63.逃避行
ジンスケはリゼリア王女を見て答えた。
「貴方はたしか……フォルティアのリゼリア王女殿下ではありませんか、舞踏会でお見掛けしました」
リゼリアは笑顔で言った。
「しらばっくれてもダメですよ、リフィアさんと一緒にいたのでは頭巾をしていてもいなくても、あの時に一緒に戦ったのはジンスケ様だとバレバレです」
「それにしても驚きです、まさか男性だったとは……、それにプロスペリタの王族と所縁のある方なのですね、舞踏会で再会するとは思いもよりませんでした」
何か言おうとするジンスケを制してリフィアが横から答えた。
「リゼリア殿下こそ、こんなところに馬車を停めて何をされていたのですか? よく我々がここに現れるとわかりましたね?」
猜疑心を隠さないリフィアの様子を見てもリゼリアは笑顔のままだった。
「嫌だなあ、こんなところに壁から人間が出てくるなんて誰にも判りませんよ、偶然に決まっているじゃないですか」
「帰ろうと思って馬車を走らせていたら、いきなり前方で壁が崩れるのが見えたので驚いて馬車を停めて見ていたんです」
「それにしても戦い方も変わっていましたが、退出のされ方も随分と変わったされ方をするのですねジンスケ様は」
ジンスケはそれを聞いて渋い顔をして答えた。
「少し行き違いがありまして、すぐには帰していただけないようだったのですが、拙者としてはすぐにも退出いたしたかったのでこのような形に……」
リフィアが横から口を挟んだ。
「リゼリア王女。大変失礼かとは思いますが我々は急いでいますので、お話はまたの機会ということで失礼させていただきます」
ジンスケも小さく頷いて、その場を後にしようとした。
リゼリアはその様子を見て微笑みながら言った。
「いいのですか? そのご様子では追いかけてこられてしまうようにお見受けしますが……」
「グランネールの市街も街道もすぐに検問が設けられてしまうかと……」
確かに王宮の近衛騎士や魔導士に危害を加えたうえに王命に逆らって外壁に穴まであけて逃走したとなるとただては済まないかもしれないことはジンスケにもリフィアにも判った。
そうだとしても今はとにかく少しでも遠くに逃げるしかない。
二人が逡巡しているところにリゼリアが自分の馬車を指さして言った。
「私ならお力になれるかもしれませんよ。」
「プロスペリタは強国です、事情は分かりませんが王族を敵に回されたようであれば国内に居場所はなくなってしまう公算が高いのではないですか?」
「この馬車には後部座席に隠し部屋がついています、狭いですが隠れて王都を出る間くらいは我慢がしていただけるのではないかと思いますが……」
ジンスケは真っすぐにリゼリアを見た。
「拙者どもが逃げるのにご助力をいただけるということですか?」
「はい、そう言っています」
リフィアはそれには反対のようだった。
「それでは王女殿下のお立場が拙くなるのではないですか? 下手をするとプロスペリタとフォルティアの国際問題にもなりかねません」
「ジンスケ様、これ以上そんなことに巻き込まれるのはジンスケ様も本意ではないと思うのですが?」
ジンスケもリフィアと同じことを考えていた。
けれどもリゼリアの言う事にも一理ある。
もし王室が今回の件を快く思っていないのであれば……否、間違いなく快く思っていないだろう。
なにしろ王女の申し出を拒否したうえに近衛騎士と魔導士を大勢痛い目にあわせて逃走しているのだ。
快くなど思うわけもない。
それどころか、既に『逆賊』として指名手配されていてもおかしくはないのだ。
なんとかザカトまで戻ったとしてもノラや町の人たちにまで迷惑がかかることは必定に思われた。
ザカトの町は出るしかないな。 ジンスケはそう思った。
今では我が家とも思えるノラの宿屋、第二の故郷ともいえるザカトを出ると考えると心が痛んだ。
もしかすると、ノラや町の人たちとはもう二度と会えないのかもしれない。
こんなことならば、塩などさっさと諦めて、王都になど來るのではなかった。
でもザカトで大人しくしていたとしても、マドリナやネティルはきっと何かを仕掛けてきていただろうとも思う。
男が20人に1人しかいないというこの世界では自分が平穏に暮らしていくということ自体が簡単にはいかないことなのだと、やっとジンスケも理解したのだった。
しばらく黙って何事か考えていたジンスケが目をあげてリゼリアを見た。
「リゼリア殿下、ひとつお聞きしたいことがあるのですが…」
「なんでしょう?」
