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103.レンジーブルー

店主はお盆に小ぶりな椀を2つ乗せ、まずはアイリーンの前に差し出した。


「まず一口どうぞ。これがギンシャー本来の味だ」


アイリーンは躊躇いながら匙を取った。見た目は確かに茹でた小さな虫のようだ。口に入れると……。


「…………」


彼女は眉を寄せた。確かに仄かな甘みはあるものの、これまで食べた料理のようなインパクトがない。


「なんだか……味が薄い……というか、ほとんど味がしません」


店主は頷いた。


「そう。慣れないうちは、これだけでは単独の料理としては弱いかもしれない。」


「それじゃあ、次は一角ウサギステーキを一切れのせて一緒に食べてみてごらん」


アイリーンは怪訝な顔をしながら言われた通りに肉とギンシャーを一緒に口に運ぶ。


もぐもぐと食べながら頷いた。


「なるほど。肉と一緒に食べると少し甘みが引き立つような、肉の味も絡まってお互いに引き立てあっているような気もしますね」


そう言いながらも、たいして感心しているようにも見えない。


そんなアイリーンの様子を見ても店主は怒った素振りもなかった。


「まあギンシャーの美味さは何度も食べるうちに判ってくるものだからね」


「では、そちらのお嬢さんにもあげよう」


そう言って、ジンスケにも椀を差し出した。


しかし、ジンスケには見なくても椀の中身がはっきりとわかっていた。


忘れようにも忘れられない、この匂い。


ジンスケは深呼吸した。


椀の中を覗き込むと、ほのかに黄色みを帯びた、白い米一粒一粒が瑞々しい光沢を放ち、湯気越しにジンスケを見つめているような気がした。


匙を持ち上げた指がわずかに震える。


(めし)だ」


「しかも銀舎利…なんと贅沢な……こんな場所でまさか飯に巡りあえるとは…」


一口噛んだ瞬間、口のなかに懐かしく芳醇な甘みが広がる。


自分でも知らないうちにジンスケの瞳が潤んでいた。


この世界に来てから長い時間がたち、最近は前世のことや故郷のことをすっかり忘れていた気がする。


それが懐かしい米の味によっていきなり呼び覚まされたようだった。


「美味い」


本当に美味いと思った。


ジンスケが前世で食べる米といえば大抵は玄米で、精米された銀舎利などはよっぽど良い宿にでも泊まるか高級な料理茶屋にでも行かなければ滅多に口にはいらなかった。


ましてや晩年は山で修行をしていたので(あわ)(ひえ)といった雑穀ばかり食べていて、そもそも「米」とは随分とお見限りだったのだ。


それが思いもしないこんな場所で艶々の銀舎利を口にしているとは…


ジンスケの様子を見て店主が頷いた。


「どうやら、そちらのお嬢さんは違う感想のようだね」


アイリーンはジンスケを見て驚いていた。


ジンスケが涙を浮かべるのを初めて見た気がする。


端正な顔立ちに潤んだ瞳を見ていると胸の鼓動がドキドキと速まってくるような気がする。


店主は微笑を浮かべて言った。


「それじゃあ、さっき教えたように魔物肉とも一緒に食べてみるといい」


でもジンスケは店主を見て言った。


「ありがとうございます。ですが先ほどの店で土産にいただいてきたクロンビーの白焼きがあるのです」


「拙者はこれと一緒に食してみたいのですが、失礼にはなるまいか?」


白米とウナギはジンスケの生まれ故郷、出羽の国、楯山の故郷の味だった。 


白米はできれば魔物の肉ではなくて故郷と同じ食材のおかずで食べたかったのだ。


店主はにっこりと笑った。


「もちろん構わないよ。…というか、お嬢ちゃん、わかってるねえ! ギンシャーとクロンビーは最高の組み合わせだ」


「トゥンカッテも悪くないが、なんといってもクロンビーギンシャーだね、さあ食べた食べた」


店主が言うよりも早くジンスケは椀にかじりついてウナギご飯をかっこんでいた、匙が止まらない。


もっと大事に食べたいという意識はあるものの手が止まらず、あっという間にたいらげてしまった。


ジンスケほどの感動はないアイリーンはそんな様子を不思議そうに眺めていた。


店主は嬉しそうに言った。


「どうやら気に入ってもらえたようだね」


ジンスケは椀から顔をあげるとハッとして店主を見て言った。


「この『米』はどこで? インフルアではよくとれる作物なのですか?」


店主は困ったような顔をして言った。


「ううん残念だけれどギンシャーはインフルアの作物ではないんだ」


「レンジーブルー様が北の国や魔物地帯まで旅をして、随分と探して野生しているのを見つけて持ち帰ったんだ」


「その種をある農家に預けて、そこで生産してもらっている」


「インフルアで手に入るのはその農場だけだし、小さな農場なので生産量も少ないんだ」


「まあ、そうは言ってもギンシャーなんて食べるのは世界中探しても、この横丁にいる5人だけだからね、生産量なんて少なくても余るくらいのものだよ」


「それでもその農家の主人はレンジーブルー様に何か恩があるらしくて、レンジーブルー様がレイネールから去った後もずっと作り続けてくれているんだ」


ジンスケは頷いて、さらに質問を続けた。


