0272 やっぱ俺、この僕っ子美少女とエッチしたい! だから生贄になんてさせないぞ
「是大神呪、是大明呪、是無上呪、是無等等呪」
俺は渾身の力でおはらいを詠唱する。震える大気に圧迫されたかのように、アスタロウは仰向けに倒れてもがいている。大地は揺らぎ、ひび割れ、さっきまで辺りを包んでいた瘴気が粉々に千切れて、竜巻のように周りを渦巻く。
「能除一切苦、真実不虚、故説般若波羅蜜多呪」
俺は拾い上げたひのきのぼうをぴたりと構える。その先にあるのはアスタロウの左胸、心臓の辺りだ。俺はその一点に狙いを定め力を溜める。
女魔術師はここから逃げて再起を図ろうとしている。男僧侶は怒りで我を忘れている。
そして、アスタロウはここで決着をつけようとしている……俺は、そう思う。
ウサジにとって俺は敵だと奴は言った。ならば俺は奴を倒さなくてはならない。奴にとって俺は友達だと言う。ならば俺は奴を信じなくてはならない。畜生。あいつ本当に深遠なる者になっちまったのか。
「やめてウサジ、とどめは、僕がッ……!」
「来るなノエラ!」
ノエラはおはらいの妨害に耐えながら何とか立ち上がり、天秤棒を手放し勇者の剣を抜いていた。その一見ボーイッシュだがよく見れば何一つ男のようになど見えない、印象的な大きな瞳が、ぷるぷるの鮮やかな唇が苦悶に歪んでいる……悪いなノエラ、お前には生き延びて幸せになって欲しいんだ。
「即説呪曰……!」
俺は全身のバネを解放し、空間を縮め、巨大な波のように覆いかぶさり襲い掛かるアスタロウの拳を、かいくぐり……! 先程ノエラが捉えていた、アスタロウの胸板の一点へと、ひのきのぼうを突き立てていた。
「グワッ……!」
視界の隅で、アスタロウが黒目を剥くのが見えた……駄目だ、ここで力を抜くのは情けではない、最後までやり遂げるんだ。
「羯諦羯諦! 波羅羯諦!」
ヴェロニクが世界に顕現している事により、おはらいもしゅくふくも今までよりずっと強力になっている。恐らくオックスバーン戦の時点では、おはらいだけでここまで魔王魂を持つ者を追い込む事は出来なかっただろう。
◇◇◇
魔王になる前のオックスバーンは、魔王族の者としては有り得ないほど温厚篤実な男だった。
「御考え直し下さいオックスバーン様、魔王様は勘気の強い方です、直訴などしては無事では済みません」
「そうだオックスバーン、俺の家族は喜んで戦い、未熟だから死んだのだ、貴様に同情される謂れはない」
オックスバーンの前には二人の若者が居た。一人は黄色い肌の魔族で、一人は赤い肌に翼を持つ魔族だった。
「魔王様の仕打ちは苛烈になるばかりだ、誰かが一言言ってやらなきゃなんねえ」
「フン……俺は止めたからな」
翼を持つ若者は飛び去るが、黄色の肌の若者は尚もオックスバーンについて行こうとする。オックスバーンは立ち止まり、振り返る。
「すまねえナルギス、お前の心根は知ってるしその気持ちは嬉しいが、これは魔王族の問題だ! その……下等な種族の、お前は連れては行けねえ。これは御願いじゃねえぞ、魔王族様の命令だ……なあに、俺は魔王様に逆らうわけじゃねえ、一言御意見申し上げるだけだ、俺は見ての通り体だけは大きくて丈夫だからな、いくらお仕置きされても平気だよ。そりゃあもうボコボコにされるとは思うけどな! そうだおめェ、俺が歩けない程ボロボロにされたら、里まで背負って行ってくれ! それがいい。お前が背負って帰ってくれるなら安心だ。ワハハハ……」
◇◇◇
俺は渾身の力でアスタロウの胸板を突き上げていた。なのに畜生、この後に及んでパワー不足なのか?
アスタロウはおはらいの力で少しずつ瘴気を剥がされ悶絶していたが、次第にその黒白反転の目に怒りの色が蘇って行く。
俺の全力では、魔王魂を……いや、アスタロウを倒せないのか?
おはらいをやめればアスタロウは力を取り戻すが、ノエラも動けるようになる。その場合戦いの舞台は上空に移り、多分ノエラはアスタロウを倒し魔王魂に取り憑かれる。
深遠なる者の願いは一つ、この災いをここで終わらせたいのだ。この災いがどれだけの者に悲しみを与えたのか解らないし、ここで確実に止めなければまた新たな悲しみが生まれる。
だから奴は、ウサジにとって自分は敵だと言う。
俺はギリギリまでおはらいの詠唱を遅らせていた。ノエラはその間に近づいて来て、アスタロウはその間にも力を回復していた。もしもアスタロウが飛び去ってしまったら終わりだが、アスタロウはきっとすぐには飛ばない。友達だから……!
「波羅僧羯諦、菩提薩婆訶……!」
「やめて!!」
俺はギリギリの一点を狙い最後の言葉を叫び、ノエラを止め、その手から勇者の剣を奪う。
俺の手を離れたひのきのぼうが……フワリと宙を舞う……
アスタロウの拳が、真上から俺の背中目掛け叩き付けられる……!
しかしその一瞬前に、俺は勇者の剣でアスタロウの左胸を刺し貫いていた。




