくしかない。
これだけの数の魔物だと倒しきるのにどれだけ時間がかかるのか想像もつかないが、それしか方法はないとジンスケは思った。
幸いなことは魔物は毒の棘攻撃に頼っている。
毒が致命傷にならないジンスケにとっては長期戦さえ覚悟してしまえば魔物が戦い方を変えてこないかぎりは致命傷を負うリスクは小さかった。
とにかく動き回り棘の攻撃をまともに浴びてしまわないこと。
いくら治癒力が高いといっても一度に何本もの毒棘をくらってしまってはただでは済まないだろう。
それだけに集中しながら隙を見て一番近い魔物に跳びつき一匹ずつ切り捨てていく。
どれだけ時間がたったのかジンスケには判らなかった。
日が高かったのが、すっかり傾いて夕焼けに空が染まっている。
魔物は残り三匹にまで減っていた。
知性があるようなので、ここまでくれば自分たちがジンスケに勝てないことは理解していそうなものだ。
けれどもナイトストーカーは逃げ出したりはしなかった。
最後の三匹になっても虎視眈々とジンスケの命を狙っている。
夕陽に三匹の影が跳躍する。
最後の一斉攻撃だ。
三方向から黒い棘が雨のように降ってくる。
跳躍してそれを躱したジンスケに三匹が一斉に牙を剥いて襲い掛かった。
棘を飛ばしての攻撃を囮にした最後の奇襲攻撃だった。
「円舞輪!」
最後までジンスケの集中力は切れていなかった。
ジンスケの周囲にきれいな真円の軌道を描いた一閃は、一太刀で三匹の魔物を同時に切り倒していた。
ジンスケは大きく息をついた。
身体のあちらこちらに紫色の傷がついている。
ワイトの瞬間移動以外ではナイトストーカーの動きは他のどの魔物よりも俊敏だった。
自分でも良く最後まで躱しきれたものだと思う。
ジンスケは倒れた馬車に近付いて中を覗き込んだ。
戦っている最中にも馬車の中の気配でリフィアが生きていることはわかっていた。
半壊して窓も座席も何もかもグシャグシャになった馬車の中でリフィアは気絶していた。
ジンスケは鬼丸を振って馬車の外壁を切り裂いた。
両脇に手を入れてリフィアの体を引きずり出す。
リフィアが薄く目を開けた。生きてはいるけれど重症のようだ。
左足がぐにゃりと変な方向に曲がっている。
どうやら完全に骨折しているようだった。
とりあえず休ませるしかない。
ジンスケは軽々と自分の2倍はありそうなリフィアの体を担ぎ上げて、近くの大木の根元へと運んだ。
リフィアを木に寄りかからせて水を飲ませた。
リフィアは少しだけ水を飲むと疲れたのか、そのまま眠りに落ちていった。
朝日が昇るまでジンスケはずっと夜通しリフィアの横についていた。
明るい日差しにリフィアは目を覚ますと顔を歪めた。
完全に意識が戻ると同時に骨折の激痛が襲ってきたのだろう。
馬車は壊れてしまった。
リフィアは足を骨折してしまい歩けない。
治療をしなければ杖をついたとしても歩ける状態ではなかった。
だからといってこのままじっとしていれば、いつまたあの魔物が現れるかわからなかった。
仕方がないのでジンスケはリフィアを担いでザカトまで行くことにした。
まだザカトまで2日ほどはかかりそうだが、それ以外に方法はない。
『置いていってください』というリフィアの言葉を無視してジンスケはリフィアを担ぎ上げた。
おんぶの体制だ。
ジンスケの2倍はあるだろうリフィアをおんぶするとジンスケの体はほとんど見えないくらいだ。
但し重さは問題ない。
魔力を巡らせて体力強化していればこの10倍の重さでも難なく運べるだろう。
リフィアの胸が背中にポニョンポニョンとあたるのが気になるが、リフィアはまったく気にしていないようなのでジンスケも気にしないことにした。
前世とでは女性の羞恥心にはかなり違いがあるようだと今更ながらに思う。
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