「貴国には……フォルティアには『海』はあるのでしょうか?」
リゼリアは突然の思いがけない質問に少し驚いたようだった。
「海?……ですか? ありますよ国土の西側はすべて海岸線です」
ジンスケは小さく頷いた。
「拙者がこの後、プロスペリタを離れてフォルティアに行きたいとして、受け入れていただくことは可能でしょうか?」
リゼリアの表情が劇的に変わった。
「可能か?ですって。勿論です。 王族・貴族・全国民を挙げて歓迎いたしますとも」
リフィアも突然のジンスケの言葉に驚いていた。
「でも、それではプロスペリタとの関係に支障があるのではないですか?」
リゼリアは頷きながら言った。
「それはそうでしょうね、でもそんな事は問題になりません。もともと国交もありませんし関係は希薄なのです」
「その為に私が今回、特使として来たくらいですから」
「ソレーヌ女王の反応も素っ気ありませんでしたしね」
「皇帝陛下に確認するまでもなくフォルティアとしてジンスケ様を歓迎することは王女である私が保証いたしますよ」
ジンスケは小さく頷いた。
「それほどまでにして何故、拙者をそれほど歓迎いただけるのでしょう?」
リゼリアはとても率直にそれに答えた。
「それはジンスケ様がこの世に二人といないほどにお美しいからですよ」
「どうせ子種を得るなら、少しでも美しい男と睦みたいと考えるのは、この世界に生まれた女の性というものです」
「それにジンスケ様はお強い。戦える『男』など世界中どこを見回したっていませんよ」
「フォルティアの為に戦ってほしいとまでは言いませんが、その子種を得たいと思うのは当然でしょう」
ジンスケは大きく溜息をついた。
「それでは拙者が貴国へ参った場合、王族や高貴な方々に関係を求められることになるでしょうか?」
「そうですね、それは間違いなくそうなると思います、私もぜひお願いしたいです」
ジンスケは小さく首を傾げて言った。
「それを拙者がお断りした場合にはフォルティアには拙者は受け入れていただけないことになりますか?」
リゼリアはキョトンとした顔をした。
「断る? 何故ですか? もちろんジンスケ様がお求めになるだけの対価はそれがどんなに高額でもきちんとお支払いしますよ」
ジンスケはうんざりだった、この会話はもう今迄にどれだけしたかわからない。
「拙者は自分が寝る相手は自分で選ぶのです。それは金の多寡では決まりません」
リゼリアは今度はギョッとした顔をする。マドリナたちの反応と同じ顔だ。
それから、しばし思案してからリゼリアが訊いてきた。
「もしかして、それが王宮からお逃げになって来られた理由なのでしょうか?」
ジンスケは黙って頷いた。
リゼリアは呟くように小さな声で訊いた。
「誰のお申し出をお断りになられたのですか?」
「第二王女のレイラ姫です」
リゼリアの目が大きく見開かれた。
レイラ姫と言えば才色兼備、人格も含めてその優秀さは他国にも名の知れた存在だ。
プロスペリタの経済力であれは対価もどんなに高額であっても問題にしないだろう。
なぜ断るのだ? まったく理解ができない。
「理由をうかがってもよろしいでしょうか? ジンスケ様」
ジンスケは端的に答えた。
「その話はしたくありません、してもご理解いただけないでしょうし」
「プロスペリタでも誰にもご理解いただけませんでしたから」
「拙者がフォルティアに招かれたとして誰からのお申し出も受け入れないかもしれません。それでもフォルティアは拙者を迎え入れてくれますか?」
今度はリゼリアが考え込む番だった。
しばらくしてからリゼリアは顔をあげてジンスケを見た。
「そうだとしても……我がフォルティアはジンスケ様を歓迎すると約束しましょう」
「我がフォルティアは武力の国柄です。ジンスケ様の剣の技を教えていただけるだけでも千金の価値があります」
「拙者は剣の修行のお手伝いをするつもりはありません」
リゼリアはそれを聞いて眉をひそめた。
「それではジンスケ様はフォルティアに来て、何をされるおつもりなのですか?」
「何をするつもりもありません、ただ平穏に静かに暮らしたいだけです」
リゼリアは唖然としているようだった。
「魔剣を操られ、あの様に誰よりも強い、そして誰よりも美しい。そんな方がただ平穏に暮らされたい?」
「そうです、それが拙者の一番の望みです」
リゼリアにはジンスケの考えはまったく理解できなかった。
男として生まれたのに子種をわけようと思わないのは何故なのだろう?
