0273 今度会ったら飲みに行こうぜ、とっておきのスケベなジョークを聞かせてやるよ
俺の口から血反吐が飛ぶのがスローモーションのように見える……この量はちょっとヤバそうだな。
さっきから自分にしゅくふくを掛ける時間が全くない。
「ウサジ……!」
おはらいの効果がまた途切れているので、ノエラが俺に組みつき、勇者の剣を奪い返そうとして来る。ほんとごめん、お前が神々から預かった剣なのにな。俺はただ単に、剣をしっかり握ったままノエラを突き飛ばす……
―― ドォン!
続いての衝撃は地面との衝突だ、俺は剣を握ったまま、アスタロウは拳を振りぬいたまま、俺達はもつれあって地面に叩きつけられ、転がる。
「……やめて!」
突き飛ばされたノエラの声が戻って来る、だけど俺の気は遠のいて行く……駄目だ駄目だ戻れ俺、やり遂げろ……剣を……引き抜けッ……!
「グワァァァッ!?」
次の瞬間、アスタロウの身体じゅうから蒸気のように黒煙が吹き出す!? 何だ、一体何が起きた、俺は何をした?
引き抜いたのか、勇者の剣を……いかん、意識が飛ぶ……剣は、剣……
両刃の直刀の勇者の剣は、アスタロウの身体から引き抜かれていた。その切っ先にはオイルのような光沢のある暗黒の玉が刺し貫かれている。これは魔王魂……勇者の剣の力が、アスタロウの身体から魔王魂を取り除いたのか!?
そのアスタロウの身体は、まるで風船が萎むように小さくなって行く……瘴気だ、瘴気が抜けて行くのだ。
「しゅくふく!!」
俺は剣を手放し、萎んで行くアスタロウに取りつき、深い祈りを込めて術を掛ける! いつものように両掌の間に溢れる青く眩しい光を、俺はアスタロウの左胸に近づける……
術を掛ける前から、勇者の剣による刺し傷は不自然な程に小さくなっていた。巨大化した時に受けた傷だから、身体が元に戻れば傷跡も小さくなるのか。ヴェロニクの光はいつものように、すぐにアスタロウの傷口を塞いでくれた。ほんの少しの小さな傷跡を残して。
……
だけど何かが普段と違う。普段ならどんな大きな怪我もしゅくふくを掛ければ長くても数秒で治り、光は自然と消えるのに……!
「どうした……目を覚ませ、アスタロウ!」
俺の掌からは光が溢れ続けている、何故だ? いや、大丈夫だ、ほら、アスタロウが目を開いた……
「貴様……何故俺を回復しようとしている……俺は、敵だぞ……」
「もういいんだアスタロウ、お前は自らの身体に魔王魂を閉じ込め、俺に討たせる事でこの災いを終わらせようとした、俺はそれに気付いてお前の望む通りに魔王魂を討った! 俺が魔王になれない存在だと教えてくれたのはお前だ、だから俺は安心してお前を剣で貫く事が出来た、俺達は、俺とお前はこの災いに勝ったんだ、深遠なる者よ!」
俺の言葉を聞いたアスタロウは、両側の口角を思い切り引き上げ、笑う……
「ふふ、ははははは……見くびるなヴェロニクの使徒ウサジ、俺はただ魔王になりたかっただけの男だ、貴様と共に戦ったつもりなど毛頭ない……」
俺の掌から溢れるしゅくふくの光はますます輝きを増し、濁流のように激しくアスタロウの傷跡へと流れ込む、それなのにアスタロウの命の灯は、どんどん弱まって行く……
「アスタロウ! 諦めるな、新しい世界はもう目の前にあるんだ!」
「ぐふ……ウ、ウサジ……」
しゅくふくの光が弱まる……だけどこれは違う、治療が終わったんじゃない、俺という触媒の魔力が尽きるんだ! 何千人も治療しても尽きない俺の魔力を以ってしても、今のアスタロウの延命はもう出来ないというのか!?
ジュノンが持たせてくれた回復薬はあるが、一瞬でもしゅくふくを止めたらアスタロウの命は尽きる……
「俺を……ヴェロニクとやらの所に連れて行け……」
俺の魔力は尽き、しゅくふくの光は消えた。
アスタロウの瞳からも、命の灯が消えた。
一度魔王魂に占領され、瘴気を吸い込んで巨大化までしてしまった上、力の源であった魔王魂を失っては、身体が耐えられなかったのか。
「ゆうしゃヒーリング」
膝をつく俺の肩に手を置き、ノエラが魔法を唱えた。ああ……俺自身も死に掛けてたんだっけ。ありがとうノエラ。だけど今は振り返ってお前の顔を見る気になれない。
「ウサジさんがこんな酷い人だとは思わなかったよ。勇者の剣はゆうしゃの僕が神様から預かったんだよ? なのにこれじゃ僕、剣をここまで運んで来ただけじゃないか」
そうだなあ。俺はゆうしゃの出番を丸々奪ってしまった。酷い話だな、確かに。
ノエラが背中から俺に抱き着いて来る。
「ウサジさん、アスタロウの事ちょっと好きだったんでしょ」
気持ち悪い事を言うんじゃねえ。こいつが言ってた通り、こいつは俺の敵だ。そもそもこいつとの出会いはヴェロニカ襲撃の時で、こいつは容赦なく町を滅ぼそうとしていたのだし、神官のおっさんなどはこいつに殺されかけたし、俺だって……
「アスタロウはウサジさんの事が大好きだったんだと思う。僕もウサジさんが大好きだから解るんだ。だから……そんなに泣かないで、ウサジさん」
ノエラはそう言って、背後から俺の肩をぎゅっと抱きしめてくれた。
畜生。俺は泣いてなんかねえ。