「なるほど、この世界ではまだ『米』は発見さえもされていないのに近いのですね」


「それにしてもご主人、このギンシャーは取れたままではなくて精米されていますよね、いったいどうやって?」


今度は店主のほうが驚いた顔をした。


「へえ~、良くそんなことが判るねお嬢ちゃん」


「そうなんだよ、このギンシャーは畑から取れたまんまじゃないんだ」


「レンジーブルー様がその農家の主人にやり方を伝授して精米されている」


「細いひだひだのついた石臼にギンシャーを入れて、杵でゆっくりと擦り付けるようにして搔きまわして、そうすると段々と余計なものがとれて真ん中の白い部分だげが残る」


「かなり面倒な作業だけれど、これをやると全然味や食感が違ってくるんだよねえ」


それを聞いてジンスケは大きく頷いた。


ずっと薄々と考えていたことだが、今はっきりとレンジーブルーのことが判ってきた気がする。


わざわざ北の国を旅してまで野に生えている自生の稲を見つけるというのは元から『米』を知っていたのでなければありえないことだ。


ましてや食に対して鈍感なこの世界の人間では絶対にありえない。


レンジーブルーは落世人、ジンスケと同じく日本から転生してきた人物に違いないと思った。


しかも今まで話に聞いた「昔いた落世人」ではない、今も生きている現存する人物なのだ。


なんとしても会いたい。


ジンスケはそう思った。


ジンスケは真剣な眼差しで店主を見つめると言った。


「レンジーブルー殿はレイネールを出られたとお聞きしましたが、今はどこにお住まいになられているのでしょう?」


店主はあまりにも真剣なジンスケの様子を見て気の毒そうに答えた。


「う~ん、それが良くわからないんだよね」


「なんでも、ここでは手に入らない食材がある所に行くとか言っていたけど、本人にも出かける時にはまだどこへ行けばいいのか判っていないような感じだったから」


「何にしてもフォルティアへ向かったことだけは確かなようだけど」


ジンスケは残念そうに言った。


「そうですか、ところでレンジーブルー殿はどの様な方だったのでしょう? 外見とか特徴とか…」


店主は笑顔で答える。


「特徴って言ったって、まあねエルフだから……銀髪にあとは抜けるように白い肌、そんなとこかねえ」


「ああ、そうそう。エルフの中でもひときわ小柄だったね。喋らなければ子供に見えるくらい小柄だったよ」


「あとは…喋り方が変と言うか、どこの国の言葉でもないような喋り方をしていたかな」


「そういえば、お嬢ちゃんも変な喋り方してるよねえ、お嬢ちゃんのとはまた違ってたような気がするけど、とにかく変わった喋り方をしていたよ」


ジンスケにとっては十分な情報だった。


それでなくてもエルフは目立つのだ、大抵は大魔導士なので注目されるということもある。


それに特別に小柄だという特徴があわされば、フォルティアに行って人に聞いて回ればきっと何か手がかりが掴めそうな気がした。


他にも何か手がかりになりそうな物はあるかとジンスケは訊いてみた。


「他にレンジーブルー殿を探すのに手がかりになりそうな事はありませんか? 例えばお住まいはどこに住まわれていたのでしょう?」


店主は首を捻りながら答えた。


「手がかりと言われてもねえ、出ていったのは10年以上前だし…」


「住んでたところって言われても、決まった家とかはなくてあっちこっち泊り歩いているみたいな感じだったからなあ、旅に出ていることも多かったし」


「そうそう、この先ちょっと行ったところを倉庫みたいな感じにして使ってはいたな。今は空き家になっていて中もなんにも残っていないけど」


どうやらこれ以上の情報はもう出てきそうもなかった。


ジンスケたちは前に回った4軒にも戻ってみて店主たちに聞いてみたが、やはりそれ以上の情報は何も得られなかった。


アイリーンがジンスケを見て言った。


「どうやら、どうしてもそのレンジーブルーという人にお会いになられたいようですね」


ジンスケは頷いた。


「ええ、もしかすると拙者がいたのと同じ世界からやって来られた人なのかもしれないのです」


アイリーンは目を丸くした。


「えっ! ジンスケ様と同じ落世人といとうことですか? ……でも、エルフですよ。」


「エルフの落世人というのはさすがに聞いたこともありません」


ジンスケもそれは不可解に思ったことだった。


「確かに。しかし、必ず何か拙者のいた世界と関りがあるはずです、もしかすると本人ではなくて落世人と何か深い関係にある方なのかもしれません」


「あの飯が毎日食えると思うと、ここに住んでみたくにる気持ちも小さくないのですが、その前にどうしてもレンジーブルー殿にはお会いしたいと思っています」


アイリーンは頷いた。


「そうですか、それでは今度はフォルティアですね。」


「その前に一応、レンジーブルーが倉庫に使っていたという空き家に行ってみますか? 中は空だと言っていましたが」


ジンスケも頷いた。


「拙者もそう思っていたところです、見るだけでも見ておきましょう」



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