64.交通の封鎖。
騎士団長のネティルの前に15名の騎士団員が地面にひれ伏していた。
ネティルが静かに、それでいて怒気を含んだ声で訊いた。
「上長の命令もなく独断で、しかも宮中で隊を動かし、その上に王家の客人に対して剣を向けるとは一体どういうことなのか説明してもらおう」
15名の先頭に座っているソフィアが頭を伏せたまま答えた。
「すべて私の独断でしたことです、部下は上長である私の命令に従っただけのこと」
「責任はすべてこの私、ソフィア一人にあります。どうか部下たちには寛大なご処置を……」
ネティルの顔が歪んだ。
「そんなことは聞いていない!、なぜこんな事をやらかしたのかと聞いている」
ソフィアはそれを聞いても黙って下を向いたままだった。
ネティルは溜息をついた。
「レイラ姫のことか? 侮辱されたと思ったのだな。それにしても早計なことをしでかしてくれたものだ。お前らしくもない」
ネティルはソフイアのことを高く評価していたのだ。
剣の腕も、判断力の面でも有望な隊長の一人だと思っていたのだった。
ソフィアがレイラ姫に心酔していることは知っていたが、まさかこんなに我を忘れるほどまでだというのは誤算だった。
ソフィアは黙って下を向いたままだった。
申し開きをして許されるような事態ではないことを知っているのだ。
ただ黙って処断されることを受け入れようとしているのだろう。
なんとかしてやりたいが、こればかりはどうにもならない。
いまごろは魔法師団のほうでもカリーネが裁きを受けていることだろう。
副師団長であっても魔法師団からの追放は避けられないと思われた。
ネティルはチラリと残念そうな顔をしたが、すぐに表情を取り繕って言った。
「ソフィアには退団してもらう。残りの者は当分の間、職務停止の上で第2分隊のカルー分隊長の元で一か月間の鍛錬を命ずる」
それを聞いてソフィアをはじめ15人の騎士は座ったまま頭を下げた。
ネティルがマドリナのところに戻ると国防長官のセラ・イリディア・マルヴェインも一緒だった。
マドリナがネティルに訊いた。
「処分はどうした?」
「ソフィアは退団。あとの者は一か月の謹慎だ」
「まあ、そんなところだろうな」
「カリーネも退団だ。それに除爵になるかもしれん」
ネティルが驚いて聞き返した。
「まさか、そこまで厳しい処分に?」
マドリナが苦々しい顔で頷いた。
「あのバカが宮中で昏睡香を焚いたんだ」
「あの『男』は魔性だ。普段は冷静沈着な者さえも、みんなおかしくなる……」
国防長官のセラが話題を変えるように言った。
「全国の川港には通告を出しました、子供のような体形の者と冒険者風の女の二人組がいたら船には乗せないで通報するように命じています」
マドリナが言った。
「緑髪の女だ。そんな不十分な情報で大丈夫なのか?」
セラは怒った顔もせず頷いた。
「こういう時は不十分なくらいの情報のほうがいいのです、緑髪の女……のように詳しい通達をした場合に、変装をされると見逃しやすくなります」
「不十分なくらいの通達のほうが怪しい者はすべて通報されることになるのです」
確かにその通りかもしれないとマドリナとネティルも思った。
セラは若いけれどぬかりのない女だと二人は改めて思った。
「それよりも、通達をしている際に不審な情報がはいりました」
セラは二人を見て真剣な顔で言った。
「辺境から王都への中継地点にあたるバルナートの町が魔物に襲われて壊滅したとのことです」
マドリナが目を剥いた。
「不審どころか大変な情報じゃないか、本当なのか? 辺境ならともかくバルナートあたりが魔物に襲われるというのは信じ難いが……」
セラが渋い顔をして続けた。
「それが、バルナートの町が壊滅したのは一週間も前の出来事らしいのです」
ネティルも驚いて大声をあげた。
「そんなバカな話があるか? 何も聞いていないぞ。 王都にも近いバルナートが魔物に襲われて壊滅したのに騎士団長である私になんの報告も入っていないとはどういうことだ」
セラは仕方なしに答えた。
「それが魔物は物凄い大軍で、どこからともなく現れて町の者は全員が町を放棄して辺境方面に散り散りになって逃げたために報告が遅れたようです」
ネティルは憤慨して叫んだ。
「それでも一週間とは報告が遅いにもほどがある。それで町はまだ魔物に占拠されたままなのか?」
「いえ、町の者がすべて逃げ出した後に魔物はすべて討伐されたとのことです」
「それで、町の者たちはてっきり騎士団が派遣されて魔物が討伐されたのだと思い込んでいて、報告は不要と考えていたとのこと」
マドリナが思案顔で訊いた。
「それで魔物が討伐された後の様子はどんなだったか報告は入っているのか?」
セラは頷いた。
「山のような数の魔物の死体。多くは引き裂かれたかのように真っ二つ」
「切り刻まれた魔物の死骸が至る所に散らばっていて、まるで地獄絵図のようだったとのことです」
「その他には雷魔法による電撃を受けたような死骸、火魔法による攻撃のような痕跡。大体そんなところでしょうか」
マドリナが目をつむって呟いた。