あれだけの剣技、修得するにはどれだけの修行が必要か? それなのに誰にもそれを伝えようとは思わない。
理解はできないが、ひとつだけ判ることもあった。
もしかするとジンスケからフォルティアは何一つ得ることができないのかもしれない、プロスペリタがそうであったように。
でも、例えそうだとしてもジンスケはフォルティアに置きたい、プロスペリタでも他のどの国でもなくフォルティアにだ。
例え何一つ与えてもらえないとしても、それでも側にいて欲しい、ジンスケはそういう存在だった。
リゼリアはひとつ溜息をついてから言った。
「ジンスケ様のご要望はわかりました。それでもフォルティアはジンスケ様を受け入れましょう」
「皇帝陛下のお考えもあるでしょうから、私の立場でジンスケ様にフォルティアが何の申し入れもしないということはお約束できません」
「でもジンスケ様のご意志に沿わない場合はジンスケ様がフオルティアから去るであろうことも伝えます」
「王宮の壁を刳り貫いて脱出する方ですからね、そうなったらきっと脱出は防げないのでしょう?」
「そういう条件で如何ですか?」
ジンスケはすぐに頷いた。
「それで結構です、ですが申し訳ありませんが、もう一つだけ拙者の希望をきいていただきたい」
リゼリアは何か難しい要求が来そうだと身構えた。
「何でしょう?」
「海岸線のどこかを拙者に使わせて欲しいのです、そうですね広さは小屋が4~5軒ほど建つくらいで良いのですが」
リゼリアは少し困ったような顔をしてそれに答えた。
「構いませんよ、海岸線の土地はまったく使っていませんから」
「ですが、それには理由があります」
「海岸線はすべて広大な砂地で、サンドワームが出るのです」
「サンドワームは四大精霊のひとつとも言われる強力な魔物でアンタッチャブルです」
「特徴として常に砂嵐を纏っているので出会っただけですべてが砂に埋もれて、生物はすべて息絶えてしまいます」
「なので何をご希望なのかはわかりませんが、海岸線で何かをするのは不可能ですよ」
「これは我が国だけではなく隣国のアルボラ強国の東側の海岸線も同じです」
ジンスケは以前から他国になら海があって塩を作ることもできるのではないかと考えていた。
でもどうやら、それも簡単なことではないようだった。
然し、プロスペリタにはいられそうもないことだけは確かなように思えた。
国外に逃げると言っても、今のところツテは目のまえにいるリゼリア王女しかない。
ままよ、もうエテルカイトはいないのだしダンジョンから塩を調達するのは不可能だろう。
後はフォルティアに行ってみてからのことだ。
ジンスケは覚悟を決めた。
「リゼリア殿下、それで結構です。是非フォルティアへ拙者どもをお連れ下され」
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