第33話 日中の業務
私とイルディンは、一緒の布団で朝を迎えて、一日を始めていた。
朝食を終えてから、私はイルディンの執務室に来ていた。ここは、イルディンがお父様から任されている業務を行うための部屋である。
「姉さん、本当にいいの?」
「ええ、問題ないわ。私も、今は特にやることもないもの」
私は、ラガンデ家の業務を手伝うためにここに来ていた。
今の私には、特にやることもない。そのため、少しでもラガンデ家の役に立てるように、業務に参加することに決めたのである。
「婚約破棄や事件のことで、色々と大変なんだから、休んでいてもいいのに……」
「そうやって休んでいると、嫌なことを思い出す可能性があるわ。何かやっている方が、そっちに意識が向いていいと思わない?」
「そうかもしれないけど、あまり無理をされたら困るから……」
「大丈夫、そこまで根を詰めるつもりはないわ。そもそも、お父様から預かっている仕事は、そんなにないもの」
イルディンは、私が業務に参加することを心配していた。
心配性な弟は、私が無理をしないかと常に気を張っているようだ。
しかし、私は別に無理をしたい訳ではない。ただ、仕事をすることで、嫌なことを忘れたいだけなのだ。
お父様から与えられた仕事は、少量である。私は、それをゆっくりとこなすだけだ。つまり、無理をするようなことは何もないのである。
「まあ、それならいいけど……」
「ええ、納得してくれて嬉しいわ」
イルディンは、私の言葉に納得してくれた。
賢い弟は、私の気持ちを推し量れないような人間ではない。業務をすることで気が紛れるという気持ちを、わかっているのだろう。
もしかしたら、実体験を踏まえているのかもしれない。イルディンは私の婚約破棄の話が進んでいる最中、かなり眠れない程心配していた。だが、その時業務に支障が出たという話は聞いていない。恐らく、業務の時だけは色々な心配を忘れられたのではないだろうか。
「でも、姉さんに業務が割り当てられたからか、僕の業務が少し減っている気がするんだよね。それは、少し気掛かりかな……」
「あら? そうなの? でも、いいことじゃない。仕事が減ったのだから、喜ぶべきことよ」
「いや、それを姉さんに負担させているみたいで……」
「またそういう考え方をする。私は業務で色々と忘れられて、あなたは仕事が減る。どちらもいいことなのだから、喜ぶべきことよ」
イルディンは、自身の業務が自分に割り当てられたことを申し訳なく思っていた。
だが、そういう考え方をされるととても困る。今回、私は自分のために業務をしようとしている。それで、弟が申し訳なさを感じるなど、おかしな話だ。
「でも、僕は……」
「イルディン、あなたはまた間違った考え方をしているわ」
「え?」
そもそも、業務が減ることは、本来喜ぶべきことだ。それを喜べない精神状態は、あまりいいものとはいえないだろう。
なんというか、私よりこの弟の方が無理をしてそうである。人の心配をするのもいいが、まずは自分の心配をするべきなのではないだろうか。
ここは、また姉として色々と言わなければならないようだ。