「あの『男』だな。魔物を真っ二つに切り裂ける者などあいつの他にはおるまい。あの緑髪の従者は火魔法を使うとダリルが言っていた」
「問題は雷魔法だな。あの緑髪の者のほかにもあの男に加担する者がいるということか」
「魔物は大軍と聞いたが実際にはどのくらいの数だったのだろう?」
セラが訝し気に口を開いた。
「間違いではないかという気もしますが……報告では100はくだらない数とのことです」
ネティルが溜息をついた。
「100を越える数の魔物をたった3人で倒したというのか……本当なら馬鹿げた強さだな」
「…騎士が25人くらいでは手加減されるわけだ」
マドリナも頷いた。
「雷激魔法のような希少属性の魔法を使う魔導士というのも気になるな。」
「あの『男』一人でも手に負えないというのに……」
「兎に角、なんとしても早急に見つけ出して謝罪して和解するしかないだろう」
国防長官のセラはずっと何事か思案していたが、顔をあげて二人に言った。
「こちらが和解したいと思っていることは『男』の方ではわかっていないでしょう」
「報告では王宮外壁に大きな四角い穴が開けられていて、そこから逃げたらしいとのことです」
「逃げ方まで規格外ですね」
「そうは言っても身の危険を感じていなければ、そんな逃げ方はしないでしょう」
「相手の立場で考えると国外脱出を試みる公算が大だと思います」
マドリナが歯ぎしりをした。
「考えられる中でも最悪の展開だな。我々と敵対的な関係のまま国外に出られることは何としても阻止しないと……」
セラも頷いた。
「王都付近の川港にはすべて通告を出しましたが、相手もそれは想定しているでしょうね」
「バルナートでそんな大事件を起こしておいて、そのことについては何一つ触れずに顔色ひとつ変えず舞踏会に出てくるような奴です」
「戦闘力だけではなく頭も回る奴だと考えたほうがいい」
ネティルがセラを覗き込んで訊いた。
「それでは陸路か?」
セラは頷いた。
「おそらく陸路でしょう、裏街道まで含めると全部を抑えることは不可能だとわかっている筈です」
マドリナが思案顔で言った。
「それなら辺境から国境あたりの山岳地帯を越えてインフルアか。山岳地帯の街道は数が限られているから先回りしてそこで待ち伏せするか?」
セラは頷いた。
「そうですね山岳地帯からインフルアへの道は封鎖しましょう」
「ですが本命は……陸路と見せて、わざわざ辺境あたりまで移動してからの川からの北上ではないかと思います」
「インフルアに行くとしても、あの『男』の行動パターンからすると、繫栄している東側の都市よりも、西側の地方都市を目指す可能性のほうがが高いのではないかと思います」
「グランネールに来たがらなかったようにインフルアでも王都には近づきたがらないのではないかと推測します」
「それなら東のイーブル川よりも西のウエール川を使う筈です」
マドリナもそれには賛成のようだった。
「なるほど、一理ある推定だな。それでは辺境あたりのウエール川港で取り押さえるか」
セラは首を振った。
「もしそこで今回と同じように逃げられてしまったら国外脱出は確定的になってしまいます」
「辺境辺りの川港なら数は限られます、いっそのこと『男』が現れたなら希望通りに船に乗せてしまいましょう」
マドリナが眉を寄せた。
「それはどういうことだ」
セラは冷たく笑って言った。
「船の操舵ができる者をあらかじめ送り込んで、実際の船長と入れ替えておきます」
「あとは船が出港したならインフルアではなくてグランネールへ向けて一直線。」
「いくら化け物のような男といってもウエール川は大河です、水の上を歩いて逃げるわけにはいかないでしょう」
ネティルが笑った。
「それはいい、慌てる顔が見たいものだ。」
「然しそのまま陸路でインフルアに向かう線も十分にありえるからな、備えは万全にしよう」
セラも小さく頷いた。
「事が事ですから全ての可能性を排除しないで対応しましょう」
「ですが個人的には辺境のウエール川港に現れる…に金貨100枚賭けてもよい気がしています」
マドリナがセラの目を感謝の眼差しで見た。
「セラ、君が指揮をとってくれて、やっとあの男を見つけられる気がしてきたよ、ありがとう」
セラはそれに目で答えながら言った。
「ところでレイラ姫はどうされていますか? 怒っておられるか、悲しんでおられるか……」
マドリナは微笑した。
「まったく気にしていなかったな。ありえないような侮辱を受けた後とは思えないほど全然平気な顔をしていたぞ」
「『私はジンスケ様を普通の男のように下には見ておりません、対等の関係であれば断られることもあるでしょう』……だそうだ。」
セラは目を細めた。
「さすがですね。」
「『男』のことは大事件ですが、王室に類まれな逸材がいますので我が国の将来は明るいようですね」
マドリナが満足そうに頷いてセラを見た。
「それに重臣にも若くて賢い逸材がいるしな」
その間にもネティルは騎士団に次々と指示を出し始めているのだった。
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